第14話 「お前をわが国の結婚相談役に任命する」
「エリー、準備はできたか?」
正装のジュリアスが入ってきた。
今日は改めて結婚式。もう一度、今度はだまし討ちじゃなくきちんとやりたいとジュリアスが言い張った。
私としても気持ちは同じなので反対しなかった。
今はもうジュリアスも黒以外の服を嫌がらない。白い正装を文句も言わず着ている。
私はあの時と同じウエディングドレスを着て、代々妃に伝わるネックレスとティアラをつけている。
「できてるわよ。やっぱりプロの技はすごいって尊敬してたとこ」
「ああ、綺麗だ」
真顔でそういうことを言うのは困る。赤くなった。
「……感情が取り戻せたのはいいけど、恥はどこに置いてきたの」
「何がだ。綺麗だと思うから事実を述べたまでだ」
恥って概念もぜひ取り戻してほしい。
「エリーは私に妃を見つけてやると言っていたな。それが結婚相談役最大の仕事だと。エリーのおかげで私は最高の妃を手に入れた」
「……でも、この前は失敗したわよ」
いつも成功するとは限らない。なぜならこれは物語ではないから。毎回登場人物全員ハッピーエンドは無理。
「それは仕方がないな。人の気持ちは操れない」
「そうね。私がこれまで全員ハッピーエンドにできてたのはフィクションだから。現実はそうじゃない……。でもできることなら皆幸せになってほしいのよ」
無茶な夢かもしれないけど。
「これからも失敗するかもしれない。けど私はこれからも続けると決めたの。一人でも多くの人に幸せになってほしいから」
それがずっと物語に乗せてハッピーエンドを届けていた原案製作者の願い。
「結婚相談役の仕事はこれからも続けるわ。豪華客船クルーズも軌道に乗るかどうか分からないし、遊園地もこれからオープンだし。やることはまだまだあるわ」
「ああ、そうだな」
パールさんもいつか罪を償ったら、その時は誰かいい人を見つけてあげたい。
「そういえば私が帰ってたら、ジュリアスはその後どうするつもりだったの。お妃問題だけど」
素朴な疑問をぶつけてみたら、あっさり返された。
「私の妃はエリー一人だ。適当な時期に譲位して隠遁するつもりだった」
「ええ?」
こんな強面の男が隠遁って……目だってできないと思う。
「譲位って、誰に譲るの。皇族はいないでしょ」
「ルイに子が生まれたら譲るつもりだった。あいつも元王だ。詐欺事件で責任を取り、退位したとはいえ、戦争時後方支援で役立つなど功績がある。ルイ本人を帝位につけるのは難しくても、その子供なら問題ないだろう」
「ああ、そういうこと……」
まだおめでたの話も聞かないのに、そこまで考えていたのか。
「エリー以外の女を妃に迎えるつもりはなかった。一生一人で生きていく気だった」
「ジュリアス……」
私が帰っていたら、また独りぼっちにしてしまうところだった。
「よかった、選択を間違えなくて」
でも、まさか私が異世界で皇帝の妃になるとはねえ。
こっちの世界で暮らすと決めた私だけど、一度だけ元の世界へ戻った。会社に辞表を出し、アパートを引き払って身辺整理する。会社では元々私なんかいてもいなくても同じような存在だったから、問題なく退職できた。
両親への挨拶はジュリアスも一緒に来た。チートなジュリアスは自力で異世界に行くことができるらしく、ついてきたのだ。はあ、すごいですね。
家族にいきなり「異世界の皇帝と結婚します」と言っても、頭がどうかしたと思われる。とりあえず「外国、ある国の高官と結婚する。仕事の関係上、そっちの国についていく」ということにした。
不機嫌面はだいぶマシになったジュリアスだけど、大きいし、オッドアイ……じゃなかった、ヘテロクロミアの外見は威圧感がある。正直、両親はビビっていた。
その見た目で「妻にほしい」と頭を下げるものだから仰天していた。ちなみに私も驚いた。まさか頭を下げるとは思わなかった。なんでもクレイさんに「さんざん迷惑をかけたんですからご両親にそれくらいするべきです」と言われたらしい。
続けてノロケとしか思えないことをしゃべりだすから、物理的に口を塞いで止めた。
