第15話:決着、すべてはここから

決戦の日より五日後、丈之助達はイプストリア王城の城門前にいた。状況は変わったのだ。もはや、セーラはファラリスへと亡命する気はさらさら無くなっていたのであった。


 その最たる理由は、もはやイプストリアに空白期は来ないことである。宰相最大の優位点であった空白期の存在は、セーラの行動を縛る楔ではあったが、今となってそれは、セーラの身の安全を保証せざるを得ない強力な盾と成り変わっていた。強力な魔法の使い手である王の実子はイプストリアという国にとって重要な後継者候補である。多くの宰相についていた勢力は、空白期に来る国の未来を憂いた重臣や、保身に走った貴族たちであった。これらの勢力の大半は宰相の勢力に入る理由を失うのだ。

 そして、二つ目の理由。それは父、ルイス王の救出である。セーラが今回発現した魔法は、後に完全詠唱単位(フルカウント)と定義される十詠唱単位の魔法であったが、それは王族魔法の特性を使用した時のみ発言する特別な魔法であった。セーラ一人で使用することができる魔法は水の癒し(ウォルタ・ヒーリング)という五詠唱単位の魔法である。毒に侵された父の回復を行い、復権をさせる。それにより宰相勢力を完全に追い込むことができるのである。


「おじさま、ここからは私の闘いです」


 イプストリア城門をくぐると、王宮への入り口でセーラは丈之助の肩から降りた。その視線は王宮への扉をまっすぐと見つめていた。見ればセーラは僅かばかりであるが、体を震わせている。無理も無い、もはやここはファウストの本拠地でもある。


「うむうむ。何、安心するが良い、ずっとついているからの、お主には指一本触れさせぬよってに、存分に暴れるが良いわ、はっはっはっ」


 ぽんぽん、と、丈之助は後ろからそんなセーラの頭に手を載せ、撫でてやる。はい、とセーラが頷き、一歩を踏み出す。見れば既に震えは止まっていた。


「扉を開けよ!! セーラ様のお帰りである!!」


 エルヴィンが声を上げる。


 王宮の扉が、いま開く。最後の闘いが始まるのだ。



 セーラを先頭に、エルヴィンと丈之助がその左右の後ろに続く。不測の事態に備え、クレアやエレン達は城下にて待機である。そして、セーラが宮中を進むたびにざわめきが起きた。はじめは宰相に連れ戻されたのであろうという、哀れみの視線であった。しかし、どうも様子が彼女の違うことに気づき始める。そして宰相の手駒である騎士たちが、セーラの行く手を阻んだ時である。その隊の騎士が、一歩前に出て剣を突きつける。


「……セーラ様、宰相様の元へお連れ致します、大人しく従われますよう、そこの二人は殺して良いとも言われております」


 丈之助とエルヴィンがセーラを庇うように前にでた。しかし、セーラは良いのです、と一言いって、騎士の前に歩み出る。その姿に騎士は違和感を覚えた。力強い瞳に自信に満ちた表情。これがセーラであったかと、宰相にされるがまま何も抵抗してこなかったあのか弱い姫君であったかと。


「うふふ、まだ伝わってないのですね? 丁度よいです、――あなた。ファウストへ伝えてくださるかしら。あなたが差し向けた追手はほぼ全滅ですと、王族へと牙を向けたその容疑、高く付きますことですのよ?」 


 それは天使の笑顔であった。


 背後ではくっくっくっと、丈之助が笑いを押し殺しながら、じゃらん、とヤザンが持っていた金属鞭を騎士へ向かって放り投げた。


「もちろん証人も揃えておりますのでご覚悟くださいな?」


 そういってセーラは歩き出す。騎士達が左右へ割れるように道を開け、その道を当然のごとくセーラは進む。そして気づく、騎士たちは自らの身体を淡い魔法力が包んでいることに。そして、その発動の中心にセーラがいることに。これは他者を媒介して発動する王族魔法である。騎士達は一様にセーラを見て彼女の右手に浮かぶ五つの羽を象った精霊紋を見つけて。

 セーラに気圧されて左右に散らばっていた騎士たちが一斉にセーラへ跪いた。彼女は歩みを止め、静かに言葉を紡ぐ。


「――あなた達の所業は責めません。空白期の可能性を生み出した責任は王族にもございますし、ファウストに弱みを握られている者もいるでしょう。――しかしファウストは私の仇敵です。本日私は決着をつけるつもりです。不満があるものは王の間にて待ちなさいと、伝えなさい。」


