#6

─!


突然の銃声に殊音は即座に反応する。

停止していた射撃管制システムを起動させ周辺を警戒、そのあとに続くいくつかの銃声から、撃っている何者かが段々と近付いてくるのを把握する。


「コトネさん、い、今のは…?」

「何かが、近付いてくる。」

「え?」

「銃声がこっちに近づいている。こっちに来るまでにおよそ31秒。」


殊音は音のする方をじっと見つめる。アイリスは青ざめた表情で、殊音の着ているパーカーの裾をぎゅっと握りしめて、震える声を出す。


「に、逃げましょうコトネさん!」

「それは無理。隠れるにはここにある装備を放棄する必要がある。私にはこれが必要。」

「そんなこと言っても、死んじゃったら…!」


アイリスがパニックになりながら目に涙を浮かべて訴えるも、殊音は表情を崩さない。発電機から尻尾のようなプラグを抜いて立ち上がると、右腿のホルスターから拳銃を抜き、アイリスのそばにコトリとそれを置いた。


「アイリス、銃は使える?」


目を見開いて硬直するアイリスは、かけられた問いを理解すると勢いよく顔を横に振る。


「む、無理です、使えません!」

「そう。じゃあそこに隠れてて。私が対処する。」


殊音は当然のようにそう言い放つと、地面に置いた拳銃を拾い上げてホルスターに戻し、給油塔のそばを指差す。アイリスは一瞬迷うそぶりを見せたが、言われた通りに給油塔の影に身を隠してこっそりと殊音を見つめた。


「コトネさん、対処って、一体どうやって…?」

「できるなら話し合いで、この場を去ってもらう。それでも無理なら、力づくで。」

「え?え?」

「死にたくないなら言う通りにして。」


アイリスは殊音の言う通りにする他なかった。



何者かが走ってくる足音がさらにこちらに近づいてくる。

一人、そしてその後ろに四人の足音。

やがて一人の男が息荒く、路地裏から殊音とアイリスの前に飛び出してくる。

その男は殊音とアイリスを見るや、藁にもすがる思いで手を伸ばし、叫ぶ。


「た、助け—」


だが男の叫びは一発の銃声にかき消され、そして二度と聞こえてくることはなかった。



その光景は、アイリスにとってあまりにも衝撃的だった。

目の前で、男の頭が一瞬で朱い華へと変わり、凄惨な姿に変わり果てて地面に倒れ込んだのである。首から上が消し飛んだ男は、ただ赤い血を流し続けるモノになっていた。


アイリスはこみ上げるものを必死で堪える。

それでも口の中に苦い味が広がってしまい、懸命にそれを飲み込む。

これまでに体験したことのない生理的嫌悪と、死を身近に感じたことによる恐怖が、アイリスを支配してしまっていた。


「こ、コトネさん…。」


殊音は微動だにせず死体を見ていた。

弾け飛んだ赤い飛沫が顔にかかるが、殊音は気に止める様子はない。

視線を上げ、その先に見える人影を見据える。

三人の男が、そこには立っていた。


「ちっ、手間をかけさせやがって。」

「さっさと言うこと聞いて手持ちのもの出せばこうならなかったのにな。馬鹿な奴だ。」

「全くだぜ。ん…?」


男たちが殊音とアイリスに気づく

男の一人の視線がアイリスと合ってしまい、アイリスはびくりと肩を震わせる。


この男たちが、目の前の惨状を作り出したのだ。男がその手に持つ銃で自分を狙い、引き金を引かれたら自分の命はいともたやすく潰える。死にたくないという思いがアイリスの心臓をこれまでになく脈打たせるが、とうの本人は恐怖のどん底に叩き落とされて動けずにいた。

まるで死神の鎌が、自らの首にぴたりと添えられているような。そんな感覚だった。


「なんだ?お嬢ちゃんたち。こんなところに女の子二人でいるなんて、どうなっても知らねぇぞ?」


ククク、と笑いながら、リーダー格の男の一人が話しかける。


「どうします兄貴、こいつらに現場見られちまいましたけど?」

「女子供に手を出す趣味は無いぜ。だが確かに見られちまってるのは不味いな。」


男は少しの間考えると、殊音とアイリスに向かって話しかける。


「すまねぇが、お前らはちょっとだけ見てはいけないものを見てしまったんだ。だが俺たちも手荒な真似はしたくない。だから俺たちと一緒に来ないか?そうすれば少なくとも命は取らねぇぜ?」


そう優しげに男が提案する。

アイリスは少しの間迷った。この見知らぬ、しかも目の前で殺人を犯した男たちについていってもいいのだろうか、と。だがついていけば死の恐怖から逃れられるかもしれない。今にも気を失いそうな、こんな恐怖から逃れられる。

