ケット・シー

 猫は太古から人間のパートナーだった。いや、人間は太古から猫の奴隷であったといえるかもしれない。人と猫の関係は、はるかエジブト文明まで遡る。ナイルに抱かれた肥沃な土地に恵まれた地で人知れず農耕はおこなわれるようになり、そこに集う鼠を求めて集落に定着した野生のイエネコが、飼い猫たちのルーツだという。

 古代エジブトにおいて猫は女神バステト神の使いとされ、人に飼われていた犬よりも丁寧に埋葬されていたそうだ。

 やがて猫たちはローマ帝国の商人たちによりヨーロッパにももたらされ、世界中へとその生息範囲を拡大させていく。北欧で美の女神フレイヤの橇を引いていたのもノルウェーの森に生息していたというノルェージャンフォレストキャットだ。

 日本では仏教と共に猫が伝えられ、仏典を鼠から護る聖なる動物として扱われていた。貴族の位にも猫がつく官職があったというのだから驚きだ。

 スコットランドとアイルランドには妖精猫(ケット・シーもしくはカット・シー。ケット、カットは猫の意、シーは妖精を意味する)と呼ばれる猫たちがいる。妖精に飼われているとされる彼らは猫の王ともされ、その姿は犬のような大きさで毛は黒く、胸に白い斑点があり、背は弓状に曲がり、毛が逆立っているという。これは怒っている妖精猫たちの姿だとも言われている。

 ケット・シーたちは人語を解すると言われ、彼らの正体を知りたければその耳を少し傷つけてやるといいらしい。その猫がケット・シーならば、猫たちは自分たちの耳を傷つけた人物を人の言葉で罵るからだ。

 ケット・シーたちは自分たちを傷つけた相手に対して容赦のない報復も行うという。かつてアイルランドには猫の王イルサンと詩人の長シャンハンの話が伝わっている。

 偉大な詩人シャンハンが詩人の長となったとき、コノハと王は彼のために盛大なる宴を催した。だがシャンハンはその宴が気に入らず、出されたご馳走にすら手をつけようとしない。見かねた少女が卵をシャンハンに卵を勧めるが、なんと鼠がその卵を食べてしまったのだ。

 鼠の蛮行に怒った詩人は、これは猫たちが鼠狩りを怠けたせいだと猫の王イルサンを罵倒する詩を謡う。イルサンの一族は怒り狂い、イルサンはシャンハンを連行すべくコノハト王の宮殿に姿を見せるのだ。

 牡牛のように逞しい巨大を備えたイルサンはシャンハンを咥えその場から去っていく。シャンハンはイルサンを宥めようとするが、イルサンは彼の言葉に耳を貸そうとはしなかった。そんなシャンハンを鍛冶屋をやっていた聖キランが救い出す。

 彼はコノハト王の祝宴を無駄なものとしないために、イルサンの脇腹に焼けた鉄棒をお見舞いするのだ。イルサンはこれにより息絶えシャンハンは救われる彼

 だが、彼は反省することなくイルサンに襲われたのはコノハト王のせいだと王を非難する詩を謡ったそうだ。この出来事から、詩人に非難されないために王たちは、今まで以上に詩人たちに敬意を表すようになったという。

 古代アイルランドにおいて情報を伝達する役割を担っていた詩人は、下手をすると王よりも丁重に扱わなければならない存在であった。この言い伝えは、そんなアイルランドの詩人の地位を今に伝える話だともいえる。

 さらに彼らは人間のように王国を持っているという。

 とある男が猫たちの葬儀を目撃する。猫たちの会話に耳を傾けると、なんと猫の王が死んだというではないか。男が妻にその話をすると、側にいた飼い猫が次の王は自分だと叫び煙突へと駆けのぼって2度と戻ってこなかったという。もしかしたら、あなたの飼っている猫も猫の王国の住人かもしれない。



参考文献

世界の猫図鑑 監修 佐藤弥生 新星出版社

妖精辞典 キャサリン・ブリッグズ編著 冨山房

猫の神話 池上正太著 新紀元社

妖精 草野巧 著 新紀元社

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