砂漠の王 スターカーメンの奇跡。

finfen

砂漠の王 スターカーメンの奇跡


───いつもの夢。

私は公園の大きな砂場で、ひとり泣いている。


お母さんは朝早くから夜遅くまで仕事で、私はいつもひとり、近所の公園の大きな砂場で遊んで過ごした。

極度の引っ込み思案だった私は、友達もまともに作れないでいた。

お父さんが亡くなってからは、それが余計にひどくなっていた。

まわりの子たちはお父さんもお母さんもそばに居てくれるのに、私には居ない。

おっきなお父さんに、みんな抱っこされたり、肩車してもらったり。

私が泣いていると、いつもお母さんは少し困ったような、かなしげな顔で笑う。


いつも優しいお母さん。 

笑顔を絶やさず、どんなにつらいことも黙って乗り越えるお母さん。

お父さんが亡くなってから、女手ひとつで私を大きくしてくれた。

お母さんは悪くないんだ。

誰も悪くないんだ。

でも、お父さんに、逢いたい。

小さいながらもぐるぐると考えた結果、家では絶対に泣かないことに決めた。

お母さんの前では絶対に笑っていようって決めた。

だから、この大きな砂場では、いつも泣いていた。


ふいに、高らかな笑い声が響く。

声の方を振り向くと、きらきらと陽の光をまとって砂山の上から私を見下ろす影。

テレビで視たことがある正義のヒーロー、砂漠の王スターカーメンだった。

スターカーメンは、笑いながら私の元へと駆けおりて来て言った。


「もう大丈夫だ少女よ。私がそなたを救ってやろう。そのかなしみを討ち滅ぼしてやる。だからもう泣かないでいい。私がそなたをずっと護ってやろう。」


そしてそれから、私がお母さんの仕事の都合で引っ越すまで、スターカーメンと毎日のようにあの砂場で楽しく遊んだ。



***



茅乃かやのー。茅乃ってば」

「…………ん。 なんだ。みどりか…」


熟睡してた。

確か…数学だっけ。

にしても寒い。 ふるっと身震いをして顔をあげると、親友の碧が愛嬌のある大きな目で私をのぞきこんでいた。

教室内は暖房が効いてるとはいえ、さすがに1月は寒い。

私の席は窓際のいちばん後ろなので、余計に冷える。


「なんだじゃないでしょ? あんた、どんだけ熟睡してんのよ。何度も呼んでたのに。 …楽しそうに笑ってたから、起こしづらかったんだけどね。」

「……やだ。笑ってた?……だって、つまんないんだもの。授業。」


ノートすら開いてない机の上を一瞥いちべつして碧は、大きく嘆息した。


「……まぁあんたの成績じゃ、数学教師も口を出せないもんねぇ。 全教科常に学年トップ、品行方正、容姿端麗、座れば牡丹、立てばシャクヤク、歩く姿は……何だっけ…?」

「百合の花?」

「そう! そのおっぱいくらい5センチほど分けて欲しいくらいよ。 さらっさらの髪でもいいよ?」

「……髪はともかく、胸ならあんただってCほどはあるじゃない。」


碧はふるふると頭をりながら、両手でオーバーアクション気味にまくし立てる。


「いつもあんた見てて思うんだけどさ、ほんっともったいないの。 成績優秀で、高2にしてここまでハリウッド女優並みの容姿してて、何でもっとこう…はっちゃけないの? ってか、芸能界入っても良いくらいだよ? 実際、スカウトだって何人も断ってたじゃない。 それに今日、あんたが振った今年86人目の先輩。 あの人、校内イチ人気ある先輩なんだよ? 絶対に落とせるって思ってたでしょうに。可哀想ったらありゃしない。」