 そう騎士達に言い残してセーラは歩き出した。丈之助とエルヴィンはその後に続く。跪いていた騎士たちが立ち上がり、王宮に散っていく。『セーラ様、ご帰還』『五詠唱単位魔法発動確認』――王宮に、津波のような激震が広がっていった。


 セーラ達が向かう先はルイス王の寝室であった。


「――セーラ様、……よくご無事で!!」


 ルイス王の寝室前、メイドのリタがセーラへと駆け寄る。


「はい、リタにも心配をかけまし――わぷ」


 リタはセーラが返答を終える前にセーラをきつく抱きすくめる。


「……本当に、本当によくご無事で……ッ」

「……ふふ、ありがとう、リタ。――でももう大丈夫。私は全て終わらせにきたのです」


 そういってセーラはリタの手からすっと離れる。


「……セーラ様?」

「父様の元へ、――リタはその後をお願いね?」


 寝室へと入り、セーラは父のもとへと歩み寄る。ベッドではルイスが横たわっていた。顔色は悪く、息も荒いが――まだ生きている。セーラは涙が出るのをぐっと堪え、その手を広げた。


「思ったより重そうです。おじさま、エルヴィン、ちょっとだけお借りするかもしれません」


 かまわんよ、と丈之助が笑う、お手柔らかに、とエルヴィンは苦笑いだ。


「うふふ」


 セーラは笑う。それは本当の意味で、もう自分は一人で抱え込む必要はなくなったのだと、あらためて感じられて湧き出た、あたたかい笑みであった。


「――水よ」


 セーラの右手の精霊紋が光り輝く。


「大いなるイプスよ」


 次いで丈之助とエルヴィンも光に包まれた。


「その力、癒しの光よ」


 ぐん、という何かに精神を引っ張られるような倦怠感。しかし倒れるほどでは無い軽いものであった。


「めぐる浄化と洗浄の息吹となりて――」


 寝室を光が埋め、それは窓から溢れ、光の奔流となり、城内の視線を集めた。


「セーラ=ファラリス=イプストリアの名のもとに」


 セーラの左手に一つ、新たに精霊紋が浮かび上がる。


「水の癒光(ウォルタ・ラ・ヒーリング)」


 セーラの基本の魔法から一つ上乗せした六詠唱単位魔法(セクスタプル)の優しく輝く光がルイスの体を包んでいく。彼の体を蝕む毒素が全て浄化され、光と共に消えていく。光が収束し、完全に収まるとルイスの顔色は赤みがかった健康的なものとなり、そして静かな寝息を立て落ち着いた呼吸音が部屋に満ちる。


 ふう、と一息つき、ふらつくセーラの体を丈之助が支えた。


「……ふふ」


 その手にそっとセーラは手を重ね、


「ありがとうございます、おじさま。でもまだ最後の仕事が残っておりますの」


 と、セーラは息を整え歩き出す。


「うむ……、無理はせぬようにな」


 と、丈之助が言うとセーラは歩みを止め振り返る。

 そして、何か思い出したように首を傾げて、


「うふふ、……それでは私が頑張れるように、上手く事が運びましたらおじさまにご褒美をいただこうかしら?」


 と言うなりくるりとドレスを翻し、セーラはまた歩き始めたのであった。

 丈之助はそんなセーラの後ろ姿を見送りながら、やれやれ、とその後に続くのであるが、そんな中、二人のやり取りを見ていたリタが、エルヴィンに小声で呟いた。


「あの、エルヴィン様、……セーラ様はその、あの……」

「……丈之助殿にはその気が無いようだがな、年も離れていることだし。……まあアレだ、姫様もあれで中々頑固だってことが最近わかってなぁ……」


 と、肩をすくめ、部屋を出ていくのであった。リタはちらりと寝息を立てているルイスに視線を移すと、複雑な顔でまた仕事にもどった。





 王の間、玉座の前に立つセーラと丈之助、そしてエルヴィン。そしてそこへ宰相ファウストが手勢を連れてやってきたのはしばらくしての事である。その数、騎士二十名。いずれも宰相の完全な手駒の騎士たちであった。手配したフリオらが壊滅に近い被害を受けたと報告を聞きそれなりの戦力を用意するのに時間がかかったのであろう。


