探偵三人。女子一人。

ノブ

元旦殺人事件

第1話 高崎圭介という探偵

 2018年1月1日。年明け早々良くないニュースが飛び込んできた。電話がかかってきた。立石里奈は家族揃って見入っていたお正月の特番を後にして電話に出た。相手は、警察課長の成瀬順だった。新米刑事の立石はお正月なのに大変な職業だなと思いながら成瀬の話を聞いた。

「市内で殺人事件が発生した。至急、札幌市北区xxxまできてくれ。ああ、あけましておめでとう。」

ここは北海道札幌市。立石はこの街で育ち、この街の警察署に務めている。

「わかりました。すぐに向かいます。明けましておめでとうございます。」

おめでとうございますなのかな?と思いながらも上司に対して返答をした。立石のような下っ端まで呼び出すくらいなのだから余程の緊急事態なのだろう。

「ああ、そうだ。できるだけ集めのインナーを着るなどして暖かくしてきてくれ。現場は外だ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 立石はすぐに身支度を整え、車へと向かった。その前日、大晦日の日に大雪が降ったこともあり、車の雪下ろしに少し時間がかかったもののなんとか現場へ急行できた。

 遺体現場は高速道路に面したマンションの203号室のベランダだった。窓ガラスが粉々に砕けており、辺りに散乱していた。ただし、ドアのガラス部分だけは綺麗に残っていた。ベランダを見渡すと、2名の男女が抱き合った形で倒れていた。部屋の内部では何か変わった様子は見受けられなかった。テレビは消音でつけられており、リビングの電灯もついたままであった。男女に外傷が見当たらず、抱き合った形であったので終身自殺が推定されたが、粉々になった窓ガラスの説明がつかないということで他殺の線も含めて捜査に乗り出すこととなった。遺体には、鑑識の人たちが集まっていた。課長の成瀬が口を開いた。

「立石くんには、被害者の身元判明と聞き込み調査を任せたい。鑑識の結果を待つには少し時間がかかるだろうから、このマンションの管理人や近隣住民に当たるなどしてくれ。元旦のこの時間だから里帰りしている連中も多いだろうが。」

「わかりました。まずは、一階の管理人室に行ってみます。」

エレベータを使い、2階から1階に降りた。このマンションでは非常用の階段しかないらしく、基本的にエレベータで上下階移動する。マンションは5階までしかないためさほど混雑もしないのだろう。管理人室の扉には多分名ばかりの”現在管内巡回中”のステッカーが貼られていた。きっと、どっかでサボっているか、そもそも、仕事する気がないのだろう。一応インターホンを鳴らし呼び出してみたが何も聞こえてこない。仕方なく、立石は自分の名前、電話番号、簡単な事件の概要を書いて管理人用のポストに投函しておいた。管理人を見つけるのは困難を極めそうだったので、まずは、2階の住人に当たることにしようと決めた。204号室は203号室の隣にあるため、最初に聞き込みをすることにした。201,202号室は対面にあるようなボックス型のマンションであった。さむさか緊張か、少し震える手で警察手帳をポケットから取り出した。一呼吸着いてから、ゆっくりとチャイムを鳴らした。

「はい。どちら様ですかぁ」

なにやらとぼけたような男性の声が聞こえてきて、ちょっと安心した。警察手帳を顔の横あたりに掲げながら返答をした。

「新年早々すみません。警察のものです。隣の203号室で男性一人と女性一人の遺体が見つかったもので、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ほ、本当ですか。信じられません。わかりました。今ドアを開けますね。」

くつろいだ格好をしていたため着替えているのだろう、30秒程時間が経ってからドアが開いた。そこには、ひ弱な大学生のような青年がおどおどしながら立っていた。

「本当ですか。そんな物騒なことが新年早々に起こるなんて。世の中、油断も隙も無いですね。あの。なんでも協力します。」

「ありがとうございます。早速なんですが、お隣の方々のお名前はご存知でしょうか?」

「すみません。知りません。僕は今年の、いや、もう昨年でしたね。昨年の10月にこに引っ越してきたばかりですので。ほとんど面識がありません。たまに、女性の方とはエレベータで一緒になったりしたことはありますが。というか、女性の方が一人暮らししていると思ってました。男性については見当もつきません。」

「ご引越しの挨拶とかは行かなかったのですか?」

「そんなことするんですか?普通?しませんでした。申し訳ありませんが彼女ら、について知っていることはほとんどありません。あ、でも、言い争いみたいなものは聞こえたことがあります。」

204号室の住人、角田健人は堂々と”なにも知らない関係ない”ということを主張した。彼の提示した学生証から、北海道大学の理学部の大学二年生であることがわかった。その後、角田の了承のもとベランダの様子を確認させてもらった。景色を眺めてみると北海道大学の土地が一望できた。窓ガラスは頑丈にできていて、ちょっとやそっとの衝撃では割れそうにない。寒い北海道仕様だろう。やはり、心中するに当たってこの硬いガラスを砕く必要性が感じられない。

