出会い
「ふぁ……」
眠い目を擦りながら開くと、見知らぬ
………。
もう一度言おう。
眠い目を擦りながら開くと、見知らぬ
………あれ?
疑問に思いながらも、視界の半分以上を覆い尽くすソレに幼い手を伸ばす。
ムニムニと柔らかくも幸福をもたらすその感覚は、前世では数えるぐらいしか体験した事のない、ある意味未知の物だった。
うわぁー………。
うぅわぁぁーーー……。
この世界、ブラジャーなんてなかったよな?
なのにこんなに垂直でハリがあるなんて……魔性だ、魔性。
いつの間にか吸い込まれてしまっている両手を一心不乱に動かし、山頂にアタックを仕掛ける。
「あっ……! ルードっ……さまッ! うぅんっ……あんッ」
山脈の向こう側から艶かしい女性の声が聞こえて来るが、俺はそれでも
「ダメっ! うんっ……! もぉ……いやぁっ……」
一揉みする毎に沈んで行く両手に驚き、麻薬にも似た中毒さがあるソレを、俺はじっくりねっとり弄りまくった。
「あぁあぁぁあっっ………うっ、うぅぅんっッッ!!」
すると、まぁそうなる訳で──。
◆ ◆ ◆
「ルード様、失礼を承知で申し上げます」
野営テントの中で、俺はシャルに正座をさせられている。
ふむ……。
痛いなぁ……。
足首に負担がかかる正座は、この歳では辛いよ。
「何故、私ではないのですっ!!」
しれっと魔法で地面と膝の間にスペースを作っていると、目を見開いたシャルが詰め寄って来た。
クール系美女って、怒り顔何だか微妙じゃない?
分かる奴いねーかな?
こんな風に詰め寄るんじゃなくて、コメカミに青筋立てる方が似合うって言うか……。
普段は鉄面皮って言える程表情筋が動かないのに、今はミシミシ言いながら百面相をしてるし。
「私の時はスパッと起きてサッと身支度をされるのに、何故っ、何故ッ!! あの者の時はまったりしながら揉みしだいているのですかッ!! やはり、胸ですか! 胸なのですかッ!! あのデカ乳がいいのですかッ!!」
『能面の死神』。
ヴィアルリィ家でシャルが付けられてる二つ名……らしい。
二つ名って、この世界では案外バカに出来たものじゃない。
なんせ、普通にステータスに補正かかるし。
「ふわぁぁ……。まぁ、良かったよ」
俺は両手をワキワキさせながら、風魔法の応用でシャルの手の届かない所まで逃げた。
「な──ッ! ルード様!」
「そもそもシャルが言ったんだろ? 『早寝早起きは心身共に素晴らしい事ですよ』って。俺はそれを実践してるんだ、あまり責められてもなぁ……」
「───ッ!!」
ギリィッ、と恐ろしい歯軋りの音が下から聞こえてくる。
あぁ、恐ろしや恐ろしや。
まぁ、飴ちゃんでもあげよう。
「まぁ、俺がもうちょっと成長して、シャルがその時も俺の側にいれば───」
「──いれば?」
ゴクリと喉を鳴らしてシャルがこちらを見てくる。
「そういう事もあるかもねぇ……」
「そ、そういう……事……」
ゴクン、と、最早どれだけ飲み込むんだよと思わんばかりの表情が、こちらをねっとりと観察している。
「まぁ、まぁまぁ───」
そんなシャルを見ないようにしながら空中で胡座をかいてクルクルと回転していると、天幕を開けてウィズが中に入って来た。
「なんて醜い顔。ルード様にそのような顔を向けないでくれない?」
俺の頬に軽く口付けをしながら、胡座をかいている膝の上にちょこんと座る。
「何ィ──?」
そんなウィズの手触りの良い髪を小さな指で梳かしながら、ちらっと天幕が開いたままになってる事を確認する。
ここで煽るかぁ……。
シャルの顔が恍惚としたものから阿修羅へと変化して行く。
「何を言ってるのかしら、この羽虫は。貴女こそ、その貧相で見れた所の無い絶壁を使ってルード様に擦り寄るのは止めなさい。その御方のお体は私が頂けることになったのよ」
目が血走り、恐ろしい形相のシャルが牙をむき出しにして唸る。
「ぷふっ、貴女のもの? それこそ烏滸がましいわね。ルード様の物はルード様の物よ。むしろ
お互いがマウントを取り合う舌戦が始まった。
文字通りの視線がぶつかり合い、テント内に火花を散らす。
魔力の余波だろうけど、側から見れば目からビームだから笑えるんだよなぁ。
宙に浮いたまま、ゆったりとした速度で開かれている天幕から外へと逃げる。
「うっおぉー……。来た時も思ったけど、空見えねー……」
テントから外に出てみると、見渡す限り木々に囲まれた山の中。
枝葉が重なり合い、朝陽が昇ったばかりだっていうのに、陽の光がほとんど地面に届いてない。
「そうですね。ここは領都からほど近い森の中とは言え、野盗や魔物も出るところですから」
先程、俺が胸を揉みしだいた近衛メイドが独り言に答えを返してくれた。
「そうか……。あぁ、さっきはごめんな、ルミール。つい手が出ちゃって」
「あっ、いえっ……全然そんな事は……はぃ。それに…………」
最後の方はごにょごにょ言い始めたので聞かないふりをしたが、ルミール自身はこちらを見て頬を赤く染め、俺を見つめるその目を潤ませていた。
転生して良かった……。
色気ムンムンのお姉様に慕われるとか、地球で一からやり直しても絶対起こらなかっただろうし……。
それ以前に、地球で転生してたら記憶は消去されてたんだっけ……?
