第5話 力の一端
「……ちょっと待って」
名前はある。
浮かべるのは朝の食卓の風景と何気ない教室、騒がしいジャンクフードの店内。
だが朝食を用意してくれたお母さんの優しい声も棒読みで出欠とる担任、友達の僕を呼ぶ言葉は歪み正確に聞き取れず口の動きも名前のところだけが雨天時のBlu-rayレコーダーで映した録画のように途切れ途切れになる。
「名前は……」
わからない。何かが、何もかもが変だ。僕自身のことなのに他人のように僕は感じてしまう。
「名前は?」
イースが復唱してくる。
僕はしばらく沈黙してから両手をあげた。
「どうやら僕は記憶喪失らしい。名前がわからない。だからわかるまでノアと名乗っていくよ」
考えても仕方がないのでわかるまで保留で良いだろう。
「ともかく、この種像を探せば何か分かるんだよね? あと何体ある?」
イースの手のひらに浮かぶ三つの獣。
「種像はあと九体、それとノアにはもう一つ、集めるために我ら混沌から力の一端を授けよう」
空いた左手のひらを前に出す。そこには白黒の渦があり混ざり合う歪な球体、球体から灰色の妖気のようなものが漂う。
その球体に右手にあった三つの種像を合わせる。すると種像は渦に呑み込まれ混ざる。
混ざった歪な渦、イースは前に出て僕に近づく。両手をつき出せる程の距離、それなのに僕は避けるという行動が浮かんでこなかった。
左胸に押し付けられる渦はあらゆる法則、原理、原則を無視し胸に入り込む。
その瞬間だった息苦しさと吐き気が起こり、手で口許を押さえようにも体の脱力で動かずに前に、イースに向けて倒れた。イースは小さい体ながら僕を支える。
燃えるように体が熱く、全身が震え止まらない。揺れ動き意思がぶれ全てのモノが三重にも四重にもかさなって見えた。
尻尾を追いかけ回す狂祖を横目に僕は意思をてばなす。
「受け入れるのです。受け入れるのです。受け入れるのです。受け入れるのです……」
耳元でイースの声が耳に残った。
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