第5話 例えばこんな教師野郎の巻

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 結構な回数死んできた僕、ローグだけど、泣き声で目覚めたのは初めてだった。

 目を開けると、彼女がいる。

 イチリ。僕の現在の雇い主。

 彼女が僕に払う給料は本当に破格で、最近は僕の方がふわふわにお酒を奢るぐらいだった。

 貴族の娘。

 経済的にはとても楽な暮らしをしてきたはず。

 でも昨日、彼女は僕を殺した。

 途中で諦めると思っていたんだけどなぁ。

「どうして泣いているの」

 僕が尋ねると、彼女は怒ったような顔をする。

「悲しいからです」

 そっか、悲しいかぁ。

 まぁそうか。

 僕も、僕の母さんが死んでしまった時は悲しかったしな。

 確かあれは、僕が内定を手に入れた日だったな。

 葬式に出ていたせいで会社へのメールが送れて、後日怒られた覚えがある。これからはしっかりしてね、だってさ。僕はメールが遅れた理由も答えなかったんだけどね。

「よくやったね」

 泣いている女の子は苦手だ。

 僕はどうすればいいのかよく分かんなくなって、昔読んだ本の主人公みたいに、彼女の頭を撫でることにした。

 なんだかそうして欲しそうに見えたんだ。

 彼女は泣きながら僕の手を振り払って、これで合格ですか、と呟いた。

 もちろん合格だ。

 でもこの子には、こうやって誰かが死んだら泣ける心を、大事にしてほしいなぁ。

 僕みたいに、自分の死を他人事みたく思う人になってほしくないな。

 でもそれを言ったらどうせまた怒られるから、僕は苦笑しながら立ち上がった。

 イチリの家は教会にも多大な寄付を入れてるらしくて、今日の神父さんはちょっと優しく僕を外に送り出した。

 子供を冒険に連れていく事を知って、非難がましい視線を僕に送っていたけど、僕は無視する。

「じゃあ、いこうか」

 そう言うと彼女は首を傾げる。

「どこに行くんですか」

「君を家まで送り届けるんだよ」

「そ、そんなことしないでいいですっ」

「ここで別れるのも何か変じゃない。それに、話すこともあるし」

「……?わ、分かりました」

 泣いていた彼女の涙はもう止まっていて、目を真っ赤にしながら僕の後に続く。

 教会から出て仰いだ青空はあんまり青くて、一瞬、まだ夢を見ているんじゃないかと思った。

 五年前からずっと、そう思い続けているけどさ。

 知に足をつけないとなと思って、僕は彼女に話し始めた。


「君は魔術師なんだよね」

「はい、そうです」

 魔法使いとしてのレベルは、僕より遙かに高いだろう。

 僕は簡単な魔法を素早く唱えるのは得意だけど、派手な魔法は一切使えないし、そもそも魔道具に頼り切っている。

 今時の魔法って言うのは、基本的に生活用品を生み出す上での技術になる。だから攻撃する、戦うなんて技能は学院では教えない。でも、彼女は攻撃魔法を得意とした。

 きっと、昔から冒険に出ようと決めていたんだろう。

「……先生のお陰で、痛くても魔法が使えるようになりましたから」

「最初のうちは剣で突っ込むだけだったのにね」

「うっさいです」

 まぁそのせいで、僕も火傷や打ち身、窒息と、ダメージの種類が増えていったのでかなりキツかった。

「イチリちゃんには、冒険者用の装備を調えて貰う」

「……冒険者?」

「今は、魔法使い用の装備だよね、それ」

「あ、はい、そうです」

 ステレオタイプ的な魔法使いの衣装。

 歴史によってその威力を増す魔法の装備は、結構アンティークが多い物が多いけど、彼女の装備はその中でも特に古い。

 きっと、高価な装備なんだろう。

「冒険者の装備は、空素の魔法がかけられてある」

「そうなるとどうなるんですか?」

「死んだら、体と一緒に帰ってくる」

「……空素の魔法が掛かってなかったら」

「全裸で帰ってくる事になるね」

 彼女は顔を真っ赤にした。

 年相応に恥じらいはあるらしい。

「もしかして先生が剣を持ってないのって」

「そうだよ。空素が付与された剣って高価でね」

「……あなたの分の剣も買いましょうね。お金はうちが出しますから」

「えマジでホントに良いのすげー嬉しいほんとに?」

