異世界からの贈り物
桂木 狛
異世界からの贈り物
「居なくなったら居なくなったで暇だな」
唯一の友人はもうここには居ない。
あいつは「異世界に行ってくる」と言い残して本当に居なくなってしまった。
「あいつ、そんなに嫌だったのかな」
たしかによく虚ろな目をしているやつだった。口癖のように「つまらねえな」と口にして、その度にため息をついていた。
あいつと居るのはそれなりに楽しかった。ファミレスに入り浸ったり公園でキャッチボールをしたりカラオケに行ったりゲーセンに通いつめたり。たいしたことはしていない。でも、それなりには楽しかった。
ひとりで居てもすることはない。ただ暇で退屈なだけだ。それなら、あいつと時間をつぶしている方がよっぽど楽しかった。
でも、あいつは居なくなってしまった。
異世界に行ってしまった。
あいつはそれなりにも楽しくなかったんだろうか。
どこか違う世界に行ってしまいたいと思うほど、退屈でつまらない時間だと思っていたのだろうか。
「俺がバカみたいだな」
ひとりで楽しんで、ひとりで喜んで、ひとりで慰めて、ひとりで愚痴を言って、俺ひとりだけ友達ができたなんて思って。
「異世界なんて行ってんじゃねえよ」
今から町中を歩き回って疲れ切ってからベッドに潜り込んで惰眠を貪り続けたい。
学校はぼーっとやり過ごして、家に帰ってゲームの山を消化して夜が来たら死んだように眠りたい。
そうやって、この暇で退屈な日々をやり過ごしたい。
あいつは異世界に行った。
異世界に行けない俺にはこんな生活を送ることしか出来ない。
帰り道の途中、真っすぐ家へ帰るのも気が進まなかった俺は公園へと足をのばした。
公園のベンチにかばんを放る。
ベンチが軋む音と同時に、か細い動物の鳴き声が聴こえた。
しゃがみ込んでベンチの下を覗くと、そこには小さなダンボールが置いてある。ダンボールを引きずり出すと、そこには一匹の子猫が毛布とともにうずくまっていた。
面倒なものを見てしまったな、と毛がぼさぼさになった子猫を見ながら考える。
俺は極力怪しまれないように辺りを見回した。公園には人影はなく、足音ひとつ聴こえてこない。俺が子猫を見捨てたところで咎めだてされることは無いだろう。
「はあ、なんでこんなときに」
俺は子猫をただじっと見た。
小さく震えるその身体は今にも動かなくなりそうだ。やせ細った身体が息をするたびに、まだ命がそこにあるのだということを意識せずにはいられなかった。
「みゃあ」
俺にしか聴こえないような小さな声。
俺の頭に鼓動が響き、身体が熱くなった。
「ひとりなのは一緒か」
俺は大きく息をついてダンボールを持ち上げた。
片手でも抱えられるほどの重さ。でも、命は確かにそこにある。
家に着いた俺は自分でも驚くほど慌ただしく動いた。
子猫の身体を洗い、風邪をひかないようにしっかりと拭いた後、ほどよくぬるくなったミルクを舐めさせた。
やるべきことを終えた俺は自分の人間的な一面に苦笑しながら子猫をタオルで温めた。
タオルに包まれた子猫はどことなく穏やかな顔をしている。毛並みはまだ少しガサガサしているが、何度か洗えば綺麗な毛並みに戻るだろう。
猫が入っていたダンボールの底には手紙が入っていた。
手紙には「異世界より」と見覚えのある字で書いてあった。
「友人が猫になったようなものか」
俺は胸の底に溜まったどろどろとした思いを吹き飛ばすように笑った。
異世界に行けない俺はこいつを育てよう。
退屈でつまらない日常でも、こいつがいる限りはそれなりに楽しく生きていけそうな気がする。
異世界からの贈り物 桂木 狛 @koma_shiba
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