第6話 変貌

 体を襲った苦痛は点から面に広がるように行き渡り薄くなってから無くなっていった。


 そして残ったのは脱力感と疲労感、心地好いほどの体のだるさにそのまま寝てしまいたいと思ったときだった。


 何かが弾ける。


 眠気が掻き消える感覚、まるで空気を限界までいれたゴム風船が割れたように意識は明瞭になり体に脱力感疲労感が消え去っていた。


 覚醒した意思の中でまず最初に感じたのは体の重み、人間にはない拡張された部位、さらに直感が鋭くなったように思う。


 目を開ければそこは十角の大部屋、だが視界は広い。真横まで見える。


 もたれ掛かっていたイースはなぜか小さく僕の丸めた体の内側にいて、寝ている狂祖。そして新たに立っていた犬の毛皮を纏う二人、そのうちの一人が光る十字架を持つ細い右手を僕にかざしていた。


「戻って来れたね。ノア」


 イースは内側から見上げる。フードはずれ落ちることなく虚空の犬の目がこちらを見ているようだ。


「ごめん」


 僕は立ち上がりイースから離れる。


 そして驚いた。視線の高さに。


 二メートルは高い視線に体が揺れ、感覚が狂い足元が滑り尻餅をつく。


 馬の足に二本の太い蛇、蛇の口から小さい蛇が手のように動き地につける。


 ……なんだこれ。


「我ら混沌の力の一端を見よ」


 イースが言うと同時に、もう一人のシワが刻まれた歴戦の勇士のような左手の人差し指にある指輪が光ると、突然大きな鏡があらわれた。


 白い水蒸気を上げながら冷気を放つ巨大な氷を半分に切り落とした簡素ながら贅沢な鏡。


 そこに映るのは悪魔のような化物が両脚を開き蛇の腕で体を支えている姿だった。

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怪異のノア 林 木森(はやし きもり) @Saharasan

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