胸の部分が特注品の鎧に身を包んだ美女達が野営地を右に左に移動しているのを見て、静かに片手を握り締めながら思う。
三十人ちょっとだったかな?
シャルが面接をしたらしいけど、大半が冒険者稼業をやってた人達らしい。
ステータスは3桁後半から、高い人で4桁の項目が幾つかある。
両親のステータスが当てにならないから過信は出来ないけど、恐らくは中の上から上の下くらいだろうとは思ってる。
冒険者としてはA級からB級上位相当だって話だったけど、シャルに鍛えられてる上にスキルも増えてるみたいだから、強さとしてはそんな所だろう。
それよりも。
何というかこの人達、将来的な逆玉を食らおうとするギラギラとした瞳を持つ人が何人か居るのが気になる。
職務の一つに愚息のお世話があるらしいけど、今の段階から虎視眈眈と狙われてるみたいで、いつもは元気な息子が風呂に入る時だけは縮み上がってる事が多い。
親父でも狙えば良いのに。って、実際ボソッと言ったことがあったけど、凄い勢いで首を横に振られて、そのあと耳元で『メリッサ様が……』何て言われた事がある。
母さんが何だよ……。
恐ろしくて続きが聞けたもんじゃない。
そんな風にボンヤリと彼女達の働きを眺めながら、何故こんな所に居る羽目になったのか、あの時の会話が脳裏をよぎった。
◆ ◆ ◆
「はぁ……。何故いきなりそんな事を?」
実戦形式の訓練を始めて1年が経ち、王女様と合同で執り行う「加護の儀」が半年後に迫った今日、あと三ヶ月もしたら王都に出発すると言うのに、親父が突拍子も無い事を言い出してきた。
「まぁ、色々とあるんだが……詳しく聞きたいか?」
「いえ、良いです。母上に聞くので」
「……俺には聞かないのか?」
即答で答えたら、軽くショックを受けた表情で聞き返された。
「聞いても仕方ないかなぁ、とは思ってますよ?」
だって、なぁ……?
家の裁量権は母さんにあるんだし、親父に聞いてもね……。
「お、お前……一体父親を何だと思ってるんだ……」
分かりきった事を聞くもんだから、ここだけは元気に答えてあげた。
「女癖の悪い英雄様です!」
「ちょっ──何!?」
親父が素っ頓狂な声を上げた。
あれ? 仕方ない、とっておきで証明してやるか。
「ですから、昨日も娼───うぐぅっ!?」
その一言を言い終える前に、俺の体は宙を舞って少し離れたマットの上に落ちた。
「ぐッ───ぶぅっ!」
その後、すぐさま受け身を取り、身を起こして腰に差していた木刀を抜く。
「何をするんですか!?」
「あっ……」
何だ、その「ついやってしまった。反省も後悔もしてない」って面は!
「他意はないぞ、うん。反射速度の確認だからな」
そんな事をほざきやがった。
クッソ……! 児童相談所があれば真っ先に連絡してやったのに……。
人権なんて、「何ソレ、食べれるの?」が主流の世界だからな、ここは。
「いや、嘘ですよね? 絶対バラされそうになったから手をあげましたよね?」
都合が悪くなったら、思わず手をあげる。
まるでダメ親父じゃねーか。
いや、もう既にダメ親父だったっけ?
