おはなし

 「はつゆめのおたから」というお話。


 ある時、サーバルは、不思議な場所に立っていた。目の前には青く、頂上の辺りが雪で染まったとても大きな山が、太陽の明かりに照らされながら、そびえ立っているのが見える。サーバルはその山の大きさに、ただ驚くばかりだった。サーバルはこんな山を、これまで見た事がない。そもそも、まず、自分がどうしてこんな場所に立っているのか、それもわからない。どうやってここに来たのかも、全然、憶えていない。更に、いつも一緒にいるはずのかばんも、隣にいないどころか、自分以外、誰も、フレンズがいない。

サーバルは段々、心細くなって来た。その時だ。突然、一羽の大きな鳥が、サーバルの頭を掠めるように飛んでいった。そして、その鳥はサーバルの目の前に降り立った。サーバルは、この不思議な鳥に興味を持って、近付いた。鳥はサーバルに気付き、彼女の方を見た。すると、サーバルは、鳥が口に何かを咥えている事に気が付いた。サーバルはそれが気になり、更に鳥に近付こうとしたが、鳥は驚いて、そのまま山の方へと飛んでいってしまった。だが、慌てて飛び立っていったせいか、鳥は口に咥えていた物を、そのまま、サーバルの前に置き忘れていった。


「ねえ!君!忘れ物だよ!」


サーバルは鳥に向かって叫んだが、鳥は既に遥か遠くまで飛んでいってしまっていた。サーバルは、鳥の忘れ物を拾い上げた。艶があって、紫色で、細長い形をした、木の実のようだった。


「なんだろう、これ……食べられるのかな」


サーバルは木の実の匂いを嗅いだ。それから、軽く一口、齧ってみた。なんとも言えない、変わった食感が、彼女の歯に伝わった。その瞬間、突然、サーバルは強烈な眠気に襲われた。そしてそのまま、その場に倒れてしまった。


「サーバルちゃん!サーバルちゃん!」


聞き慣れた声が、サーバルの耳元でした。サーバルはゆっくり、目を開けた。目の前には、かばんがいた。心配そうな顔で、サーバルを見ている。


「うみゃ……おはよう、かばんちゃん」


サーバルは、眼をこすり、大きな欠伸をした。


「大丈夫?何だかうなされてたみたいだけど……」

「うん、なんだか変な夢見ちゃって。変なところに私ひとりぼっちでいて。周りを見てもかばんちゃんも誰もいなくて。ちょっと怖かったんだ」

「そっか。でも僕はずっとサーバルちゃんの横にいたよ」


かばんのその言葉に、サーバルは安心した。


「じゃあ、出かけようか」

「え?どこに?」

「博士たちのところだよ。また僕に料理を作って欲しいんだって。サーバルちゃんにまた野菜を切るの、手伝ってほしくって」



 かばんとサーバルは、博士たちのいる図書館にやって来た。


「遅いのです、待ちくたびれたのです」


博士が、不満そうに言った。


「遅くなってごめんなさい。隣でサーバルちゃんが何だかうなされてて、心配で」

「サーバルにも夢を見るくらいの知能はあったのですね」


助手が、皮肉るように言った。


「はは………、とにかく、急いで作りますから、待っててください」


かばんはサーバルを連れて、調理場へ向かった。調理場には、博士たちが採ってきた色とりどりの野菜や果物が、山のように置かれている。

かばんは、博士たちの好物である野菜のカレーライスを作ろうとしていた。彼女は、来るのが遅れたお詫びに、前に作った物よりも、更に沢山の野菜を入れたものにしようという。それから、本を見ながら、本に書かれているものと同じ野菜を、野菜の山の中から探す。サーバルも、その作業を手伝った。その時だった。