「捜査にご協力ありがとうございました。また、お願いするかもしれません。」

「はい、どんなことでも協力します。早く犯人を見つけてください。」

その後、201,202号室を当たってみたが、どちらも不在のようだった。一応、すべての階の住人に当たってはみたが、これといって情報は得られなかった。住人の混乱を仰いだだけかもしれなかった。そこで、もう一度現場に戻り、上司の指示を仰ごうと考えた。これでも現場に到着してから二時間は経過していた。

「ふむ。そうか。なかなかいい情報は得られなかったか。鑑識の結果が出たようだ。が。」

課長の成瀬はかなり苦しい表情を浮かべた。

「だ。が。ですか?」

「死因がわからない。また、指紋等犯人を特定するに役立つ証拠もない。一つだけあてになるのは死亡推定時刻だそうだ。ちょうど年が明けるか明けないかあたりの時間らしい。犯人逮捕のためには被害者特定にかかっているかもな。」

「はい、頑張ります。」

とは言ったもののこっちもだいぶ手詰まっている。そんな中、スマートフォンの着信が鳴った。

「はいもしもし。立石です。」

「マンションジュリアンヌ管理人の小渕ですけど、書き置き見ました。遅くなって申し訳ございません。そちらへ向かいましょうか。管理人室で待ちましょうか。」

「私がそちらへ向かいます。すぐ行きます。」

軽く成瀬と目配せをし、早歩きで管理人室に向かった。ちょうどその時だった。201号室のドアが開き、中から、長身で髪が乱れているスウェット姿の男性が出てきた。へえ、男前は乱れてても男前なんだ。と、ちゃっかり、うっとりしている自分に、刑事スイッチを押した。急いで、警察手帳を取り出した。

「警察です。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか。」

「ふーん。こんなところに警察が。いや、いまは忙しいんだ。コンビニにいかなきゃならない。」

え?ポカーンとしてしまった。相手のマイペースさに飲み込まれてしまいそうになった。

「あの、ふざけてますか?この階で殺人事件が起きたんです。話を聞かせてもらいます。」

「断ります。僕にだって都合はある。」

といって彼はポケットをゴソゴソし始めた。取り出した何かを私に手渡し、颯爽とエレベータに乗り込んで言った。唖然としながらもその名刺を眺めると、”高崎探偵事務所 高崎圭介”とだけ書いてあった。裏面には携帯の電話番号が載っていた。管理人室に向かっていたことを思い出し、下にいったエレベータを呼び戻すためボタンを押した。



 管理人室に到着した立石里奈は少し勢いよく、扉を開けた。中にいたのは優しそうなおじいさんで60歳前後だと推測できた。

「すみません。ちょっと出払ってたもんで。」

 呑気な口調だ。

「えっと、私、先ほどの書留にもあったと思うんですけど、警察のものです。204号室で死体が発見されました。身元特定のため、情報を頂きたいのですが。」

「本当ですか!わかりました。今調べます。」

 ああ、この人、書いておいたの読んでないな。そう思いながらも、先ほどの、寝癖ぼうぼうのイケメンのことが頭にちらついて離れなかった。しばらくすると、

「204号室ですと吉田桃子さんという方がお住まいですね。でしたといった方がいいのでしょうか」

 いやいや、そんなブラックジョークはいいんだよ。

「えーと、うーん、細かすぎて字が読めない!名前は。。。」

 あれ、どこかで聞いたことのあるフレーズ。。埒が明かないので。

「すみません、その書類目を通させていただいてもよろしいですか?関連する情報は取得しておく義務があるので」

 義務っていう言葉を使ってみたかった。だから、使い方が間違っていることもなんとなくわかった。書いてある情報によると、被害者は吉田桃子さん、28歳、電話番号がわかった。勤め先は北海道銀行のようだ。早速、北海道銀行の方に電話をかけ、吉田さんの交友関係を伺いにかかった。電話が繋がらない。ハッとした。今日は元旦。どこの営業所も開いているわけがない。またもや、行き詰まってしまった。どうやって、吉田さんの情報を得ようか。実家の電話番号なんかが書いてあったらよかったのに。どうしようもないので、とりあえず、住人のデータをもらい、管理人室を後にした。すると、また、さっきのイケメンくん(自分の中でそう呼んでみてる)とばったり出会った。

