奴隷

「きゃはっ、あははは、あはははハハハハ」


 頭頂部に三角形のモフモフとした両耳を持つ少女は、恐らくは獣人族の一種なんだろう。

 輝かしい白銀の毛並みに大量の返り血を浴びながら一方的に野盗を嬲り殺す様は、残念ながら美しいと言うより悍ましいと言った方が正しそうだけど。


「うふ、うふふ。あはッ! おじさんたちよわーい。……アハ」


「なんだよ!? なんなんだよコイツはッ!?」


 そんなことを言いながら残り1人となった賊は、その手に持つ剣を振り回しながら必死に逃げ回っていた。


「わたしぃ? わたしはねぇ……あハっ。なんだろ? わっかんなーい。きゃはハハはッ」


 明らかに理性が飛んでしまった目をしている少女は、男が持つ剣を素手で叩き落としながら、凍えるような笑顔を顔に貼り付けて男をいたぶっていた。


「最近の子供は随分と活発的なんだな……」


 少女を見ていてふとそんな事を思った俺は、武器を構え、油断なく少女を観察している彼女達にそう言った。


「御安心を。あの程度であれば、取り押さえるのに幾らも掛かりません」


 呟きに即座に反応したシャルが、優しげな口調でそう答える。


 まぁ、大して強く無いみたいだし……。


「にしても……随分とまぁ、ここまでやってくれて……」


 バラバラになった野盗の死体を集めながら、少女と賊の戦いを観戦する。


「どうされますか?」


 さて、どうしようか……。

 シャルに促されるが、俺としては少女が賊を殺してくれるなら手間が省けるから嬉しいんだよなぁ。

 忌避感は無いとはいえ、進んで人殺しをやりたい訳じゃ無いし。

 まぁ、このまま行けばそう遠くないうちにヤらざるを得ない状況も出来るだろうから、ここで慌ててヤる必要を感じないだけなのかもしれないが。


 そんな事を考えていると、一対一で戦っていた最後の野盗可哀想な人がいつの間にか血溜まりの中に沈んでいた。


「勝ったか。まぁ、どっちでも良かったのは本音なんだけど、こうなると彼女をどうするかが問題だな」


「取り押さえますか?」


 野盗の血を頭からかぶって恍惚とした表情を見せている少女を見ながら、連れ帰ってみるのも一つの手かと思いつく。


 そもそも、アストラーゼ領内は他の領地に比べて他種族の出入りが激しい。

 その上、両親の意向で奴隷の取り扱いは結構シビアな所がある。

 衣食住の保証と心身の健康管理は主人の義務だ。

 ならば、違法奴隷じゃなければ名簿か何かに名前が残ってるかもしれない。


「そうだな。連れ帰って母上にでも聞いてみるか」


 俺の言葉が聞こえたのか、突然こちらに振り向いた少女が、その笑みをより深くして話しかけてきた。


「あれ? あなたたちは? ウフフ、あハハ、ツヨイノォ!?!?」


 そんな狂った言葉と共に、地面がめり込むほどの威力でこちらに突っ込んでくる少女。


「ルード様はお下がりください。畜生などにお手を煩わすわけにはいきませんゆえ」


 冷徹な目で少女を睨みながら腰に差してある長剣を抜いたシャルは、矢継ぎ早に指示を出す。


「親衛一番から三番は賊の死体の処理と援護。近衛一番はルード様の護衛。近衛二番は私と共に対象の無力化。ルード様が見られています、無様な醜態は万死に値すると知りなさい」


 相も変わらず物騒な思考を持つ戦闘メイドはハキハキと役割を振っていた。


 シャルのその姿を何となしに眺めながら、こちらに迫りくる少女を注意深く観察する。

 どうやら、彼女の首には売買契約前の商人用の仮奴隷の首輪が付けられているようだった。


 シャル達に習ったところによると、あの首輪には『反抗の禁止』と『逃亡の禁止』が付いていて、基本的には『反抗の禁止』の方を使う為には特殊な許可証が必要な筈。

 まぁ、闇商人が主人ならそんな細かい事は無視してるんだろうが。


 となると、現段階では奴隷商人の元から逃げ出す事は合法・違法を問わずほぼ不可能なはずだ。

 最も、魔法使用前に逃亡されるような間抜けを犯したなら逃げ出す事も出来るだろうが。だがそうすると、逃亡奴隷が加算されて悲惨な事になるだけ。

 でも、多分彼女は違法奴隷の線が濃厚だな。


 問題は───。


 結構な距離があったのに、もう迫って来ようとしている彼女から視界を外さず、『魔力感知』と『気配察知』の二つを併用して辺りを探る。


 所有者はいない──か?


