第32話:騒動沈静



息を切らせて階段を駆け昇り、オークション会場から脱出する。


もうすぐ、もうすぐだ。外にさえ出られれば、後はどうとでもなる。今日のために残しておいた最高級の紙とインクで、外にはたくさんの魔法陣を用意しておいた。これで姉をさらい、オークションにかけたあの貴族を確実に殺せる。


やっと、怨みを晴らせるのだとラバンは外へと飛び出した。


がー。


「随分と遅い到着だな、≪藍白≫」


そこに待っていたのは気だるげな目をした黒いマントの青年。その足元には魔法陣から現れたであろうスケルトンの上位種である骸骨剣士やガーゴイル、といった魔物たちが死屍累々と積み上げられていた。


「これは…?」


「ん?ああ、退屈だったからな。準備運動程度にはなった」


魔法陣が歪んでいた、慌てて描くことはよくないぞ、少年。


青年は本当に退屈そうに欠伸をしながら言った。ラバンは悔しそうに唇を噛むと、無数の黒い瘴気の矢を魔法で作り出して青年に飛ばした。


瞬間、青年の前にタテハによく似た少年が躍り出た。少年がぶつぶつと何事かを呟いたかと思うと、たちまち作り上げられた魔法の障壁で矢を全て跳ね返した。ラバンは慌てて魔法を消すと、飛びかかってきた少年の持つ短剣の斬撃を紙一重で避ける。


「やめておけ、アゲハ。そいつらはジズが…引いてはギルドが買うべき稀有なる存在だ」


青年はキセルに火を灯し燻らせながら言う。アゲハ、と呼ばれた少年は青年の近くまで戻ると、スゥと体が透き通り、光の玉になったと思うとそのまま青年の指輪へと吸い込まれていった。


その時だ、ようやく追いついたジズが階段から姿を現す。すると、青年は意地の悪い笑みを浮かべながら煙を吐き出した。


「遅かったな、ジズ」


「うわっ、ロコ。今回はなにもしないとか言っときながらなんでいるのさ」


驚いた顔をするジズに青年―ロコはふん、と鼻を鳴らした。


「愚問だな。妙な魔法陣を見つけた。お前たちが誰一人として気がつかないなら、私が対応するしかないだろう?」


「えええっ!?」


これは失態だ、あとでアルトとレインも一緒にお説教タイムだろう。


がくりと肩を落とすジズとどこ吹く風のロコ。そんな二人を交互に見ながらラバンは唸るように言った。


「あなたたちは、何者なんですか?俺たちの敵?」


その疑問にはキセルを加えたロコが答えた。


「俺たちは≪白烏≫、本来存在しない人間の魔導師や虐げられてきた亜人の魔導師たちを保護しているギルドだ」


「≪白烏≫…、聞いたことがある。とんでもない魔導師の集まりだって…」


「聞いたことがあるなら話は早いな。私とジズはお前たちを保護するために来た。もちろんただとは言わない、お前たちを言い値で買ってやる。だから、私たちと共に来い」


ロコはそう言って指輪に飾られた手を差し出してきた。華奢で、何故だか作り物に見えるような美しすぎる手だった。


ラバンは迷った。魅力的な誘いではあるが、得体の知れぬ組織へ身を預けるのはリスクが高すぎる。何より彼らがどうして自分たちを誘うのかもわからない。


彼の目が疑念に染まるのを見て、ロコはキセルの灰を地に落とした。


「上手い話にすぐに乗らず、警戒を強めるのは適正な反応だ。いい心構えをしている」


そう言うロコはどこか楽しげな表情をしていた。


「お前たち、これからもずっと逃げ続けるつもりか?不死族は地の国の住民、血が半分混ざっているだけでも疎まれ、追われるだろう」


だが、安心しろ。私が盟約に従ってお前たちを守ってやる。


「…」


ラバンはますます疑念を深める。盟約とは何か。誰と結んだのか。何もわからないまま信じるのは無理だ。


それはロコもよくわかっていた。


「当然の反応だよ、ロコ」


ジズの言葉にロコはうなずく。


「盟約の証でも見せれば信じるか?」


言いつつ、ロコはマントを脱いでキモノと呼ばれる服の首をグイッと開く。すると、そこには刺青のように刻まれた赤黒い紋様が浮かび上がっていた。


それを見たラバンは息を飲む。


「そ、それは…。なんで、お前みたいな人間が…?」


「決まっているだろう?契約しているからだ。そんなことはどうでもいい、私たちと来るのか、来ないのか?」


「…」


ロコの言葉にラバンは黙りこむ。迷っているのだ、彼らを信じて良いのか。


と―。


「ラバン、彼らを信じましょう」


「姉さん!?」


ラバンが背負っていた女性がそこで初めて声を発した。透き通った美しい声だった。


「元より私たちは安寧を求めてレナウンに密入国したのです。この方々は私たちを保護してくれると、おっしゃられている。すがらぬ選択はないはず」


地の国の≪貴族≫様と契約を結ばれているのよ、きっと信じられるわ。


女の言にラバンはますます迷ったような表情をする。ロコは黙ってそれを見ていた。が、ふと通りの向こうからざわめく声が聞こえてきたことに舌打ちをする。


「どうやらあの双子が暴れすぎたようだな。まああれだけ衝撃波を放てば、地上にも異変をきたすのも道理か…」


「さっさと逃げよう、ロコ」


「そうだな。…というわけだ、無理にでもついてきてもらうぞ」


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