第26話 ただし貴方の夢は叶いません。

「ええぇ、いや、お前の体とか、別に要らないけど……?」


 心底嫌そうな顔で、拒否された。

 せっかく俺が、体を張って差し出したのに!


「えええええええええぇぇぇぇぐっふぁぁ……っ」


 勢いよく血を吐き出す。


「別に男になりたいとか思ってないし、特にイオリは筋肉つきすぎて汗臭そうだし……うん、やっぱいいわ」

「がっ、ふ……」


 追い打ち酷い……。


 ああ、やべえ……。腹が痛すぎる。

 間違いなく死んだな、こりゃ。切腹、士道不覚悟である。


 膝から、崩れ落ちるように力が抜けた。


「血、血がっ、イオリの血が止まらないよ!!」

「……落ち着けよ、シャルロット。君がやろうと思えば、何でも出来るだろう――ただし、君の命を使うけれど」

「っ、わかった!」


 シャルの身体が光に包まれる。

 ああ、綺麗だなぁ……。


 そして、いつか見た光景を、もう一度……。


「イオリ、食べて、これを食べれば、怪我が治るからっ」

「…………」

「今まさに死に行く人間だ。咀嚼なんて出来ないよ、あの時も、そうだったはずだ」

「それなら、いい。私が食べさせる!」


 瞼が、重い。もう何も見えない……。


「ん――」


 唇に、温かく柔らかなものが触れる。

 そして、何かが流し込まれた。


 目を開けると、泣きそうな顔の、天使が居たんだ――


「…………ぁ、ぅ」

「起き、た……? ちゃんと、呑み込んだ?」

「……ああ、たぶん」


 そうか、あの柔らかい感触は、シャルからの口付けだったんだ。

 租借した状態の木の実が喉を通り、腹に収まった。


 ゆっくりと、傷が塞がっていく。


 これが樹の精霊術――神様と契約して、世界に顕現させる力。


「へへ、俺さ、初めて、なんだ……シャルが相手で、本当に良かったよ……」


 心配要らないと、力なく笑ってみせる。

 シャルは、白魚みたいに綺麗で細長い指を、そっと自身の唇に当てた。


「……えへへ、これ、初めてじゃないよ」

「え……? それって」

「実はもう、イオリとは何度もしてるんだ。初めて会った日、溺れてたから」


 天使のような女の子は、涙目でにこっと微笑んでくれる。


「あの時は、私も慌ててたから、力加減わからなくて……肋骨、おっちゃったの……ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げられる。