「……誰ともつき合う気が起こんないんだからしょうがないじゃない。 芸能界だって、入ってる暇あるんなら早く就職するわ。お母さん助けたいもん。」


碧は私の机に座って、うつ伏せていた私の頭をやさしく撫でた。


「そうよね。あんたのそんな飾ったりおごったりしないとこが本当に大好きよ。 あんたの砂漠のヒーローが早く見つかるといいわね。」


碧のやわらかな手のひらの感触に浸りながら、さっきの夢の続きを思い出す。

私を救ってくれたヒーロー。

砂漠の王、スターカーメンのことを。


今思うと、同い年くらいの男の子だったんじゃないかと思う。

流行っていた、スターカーメンのお面をつけた男の子。

でも、夢のように楽しい日々だった。

私は本当にスターカーメンに救われたんだ。

ちゃんとお別れも言えなかった。

この高校を選んだのも、あの砂場がある街だから。

もう一度逢って、ちゃんとお礼を言いたい。

ううん。

あの日から、私はあのスターカーメンに恋をしてる。

だから、誰ともつき合う気はない。

だって、彼以上にかっこいいひとなんて見たことがないもの。

この想いを、彼に伝えたい。

ありがとう。あなたが好きですって。



***



いつものように、あの砂場をわざわざ通ってから帰る。

今住んでいる街は、ここから電車で5駅ほど離れてるけど、この高校に入ってからは毎日のように通ってる。

通ったところで、あのお面をつけているわけないし、第一、顔も知らないんだから、奇跡でも起きない限り絶対に出逢えるわけないんだけどね。


しばらく公園のベンチに座って、子供たちが遊んでるのを見ていた。

すると、じゃれあいながら公園の前を通る制服の一団が。

目をやると、同じ高校の制服。 うわ。アニオタっぽい。

向こうも気づいたらしく、とたんにひそひそと声をひそめて、私をちらちら見ながら話しだす。


「…あれ、住田茅乃すみたかやのちゃんじゃん。」

「…なんで学校イチのアイドルがこんなとこにひとりで居るんだよ?」

「……へー。あれが噂の茅乃って子かぁ。初めて見たよ。」

「…しゅうくん?…リアルの女の子に興味ないにもほどがあるだろ?!……」


あぁ。いよいよめんどくさいな。 早く行けばいいのに。

そんなことを思いながら、仕方なくベンチから立ち上がって、公園の出口に向かう時。

見てしまった。


宗と呼ばれた子のボサボサの後ろ頭に回された、スターカーメンを。


「スターカーメン!!」


思わずその子の元へと駆け出した。

なりふりかまわず、彼の両手を取って詰め寄る。


「わっ?! 何っ?」

「一緒の学校よね?! 何年何組? 家は近くなの? ずっとこの辺に住んでるの? それ、スターカーメンよねっ?」


私のあまりの勢いに呆気にとられている男の子たち。

手を取られていて逃げられない彼は、真っ赤になっておたおたしている。


「なっ なんだよ君は?!」

「いいから答えて!!」

「はっ はい! 2年4組望月宗もちづきしゅう! この先の4丁目に生まれてからずっと住んでますっ! ちっちゃい頃からスターカーメンの大ファンですっ!!」

「私を覚えてない?! 昔、保育園の頃に、この砂場で毎日遊んでた…」

「えっ?」


宗くんは初めて私に目を合わせて、まじまじとのぞきこんだ。

うわぁぁ。綺麗な目。すっごいかわいいんだ。

男前? ううん。 美人。

色白で、まつげ長くて、線も細くて、唇もほんのりピンクで、女の子でも通るくらい。

しばらく宗くんのあまりの綺麗さに、ぽーっと見蕩れてたら、意外な言葉が口をついて出た。


「……かーや…なの?」


身体中に電気が走った。

もう、痺れて足がガクガクだ。

宗くんに昔のあだ名を呼んでもらえた。

それだけで、私はその場に崩れ落ちた。


「だっ 大丈夫?!」


宗くんが慌てて私の身体を支えるために抱いてくれる。

身体に触ってくれた。

宗くんの指が、手が、腕が、私に触れる度に、幾重にも電流が私の身体を蹂躙するよう。


「はっ…ぁん…。…だ…め…」

「えぇぇぇぇっ?!」


目を潤ませて顔を紅らめ、震えながらやっとの想いで宗くんを見上げると、宗くんはおたおたと驚いてる。

私は走る電気に耐えながら、声を振り絞って言った。


「…ずっと…ずーっと探してた…。…お礼もお別れも言えなかった…から……。だから、その……ありがとう…。そして、あなたが大好きです。私をあなたのお嫁さんにしてください。」

「えぇぇぇぇええええええぇぇぇぇぇぇぇええ?!」


公園にオタたちの声がこだまする。

そして、止まっていた私の時間が、やっと動き出した。



***



「宗くん! はいっ。お弁当。」

「えっ? はっ はい! ありがとう!」


朝方校門前で、宗くんにお弁当を渡すことから私の1日が始まる。

まわりの視線がやたらうっとうしいけれど、14年ぶりに逢えた私の大切なひとなの。この想いに勝てるひとなんてこの世に居ない。

ここから宗くんの教室まで、腕に絡みついて行っちゃう。

それくらいどうだって言うの? あなたたちなんて眼中にないんだから放っといて。


「……あの…かーや? もっと離れてくんないかなぁ…みんな…その…全校男子の視線が怖いよ…?」

「…ぁん…。…もっと呼んで? かーやって。もっと…お願い。」

「えぇっ。なんだかすっごいエロいんだけど?!」

「宗くんならいいよ。 この身体はぜんぶあなたのもの。 好きに使って?」

「ガチだ?! エロエロだった!」


彼の腕を私の胸に押しつけて歩く。

Fカップの胸も、このために磨いてきたんだから。 誰にも触らせないでとっといたんだからね。 


「宗くんは、ちゃんと覚えててくれた。 ちゃんと昔のあだ名で呼んでくれたもん。 ね。今日ウチに来て? お母さんに紹介したいの。私のヒーローに逢えたんだって昨日教えたら、ぜひ連れてらっしゃいって。 婚約の相談もあるしねって。」

「もう親公認?! しかも結婚確約済みで?!」


教室に着いて、入り口のところで宗くんに向き直る。

いつの間にか、私たちのまわりを遠巻きに人だかりが出来ていた。

ざわめきがうっとうしい。


「宗くんは、私じゃ嫌? お嫁さんに出来ない?」


宗くんは困ったような照れたような顔で一度うつ向いて、私の手をぎゅっと握ってから言った。


「…ぼくもね。かーやを探してたんだよ? 毎日毎日…。この街から出なかったのは、君をずーっと探してたからなんだよ。 君が本当に大好きだったから…。 スターカーメンのお面をつけ続けてたら、いつか逢えると信じてた。 彼は、僕にとってもヒーローだからね。 いつかきっと、かーやに巡り逢わせてくれるって、信じてた。 でも、まさか、かーやがあの全校男子のアイドルの「住田茅乃」だとは思わなかったけどね。 ……だけど、気持ちはあの頃とまったく変わってない。 今でも君は僕のヒロインだよ? 世界でいちばん大好きな、女の子。 砂漠の王に感謝しなきゃね。 」

「……宗…くん…。」


涙で宗くんが見えなくなった。ぼろぼろ泣けてくる。

まわりのざわめきももう聞こえない。

聞こえるのは、やさしい宗くんの声と、砂山をさやさやと吹き下ろす砂の音。


「もう大丈夫だ少女よ。 私がそなたを救ってやろう。 そのかなしみを討ち滅ぼしてやる。 だからもう泣かないでいい。 私がそなたをずっと護ってやろう。 世界が終わっても、私はそなたと共に生きよう。かーや。」


涙を拭って宗くんを見ると、スターカーメンに変身していた。

私はたまらず、飛びついた。


「はい! たとえ世界が終わっても、あなたのおそばにいます! 大好き!」


流れる砂の音に似たたくさんの拍手の音が、抱きしめ合う私たちをいつまでも包んだ。


ありがとう。砂漠の王 スターカーメン。





















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