 探索系の魔法を使う必要は無いだろうが、恐らくこの辺り一帯には俺達以外の存在は感知できない。

 隠密特化の職業持ちなら誤魔化す事も出来るだろうが、事ここに至って誰も出て来ないなら、文句をつけられる筋合いもないだろう。


「シャル。俺が出るから援護よろしく」


「は──いや! しかし……」


「任せた」


 俺の言葉に一瞬否定せんとしたシャルは、続けて命じた事で素直に従った。


「ルード様の御命令です。行動しなさい」


 シャルの命によって少女を捕らえんと動いていた彼女達も、その声を聞いた瞬間、即座に一瞬前までの自分の役割を捨ててその命に従った。


「ウィズは『武装』の準備をしてくれるか?」


「!?」


「そ、それは!? ルード様、あのようなものがそこまで強いと言われるのですか?」


 俺の頼みに酷く驚いた顔をするウィズと、自分の見解が間違っていたのかと狼狽えるシャルや部下達を尻目に、軽い調子で戯けながら前に出る。


「万が一だよ、万が一。それより、後ろは任せたぞ、シャル。死ぬ事は許さないけど死ぬ気でフォローはして貰うから」


 そう言ってシャル達の前に出ると、狼狽えていた雰囲気が一転、ピリつくようなものへと変わる。


「この命に変えましても」


 そんな仰々しい返事を背に受けながら少女の前に出て、先程と同様に軽い口調で少女に問いかける。


「やぁ、初めまして。俺の名前はルード。出来れば君のご主人様と話がしたいんだけど?」


 コテンと首を傾げた少女は、ニタニタと笑いながら口を開いた。


「うふ、あるじ? あは、あぁ、ころしタノォ。ひっぱられたからだだをこねたラタたかれちゃったからころしちゃった! あはッ」


 まるで、お腹が空いたからご飯をつまみ食いしちゃった、みたいなノリで返事を返した少女に、俺は少しばかりあっけに取られてしまった。


「へぇ、捕まった時に殺っちゃったのか。そりゃすごい。じゃあ、なんで首輪をつけてるんだい?」


「うーん、なんで? なんで? ナンデ? ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ、ケタケタケタケタケタケタ」


 会話が成立しないぐらいに狂い始めた少女を見て、一つの病状を思い出した。


「ふーん。この子、『呪い子』だね」


「『呪い子』……ですか?」


 死角を潰しながら少女の悍ましさに冷や汗を流している近衛の1人が問いかけてきた。


「あぁ。ごくごく稀に強者同士の子供が奇形で産まれてきたり、生活に支障が出るほどの病を患って産まれてくるという事は聞いたことがあるか?」


「……えぇ、はい、あります……」


 こちらの様子を窺いながらその部下は返事を返して来た。

 大した質問でもないだろうにこちらの様子を窺ってくる部下を不審に思いながらも、取りあえず今は説明を続けることにした。


「あれと一緒で、母体がなんらかの病、または呪術にかかった際にごく稀に赤ん坊にバッドスキルがついて産まれてくることがあるらしい。人間なら神官に頼めば高位職の人なら殆どのバッドスキルは解除出来るらしいけど。でも、獣人族や獣族にはそう言った人はいないからそのまま成長しちゃう人が大半らしく、そう言った人達の事を『呪い子』って呼んでいるらしい」


「そうだったんですか。では、あの子は?」


 説明を聞いていたものが皆一様に、あの子にはなんのバッドスキルがあるのか、との意味を込めて問いかけてくる。


「『狂人ジャンキー』」


「『狂人ジャンキー』? ですか……」


「うん、理性と引き換えに全ステータスの倍加と殺人衝動の倍増。おまけに種族固有の『血の滾り』まで発動してるから、ざっと見積もってもステータスは平時の十倍ぐらいだな。そこらの騎士が数人集まろうと止められない程だ」


