第15話:人形師の過去②

それから数日、魔力も戻り義手と義肢も稼働させられるようになった私は、世話になっているカワトの家のことを少し手伝うことにした。完全に魔力を回復するにはまだ時間がいる。自分の手足を動かせても、人形はまだ動かせないぐらいのわずかな力。それが全て回復するまでの間、何もせずかくまわれているのも気が引けたからだ。


カワトは川を渡るために作ったゴンドラの研究をしていた。これさえあればこの地方はもっとよくなる、と信じて、日々ああでもない、こうでもない、と頭を捻っていた。

ガラリアで師から大型の方舟や小型の船の話を聞いたことがあった私は、試行錯誤していたこのカワトに知恵を授けることにした。


「なに?水への接地面を少なくせよと?」


「そうだ、一つのオールで漕ぐならならばそちらの方が水の抵抗も少なく推進力もある」


あと、小型にしておけ。このあたりは岩場もあるのだろう?小回りがきけば転覆も少なくなる。


師が言っていた話を応用して言ってやると、カワトは唸った。


「むむ、お主詳しいのぅ…」


「…別に、師から聞いた、ただの受け売りだ」


手にしていたカップの紅茶を飲みながら呟くように言う。カワトは初めて私が素性につながる話をしたために興味を覚えたらしい。師のことについて訊ねてきた。


「お主の師というと、魔導師か?」


「ああ、予知と予言を司るハイエルフの魔導師だ。もうこの世にはおらんが…」


「ハイエルフの魔導師とはまた素晴らしい御方が師匠じゃのぅ。…もしや、お主はガラリアから逃れてきおったのか?」


これには答えなかった。しかし、確証を得たのだろう、カワトはそうか、と言って私のことについてはそれ以上何も聞いてこなかった。その代わりというように彼は続けた。


「ガラリアの魔法研究にはな、ワシの友人も参加していたのじゃ。パティオといってのぅ…」


「彼なら知っている。私の兄弟子だった」


そう、食えない老魔導師だった。カワトと同い年ぐらいの。


「彼は?」


「天が遣わしたという師の末の弟を守って死んだ」


私はその時アスリアの猛攻を受けた母国を守るためにガラリアを離れていた。戦況が落ち着いた頃ガラリアの籠城戦のことを聞き、いても立ってもいられなくなった私は仲間の制止を振り切りガラリアに戻った。残していた人形も傷だらけだった。


残党狩りをしているアスリア兵とセルディエ兵を私は人形と共に根絶やしにした。 その時、瀕死状態のパティオから話を聞いたのだ。


話によると、アスリア兵とセルディエ兵が共謀してこのガラリアを襲ったのだという。師とその兄弟たちは魔法研究の成果を書庫に隠し、末の弟にすべての力を食わせた。その後、弟はアンデッドの王が連れて行ったらしい。


「亡骸は燃やした。灰は私がここに…」


試験管のような形をしたペンダントを示す。


「そうか、パティオのやつ、やり遂げたのぅ…」


私は頷くことしかできなかった。しかし、カワトは笑いながら私の肩を叩いて言った。


「ありがとう、友人の最期が知れて良かった。これも何かの縁じゃ、お主の身はワシがきちんと守ってやる」


「…」


「そういえば名前も聞いとらんかったのぅ」


「名は…師とアンデッドの王に預けている。故に、皆は私の研究内容から私の名をマッドネス《狂気》と呼んだ。…だが」


パティオは、と続けようとしたのをカワトは遮った。


「恐ろしい響きじゃのぅ。しかし、お主は狂っているように見えんぞ。むぅ、同じ意味じゃが《ロコ》というのはどうじゃ?お主の外観にもあうぞ」


「…《ロコ》。ふふ、そうか。さすがパティオの幼なじみ、考えることも一緒なのだな」


その日から私の名はロコになった。


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