「おやおや、これはこれはセーラ様、ご機嫌麗しゅう」


 だが彼は不敵にも王の間に入るとセーラへ向けてうやうやしく一礼を行う。以前と変わらず慇懃無礼な態度のファウストにセーラは半ば呆れながら、口を開くのであった。


「ファウスト、申し伝えた通りです。王族を手にかけようとした罪、言い逃れはできませんよ?」


「くっくっくっ、いやいや、なにがなんの事やら分かりませぬなぁ」


「――ヤザンとかいう殺し屋に私を褒美として下げ渡す腹づもりであったとか、もはやその悪趣味さに呆れてしまいますの。――そうそう、まだあなたへは情報がいってないとはおもいますが、あなたが差し向けたリヴやフリオの証言もとってありますので、言い逃れはできませんことですのよ?」


 そう、セーラが言ったところでファウストが口を開いた。


「――ふんッ、馬鹿娘が!!」

「――いま、なんと?」

「馬鹿娘がといったのだ、素直にファラリスへと逃げれば良いものを!! わざわざ王宮になど帰って来るから、こうして儂に逆転の機会を与えることになる!!」


 そういってファウストは、右手を上げた。ファウストの周りの騎士たちが構え、剣を抜く。


「なんだ? その貧相な戦力は? 小娘一人に騎士一人、蛮人一人。魔法詠唱の護衛にもならん。こんな狭い室内で闘いになるとでも思ったのかね? この跳ねっ返りの馬鹿娘が!! いくら癒やそうが無限に殺してやろう。この場にて全てをひっくり返してくれるわ!!」


 そしてファウストは詠唱を開始する。

 額に獣を象った五つの精霊紋がぼう、と浮かび上がる。

 

「ファウスト、貴様魔法士か!!」


 エルヴィンが詠唱させまいとするが、手勢の騎士達がそれを阻んだ。


「水よ!!  ――大いなるイプスよ!!」


 同時に丈之助が動き、エルヴィンが詠唱を始める。しかし、セーラはその手で二人を制した。間も無くしてファウストが詠唱を完了し、


「その力、凄烈なる方陣!! ファウスト=グラウベルの名において!!」


 セーラがその手を、ファウストへと向ける。


 ――王族魔法の本質は、第三者の魔力への干渉を可能にする。


「ふははははははは、死ねぇセーラ!! わが前にひれ伏せい!!」


 ファウストが叫ぶ。


「水の方陣(ウォルタ・ファランクス)!!」


 ファウストの言葉と共に、彼囲むようにできた四方の虚空からいくつもの水の長槍が現れ、対象に向かい突進した。


 ぞぶ、と、一本目の長槍が腹へと突き刺さる。

 そう、詠唱者である、ファウスト=グラウベルその人へと。


「……なん……だ、……と?」


 ずん、と二つ目の長槍が今度は下方からファウストの腹を貫く。


「――なんだこれはあああああ……!!」


 三本目、四本目、虚空から現れた槍衾は、四方から詠唱者のファウスト自身を次々と串刺していく。


「がふっ な……ぜ…ぎゃふ…がふ…が…あ…ばかな…げふ…この儂が……かは…ぎゃっ……ぐぎゃッ……こ、こんなと…ろで……」


 水の槍が次々とファウストを貫く、その姿は生贄として捧げられる供物を連想させる惨憺たる光景。丈之助が見るな、とセーラの顔に手を当てる。しかし、セーラはその手をそっとどけた。


「――おじさま、よいのです。彼は私が、そう、私の意思で、……殺したのです」


 そうか、と丈之助は呟くと、セーラの横にどんと座り、その異常な光景に目を奪われている騎士達へと話しかけた。宰相は幾本もの長槍に貫かれ、既に血溜まりのなか息絶えている。


「で、お主らどうすんじゃ? 部屋の外にはこちらの軍勢もきているようじゃがの?」


 騎士たちが振り返れば、リタを先頭に、王宮の親衛騎士達が扉前で陣を組んで控えていた。がらん、とファウストの手駒である騎士の一人が剣を落とす。次々と、彼らはその武器を取り落とし、