「そんなんじゃねぇよ。俺ほどお前を可愛がってる奴はいないぞ?」
「いや、可愛がるの意味を履き違えていると思いますよ」
「そんな事よりも──」
「いや、息子に手をあげるって可笑しいと思わないんですか?」
無駄にキメ顔を作って話を逸らそうとするもんだから、木刀を顔面めがけて放り投げて言ってやった。
「ハハッ。お前ぇ、傷一つつかないじゃねーか」
「いや、そう言う問題じゃないと思いますが」
普通に片手でいなされた木刀が部屋の隅へと飛んで行った。
「まぁ、それは後だ。それよりもとりあえず黙って聞け。………ルード、どこから見てた?」
「話し合う気、ないんですね。しかも、僕が聞いたことすらも流しましたね」
「まぁ、落ち着けよ。とりあえずそこ座れ」
噛み付くように唸ってたら、部屋にあったソファに無理やり連れていかれた。
「……はぁ、わかりましたよ」
そう言って座ると、机を挟んで椅子に座っていた親父もソファに座り直した。
「で、どうなんだ?」
「あぁ、結局気になるんですね」
「当たり前だろ。あれだけ隠れて行ってたんだぞ? どこにバレる要素があったんだ?」
「根本から間違ってますよ父上」
「何が?」
あまりにもしつこいから、仕方なしに指先に魔法を発動させながら教えてあげる。
「父上には僕の追跡魔法が付いてますし、この家には母上の結界魔法が展開されてるんですよ? バレないわけが無いじゃないですか」
「まじで?」
脳筋の父は基本的に
殺気と敵意以外は反応しないらしいので、存分に魔法の実験台になってもらっている。
「本気と書いてマジと読むほうのまじです」
「いつから?」
「最初からじゃないですか?」
「じゃあなんで何も言われねぇんだ?」
腕を組みながら頭を捻ってるが、多分あんたが底抜けに馬鹿だからじゃないか?
「さぁ? でも、そろそろ愛想尽かされても可笑しくないですよ?」
「そんな大袈裟な……」
ハハハッ、と笑う親父に最近の母さんの行動を教えてあげた。
「最近、母上から『お父さんがお父さんじゃなくなっても大丈夫?』って聞かれましたから」
「────!!?」
結構な重さのソファを後ろにひっくり返し、ドタバタと大きな音を立てて親父が部屋を出て行った。
俺はその間、来客用の茶器を戸棚から引っ張り出して精霊魔法を使ってお茶を淹れる。
「【優しき水の精霊よ、我に癒しの恵みを与え給え】」
コポコポとカップに水が溢れて来る。
「【猛き火の精霊よ、我に安堵の恵みを与え給え】」
薄い紅色になっていた紅茶が、温められて明るいオレンジ色に変化していく。
「ふあぁ………美味い」
完全に余談だが、魔法で作ったモノは全て栄養とはならない。
直接的に影響を及ぼすのは自分や他者の魔力であり、魔力を食っても人の腹は膨れるようにはなっていないからだ。
なら何故、俺がこんな事をしているのか。
まぁ、何事も例外という物はあるという事だ。
この能力のお陰で、少なくとも餓死をする可能性が限りなく低いという事が分かって以来、熟練度上げの為に頻繁に使っているくらいだし。
「にしても………なんでこんな時期に野盗狩りなんて……」
人が居なくなってしまった部屋で独りごちる。
いつもは俺にへばりついているシャルやウィズも、大切な話って言われたもんだから隣の部屋に控えている。
まぁ、話は聞こえてるんだろうけど。
そして、1人考えにふけっているのは、ついさっき父に言われたことだ。
と言うのも、『領都からほど近い森の中に巣食っている野盗の一味を殺してこい』って言うのが大切な話だった。
人殺しに対する忌避感や嫌悪感なんて物は、血で血を洗う闘争の世界に放り込まれたら、よっぽどの甘ちゃん以外数日で消え去ると思う。
かく言う俺も、家畜を捌いたり犯罪者の処罰に立ち会ったりする過程で「死」そのものに触れ過ぎたからか、その辺の倫理観はあやふやになっている。
なら、一体この話の意図は何処にあるのか……。
「ルード様」
その声に後ろを振り返ると、開けっ放しの扉の外にシャルとウィズが並んでいた。
「フォード様のお話、どうされるのですか?」
シャルに聞かれたため迷いながらも答える。
「行くさ。この事は母上も知ってるだろうし、多分必要な事なんだろ」
正直、そこまで急いで殺人童貞を捨てさせる意図が分からない……。
ありがちなスラム街がある訳でも、罪人溢れる無法地帯でもないからな、ここら辺は。
いくら魔王領との第一接触地帯だと言っても、「殺し」は魔物からだと思ってたんだけどな。
「それは、あの御二方の御子息だからではないでしょうか?」
「うん……?」