そう思うと、目の前の男の提案はアイリスにとって魅力的に思えたのだ。


だが、その提案を殊音はバッサリと断ち切る。


「断る。私たちが望むのはここから貴方達という危険が去ること、ただ一つ。それだけ。」


男達の顔色が瞬時に切り替わる。後ろの二人の男達は今にも襲いかかってくるのではないかと思うほどだった。断られたのは予想外だっただろうが、リーダー格の男は比較的落ち着いた様子で、なおも語りかける。


「悪いがそういう訳にもいかないんだ。お前達がこのことを他の誰かに話したら、俺たちはとても困ってしまう。だから、このまま見逃すわけにはいかないんだ。」

「私たちは話す気はない。」

「それはどうかな。人間の口なんてすぐ開くんだ。ここは譲れない。」


それでも殊音は変わらずに男達を見つめ続ける。

そんな状況についに後ろにいた男の一人が、我慢できずに前に出てくる。


「てめぇ!ガキのくせにさっきからゴチャゴチャ抜かしやがって!いいから言う通りにしろって言ってんだよ!」

「警告。そちらが手を出すなら、こちらも手を出すことを厭わない。」

「あぁ!?何を言ってんだてめぇ!」


激昂した男は手に持っている散弾銃を殊音に向ける。

アイリスが「ヒィッ」と掠れ声をあげるが、殊音は微動だにせず男を見つめ続ける。


「こいつが火を吹いたらてめぇは終わるんだぜ!そこで寝ている男みたいになぁ!」

「おい、落ち着け!」

「いいじゃないですか兄貴!従わねぇならここで殺してしまえばいいんですよ!」


そう叫ぶと、男は引き金を引き絞った。

次の瞬間には爆音が響き、バックショット弾が殊音の身体をずたずたに引き裂くはずだった。


が、いつまでたっても弾は発射されることはなかった。

かわりに、カツーンという金属音が地面から聞こえ、そこには小さな金属片が転がっていた。


「あ?」


男が間抜けな声を出し、自らの指先が引き金の感触を感じていないのを違和感に思って慌てて銃を確認すると、そこには引き金が根元から切り取られ、機能を果たさなくなった銃があるだけだった。肝心の引き金は、先ほど地面に転がった金属片と化していた。


「なっ—!?てめぇ!?」


黄色い刀身を出して独特の振動音を響かせるエネルギーブレードが、殊音の右手に握られていた。

殊音はあの一瞬で刀を操り、男の持つ散弾銃の引き金のみを斬り落としたのだ。


「最後の警告。次は、身体が無事ではすまない。」


銃を撃とうとした男は戦慄した。本能が、直感が、この目の前の少女は危険だと、全力でアラートを鳴り響かせていた。


—こいつは、ヤバイ。


リーダー格の男は、先ほどと打って変わって緊張した面持ちで答える。


「わかった。お前の言う通り、俺たちはここから去る。すまなかった。」

「あ、兄貴。」

「いいから行くぞ。」



そそくさと去って行った男達が見えなくなると、殊音はエネルギーブレードを収納し、白いスティックになったものを右腰のホルスターにしまい込んだ。


「アイリス、大丈夫?」


アイリスは小刻みに震えながらも、なんとか頷き返す。

殊音はそんなアイリスを見て、その震えている肩を抱き寄せる。


「コトネ、さん…?」

「こうすると、気分が落ち着く効果があるはず。貴方が落ち着くまで、こうしているから。」


殊音は、出会ったとき、先ほど男達と対峙していたとき、ずっと変わらない雰囲気を纏っていた。今こうして抱きしめてもらっている間も、無機質でどこか冷たい雰囲気をアイリスは感じていた。

しかし、それを少し心地よく感じているのも事実だった。

アイリスは殊音の身体に身を任せ、自らの意識を手放した。暖かい気持ちと共に。




「な、なぁ兄貴。さっきのガキ、一体何者なんですかね…。」


逃げるように少女の元から去っていった男達は、あの冷徹で底知れない気配が漂っていた少女のことを思い返していた。


「わからん。少なくともこっちが手を出せば、死んでいたのはこっちだったっていうのは確かだ。」


正確に銃の引き金だけを斬り落とす正確さで、全く反応させない速度で振り抜かれた一閃。ほとんど見ることは叶わなかったが、事実と少女から発せられる冷酷なまでの殺気が、あの場から可能な限り逃げろと男に告げていたのだ。


あの少女は一体何者で、なぜあそこにいたのか分からない。全てが謎。

この廃墟都市にいる限り、またあの少女と会う可能性は少なくない。もし会ってしまった時にそのときはどうなるか、それを想像しようとして、男はやめた。


「もし次に会うことがあれば、とにかく変な気を起こさせないように気をつけなきゃな。」


リーダー格の男は苦笑しながら、自分たちのナワバリに戻って行くのであった。

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機械仕掛けの人形と少女のキロク 冬月ことね @KotoneF

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