 そっか……あの胸の痛み、シャルが助けようとして。


「謝ることなんてないよ。危険な状態だったんだろう? 今みたいにさ」


 シャルからの返事をもらう前に、ぶすっとした表情のペンギンに話しかけられた。


「おい、イオリ」

「……なんだよ、ドライアド」

「死ね」

「いやいやいや、まさに死のうと、してたんだぜ? お前と、シャルの為に……」


 パーンと、音がした。

 気が付けば、頬がじんじんと熱くなってくる。いたい。


「……しゃ、シャル?」


 ぽろぽろと涙を流した女の子が、本気で叱ってくれた。


「――バカ! 命を粗末にしないでって、ちゃんと言ったのに!」

「でも……。ドライアドが死ぬよりはマシだろう? だったら俺の命をあげようって」

「要らない、そんなのされても嬉しくないよ!!」


 はっきりと、自分の願いを口にして。


「お願いだから、ちゃんと自分の命を大切にして……。私の騎士になるんだったら、これからは自分で自分を傷つけないで」

「…………」

「返事は!?」

「あ、うん、わかった……ごめん、誓うよ。俺はもう、自分を自分で傷付けない」


 よし、とでも言うように、シャルはふんっと鼻息を鳴らす。

 そして、くるりと振り返った。その視線の先には、ペンギンがいる。


「ドラちゃんっ」

「は、はい」


 シャルの本気で怒った剣幕に、さすがのドライアドもたじたじだった。


「どうして、死のうとしたの」

「……だって、僕がいたらシャルロットは悲しむだろ」

「いない方がもっと悲しいよ!! どうしてわかってくれないの、貴女はもう家族なの、離れたら泣いちゃうの!」


 バツが悪そうに、ドライアドは口を尖らす。


「でも、君の望みは、イオリや、村の奴ら、人間に迷惑をかけないままに、仲良く暮らしていくことだ。それは僕がいたら、難しい……」


 それは、求婚作戦のことを言っているのか。


 おそらく精霊という身分にあるドライアドは――「誰かに願われたら叶えてしまう」のだ。

 そういう風に、世界が定めている。


 そして、代償というものに囚われ、その人の夢を奪ってしまうのだ。


「それじゃあ、謝ろうよ。迷惑かけちゃったなら、ごめんなさいしよ?」

「え?」

「村のみんなに謝ろう。私も一緒に、謝るから」

「……僕が? この樹精霊ドライアドが? はは、冗談キツいよシャルロットいった!?」


 ゴツンと、ペンギンの頭にゲンコツが降る。


「悪いことをしたら謝るの! それは神様でも人間でも、変わらないもん!!」


 殴られたペンギンは、ポカーンとシャルを見つめていた。


「ドラちゃん、分かった!?」

「あ、ああ……ごめん、なさい……僕が、悪かったよ」


 全ての空気を破壊するように、天使みたいな女の子が願いを口にする。

 もう他人に遠慮なんかしていなかった。


 ひとりのわがままな、女の子だった。


「私の、私のお願いはね、簡単だよ。

 みんなで仲良く暮らすこと――そこにはドラちゃんも、イオリも含まれてる。

 どっちが欠けても、もうダメなの。どっちも居て欲しいの。

 村のみんなとも、もっと仲良くなりたいの。

 悲しい事があったらみんなで慰め合って、嬉しい事があったらみんなで笑いたいの。

 それにはドラちゃんがいないと、ダメなの。イオリとも仲良くして欲しいの」


 樹精霊ドライアドは、怪訝な顔をして俺を見てくる。なんだよう。


「……コイツと? 仲良く?」


 そして、大きく溜め息をついた。

 本当に失礼な奴だな……。


「いやいや、それはさすがに君の言葉でもきけないよ。わがままが過ぎる」

「私、わがままだもん。ドラちゃんだって知ってるでしょ? こういう頑固なところ」

「でもね、シャルロット。僕は昔、光精霊ウィルが『人間になりたい』と願ったせいで、心底人間が嫌いになってしまってね。しかもそのイオリ・ユークライアは――」


「私に惚れてるんだったら、それくらい我慢しなさい!」


 はっきりと、シャルはその『お願い』を口にする。


 すげーな……、どんな言葉よりも、効果があるよ。それ。

 案の定、ドライアドはうつむいてしまう。


「……はあ、もう、どうでもよくなった。僕の、負けだ。降参だよ……」


 この瞬間、第四の島『スズラン島』の頂点が決定した。

 家族の為に怒って、叱れる。とても強い人間の女の子だ。


 張りつめていた気持ちが緩んだんだろう。

 シャルはすとんと尻もちをついてしまう。


「ははっ、やっぱ格好いいな。シャル、行こうか。村のみんなも心配してたよ」

「……うん。一緒に、帰ろう。ドラちゃんも、一緒に……」


 瞼をぎゅっと閉じて、声も出さずにシャルは泣いてしまう。


「ちぇ、敵わないな。先に惚れた方が負けって言葉を、初めて理解したよ」


 不貞腐れた樹精霊ドライアドと一緒に、シャルが泣き止むまで待つ。

 その間、顔を見合わせてはぷいっと逸らす、という中々可愛い仕草を拝見できた。


 ふう、ペンギンじゃなかったら、アードラの姿だったら、もっと良かったのになぁ……。


「おーい、みんなー!!」


 時間が経ち、津波はもう引いていた。

 島の地面はまた、元通りとはいかないまでもお日様の下に蘇っている。


 村があった場所で集まっていたみんなに手を振りながら、笑顔で近付いていく。


「おう、お帰りイオリ。シャルやアードラも、首尾よくいったみたいだねええええええええ!?」


 ロッコは驚愕の表情で叫んでいる。

 視線は俺へと固定されていた。なんだろう?


 ちゃんと無事にシャルを連れ帰って来たのに……。

 おや? ロッコだけじゃない。この奇異な視線は、俺を見る人、全員だ。


「「木刀が腹に刺さってるけど!?」」


 村のみんなが声を揃えて言う。


 ああ、そうだったな。

 怪我は治ったけど、そういえば腹部に刺した木刀を抜いてなかった。


 ……うん、でもまぁ、今はいいだろう。

 痛くないし、いずれ機会があれば抜くってことで。


「はは、まあ気にするなって。ほら、早く次の島へ行こうぜ!」


「「いやいやいやいや、超気になるんですけど!! 何があったの!?」」


 ここは世界樹の下にある国『ユグドラシル』――

 願い事を叶えるが、決して幸せにはしない樹精霊ドライアドの棲み家であり、その庇護下にある人間達が暮らす絶海の孤島だ。


『貴方の願いを叶えましょう。ただし貴方の夢は叶いません。』


 そんな言葉が、聞こえた気がした。


 いやいや、そんな事はないさ。

 願いは一つじゃないし、夢はまた新しく生まれてくる。


 命を懸けて生きていれば、きっと毎日が新鮮で、輝いているんだ。


 幸せなんて、他人が決めるものじゃない。

 どんなに辛い状況でも、どんなに挫けそうな苦境の中でも、笑っていれば意外と何とかなるもんだ。


 いいや、俺が何とかしてみせる。


 きっとそれが、俺の目指す『世界最強』ってやつだ。

 それでもきっと、心底惚れた女の子には簡単に負けてしまうんだろうけれど、それはご愛嬌というものだろう。

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貴方の願いを叶えましょう。ただし貴方の夢は叶いません。 花咲樹木 @Hanasaki_jumoku

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