第33話:エピローグ
†
こうしてオークション潜入捜査は幕を下ろした。
それから数日後…。
「テレスディア伯の闇オークションに違法奴隷の売買が確認された。奴隷として売られた連中も正規ルートじゃなく、誘拐して手に入れている。これは立派な犯罪だ」
双子がまとめた報告書を読みながらヤカクは疲れたように頭をかいた。アルトとレインはカウンター越しにヤカクと向き合って座っている。
「なるほど、だからラバンはオークションを襲って姉を助け出そうとしたのだな」
「そういうことだな。テレスディア伯は今回の件が明るみになって憲兵に調べられてるんだが、肝心な所がまだわからずじまいだ」
「闇オークションに非合法の奴隷を売る商人がいる、ってことか」
「そういうこと。まあ、この辺りは引き続き調査しなきゃな」
魔族は人間に仇なす存在として認知されており、人前に姿を現せばたちまち捕縛されて処刑される。まず表舞台に出てくるはずがない存在が今回はオークションに出ていた。どう考えても正規のルートで手に入るわけがない。そこで考えられるのは非合法の奴隷商人の存在だ。
「それはどうでもいいんだけどさ!なんで報酬が減ってるの!?ねえってば!」
カウンターに突っ伏してうなだれていたレインがそこで顔をあげて抗議する。目の前に置かれた報酬額の書かれた書類はゼロが一桁違う。
「当たり前だ、馬鹿野郎。貴族街の舗装と、テレスディア伯屋敷の屋根の部分破壊、加えてオークション会場となった店の地下施設半壊ときた。弁済すれば、一桁変わるに決まってんだろ。むしろ足りないぐらいだ」
そこは追加任務報酬と魔法具を取り消すことで手を打ってやったんだ。感謝しろ。
意地の悪い笑みを浮かべながらヤカクは言う。レインは言い返せず、あうぅ、と情けない声をあげてカウンターに突っ伏した。
「…ヤカク、考えたくないが、ジズとロコの助っ人代は?」
アルトの表情が引きつる。すると、ヤカクはあー、と天井を降りあおぎながら続けた。
「そこは二人が断ってくれたさ。目的はあくまでもあの奴隷を買うことだったからとな」
「借りが増えたな」
ため息をついて紅茶をすする。今日のメニューは紅茶とスコーン、ちなみにヤカクのおごり。任務後はいつも必ずご馳走してくれるのだ。
「気にするなよ、アルト。何かあったら手伝ってもらうからさ」
そこに二階から降りてきた白衣姿のジズがそう言う。彼はマスクと手袋を外すと、ヤカクに借りたペンで紙に何か書き始めた。恐らく診断書だろう。
「あの二人に気になる疾患は?」
ジズが彼女を買う口実として使ったため、彼は帰ってきて早々に二人を診察という名目で調べていた。このときのジズは特に興奮するようなこともなく、普段通りの医者の顔で二人を診ていた。
「今診断書にも書いてるけど、命に関わるような疾患は特になさそうだよ。ただ、魔法使うときに少し出る拒絶反応だけは気にしておかないといけないとは伝えておいた」
「拒絶反応?」
「そう、エルフの聖なる力に不死族の地の力はどうしても反発しちゃうんだよね。痛みとか出ると思うから、それがなくなるように魔法具作らなきゃね。あとでサクヤに依頼しとくよ」
ほい、診断書。今度の評議員の定例会に出しといてね、ヤカク。
ジズはそれをカウンターに置くと、白衣を脱いで、疲れたー、と声をあげる。それはそうだ、連続で仕事だからな。
「あ、そうそう。あの二人のギルド登録、よろしくね」
「えっ!?あいつらここに住むの!?」
ヤカクの差し出したものすごい色味の薬草茶を飲みながらジズは言う。その言葉に反応したのはレインだった。
「当たり前でしょ。俺が買ったんだからさ」
「てっきりマシェに連れてくのかと思ったよ」
「俺もそれはすすめたんだけどね」
二人を600万で買ったジズではあったが、奴隷として四六時中側に置くつもりはないようだ。たまに研究に協力さえしてくれれば、どこに住んでいてもよいという考えらしい。
マシェは亜人に寛容な町だ。ジズはそこに定期的に検診に赴いているので、ギルドよりもマシェの方がすむ環境もよかろうと話はしたらしい。
「けど、断られちゃってさー。どんな形であれ自分を助けてくれた人の側にはいたいんだって」
「それ、ギルドというよりジズとロコに感謝してるってことじゃない?」
「お姉さんの方はね。…弟くんはちょっと事情が違うみたいだよ」
ほら、噂をすれば本人だ。
ジズはそう言って二階から降りてきたラバンを示す。ラバンは双子を見て少し苦い顔をしたが、すぐにヤカクの方を見た。
「このギルドに入るにはどうしたらいいんです?」
「…まずは入りたい理由から聞きましょうかね」
ヤカクはコップを拭きながら訊ねる。ギルド入りしていないラバンはヤカクにとっての客だ。丁寧な言い回しに対し、ラバンは迷いもなく言い放った。
「他に売られた連中を取り戻すこと。それから、俺の仲間を売った奴隷商人を捕まえることです」
「仲間ってことは、他にもいるのか?地の国の縁者が…」
アルトが聞く。ラバンは振り向かずに応えた。
「正確には地の国の血が混ざった一族です。カラリベに隠れ里があり、俺たちはそこで暮らしていたのですよ。そこを襲われました、人間の魔導師たちに…」
ラバンの瞳の最奥でチラリと光が生じる。
怨み?憎しみ?
ヤカクは特にそれには触れず、注文を聞いてから続けた。
「人間には魔族を嫌悪している奴等が多いからねぇ。…事情はわかりました。ただ、ギルドに入ったら、君には任務についてもらうことになる。目的をすぐに果たすのは難しいですよ」
「それでも構いません」
ラバンは強い口調で言った。
「…意志は固そうですね。それじゃあ、明日の評議員定例会に出してやる。ギルドの誰かに推薦状を書いて…」
「それなら私が書いておいた」
それまで隅の方の席でゆっくりキセルを燻らせていたロコが持っていた封筒をヒラヒラさせる。
「用意のいいことで…」
ヤカクは苦笑混じりに言った。
「あー、じゃあ僕たちもうお仲間?だよね。よろしくー♪」
レインがニコニコしながらラバンに手を差し出す。敵対に近い関係だったはずだが、レインはもう気にしていないらしい。ラバンは困惑したような表情をしつつもレインの手をとった。
「よろしく、センパイ」
「うん!」
嬉しそうなレインを見てアルトは少し安心する。社交的に見えて実はかなり人嫌いで根に持ちやすい弟だ。ラバンを嫌悪するのではないかと思っていたが、杞憂のようだ。
「同じくよろしく頼む」
アルトもレインと同じようにラバンに手を差し出した。
ラバンがギルドに認められ、任務につくのはまた別の話。
(完)
双子ノ魔導師 朱鳥 蒼樹 @Soju_Akamitori
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