うちの親としては、そろそろ結婚してほしいと思っていた私をもらってくれるというので、二つ返事でOKしていた。ただし外国に行ってしまうならなかなか会えなくなるから、時々手紙かメールが電話をよこしなさいと。
すでに結婚して子供のいる姉など、
「すごい人見つけたわね。何があったの? お姉ちゃんに教えなさい。旦那さん、だいぶベタ惚れみたいじゃない。ちょっとコイバナくわしく聞かせなさいよ~」
「絶対嫌」
「そっけな。あんたハッピーエンドの原案作ってるくせに、なんでそうも冷たいというか現実的なのよ」
「夢と現実は違いますー」
「あ、そ。まぁいいわ。それよりお祝いにこれあげる。サイズアウトしたベビー服。どうせそのうちいるでしょ?」
真っ赤になって受け取り拒否した。
「いらない! まだ子どもとか考えてないから!」
「真面目な話、女性は出産限界年齢のこと考えたほうがいいわよ。出産も育児も体力勝負だからね」
姉の声は低くて目は真剣だった。
「……あ、ハイ」
経験者の言葉は重い。ありがたくもらうことにした。
「うう……でも気が早すぎるよう……」
しかし、いたたまれないのと恥ずかしいのでうつむきながら持って帰った。
「別に構わないだろう。少しずつこの世界の人と交流を進めて、私達の子供の代には仲良く手を取り合えているといい」
「―――そうね」
あまりにも違う世界。争いが起きることがあるかもしれない。けど、仲良くなれるといい。
私達がこうして手をつないでいられるように。
「……何を笑っている」
私は我に返った。
「ん? ジュリアスがうちの両親に会った時のこと思い出しただけ」
ジュリアスは複雑な表情になった。
「私だって緊張していたんだぞ」
「え、本当に?」
「当たり前だろう。愛する妻の家族だ、祝福してほしい」
今日この場に両親が来ることはかなわない。すぐ相手の国に行かなければならないからフォトコンで済ますと言ってある。後で送っておこう。
「私には家族がいないからな、エリーの家族は大切にしたいと思う」
「何言ってるの。クレイさんもフェイも、そのお父さんお母さんもジュリアスの家族でしょ?」
「私を押しつけられてただけだ」
「違うでしょ。ちゃんと愛してくれてたじゃない。でなきゃ、育てようなんて思わないわよ。クレイさんもフェイも家族だと思ってるから、いつも心配してたし、今日も喜んでくれてるでしょう?」
クレイさんはすでに祝杯あげまくってたし、フェイもうれし泣きしていた。
私はジュリアスの顔を両手で包みこんだ。
「大丈夫。あなたは愛されてた。独りぼっちじゃなかったのよ」
愛情が分からなくて、でもそれが欲しかった魔王。
「それに、今は私もいるわ」
ジュリアスは私の手に自分の手を重ねた。
「……ああ、そうだな。ありがとう、エリー」
彼は穏やかに微笑んでいた。
「行こうか」
「ええ」
私たちは手をつないだ。ジュリアスは右手、私は左手。
今はもうこの契約印を嫌だと思うことはない。むしろ愛する人とを結ぶ絆だと思う。
「―――そうだ、私、久しぶりにお話作る仕事しようと思うのよ」
「この世界にマンガというものはないが?」
「だから小説で。文章も私が書こうかな。下手だけど、これだけは自分で書きたいの」
「何をだ?」
「恐ろしい魔王と異世界から来た仲人の話」
ジュリアスが一拍置いて、
「それは私達の話じゃないか?」
「そうよ。小説にして世に出せば、もっとみんなにジュリアスが魔王なんかじゃないって分かってもらえると思って」
「……やめろ」
「いーやーよ。もう書くってきめたもの。出だしは、そうねー……むかしむかし、あるところに……じゃ、面白くないわね。そうだ、ジュリアスのセリフにしよう。『お前をわが国の結婚相談役に任命する』」
うんうん、いい感じ。
「タイトルは―――」
私はちょっと考え、にっこり笑って言った。
「『異世界結婚相談所』!」
異世界結婚相談所~レデイコミ原案製作者、魔王のとこで仲人やってます~ 一城洋子 @ichijoyoko
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