最終話 魔王城コタツ
シキの一件から月日が流れた。
春。長かった冬の去ったデッカイドーで、新しい季節を迎え入れる為に、勇者達は駆け回った。新しい楽しみや出会いがあった。
夏。今までからは想像もつかない暑い季節は、勇者達も難儀した。更には魔王が引き受けてしまった危険な怪物"ナタス"を倒す為に再び魔王と勇者達が手を取り合ったり、今まで泳ぐことなどなかった海に出向いたり、冬の時代からはまるで違った世界があった。
秋。食べ物が美味しい季節になった。見た事もない美味、美味、美味に勇者達も酔いしれる。この頃になると、ハルも殆どの神様と挨拶を終えて、荒れ狂っていた荒神達とも絆を結び直す事ができた。
そして冬。
辺境に佇む小さな小屋に、勇者ハルは訪れた。
バン!と扉を開け放ち、ハルは大きな声をあげる。
「来たぞ! 魔王!」
「寒いからさっさと閉めろ。」
「あ、すまない。」
暖かい電気カーペット、外の寒さから一転してぽかぽかとした暖房の効いた狭い部屋、そして部屋の真ん中に陣取るコタツ。
懐かしい光景を見て、ハルは思わず頬を緩める。
「遅いですよ、ハル。」
「何かあったのか?」
「昨日ワクワクしすぎて眠れなくて寝坊した。」
「遠足前の子供か。そこまで楽しいもんじゃないだろ。」
魔王城には一足先にコタツに入ったナツとアキがいた。
魔王は呆れつつ、コタツの真ん中に置かれた鍋の面倒を見ている。
冬がきて、魔王は再び魔王城にコタツを持ち込んだ。
そして今日、久し振りに鍋でもしようという事で、コタツに入りたがっていたハル、ナツ、アキの勇者三人に魔王は声を掛けたのである。
ハルは鍋を見てウキウキしながら、慣れ親しんだコタツに滑り込む。
「はぁ~、ぬくい……。」
ハルの表情がとろりと惚ける。
暖かい季節も暑い季節も経験してきたハルだったが、寒い中でのコタツはまた格別な幸せであった。
そんな様子を見つつ、魔王は不思議そうに尋ねる。
「お前達のところにも暖房器具は普及してきてるんだろ? もう珍しいものじゃないと思うんだがな。」
魔王の技術提供と、アキを始めとした技術者達の尽力で、デッカイドーでは再び冬を迎える前に広く電気製品や暖房器具が普及するようになっていた。
今や寒さに震える事もなく、人々は暖かい時を過ごしているのだが……。
「ここはまた別だ。」
「そうですよ。」
「そうだな。」
勇者が揃ってそう言えば、家主の魔王は「ふ~ん。」と鍋を見つめながら言う。
「そういや、うちの奴らも来たがってたなぁ。今日は定員オーバーだから許可しなかったけど。」
うちの奴ら、というのは魔王軍の事だ。
幹部のトーカ、ビュワ、テラ、更には新入りの神様の
「魔王城の事話したら、ゲシもトウジもうららも来たがってたぞ。」
「うちのシキもです。あと、英雄王様もこのあいだ時間ができたら来たいって言ってました。」
「シズも私と一緒に来たいって言ってたな。」
「……そんなに楽しい場所じゃないだろ。テーマパークか何かと勘違いしてないか?」
今まで魔王城を訪れた面々も、また魔王城を訪れたいと思っている。
しかし、今日ばかりは定員オーバー。
三勇者と魔王だけの鍋パーティーが開かれる。
これからも、冬になればそこには人が訪れる。
一見すればただの小屋にしか見えない六畳一間の魔王城。
「Welcome to 魔王城」の看板が掲げられている日には、そこには必ず誰かがいる。
勇者も、魔王も、神様も、猫も、王様も、預言者も、世界を救った英雄も……種族も身分も関係無く、低い天井の下、コタツの中では誰もが近く身を寄せて、皆が等しく駄目になる。
「そろそろいいぞ~。」
鍋もそろそろ煮立つ頃。
「私は米が欲しい!」
「私は食後にアイスが欲しいです。」
「はいはい。どうせそう言うと思って用意してるよ。」
やれやれと言いつつ、所望の品をゲートから取り出す魔王。
ついでに自分の分の酒瓶も取り出し、ふたつのグラスを手に取った。
そして、向かいのナツにグラスをひとつすっと差し出す。
「お前もやるか?」
「え? いや、俺はちょっと。」
「まぁ、付き合え。一人で呑むのも気まずいだろう。」
「……それなら喜んで。」
ナツは魔王からグラスを受け取り、酒を注いで貰う。
バタバタとコタツの回りで準備を整えたら、勇者と魔王は揃って食卓で手を合わせる。
「それじゃあ、いただきます。」
「「「いただきます!」」」
六畳一間、快適空間、難攻不落、人を駄目にする魔王城。
しかし、時には駄目になるのも幸せなのだろう。
それが許されるのが、この場所。
魔王城コタツ ~完~
魔王城コタツ 空寝クー @kuneruku
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