「あれっ……」


サーバルは、自分が手に取った野菜を、前に何処かで見たような気がした。その野菜は、艶があって、紫色で、細長い形をしている。


「どうしたの?サーバルちゃん」


野菜を手に持ったまま固まっているサーバルを見て、かばんは声を掛けた。次の瞬間、サーバルが叫んだ。


「私、これ見たことある!!」


あまりにも突然に、それも大きな声でサーバルが叫んだので、かばんはびっくりして後ろに転がりそうになった。


「あ、ご、ごめんねかばんちゃん、びっくりした?」

「だ、大丈夫だよ。でも、急にどうしたの?」


サーバルは、今朝見た夢のことを、かばんに話す事にした。


「ぼんやりと憶えてるんだけど、私一人で、すっごくおっきな山の見えるところに立ってたんだ。そしたらね、おっきい鳥が飛んできて、この野菜を口に咥えてたの」

「へぇ、不思議な夢を見たんだね」

「……今の話は、本当ですか。サーバル」


サーバルが後ろを振り返ると、そこには博士と助手がいた。二人とも、目を丸くして、口をあんぐりと開けて、立ち尽くしている。


「本当だよ。変な夢だなーって思ったけど」


それを聞いて、博士と助手はその場にへたり込んだ。


「サーバルが……そんな……」

「ねえ、どうしたの?私が見た夢がどうかしたの?」

「我々が長年見たいと思い続けてきた夢を、まさかお前に先に見られるとは、なんとも癪なのです、許せないのです」

「ええー!?なんで!?私、博士達になんか悪い事した!?」


どういうわけか、博士と助手は、地面に突っ伏しながら、歯を食いしばって悔しがっている。かばんは、サーバルの見た夢について、二人が何か知っているのだと察した。


「博士さん、サーバルちゃんの見た夢って、一体なんなんですか?」

「……いいでしょう、その夢を見たからには、サーバルには知る義務があるのです」


博士と助手はゆっくりと立ち上がって、話し始めた。


「サーバル。お前が見た夢というのは、『いちふじにたかさんなすび』というものです」

「いちふじ……、な、なに?もう一回言って?」

「『いちふじにたかさんなすび』なのです。初めに『ふじ』という大きな山、次にタカ、最後にそのお前が持っているナスという野菜が出て来る夢を見ると、幸運が訪れると言われているのです」

「へー、そうなんだ。でも、何でそれを見るといいことがあるの?」

「昔から伝えられていることなのですからとにかく良いことがあるのです」

「うーん……特に何か変わった感じはないけどなあ?」


サーバルは、夢の中でひとりぼっちで心細い思いをしたこともあって、今ひとつ、納得がいかなかった。


「賢い我々の推測では、この夢はいわゆる『おつげ』の一種なのではないかと」

「おつげ?」

「夢にちなんだ事をすると良い事があるとか、そういうやつなのです」

「例えば、夢に出てきたものを全て探し出すとか」


博士と助手がそう言うと、サーバルは自分の手元を見た。今、自分の手にはナスが、握られている。


「そっか!きっとそうだよ!私がナスを見つけられたのは、夢で見たからだもん!」


サーバルは、ナスを大事そうに抱えて、かばんに駆け寄った。


「ねえかばんちゃん!残りのふたつも探しに行こう!何だかお宝探しみたいで、すっごく面白そうだよ!」


かばんは少し戸惑ったが、サーバルが楽しそうなので、付き合うことにした。


「そうだね、行ってみようか。でも、その前に朝ご飯にしよう?」



 サーバルは、かばんの料理を手伝った。そして、食べ終わるとすぐに、かばんと一緒に、夢に出てきた物を探すために出かけて行った。


「ナスはもうあるから、あとはタカと山だね!」


サーバルはウキウキしながら歩いている。その時だった。


「こんにちは、ちょっといいかしら?」


何処かから、聞き慣れない声がした。二人は、辺りを見回した。

次の瞬間、何かが猛スピードで、二人の間を横切り、嵐のような風が、かばんとサーバルを襲った。そして、二人の背後に降り立った。声の主は、フレンズだった。でも、二人が初めて会うフレンズだ。