「終わったな」


 エルヴィンがその様子をみて呟いた。

 そして、セーラはそっと目をつむり、丈之助へとその身を預けるのであった。


「うむ、ようやった。こうも堂々としては最早可愛らしいなどとは口が裂けてもいえんのう? わっはっは。あっぱれあっぱれ」


「おじさまの……ばか……」


 その丈之助の笑い声に不満を漏らしながらも、セーラは其の温かい腕にそっとよりかかる。その身にたしかな暖かさを感じながら。


 こうして、宰相ファウストと、セーラに端を発したイプストリアの空白期騒動は終わったのだ。数日後、ルイス王も目を覚まし、事に関わった者の処分などが決定されることになる。
















 ――そして、それはこの決着から一日後、ルイス王が目覚める二日前の話しである。


 イプストリア王宮、セーラの部屋。部屋の中には丈之助、エルヴィン、クレア、リタ、そしてエレンがセーラの目覚めを待っていた。


「せ、セーラちゃんって、王位継承者だったのね……、私、打首とかならないわよね……」


 エレンが戦々恐々と隅っこで丸くなっていた。


「ん? 問題ないじゃろ、エレンが首を撥ねられているなら、俺は首が八つ九つあっても足りんぞ」


 丈之助がなにを言っているのか、と苦笑する。


「セーラ様は慈悲深いお方故、ご安心くださいませ」


 とリタがフォローをしていると。


「……ん、あら? ああ、私、あれから意識を失ったのですね」


 そういってセーラは部屋を見回し、丈之助と目があうと


「……いやですわ、おじさま、寝起きの顔をそんなに見ないでくださいですの」


 と、顔を赤らめ、寝具で素顔を隠した。丈之助にしてみれば「?」と頭にクエスチョンマークが出るばかりであるが、リタとエルヴィンは呆れ顔、そしてエレンとクレアは若干引き気味のジト目である。


「リタ、ちょっと、お願い」


 そういってセーラは奥の部屋へとリタと消えて行くのであった。


「さてさて、これからどうなるのかのぅ?」


 丈之助はエルヴィンに問いかける。


「まあ、宰相がああなったわけだからな、当然、王の毒殺やセーラ様の追走に荷担していた奴には処分が下る。セーラ様への宮中での嫌がらせや冷遇は宰相の影響もあってとのことで主犯とそれに近いもの以外は不問だろうな」


「ちょっと納得いきませんけどね」


 と、途中で口を挟むのはクレアである。


「いや、でも一市民としては空白期なんて物騒なものにならなくてほっとしてるけどね、やっぱ商売繁盛も平和があってこそだもの」


 エレンが口を開く。


「うむ、平和が結構じゃの。しかし、セーラもよう笑うようになった。これからはもう大丈夫じゃろうて、しっかりと父君にも甘えさせてやるがよいぞ、クレア殿、エルヴィン殿」


 はっはっは、と丈之助がいつもの調子で二人に笑いかける。



「――おじさま!!」


 その時、丈之助の笑いに乾いた笑いで返すエルヴィンとクレアを遮り、セーラが部屋に戻ってくる。


「お、なんじゃ? さっぱりしたか?」


 と、いう丈之助を尻目に、セーラは丈之助に駆け寄ると、丈之助が座るイスへ、よいしょっと上り、立ち上がり――


 奇しくも、丈之助の顔とセーラの顔が同じ位置に揃う。


「――ねぇ、おじさま? 今回私は上手にできたかしら?」


 それは、何か期待をするようなセーラの眼差しであった。


「んむ、大したものじゃ、よう頑張ったものよ、大の大人でもああはいかんぞ?」


 その言葉に、セーラは天使の笑顔で。


「うふふ、――それでは、ご褒美いただきますの!!」


 そう言ってセーラは丈之助の顔に両手を添えると。

 ちゅ、と。自分の唇を、丈之助の唇に重ねるのであった。

 エルヴィンとリタはやっぱりか、と顔を伏せ呆れ、

 エレンとクレアは、口をあんぐりと開け声も無く、


「ねぇおじさま? 責任とってくださるかしら? うふふ!!」


 そんな無邪気に笑うセーラに、


「――まいった、まったく大した女子おなごじゃ」


と、苦笑いをするのであった。




 拳豪記 第一章:イプストリアの空白期 ――完

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拳豪記(真) 笠丸修司@KTCビギニングノベルズ2月出 @kasamaru

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