「……先生。時々若者になるのヤメて下さい」

 だいぶうれしいぜ。

「でも、装備を調えるって事は」

 彼女が呟いた。

「そう、近いうちに外に出てみよう。まずは、その辺りまで」

「……」

「まぁ、まだ死なないと思うよ。だから怖がらなくて良い」

「こ、怖くなんて……っ」

「いや、怖いのは良いことだよ。死ぬのが怖くない人は居ない」

 そうして、死ぬのが怖くなくなっちゃだめだ。

 彼女はそうなる前に冒険を諦めてくれるといいな。

 二歩ぐらい後ろを歩く彼女を見て、なんだか犬みたいだな、と不意に思った。

「先生の最初の冒険はどんな感じだったんですか?」

 彼女が尋ねる。

「僕は、最初に出会ったスライムに殺された」

「スライム……」

 彼女はごくりと息をのむ。

 元居た世界で言うとスライムなんて雑魚キャラの筆頭だけど、こっちの世界では最も恐ろしい生き物の一つだ。

 言いつけを守らない子供に、良い子にしてないとスライムに食べられちゃうよ、ってな具合にね。

「大丈夫。まだ、スライムは対処法がある」

「対処法?」

「一体なら、倒せる」

 一体の時点でかなり運ゲーだけどね。

 二体来たらもう駄目だ。死ぬと思った方が良い。

「まぁその辺は、次の訓練で教えるよ」

「はい!」

 彼女は良い生徒だ。

 僕の言ったことを、一生懸命理解しようとする。

 前の世界でも、サラリーマンじゃなくて教師になればよかったかな。

「それで、君の依頼だけど」

「はい?」

「冒険で、どこまで行くのが目標なんだい」

「…………」

 彼女は、ジトりとした目で僕を見た。

「な、なにさ」

「……いや、私たちもう結構顔をつきあわせてるのに、そんな基本的な事も未だ話していなかったんだなと思って」

「だって、早々に君が諦めるとおも……」

「あぁ?」

 彼女が僕を睨む。

 だから怖すぎるんだってそれ。

 彼女は、全くもう、と前置きをしてから言う。

「私の目標は、ドワーフとの交易です」

「ドワーフ?」

「はい。伝説上の存在、ドワーフ。精霊さえも倒す武器を作る種族なんだとか」

「……なるほどね」

 伝説を探す。

 冒険の目標としては、申し分無いじゃないか。

「もしくは、エルフの魔法。他にも、精霊に力を借りられないかとか、幻獣と召還契約が結べないかとか」

「とにかく、力が欲しいと」

「はい」

 それは……とんでもなく大変な目標だな。

「じゃあ少なくとも、どこかのダンジョンを越えないとな」

「……ですね」

 この人間の国の周りには、檻のようにダンジョンが張り巡らされていた。いや、実質檻なんだろう。

 魔族達が、人間たちを飼うための柵。

「先生はダンジョンを見たことはありますか?」

「あるよ。ゴブリンの砦に入ったし、西の、炎の山を遠くから見たことも有る」

「……どうでした?」

「それどころじゃ無かった。コカトリスに追われてたから」

 そう言うと、彼女はくすりと笑った。

 笑い所じゃないんだけどな。

 でも、笑顔は可愛くて、良いじゃん、と思った。

「先生の目標は何ですか?」

「冒険の?」

「……それ以外に何が在るって言うんですか」

 まぁ、そりゃあそうか。

 でも僕の目標となると、彼女のそれと同じぐらいか、それよりキツい。

「――忘却の海」

「……海?」

 忘却の海。忘れた物が流れ着く場所。

 誰にも記憶されない場所。

「そこには何があるんですか?」

「……何があるんだろうねぇ」

 それは誰も知らない。

 だって、そこに行って戻ってきたのは、魔族にだって居ないそうだ……と言うのを、僕は魔族から聞いたことがある。

 きっとそこに行けば。

 僕はまた、あの日常に帰れるんじゃないかなって。

「でもまずはゴブリン峠の攻略かな。それが第一目標だ」

「ゴブリン峠?それって、どうし……」

 イチリが何かを呟きかけた瞬間だった。

「おっと」

 通行人がイチリの肩にぶつかって、彼女はよろよろとよろける。僕は彼女の肩を抱き留めて、通行人に軽い文句を言った。

 通行人は人の良さそうな顔ですまないと謝って、文句を言った僕が逆に面倒くさい奴みたくなってしまった。

 相変わらず人間関係が難しすぎるんだが??

