辞退

躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)

辞退

「俺は超絶ロングラン同人誌を出して欲しくてひたすら突っ走ってた訳じゃないぞ……!」

 はるか眼下で、永きに渡って展開する有り様を見て、まず彼はそう叫んだ。




 確か自分は、様々なそれまでの経緯の果てに命を落としたはずだ。そして、何故今、自分と生涯を共にした人々の行いが見えてしまうのかは解せない。しかし、見えてしまったらこれがまた、実に堪え難い光景だった。

 故に、悲しみや脱力を通り越して怒りを覚え、冒頭のシャウトを、誰はばかる事ないであろう闇の中でぶちかましたのである。

「何だよこれぇ……何なんだよこれはよォ!?」

 続くその第二声も、聞く者にやりきれなさを分け隔てなくお届けする魂の叫びかと思われた。生前の彼を知る者には、恐らく信じ難い取り乱しっぷりであったろう。如何なるピンチに置かれようとも、穏やかかつ超然とした彼しか知らぬ、所謂彼の追っかけ達からすれば、

『すごくよく似てるけれど……多分、違う人です』

と言うに違いない荒くれ具合。

 何しろ怒りをぶつけようにも、前述の通り、彼の周囲には闇しかない。故に呪詛を吐き、じたばたするしかないのだ。あまりにもあまりな自分の追っかけ達のその後の様子で、涙すら出なかった。叫ばずにはいられない。

「あいつら、俺の話をどんどん歪曲させて広めてやがる! 俺、そん時、そんな事言ってなかっただろ!! 伝言もまともに出来ねえとか、ほんっっっとにバカじゃねえの!? 記すな遺すな広めるな!! 派閥争いしてんじゃねえよ、やめてやめてちょっとー!

 えぇ~、マジかよう……あのさぁ、俺なりに身体を張ってのあれこれから何か学んだりしなかった訳? ホントさぁ、少しは自分の頭で考えたりしてくれよ! どいつもこいつも、見渡す限り阿呆ばかりかい!!……あっ」

 彼ははたと気付いた。これが、今、自分のいるこここそが、彼の生涯に渡って様々な形でそれとなく伝えられた『いんへるの』という所ではないのか。




「ご名答」

 いずこからか声がした。これはかつて幾度も耳にした事がある、『天の声』だ。

 しかし、自分が何故そんな場所へ。彼は堪え切れずに問うた。

「何故です、主よ!」

「試練だ」

 またかよ。実際そう言ってのけたかったが、それなら一応、その前に断りを入れておこうと思った。様々な彼の『奇跡』はまごう事なく、この声の主の協力無くしてはあり得なかったのだから。

「口調を崩してもよろしいでしょうか?」

「よきにはからえ」

「ちっくしょう、何故グラスをくゆらす音までしやがる」

「くゆらしておる。美味いワインだ」

「おいぃ!?」

「何が起ころうと、欲しい時に得たものは相応の恵みをもたらしてくれるものだ」

「ぐぬぬ……何故にあなたの言葉にあれこれ考えながら生前を捧げた私が、死後も試練の道を歩まされなきゃならんのですか!?」

「それが試練なので。試される人の子、と言った所かな」

「何という事だ……実際私、かなり苦しんで朽ち果てましたぜ!?」

「うむ、その様子だな」

「所謂槍でつんつんされながらも、えーと、そうだ、隣に括られてた盗賊連中の命を

『私の命を捧ぐ代わりに彼らを救い給え』

とかばったりもしたんですぜ!? なのにこの扱いってあまりにもあまりでは!」

「原因を知りたいか」

 原因があると仰る。彼はうつむいていた顔を、がば、と上げた。

「あるのでしたら、そりゃもう是非」

「では、引き続きお前の弟子達のその後を見るが良い」

「えぇ~……まだ見なければなりませんか」

「原因と結果は深い仲なのだ」

「上手い事を仰る」

 仕方がないので彼はそれを眺め……やがて、途方もない規模での争いを引き起こす時代までを見た所で、その場に大の字になって寝転んだ。あれからその時代までを見てはみたが、連中は自分の復活をずっと願うばかりか、あの苦痛を思い出さずにはいられない、磔刑の様子を像にし、崇め続けているではないか。数千年もだ。そして言った。

「主よ、おられますか」

「お前がいると思えばいる。確認するまでは分からない。後の世で、これを定義付ける言葉が生まれよう」

「いちいち引っかかる言い草だ……ひとつだけ、最後に奇跡を起こす事をお許し願えませんでしょうか?」

「内容によるな」

「少しの時間が欲しいのです。一時的な復活で構いません。過去を少し変えたいのです」

「ほう。出来るかどうかはさておいて、およそどの辺りだ?」

「私がいなくなって間もなくの辺りを」

 声は少し考える様に唸る。何か、ページの様なものをめくる音。ややあって、返事があった。

「良かろう。丁度その頃に

『復活した!』

とかしないとか様々な説が飛び交っておるし」

「ありがたい」




 男は隠れ家にいた。自分は既にかつての仲間達から追われる身だ。手にした金貨でどこまでやれるかは見当もつかない。

 何しろ、長い間、一人の人物に使徒として仕えながらも、最終的には彼を売り飛ばしたのだ。

「手の甲にキスまでしたのに、無抵抗で捕まったあのお方が悪いのだ」

 何となく体操座りをしつつ、男はぼやいた。その背に声がかかった。忘れ様もない、あの声が。

「数日ぶりだな。私だ」

 男は愕然としつつも振り返った。何とびっくり、師がいるではないか。師と仰いだ、あの彼がいるではないか。

 男は声をかけようとしたが、それを遮る様に、奇跡を示す時の様に、師は手をかざす。

 そして、言った。

「何やら色々期待されている様子だが、色々その後を見せてもらった。

 はっきり言う。何だあの有り様は。とてもではないが、直視に堪え難い。

 故に、あえてお前に伝える。皆に伝えよ。一言一句、間違えてはならない。いいか?」

 男は頷いた。熱心党と呼ばれる様になる程には重度の使徒は耳を傾ける。

 師は改めて告げた。

「私はいなかったものと思え。どれもこれも全て忘れろ。

 死んだんだから、もういいではないか。勘弁してくれ。今後は、各々が自分の頭で考えるのだ。

 以上だ」

 伝え終えると、師は消え失せた。




 男はかつての仲間への決まりの悪さから、あえて市井の人々にそれを伝えたが、

『ああ、あいつね』

という裏切り者への視線を向けられるだけで、大して広まらなかった。




 絶望が人を殺す。

 男もそれに倣ってか、間もなく首を吊り、この世を去ったとかそうでもないとか。

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