「ビックリしたよ!どっかから声がしたと思ったら、いきなり凄いスピードで突っ込んでくるんだもん!」


サーバルは驚き、呆れていた。


「ごめんなさいね。これ、私の癖みたいなの」


そのフレンズは、少し困ったように笑っていたが、あまり気にしてはいないようだった。

かばんは、フレンズの姿を見た。彼女は、白い服を身に纏い、黒と黄色の髪を生やしている。それから、頭には白と黒の翼が生えていた。同じような色と模様の尻尾も、生えている。どうやら、鳥のフレンズのようだ。かばんは、このフレンズの姿をとても美しいと思った。


「あなたは、何のフレンズさんですか?」


かばんが、フレンズに尋ねた。


「ごめんなさい、私、フレンズになったばっかりで、まだ何の動物かわからなくって」

「そうだったんですか」

「ええ。それで、『としょかん』ってところに行けば良いって、さっき他所で別のフレンズに方向を教えて貰ったのだけれど。この辺りで合ってるわよね?」

「はい。もう少し向こうに行った先に開けた場所があって、そこに建ってる大きな白い塔みたいなのがそうですよ」

「ありがとう。助かったわ、それじゃ!」


フレンズはそう言うと、一目散に空に向けて飛び立って行ったかと思うと、あっという間に遠くへ消えてしまった。

サーバルは、その姿になんとなく似たようなものを見た事があるような気がしたが、思い出す事はできなかった。

かばんとサーバルは、森の中を進んだ。かばんは、ラッキービーストにタカの生態について聞きながら、辺りを見回している。


「タカの生息地ハ、広い原っぱと森が点々トあるところであることが多いヨ」

「そうなんだ!じゃあ、今いるここがしんりんちほーと、へいげんちほーのちょうど間だから、この辺りにいるかもしれないね!」


サーバルはそう言うと勢いよく辺りを探し回始めた。かばんは、木の上に、木の枝で作られた大きな籠のような物があるのを見つけた。


「あれは……」

「オオタカの巣だネ。アカマツやスギの木の、地上から10メートル以上の高さに巣を作る事が多いと言われているヨ」


ラッキービーストが、かばんに説明した。

それを聞いて、サーバルは、木によじ登った。


「何してるの?サーバルちゃん」


サーバルは、一瞬、オオタカの巣の中を覗き込んだかと思うと、すぐにまた、木の上から降りてきた。


「羽とか落ちてないかなーと思ったんだけど、何もなかったよ」


サーバルは、少しがっかりした様子で言った。


「でも、ここに巣があるってことは、きっと近くにいるはずだよ。もう少しこの辺りを探してみよう」


かばんは、サーバルを励ました。

それから二人は、オオタカを探して辺りを歩き回った。けれど、それらしい鳥は、なかなか見つからなかった。やがて二人は、いつの間にかへいげんちほーに出て来ていた。


「お腹空いたなぁ……」


サーバルの腹の虫が鳴いた。


「随分歩き回ったもんね。僕もお腹空いちゃった」


気付けば、もう昼を過ぎていた。二人は昼食のジャパリまんを調達しようとしたが、辺りにはジャパリまんを運ぶラッキービーストの姿はなかった。

サーバルは、かばんに預けていたナスの事を思い出した。でも、夢に出てきたものを全て見つけるまでは、食べてはいけないような気がして、我慢した。その時だった。


「あ!見つけた!」


また、何処からか声がしたかと思うと、何かが猛スピードで、二人の元に飛んできた。目の前に現れたのは、さっき、森の中で会った鳥のフレンズだった。


「さっきはありがとう。おかげで図書館に行けたし、自分が何て動物かも分かったわ」


フレンズは、空腹でうなだれているサーバルに気付いた。


「……どうしたの?」

「ねえ、ジャパリまん持ってたりしない?」

「ジャパリまん?あ、ひょっとしてこれのこと?」


フレンズは懐から1個のジャパリまんを取り出した。


「そう!それ!」

「ふーん、何か、図書館の前で、二本足で歩く小さい変なのからもらって、いい匂いがすると思ってたんだけど。これ、食べ物だったのね」


そう言うとフレンズは、サーバルにジャパリまんを差し出した。


「食べる?」


サーバルの耳と尻尾が、勢いよく立ち上がった。


「いいの!?」

「ええ、私今はあまりお腹空いてないし。必要になったら、空から探すから。それに、さっき図書館の場所を教えてもらったお礼もしたいしね」

「ありがとう!」


サーバルは目を輝かせながら、ジャパリまんを受け取った。そして、かばんと半分に分け合って食べる事にした。


「あ、そうだ。自己紹介、してなかったね」


サーバルはあっという間にジャパリまんを平らげると、立ち上がって言った。


「私はサーバル!それから、この子はかばんちゃん。私のお友達だよ!」

「よろしく。私はオオタカ。さっき、図書館で教えてもらったわ」


目の前のフレンズの名乗りに、サーバルは耳を疑った。


「今、オオタカって言った?」

「そうだけど?」


それを聞いてサーバルは、嬉しくて思わず飛び跳ねた。


「やったー!オオタカに会えた!」


サーバルはそう言うと、オオタカに抱きついた。突然のことに、オオタカは戸惑った。


「あの、私がどうかしたの?」

「ずっと探してたんだ!フレンズでも、きっとオッケーだよね!」


サーバルは、かばんの方を見て言った。かばんはどう反応していいか戸惑ったが、サーバルが嬉しそうなので、首を縦に振った。



 それからサーバルは、自分が何故オオタカを探していたかについて、オオタカに話した。


「ふーん、てことは、残る探し物はあと一つ、大きな山ってわけね」


オオタカは、遠くに見える、サンドスターの山を見た。


「あの山は違うの?」

「うーん、あの山もおっきいけど、夢で見たのとは全然違うんだ。もっとこう、両手を広げても収まらないくらいの大きさでさ」

「それはどの山だって同じだと思うけど?」

「博士さんたちは、『ふじ』って言ってたね。『ふじ』っていう名前がついてる山を探せばいいんじゃないかな」


かばんはそう言ったものの、そんな山には全然、心当たりがない。サーバルもオオタカも同じだ。


「とりあえず、カフェがある山に行ってみよう!私達が知ってる山って他にはそこしかないもん。違ってたら違ってたで、カフェでアルパカに訊けばいいよね!山を登るのが得意なんだから、きっと山にも詳しいよ!」


サーバルはそう言うと、高山に向けて歩き出した。


「カフェ?それって何?」


オオタカが、サーバルに訊いた。


「そっか、オオタカ、まだフレンズになったばかりだから、知らなかったんだね!カフェっていうのはね、山のてっぺんにある、紅茶っていう美味しい飲み物が飲めるところのことだよ!」


サーバルが自慢げに説明した。


「へぇ、私もちょっと行ってみたい。一緒について行ってもいいかしら?」

「もちろん!」

「でも、ここからカフェのあるところまではかなり距離があるよ。さばくちほーを越えなくちゃいけないし、それに、今はバスがないし……」


かばんが、心配そうに言った。


「それなら私が連れて行くわよ、二人のこと」




 そう言うとオオタカは、まずかばんを、前に抱き抱えた。それから、サーバルに背中に乗るように言った。

かばんは、心配だった。前に高山で、トキに抱き抱えて貰って頂上まで行った事はあったが、あの時重荷になるのは自分一人だけだった。でも、今回はサーバルも一緒だ。


「あの、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。私、力には自信あるの。だからあなたの事は絶対落っことしたりしないわ。あとは、サーバルがしっかり私の背中に掴まってさえいれば、問題ないわ」

「大丈夫だよ!高山の崖だって登ったもんね!」

「そう?じゃあ、その時を思い出して、振り落とされないようにね」


オオタカはそう言うと、物凄い勢いで飛び立った。強烈な風が、かばんとサーバルを掠めて行く。


「す、凄いスピード……」

「オオタカの飛ぶ速さハ、水平飛行の時ハ時速80km、急降下の時ハ時速130kmにもなるんダヨ」

「よくわかんないけどすっごく速いんだね!」

「さて、そのカフェのある高山っていうのは、どっちかしら?」


かばんが、地図を広げて、方向を確認し、オオタカに教えた。それを聞くと、オオタカは全速力で、高山へ向かって飛び始めた。



 あっという間に、3人は高山へ辿り着いた。


「オオタカさん、あそこがそうですよ」

「へえ、高山って言うだけあって、やっぱり結構高いのね。どう?サーバル、あなたが夢で見た山と比べて」


オオタカが、背中の上のサーバルに訊いた。でも、サーバルは不満そうだ。


「うーん、違うなぁ……あの山もおっきいけど……」


そもそも、サーバルが夢で見た山は、火山のようだった。でも、今目の前にある高山は、ただの岩山で、形からして全然違っていた。

カフェでは、アルパカが温かく迎え入れてくれた。かばんとサーバルは、サーバルが見た夢のことについて話した。


「……ということなんですけど、アルパカさん、『ふじ』って名前の山、知りませんか?」

「うーん、全然心当たりないねぇ。そんなにでっかい山があって、名前もついてるってなったら、誰だって忘れるわけがねぇと思うからねぇ」


アルパカはそのあと少し考え込んだが、やはり思い当たることはないという様子だった。


「ところでそっちの鳥の子さぁ、初めて見るねぇ?名前なんて言うのぉ?」


アルパカが、オオタカの方を見て言った。


「オオタカよ。この前フレンズになったばっかりなの」

「あぁ〜、この前に山からサンドスターが噴き出した時に生まれた子かぁ。見たことねえ子だと思ってたんだぁ。よくここに遊びに来てくれる鳥の子がいるんだよぉ、紹介してあげたいなぁ」

「そう言えば、今日はトキさん、来てないんですね」


かばんは、いつもいるはずのトキが、カフェの中にいないことを不思議に思っていた。


「あぁ〜、あの子最近ねえ、時々やきやまちほーにも遊びに行ってるんだよぉ。温泉は気持ちいいし、雪を見ると何だか懐かしい気分になるから、お気に入りなんだってぇ」


オオタカは、また一つ、気になる言葉があることに気づいた。


「温泉?」

「あったかいお湯に入れるところだよ。すっごく気持ちいいんだ!あと、雪もいっぱいあって、真っ白な景色がすっごく綺麗で……」


サーバルは、そこまで言うと突然、一瞬静かになった。


「どうしたの?サーバルちゃん」

「思い出した!」


サーバルが、勢い良く椅子から立ち上がった。


「雪だよ!夢に出てきた山のてっぺんに、雪が積もってた!もしかしたら、ゆきやまちほーに行けば何かわかるかも!」

「じゃ、次の目的地は決まったわね」


オオタカはそう言って、ニヤリと笑った。



 オオタカは、再びかばんとサーバルを連れて飛び始めた。まもなく、辺りは緑に満ちた世界から、真っ白な銀世界になった。


「凄いわ。本当に真っ白……」


オオタカは、下に広がる雪景色を見て、呟いた。やがて、雪景色の中に、点々と、煙を吹き上げる小さな湖のようなものが、見え始めた。


「アレは何?」

「アレが温泉だよ!」

「へえー、沢山あるのね」

「でも、私たちが一番好きなのは、キタキツネとギンギツネがいるところの温泉なんだ!ね、かばんちゃん!」

「そうだね。何だかとっても落ち着く場所だよね」

「そうなの?じゃあかばん、案内よろしく頼むわね」


温泉に向かう途中も、サーバルは山を探す事を忘れなかった。でも、見えるのは雪ばかりで、遠くからでもわかるくらいに大きな、雪の積もった山は、見つからない。

結局、サーバルは山を見つける事ができずに、そのまま、キタキツネとギンギツネがいる温泉宿に辿り着いた。

オオタカは、わくわくしていた。早く、温泉というものを体験してみたいと思っていた。でも、サーバルは、目当ての物が見つけられず、少し、落ち込んでいた。

中に入ると、ギンギツネが建物の中を、掃除しているところだった。


「こんにちは、ギンギツネさん」

「あら、かばんにサーバル。いらっしゃい。その後ろの子は?」

「オオタカよ。よろしくね。温泉に入りたくて、この二人に案内して貰ったの。雪景色を見ながら、温かいお湯に浸かれるんでしょう?」


それを聞いて、ギンギツネは少し残念そうな顔をした。


「あちゃー、ちょっとタイミングが悪かったわね。今、露天風呂はキタキツネが掃除してて入れないのよ」


オオタカは、がっかりした。


「あら、そうなの……」


だが、ギンギツネは機転がきくフレンズだった。


「でも、温泉自体には入れるわよ。露天風呂じゃなくても良ければ、そこはもう掃除が終わってるから、入れるわ」


それを聞いて、オオタカの顔はパッと明るくなった。でも、サーバルはまだ、落ち込んでいる。


「サーバルちゃん、ひとまず温泉に入って一休みしようよ。それから、また探しに行こう?」


かばんが、サーバルを励ました。



 ギンギツネは、三人を大浴場まで案内した。かばんは、オオタカに、温泉に入る時は服を脱ぐという事を教えた。

それから三人は、浴場に続く扉を開け、足を踏み入れた。霧のような湯気に満たされた広い空間に、たくさんの種類の温泉がある。正面には、かばんとサーバルがこれまで出会ったフレンズたち全員で入れそうなくらいに大きな湯船が広がっていた。

すると、かばんは、その大きな湯船の後ろに、同じくらいに大きな絵が飾られている事に気がついた。その絵には大きな山が、描かれている。かばんはこの絵がとても美しいと思った。そして、その迫力に、圧倒された。


「サーバルちゃん、見て。すっごく綺麗だよ」


かばんが、サーバルを呼んだ。


「大きい絵だね、誰が描いたんだろう……」


そう言うとかばんは、湯船に足を踏み入れて、隅から隅まで、絵を眺め始めた。

サーバルは、ぼんやりと、絵を見つめた。


「……あれ?これって……」


サーバルは、目をこすってもう一度、目の前の絵を見つめ直した。やがて、さっきまでの落ち込みはどこへ行ったのか、大喜びで、飛び跳ねて叫んだ。


「見つけた!見つけたよ!かばんちゃん!」


かばんは、サーバルが突然叫んだので、何のことかわからず、戸惑った。


「私が夢で見た山!これだよ!!」


サーバルは、かばんを湯船から絵の前に引っ張り出した。そして二人で、並んで目の前の山の絵を見つめた。

太陽の明かりに照らされた、青く、頂上の辺りに雪が積もった、とてつもなく大きな山の絵。サーバルが夢で見た山にそっくりそのままの景色の絵が、目の前にあったのだ。



 それから三人は、温泉に浸かりながら、お互いの事や、今日の冒険の事を、語り合った。


「良かったね、サーバルちゃん。夢に出てきたもの、全部見つかったね」


かばんが、サーバルに言った。


「うん。でも、もしかしたら、夢に出てきたもの、探しに行かなくても良かったのかもしれないなって」

「どういうこと?」

「だって、新しいお友達もできたし、お宝探しもできて楽しかったし!博士たちの言う通り、本当に、見るだけでいいことがある夢だったのかも」

「でも、もし夢で見たものを探そうと思わなかったら、こうして私たちが出会うこともなかったんじゃない?」


オオタカがそう言うと、サーバルは少し考えた。


「うーん、わかんないや!」

「あはは、サーバルちゃんらしいや」


三人は、笑いあった。夢が幸運を運んできてくれたのか、それとも、夢に見た事を実行に移したから、幸運を手にできたのか。サーバルには、そんな事はもう問題ではなかった。こうして友達と一緒にいることが、結局、一番楽しいからだ。これからも友達と沢山、楽しいことができるといいな……サーバルはそう願いながら、壁に飾られた大きな『ふじ』の絵を見上げたのだった。




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けものフレンズ ~はつゆめのおたから~ Kishi @KishiP

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