 とにかく彼女を抱き留めていると、彼女は急に僕を突き飛ばす。

「な、な、な、何をするんですか!!」

「……『な』を四回も言ったよこの子」

「うっさい、そうじゃなくて」

 あぁ、もう、と彼女は言う。

 彼女の顔は真っ赤で、やっぱり年頃の娘さんだった。

 そう言えば彼女の体は柔らかかったけど、子供らしくどこか骨ばっていたようだった。

「ごめんごめん」

「……先生のえっち」

 まっじで。

 今のえっちか。

 異世界は、元居た世界よりも貞操観念は強い気がする。

 何でだろう?子供を産むのに慎重だからかな。

「大丈夫だよ。僕は子供には興味な……」

 彼女の目が怖かったので、僕はそれ以上何も言わない事にした。



 彼女の屋敷の前までやってくると、彼女は改めて僕を見た。

「先生、ありがとうございます」

「何が?」

「……私の依頼、受けてくれて」

 気にしてたんだ。

 彼女は押しが強いから、もうそんなの忘却の彼方だと思ってた。

「いいよ。僕もお金が必要だったし。それに」

「……それに?」

「僕も結構、君のことは気に入ってる」

「……っ」

 彼女はぴくりと跳ねると、やっぱり顔を真っ赤にした。

 あ、気に入ってるって変な意味に捉えられてないよな。

 内心あたふたしたけど、僕は笑みを崩さない作戦で行く。

「一生懸命だし、真面目だし、才能もあるからね」

「きゅ、急に何ですか。褒め殺しですか」

「先生が生徒を誉めるのは当たり前のことだろう」

「でも、今まで誉めるなんて、一回も……」

「あれ、そうだっけ」

 ……僕は記憶を掘り起こしていく。

 ……。

 マジだ。

 マジで一回も誉めてない。

 よくついてきたなー、イチリちゃん。

「そもそも、こんなに長く話したのだって、……初めてです」

「……そうだっけ」

「そうです。先生は私のこと、嫌いなんでしょ、どうせ」

「いや、嫌いじゃないよ。だから気に入ってるって」

 なんだ。そんな風に思われていたのか。

 確かに、耳を削いだときとか、足の指を切り落とした時とか、空からたたき落としたときとか、随分殺気の籠もった目で見られているなと思っていたけど(当たり前)。

「ごめんね。僕はどうも、口が下手で」

「……それは知ってます。でも、言って貰わないと分からないこと沢山です。……私、何で先生に嫌われているんだろうって、一杯悩んだんですから」

「そうだったのか……いや、ごめん。嫌ってるって事は全然無いよ」

 じゃあ、と彼女は言った。

「私のこと、好きですか?」

 一瞬、どきりと驚いた。

 その質問の意図を計りかねていた。

 取り繕うように、彼女はあたふたする。

「あ、いや、違いますよ。ただ、人間として。人として、その、性質が好きかという話で、別に、男女関係のどうのこうのとか、そう言う感じのことは一切ありませんからね。勘違いしないで下さいよ、先生のえっち!」

「……いや、そんなまくし立てられても困るんだけどな」

 参ったな。

 何とか巧い答えを探さないと。

(……しかし、予想以上に恥ずかしいぞ)

 あっちは思春期の娘さんだしな。

 余り変なことを言うと、気持ち悪いって嫌われかねない。

 僕はたっぷりの時間を思考に費やして(その時間の間、彼女は泣きそうな目で待っていた)、答えを探す。

「そうだな、僕は……」

 うん、これが答えだろう。

「君のその、信念に対する直向きさや、諦めない気高さや、くすむことの無い誇りが、とても好きだよ」

 ちょっと臭かったかな。

「……」

 彼女は数秒固まった。

 まずかったかな、と僕が思った頃。

「せ……っ」

 彼女は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「先生の、えっちーーーっ!!!」


 叫んで、逃げるようにお屋敷に走っていった。

 ちょっと躓いてたりしてた。

 今のは俗に言う、照れ隠しと言う奴だろう。

(僕もかなり恥ずかしい事を言ったからな)

 とはいえ、僕が彼女に人としての尊敬を抱いていることは伝わったはず。


 走っていく桃色の髪を眺めながら、僕は歳不相応な気恥ずかしさに苦笑するのだった。



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異世界に来たけど、こち亀の続きが読みたいから死んでも生きて帰る じんくー @zinku

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