「では、あの子は元にはもう……」


「あぁ、いや、スキル自体は問題じゃない。叩き伏せれば解けるみたいだし、発動には一定以上の生物の血が必要みたいだからな」


「それならば、どうしてルード様が自ら?」


 シャルが最もな疑問を挟んでくる。


「最初は、この子の主がよっぽどの隠蔽スキルの持ち主かと思ったんだよ。全然俺の勘違いだったみたいだけど」


 過剰に周りを警戒していたことが馬鹿らしくなって苦笑しながら答える。


「まぁ、折角だし一戦やってみる事にするさ」


 戦闘訓練は幾度となく受けていても、実際の対人戦闘の経験は少ないし、おそらくはこういった事をやらせたくて訓練だと言い放ったのであろう父の顔を思い浮かべながら、軽く体をほぐして少女に向かって歩み寄る。


「お気をつけ下さい、ルード様。万が一という場合がございますので、ゆめゆめ油断なされませぬよう」


「わかってる。全力を出す良い機会だしな」


 そう言って、ふらふらと頭を左右に振りながらこちらを見て笑っている少女を挑発する。


「かかって来いよ犬畜生。血生臭いから家に帰って洗ってやるよ」


 頭上に白銀に輝くケモミミが見えたため、この挑発でいいか、なんて思っていると。


「いぬ? わんちゃん? わたしが? ほこりたかきはくろうぞくのひとりであああああるるるるるわわわわたししししが?」


 案の定、種族を貶されたことで怒りが狂気を超えたのか、その目には光が灯り始め、真っ直ぐにこちらを見据えてきた。


「あは♪ ころしてあげる♪」


 超人的なスピードで肉薄しようとしていた少女は、踏み込んだ瞬間、俺が空中から振り下ろした小手調べの魔力腕マジックアームで地面に叩きつけられていた。


 ――マジかッ!!


 まさか魔力腕マジックアームすら見えてないとは思わなかったので、急いで魔力を霧散させ少女の許へと駆け寄った。


「!?!?!?」


 何が起こっているのか理解できていない様子の少女が必死に顔を上げてくる。


「大丈夫か? 一応は手加減したけど、死んでないよな?」


 そう問いかけるも、彼女の顔にはありありと恐怖の色が浮かんでいた。



 ◆ ◆ ◆



 いつもと変わらぬ行動のはずだった。


 現実に目を背けながら力を振るい、相手を殺し、笑い声をあげるだけの行動になるはずだった。


 それなのに私が地面に這い蹲っていた。


 何をされたのか分からない。

 少なくとも私には分からないことだけは分かった。


 どうやっても動かない体から力を抜き、顔だけを無理矢理にでも声のした方に向けると。


 ――ズオォォォ……!


 言い知れない圧迫感と威圧感に襲われた。

 それと同時にどう足掻いても超えられない壁を見せられた気がした。


「あっ、かひゅっ、ひゅっ」


 なんとか声を出そうとするものの掠れた声しか出ず、下半身は恐怖のあまりチョロチョロと漏らしてしまっていた。


「あーあー……ちょっと強くしすぎたか」


 そんな事を言っている目の前の少年を見ていると、その隣に黒髪のエプロンドレスを着た女性が見えた。


「さすがはルード様です。まさか一瞬の内に終わらせるなんて」


「あぁ、まぁ、ここまで早く終わるとは思っちゃいなかったな。判断基準が父上との戦闘訓練しかなかったから、だいぶおかしくなってるみたいだ」


 そんな話をしている間、メイドの女性がこちらに向ける視線はまるで糞にたかるハエを見るかのような目だった。


 ――いやっ! 見ないでッッ!!


 その女性の目がどうしようもなく怖かった。

 私は必要とされていないのでは無いか、生まれてきてはいけなかったのでは無いか、そんな事ばかりを考えてしまう。


 そんな過去のトラウマに苛まれている時、幼い少年が私の下まで歩み寄り、屈みながら魔法で狂気を抑えて声をかけてきた。


「ねぇ、君、名前は? 帰る場所はある?」


 唐突に問いかけられたそれが、私の生涯の主となる人の最初で最後の誘いへの言葉の始まりだった。



 ◆ ◆ ◆



 これが、後にアストラーゼが誇りし大英雄──ルード・フォン・アストラーゼに終生の誓いを立てたと言われている三犬が一つ。


 殺めた命の数知れず、流れる血潮は山河の如く。

 窮地に於いては死兵となりて、聳える屍主人を守る。


 そう、各国に謳われ、恐れられた部隊。

 『狂犬クレイジードック』が初代隊長、フラン・アストラーゼの──始まりの物語。

 如何にして彼女が『純白』と呼ばれるに至ったのか、如何にして彼女が『狂犬』達の代表となったのか。

 その全ては、ここから始まっていた

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