「あれ、どこかでお見受けしましたか?」

 どつき倒そうという思いを胸にしまいこみ、

「警察のものです。事情聴取に付き合っていただきます。お時間ありますか?ありますよね。コンビニに行くという急用もお済みのことですし。」

 たっぷりと皮肉を込めて言ってやった。

「冗談ですよ。もちろん、お受けしますよ。でもね。僕、もう事件の全貌が見えているんですよ。コンビニに行く途中、204号室を外から眺めたんですよ。窓ガラスが跡形もなく割れているではありませんか。あれは、外部犯の仕方に違いありませんね。しかも、このマンションの窓、かなり強度の高い分厚い仕様になっているんですよ。てことはそれを割って入るほどの強硬手段をとったということは、確実に強盗ですね。二階ということもあり、侵入もかなり容易ではあるでしょうがね。あれ、しかし、何を目的に強盗までして屋内に侵入したかったのでしょうか。もしかすると、被害者は金銭的価値の高いものを保有していたのでしょうか。待てよ、もしそうだとするならば、彼女の年齢とこの家の価値を総合して考えてみると、その線は薄いな。知的財産なるもの、機密情報なるものを彼女が握っていた説が濃厚ですね。となると、この辺に住んでいて、かつ、機密情報を握っているものといえば、大学機関か銀行などの金融取引関連。後者が妥当でしょうね。あの年齢で大学機関に携わる女性は割合が比較的少ないですから。あ、女性蔑視的な意見ではないですよ。」

 ものすごいスピードで彼が、あ、イケメン君がまくし立てるのを一方的に聞いていた。すごい!あの情報だけで、銀行員であったことにまでたどり着くなんて。いやいや、そんな君の推理より、君のアリバイなんかが聞きたいんだよ。

「ちょっと待ってください。今は探偵としてではなく、被疑者としてこちらの質問に答えていただく必要があります。昨晩から今朝にかけて、どこにいらっしゃいましたか?」

「その反応。僕の推理があらかた当たってるんですね。やっぱり僕は名探偵だなあ。この先安泰ですね。」

 いや、自画自賛型ナルシストイケメンかよ。ナルメンに呼び方変えておこうっと。

「おふざけも大概にしてください。今日と昨日のアリバイを教えてください。」

「すみません。職業病で。僕は家でのんびりゴロゴロテレビをみていましたよ。それを証明する人はいませんがね。でも、僕には動機が全くないですし。あ、でも、探偵が殺人を犯すのってある意味斬新?」

 どこまで調子乗りなんであろうか、この人は。

「わかりました。いずれ本格的な事情聴取のため任意同行をお願いすることになります。それまでは部屋で休まれていてください。いや、部屋を覗かせていただいてもよろしいですか?」

 新米刑事であり、知識が乏しい立石里奈は被疑者の対応がよくわかっていなかった。そこで上司に指示を仰ぐため、再び二階の現場に戻った。ナルメン君を引き連れて。

「この扉の前で待っていてください。」

 この言葉を言い終わるか終わらないかのタイミングでこのお調子者ナルメンはズカズカと事件現場へ乗り込んでいった。上司の怒号が飛んだ。

「誰だこいつは。部外者はつまみ出せ。」

「誰だ、ちみは、ってか、そうです、私が名の探偵ですぅ」

 呆れるを通り越して、声もでず立ち尽くしていると、ナルメン君がまたベラベラと話し始めた。

「なるほど、終身自殺に見せかけた犯行ですか。この捜査状況だと、死因特定がまだのようですね。それに、被害者の身元もあまり明らかになっていない。なんでそう思うかですか?警察がここに来たタイミングと、僕のチャイムがなったタイミングと管理人室から出てくる冴えない顔した新米刑事の表情から簡単にわかりますよ。死因は酸欠でしょうね。酸素濃度が極端に低い空気を吸った時に起きうる死因ですよ。多分、液体窒素を室内にばらまいて窒素で室内を満たして殺したんでしょう。換気扇も回っていない、かつ、他の部屋に繋がる扉も閉められていますからね。液体窒素が撒かれた後に特有の床の変色もここにみられますしね。あまりにも低温の物質と接すると木材も一時的に変色するんですよ。身元に関しては、あそこに置いてある、高校の卒業アルバムに載っている誰かの電話番号に電話をかけるのが早いと思いますよ。それか、書きかけの年賀ハガキの宛先に電話をかけてみるとか。新米刑事じゃ、そこまで頭が周りそうにないので。補足しておきますよ。」

 すご〜いという賞賛の感情とカチーンという怒りの感情が同時に出現した。

「とりあえず、部屋から出て行ってもらえますか?業務執行妨害で逮捕しますよ?」

 頑張って頑張って振り絞った。

「わかりましたよ。いつでも業務執行補助しますから、タイーホしてくださいね」

 少しの間、上司と私と鑑識の人たち沈黙が流れた。

「では、立石君。卒業アルバムから、被害者の友人を当たってくれ。」

 悔しくも、ナルメン探偵の指示に従うことになった。とても悔しい。







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