「ルード様のご両親であられるフォード様とメリッサ様は、この大陸では名を知らぬものはいないほどの有名な方々です。ですから、その名や地位、金銭を狙う輩がいないとは言えません」
「あぁ……」
「そういった者達がまず狙うのは御二方の身近にありながら力弱き者を狙うでしょう」
成る程……。
あの二人の唯一の弱点が俺って事か……。
「その時に『人とは戦えません』だと、確かに困るな……」
残り少なくなった紅茶をじっくりと味わいながら、考えを纏める。
「だから、幼い時から自衛や殺しに対する教育をするのか」
「そうではないかと。勿論、そのような下賎な輩には、ルード様の事を指一本触れさせたりしませんが」
「そうか……。まぁ、そういう事なら野盗狩りには行かないとな」
「ルード様、此度は
ウィズが俺の周りを飛び回りながら聞いてくる。
「そうだな……。実践だし一緒に行くか」
「はい……!」
嬉しそうに表情を綻ばせながら飛び回り、俺にお辞儀をした後、何処かへと飛んで行った。
「それではルード様、私も護衛を連れて行くための準備をして参ります。しばしの間お待ちいただけますか?」
「分かった。ここで待ってる」
「それでは失礼致します」
そう言って、シャルもお辞儀をした後に扉を閉めてどこかへ歩いて行った。
「野盗退治……か。殺らなきゃ殺られる世界ってのも、物騒極まりねーな……」
──ズゾゾゾゾォォ。
どこか他人事のように残ったお茶をすすりながら、出て行った親父を待つ。
数十分後、両頬に紅葉を付けて服をぼろぼろにした親父が帰ってきたので、詳しい説明を受けた後に諸々の準備を済ませ、領都にほど近い森へと出発した。
◆ ◆ ◆
「それが三日前の事なんだよな……」
刃が魔物の急所へと突き刺さり、鈍い音を立てて死体が地面に崩れ落ちる。
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
魔力が迸り、放たれた魔法が魔物を焼き殺す。
「いや、何でもない。それより、魔物の数が異常じゃないか?」
俺の側で待機しているルミールと話しながら、殺しても殺しても湧いて出て来る魔物達に辟易としていると、ルミールも同意するように頷いた。
「くっさ……。あぁ、面倒だな……」
そう愚痴りながら周りに目を向けると、シャルは切っ先の尖ったレイピアのような長剣で魔物を突き殺しているし、俺の頭上を飛んでいるウィズは魔力の塊を高速で打ち出して魔物を
それ以外の面々も各々の武器で持って危なげなく対処している為、今この場にある夥しいほどの死体と血は全て魔物の物だ。
暇になるくらい俺の出番は無い。
だから、朝起きてからずっと俺の近くにいるルミールに話しかけている。
「確かに、少しばかり汚いですね」
そう言って、風魔法で返り血がこちらに飛ばないように気配りをしてくれる。
「シャル。こっちの方で合ってるのか? 誤誘導に引っかかったとか、笑えないぞ」
俺がそう言うと、剣に付いた血糊を拭いながらシャルが答えた。
「いえ、誠に遺憾ながらあっているかと」
「それは、野盗の中に
「お気づきでしたか」
「これだけ魔物が沸けば、嫌でも人為的な物を疑わなきゃならないだろ」
指先に小さな火の玉を発現させて、奥の茂みに向かって放り投げる。
フラフラと頼りない軌道で放たれた火球は、茂みに潜んでいた賊に寸分違わず命中した。
「ぎぃ──やぁぁぁぁあァアァ!!!」
魔力で生み出された魔法っていうのは、術者の技量によって影響を与える範囲が決まる。
未熟な者が使えば森の木々にも影響が出るが、俺程度の術者でも人一人程なら範囲を絞る事は出来る。
熟練者なら、大勢いる中でも対象者を選べるらしいが……。
「シッ──!」
上半身が火達磨で貧相な皮鎧を装備した野盗と思しき人物が、踏み込んだシャルの一閃に呆気なく絶命した。
「さて、残りの始末をさっさと済ませるか」
さっきまでは聞こえなかったが、どうやらここから数百メートル先で誰かが争ってるらしい。
こんな遠くまで悲鳴や怒号が引っ切り無しに聞こえてくる。
「急ぎますか?」
「勿論、ここで先を越されたら折角来た意味が無くなる。でも、出来れば程々に野盗側が死んでてくれてるとありがたいけど」
「どうでしょうか」
そんな軽口を叩きながら音のしている方へと向かう。
茂みを掻き分け、その現場に出てみると───。
──首輪をした幼い少女が、野盗らしき見窄らしい格好をした者たちを血祭りにあげていた。
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