第16話:ミィの決意
†
ー懐かしい夢を見た。あの娘に干渉しすぎたか?
どうやらうたた寝をしてしまったらしい。調子に乗って昨晩魔法を連発しすぎたため、少し調子が悪い。動くのも億劫である。
ぼんやりと天井を眺めていると何かを切る音が台所から聞こえてきた。アケか、と思って振り向くと、そこにはセコセコと料理をするミィの姿があった。
「…おい、何しているんだお前」
怪訝そうに表情をしかめて言うと、ミィがくるりと振り返った。アケはのんびりと座ってサラダを取り分けている。
「あ、起きた?見ての通り、ご飯作ってるんだよ。ほら、ロコ少食すぎるしガリガリだし栄養足りてなさそうだし?もしかしたらそういう理由で性悪になったのかと思ってねー?」
「…なるほど、ひとまず死にたいようだな、いいだろう。遠慮なく壊してや…っ」
座っていた椅子から立ち上がろうとしたとき、足に力が入らずその場にガクリと崩れ落ちてしまう。どうも魔力が全身に行き渡っていないらしい。ヨイとタソガレはすでに指輪にしまっているので魔力の消耗はさほどでもないはずだが…。
アケが黙ってロコに肩を貸して立ち上がらせてから椅子に座らせた。
「主殿、無理はなさらないでください。昨日は人形三体に加え、ソバエと男爵に傀儡魔法かけていたのですから、魔力が枯渇しているのですよ…」
「魔力の流れが滞っているだけだ…大事ない」
そう、魔力が枯渇してればもっと症状はひどい。それをよく覚えているロコはまだ動けると体に鞭を打つ。関節の動きはなめらかではないが、神経を使えばなんとかなる。
すると、そこにスープと焼きたてのラザニアを持ってきたミィが、ああっ、と声を上げた。
「ロコッ!!もうっ、大丈夫?おじいちゃんなんだからあんまり無理をしないでよね」
年齢不詳のロコであったが、父が貸してくれた日記から察するに200年は生きているようだ。おじいちゃんもおじいちゃん、結婚していれば玄孫の次までいそうだ。
だが、ロコはミィを睨みつける。
「老人扱いするな。お前と私はさして歳も変わらん」
「あれー?うちのお父さんも同じぐらいって言ってたよ?」
「…余計なことを」
ロコは途端に不機嫌になった。ミィはテーブルに料理を並べると、いつも座る席に腰を下ろし、向かいに座っているロコを見る。
「ねぇ、ロコ。私考えたんだけど…」
「なんだ?またくだらん考えじゃないだろうな」
ロコは行儀よく手を合わせスープをすすり始める。たっぷりよそったので量が多いらしく、何やらブツブツ文句を言っている。ミィはタイミング間違えたかな、と思いつつも口を開いた。
「私、魔導師になれるかな」
「やめておけ」
予想通り、ロコは彼女のことを止めた。なれるか、なれないか、ではなく、やめろ、と明確に…。なぜだと聞こうとする前にロコはミィを睨んだ。
「なぜそんなことを考えた?いつかも言ったが、魔導師は万能ではないぞ。お前が想像しているようなおとぎ話の魔導師になんか…」
「うん、なれないのはわかってる。そういう魔導師を目指しているんじゃないんだ。私がなりたいのは、傀儡魔導師…」
素っ気ない態度でいたロコがミィの目指す魔導師を聞いた瞬間、突然机を叩きながら立ちあがり、ミィの方へ身を乗り出してきた。
「…っお前、本気か?バカも休み休み言え!」
傀儡魔導師、それは今のところ世界に一人しかいない。傀儡魔法の使い手であるロコだ。
そもそも、この魔法の使い手がいないのは精神に異常をきたす可能性を秘めた危険な魔法で禁術指定を受けているからである。過去この魔法を使って精神崩壊を起こした魔導師は数知れず…。今ではロコぐらいしか使う者はいないのだ。
そんな危険な魔法の使い手になりたいとミィは言う。
「この魔法の使い手は私だけで十分だ!第一、お前には魔力の片鱗も感じない、そんなんで魔導師になりたいとほざくなど…」
「なによ!私本気だよ!?やってみなくちゃわからないじゃない!!!いいもん、どうしても無理っていうなら私は人形師になるから!!」
ミィが高らかに宣言すると、ロコは突然ポカンとした表情になった。ここまで表情豊かなロコは初めて見る。
しばしの沈黙、すると突然ロコはプッとこらえきれなくなったように吹き出し、やがて声を上げて笑い出した。
「あっはっはっは!!超絶不器用なお前が人形師!?何の冗談だ?…くくっ、ダメだ腹が捩れる…っ」
「な、なによっ、本っっ当に失礼ね!!やってみなくちゃわからないじゃない!!」
ミィも思わず立ちあがり顔を真っ赤にして怒鳴った。ロコはまだ腹を抱えて笑っていたが、呼吸を落ち着けて相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべながら続けた。
「一応聞いておこうか?なぜ人形師になる?お前の家系はゴンドラ職人だろ?」
いつものロコの態度だ。少し安心しつつ、ミィは口を開いた。
「ゴンドラはお兄ちゃんが継ぐんだ。私、ゴンドラ作りに向いてないから。…不器用だけど、向いてないかもしれないけど、人形ならロコが作り方知ってるし、やってみようかな、って…」
ちょっと興味あるんだ。アケがどういう仕組みで動いているのか。
ミィはそう言ってチラリとロコを見る。彼は黙って聞いていた。笑ってはいたがミィを遮っておちょくることもなく。そして、ミィが最後まで言い終わってから椅子に座り直して少し優しい声で言った。
「大変だぞ?一朝一夕には仕上がらんし、思い通りにも造形できん…」
それはからかうために出した声ではない。まるで親が子に言い聞かせるようなものだ。ミィは頷いた。
「うん、わかってる。でも私はロコの…、力になりたいから」
「余計なことを考えるな。お前がやりたいと思ったのならばやるべきだ、結果が出たらその時にまた考えればいい」
「…っ、それじゃあ!」
「人形師になる、というのならば手伝ってやらなくもないぞ。ひとまずお前も座れ、せっかくの飯が冷めるだろう?」
ロコは言いつつラザニアを口に運んだ。
「お前、料理うまいな、帝都一の名門レストラン顔負けだ」
そう言いながら笑うロコ。それはミィが初めて見た彼の心からの笑顔だった。無邪気で朗らかな、眩しい笑顔。こんな顔で笑えるのか、とミィは驚く。
思わず嬉しくて、でも恥ずかしくて顔を真っ赤にした彼女は俯きながら、大袈裟ね、と小声で呟くように言った。
こうしてゴンドラ転覆事故の調査は無事に終わった。
彼女が人形師になるため奮闘するのは、また別の話。
(完)
傀儡魔導師と助手 朱鳥 蒼樹 @Soju_Akamitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます