自己改革!!
@itookashi
第1話 殻の中
僕は群れるのが嫌いだ。
人の群がりを見ていると、そう感じてしまう。どうして興味もない人の話にいい顔して応じているのか。どうして好きでもない相手と行動を共にするのか。どうして自分がどういう人間かを自慢げに誇張して語るのか。
僕には理解できない。
僕は群れるのは嫌いだ、他人とは区別された唯一の人間でありたい願う。
そんな僕の願いは実現するのだろうか。
そんなことを考えているうちに眠りについてしまった。
「ピピピピピ・・・・」と隣で目覚ましが鳴っている。
もう、新しい朝が来たのかと僕は隣のスマートフォンの目覚ましを止めた。
「祐起きなさい。」と母の呼ぶ声が下から聞こえる。
そんな母の声が僕の耳に突き刺さるように僕には聞こえる。
「分かったから、すぐに起きるから待ってて」と僕は弱弱しい声で応じた。
僕は着替えて、下の居間に向かった。
「おはよう祐。初日だからもっとシャキッとしなさい」と母が僕に言った。
僕は母の言っていることに素直に従い、背筋を少しだけ伸ばしたが、心の状態は全然よくなかった。
「初日だからって、いつもと変わらないよ、僕は」
「何言ってるの、今日は高校生という人生の青春を踏み出す最高の日なのよ、それなのに」
「はいはい、分かったから」と僕は母の話を遮り、家を出る準備を始めた。
朝食、洗顔、歯磨きをすべて済ませ、家を出る支度をし、玄関に向かった。その玄関にある鏡に映った僕の顔はいつもと変わりはなかった。どうせいつもと同じだ、僕は変わっていないと思いながら鏡の自分とにらめっこしていた。
そんな僕の様子を見かねた母が僕に言った。
「そんな顔してると良いことなんか起きないよ。もっと笑って笑って。さあ、頑張って行ってらっしゃい」
なんだよ、頑張って行ってこいって、僕は一瞬そんなことを思ったが、とりあえず「行ってきます」と言って家を出た。
家を出ると、ここからは自分一人だけの世界だ。
変わらない自分の信念を心に携えて僕は歩き始めた。
家を出てからだいたい十五分、僕は私立一ノ瀬学園の職員室にいた。
「ああ、君が今日から僕のクラスの一員になる木下祐君だね」と黒縁眼鏡が怪しい雰囲気を醸しだした痩せ型の男が見た目に合わない太い声で僕に話かけた。
ぼくはその見た目と声とのギャップに少し驚きながら、
「あ、はい。木下祐です。本日よりよろしくお願いします。」と挨拶をした。
そんな僕の様子を見て、緊張をほぐそうとしてくれたのか、
その怪しい黒縁眼鏡が
「大丈夫大丈夫、そんなに緊張しなくてもいいよ。」と太い声で言った。
別に緊張ではないんだけどと僕は内心思いながら、尋ねた。
「先生のお名前を伺ってもよろしいですか。」
すると、その黒縁眼鏡は思い出したように
「黒田真一だ。社会を教えている。改めてよろしくな木下。」と言った。
そして手元にあった書類に目を通し、今日の予定を僕に伝えてくれた。
そこから二十分くらい僕の情報を得ようとして僕を質問漬けにした。
「ああ、もうこんな時間か、もうすぐ朝のホームルームが始まるな、教室に行こうか木下」
「はい。」と僕はこの黒縁眼鏡はどこか抜けているなと思いながら職員室をあとにした。
何色にでも染まりそうな白い廊下を黒田と歩いていると、
「木下、分かってるとは思うけど、最初に自己紹介してもらうからな」と黒田が言った。
「そうですよね」と僕は応え、よくドラマやアニメ等である転校生の自己紹介の映像を頭に思い浮かべながら何を話そうかと考えたが面倒くさいと思い、教室に着くまで何も考えなかった。
世の中、人間は二つに分類される。新しい環境に置かれても適応できる者、そして適応できず埋もれていく者。しかし僕はその両者にも当てはまらない。僕はその場にただ、存在しているだけの人形だ。そこに適応やらの言葉は当てはまることはない。
朝のホームルームで連絡を終えた黒田の僕を呼ぶ声が聞こえる。
「みんなも知っていると思うが今日からこのクラスに新しい仲間が増えることになった。紹介しよう木下だ。みんな良くしてやってくれ。じゃあ木下、自己紹介を頼む。」
黒田の話が終わると目の前の生徒全員の視線が僕に突き刺さる。この異端の存在に興味を示すかのような笑みをこぼして。僕は早くこの状況を終わらせたかった。
「木下祐です。よろしくお願いします。」
それだけを伝えて挨拶を終えた。すると一番後ろの丸坊主の、おそらく野球部だろうか、春とは思えない顔の黒さをした男子がニコニコした顔をして聞いてきた。
「ほかに何かないの。それだけじゃ俺たち木下君のことわからないよ」
きっとその丸坊主は単純に僕のことをもっと知りたかったのだろう。しかし、僕は何かを付け加えて言うわけでもなく、
「特に言うことはないです。」とだけ言って挨拶を終えた。
この時点で僕の印象を良く思わないやつらも出てくるだろうなとは思いながらも、これでいいのだと思った。僕はお前たちとは違う。そう思いながら黒田の方を見て、この場を終わらせて欲しいと目で訴えた。
黒田は僕の視線に気づき、場のなんとも言えない空気を感じたのか、
「よし、もういいだろう。みんな木下を助けてやってくれ。頼んだぞ。」とだけ言って僕に席の場所を伝えて、教室を後にした。
準備されていた席に僕が向かおうとすると、まわりの視線が僕に集まる。当然だろうなとは思いながら、僕は何事もなかったかのように席に着いた。
とりあえず、黒田から事前に聞いていた一時間目の準備物を机の上にだして、授業が始まるのを待った。周りはもう僕のことなんかお構いなしに、自分たちの日常を形成し始めた。一時間目が終わり、そこから昼休みまで休み時間は三回あったが、誰も僕を気にすることなく、自分たちの日常を過ごしていた。またこれだ、どうせお前たちは群れるしか能がないんだろと顔には出さなかったが、心の中ではそう思っていた。
昼休みになってほかの生徒たちが食堂や各自の食事場所に移動する中、僕は移動することなく、自分の席で母から預かった弁当を食べようとした。
その時、僕の机におにぎりが三つ置かれた。僕はそのおにぎりに目をやり、近くにあった椅子を僕の机に近づけてくる朝の丸坊主の男子を迷惑そうな目で見つめた。
「なあ、一緒にご飯たべようぜ」とその丸坊主は僕に向って何も気にしていないかのように言った。
僕にも断る理由が無かったので、とりあえず、
「うん」とだけ言ってその丸坊主と向かい合った。
「あ、急にごめんな、俺の名前は松下仁、みんなからは仁と呼ばれてる。だから木下君も気軽に仁と呼んでくれ。」
僕は不思議に思った。だってこいつは朝の時、僕に関わろうとして、相手にされなかったのに。
なのにどうして気にする様子もなく、僕にまた絡んでくるのだろうか。普通、相手にされなかったら関わりたくないだろうに。
そうした内心を読み取ったかのように松下は話かけてくる。
「朝は、ごめんな。急に話を振って」
「いや、別に」
「俺としては木下君のことをみんなに知ってもらおうとしたんだけどそれが裏目に出ちゃったかなと思って、申し訳なく思って」
「そうなんだ」
「うん、だから改めて木下君と話したいなと思って、ご飯一緒に食べようと思って」と視線を上下に動かしながら恥ずかし気に話す。
「うん」と僕はとりあえず相槌だけは打った。
実際のところ、僕はその松下については良い印象を抱かなかった。昼休みまでの間、このクラスの人物関係を見ていたが、こいつはクラスの中心であり、リーダーとも言ってもいいくらいの存在だ。皆の会話の中心には常にこの丸坊主がいたし、授業中もこいつを中心に黄色い明るい雰囲気が広がっていた。そんな彼を僕はなかなか受けいれることが出来なかった。どうせこいつも同じだ。人といるだけで満たされる、そこに自分の存在価値があると勘違いしてるやつだ。
そんなこと考えながらも、目の前で松下がこの学校は良いとか部活動はどうするのとかいろいろ喋っている。まるで喋る機関銃のようにやかましい。
僕は適当に話を合わせながらも、昼休みが早く終わらないかと思った。
昼食をお互いに食べ終え、予鈴が鳴った。やっと終わる、このしんどさから解放されると思った。松下も次の授業の準備をするために片づけをしていたがふと何かを思いついたような顔をして僕にこう言った。
「今日、俺部活休みだから、授業終わったら、学校を案内してやるよ。だから帰るなよ。」
僕は面倒だと思いながらも、その提案を断ることは出来なかった。さすがに人の好意をないがしろにしたらだめだよなとか色々考えたし、さすがにこの学校の校内地図だけでも頭に入れておきたいと思ったからだ。
僕は、「分かった」とだけ言って次の授業の準備を始めた。
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