Case1 投げキャラ使いとしての覚悟が活路を切り開いた話
ドンキホーテを思い浮かべてほしい。ドンキホーテがわからない人はネオンでギラギラした下品な建物を想像してくれればいい。
ドンキホーテに入ってずーーっと中に歩いていくとエスカレーターがある。それを使って上る。そうすると二階か三階ぐらいにアダルトグッズを置いてあることを示す派手な暖簾が見えたかと思う。
はい、そこ。
そこから約1.0m離れたところ。
そこに一人の中学生男子がいる。
彼の名前はヒロキ、重量級の投げキャラ使いである。いややっぱ無難に名前はタダオとかにしておこう。
ヒロキ改めタダオは、とても大きな欲望に突き動かされてわざわざ隣の県のドンキまで来ていた。
”嗚呼、TENGAが欲しい”
”暖簾の向こう側に置いてあるTENGAが欲しい”
彼は今、獣であった。それも、気高く餓えた獣であった。
今回はそんな彼が格ゲーから得た教訓を活かして、苦難を乗り越えた話を皆さんにしようと思う。
本題に入る前に、重量級の投げキャラについて説明しなければなるまい。
重量級の投げキャラは、ほとんどが以下のような特徴を有している。
・攻撃力と体力がとにかく高い
・近づきさえすれば一撃必殺の投げ技で相手を沈められる。
・その代償として、動きがとんでもなく鈍い。
つまり、近付くまでは存在意義の乏しい肉塊である。
では、どうやって近付くか。
その答えのひとつは”体力の多さを活かすこと”である。
先にも説明したように、重量級の投げキャラは鈍重である代わりに打たれ強く攻撃力が高い。だからこそ、多少のダメージは必要経費と考えることが出来るのだ。どんな不利でも近付きさえすれば、あとは大雑把に投げていれば相手は死ぬ。
近付きさえすれば殺せるのだ。
近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば近付きさえすれば。
たまに"投げキャラ使いはレバーを回していれば勝てる"と揶揄する者がいる。
一見、投げキャラの本質を捉えた発言に見えるが、レバーを回すだけで勝てるのであればゲームとして成立するわけがない。彼らの一回転入力は、接近までの果てなき道のりを制した証である。近付くまでの難易度の高さがあるからこその投げキャラ。浪漫。
苦難なくして快感はなく、投げることは困難の末に訪れたカタルシスの機会というわけである。その一回転の快感は、小学校で6年間虐めてきたクソガキを大人になって学歴も年収もすべて上回ったときの征服の快感に似ているのかもしれない。
他キャラより鈍重な動きも、高く設定された体力も、その快感を味わうためだけに存在する。
さて、ドンキホーテの気高き野獣、タダオに視点を戻そう。
彼は男として勇気のある一歩を踏み出していた。一歩、また一歩。TENGAまでの距離を縮めていく。格ゲー風に表現するのであれば、"獲物は既に画面端"だ。
ゆっくりとタダオは男の前進をする。その表情は恍惚に満ちていた。
暖簾の向こう側――遥か遠き理想郷――まで、あと3歩。
あと2歩。
1歩。
暖簾に手をかけたとき、有り得ない物が飛び出してきた。
クラスメイトの女子と知らないおっさんである。
もう少し詳しく描写すると、クラスの中で真面目で通っていた黒髪ロングの眼鏡を掛けたちょっと貧乳だけどスタイルが良くてたまに先生に難しい問題を当てられたときに見せる困った顔がとても可愛い少し眉の太くて目の大きい女委員長が、脂ぎったバーコード禿の知らないおっさんと、暖簾の向こうから出てきたのだ。おっさんの片手にはわけのわからないドリンクとおもちゃが入った買い物籠。それが何を示すかは、思春期真っ盛りのタダオだからこそ一瞬で理解できた。
目が合った瞬間、委員長はアホのように口をパクパクとさせ、タダオは金縛りにあったように暖簾をくぐるポーズで硬直した。タダオの中には見られてしまったという思いと、見てしまったという思いが混ざり合い、形容しがたいカオスな感情が渦巻いていた。
硬直を破ったのは、タダオが先だった。
そう、彼は投げキャラ使い。近づくことを宿命づけられた生物。獲物に近付きさえすれば、すべてが終わる。投げキャラを使っていた経験が、彼に歩みを止めるなと力強く囁いた。
タダオは半笑いで委員長に会釈した。タダオの会釈で委員長はようやく我に返った。
「タダオくん、なにしてるの?」
「なんだっていいじゃん」
ふてぶてしく、半笑いのままで答えるタダオ。ビビるな、リターンはこちらの方がデカい。
「きょ、今日のこと、お互いに黙っておこう?」
本能と経験が囁く。委員長に見られたことは、必要経費。むしろ、ダメージ的には相手の方が深手。臆するな、獲物に近づけ。牽制で受けたダメージはリターン差で取り返せ。
「ふ~ん」
タダオはやはり半笑いのままで短い返事をすると、TENGAを掴み、悠然とレジに向かった。
お分かりいただけただろうか。
彼がもし格ゲーでは無く、サッカーが趣味だったら?カラオケだったら?登山だったら?
そのときはタダオと委員長の決定的なリターン差に気付かずに、「委員長に恥ずかしいところを見られてしまった」と心に傷を負っていたに違いない。彼は格闘ゲームを通じて、目先のことに囚われず勇気を持ってリターンを求めて前進することを身に着けていたのだ。
次の日から委員長は学校を休み、タダオはそのことにコマ投げに似た征服感を覚えて、より一層気持ちよくなっていた。
格ゲーは、本当に素晴らしい。
「たかがゲームなんて言わせない」"格ゲー"で人生を乗り越えたヤツラの話 @camduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。「たかがゲームなんて言わせない」"格ゲー"で人生を乗り越えたヤツラの話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます