第13話一人
1
キミのメールを見て、私は一人笑っている。
あの時以来、すごく近くなった。
キミとの話は、おもしろかった。
何気ない世間話だったけど、なんだか嬉しくて仕方なかった。
私が連絡先を欲しいと言った。
社内プレゼンテーションを餌に使って、キミとの繋がりを求めた。
厚かましい……そう思っただろう。
はじめはSNS、確か……忘れた。
それを教えてもらった。
しかし私はそんなのに、興味はない。
つまり、していない。
ここまでね……そう思った矢先に、キミがメールアドレスをくれた。
予想外だった。
繋がったことに。
神様がくれたご褒美みたい。
実際にはそんな都合のいい存在はない。だけど、少しだけ考え方を変えようかな。
そんな出来事だった。
近頃はメールが待ち遠しい。
キミかもと思うと、心がソワソワする。
チーン!
レンジが鳴る。
私はコンビニのお惣菜を、温めていた。
これが私の今日の夕飯、ちなみに鯖の味噌煮。
蓋を開けると湯気と共に鯖味噌の香りが、鼻を擽る。
美味しそう。
いただきます。
2
鯖味噌は美味しい。
私の手料理よりも、すごくいい。
言っておくけど、料理は苦手ではない……多分。
ふと仏壇が目に入る。
キッチンから仏壇のある部屋までは一直線にあり、そこの襖(ふすま)を開けっ放しにしていた。
理由はお香を焚いているから。
火元だから一応、見張りをしている。
何故、そんなことをしているのか?
答えは、今日は母の命日だ。
だから、焚いている。
しかしそれだけだけど。
理由は、母が望んでなかった。
一昨日辺りに会長から電話があったけど、そこでもハッキリと断った。
母が望んでません。
これを呪文のように、繰り返していたことを思い出す。
実際に母は望んでいなかった。
会長には綺麗であり、華やかな姿しか見せたくないと、亡くなる間際に言っていた。
本当はどうかわからない。
しかし私は言いつけを守っていた。
写真の母は、水ぼらしい。
若く華やかな姿の母の写真はたくさんあったけど、仏壇に飾る写真に選んだのは亡くなる数年前のモノだった。
こんな母の姿を、あの人には見せたくない。
では何故、飾った。
若い頃の写真を飾らなかった。
似ていたから……私に。
それだけだ。
私が死んでいる錯覚に、陥るからだ。
生きている。
そう間違いなく活きている。
生活(いき)をしている!
沢庵を一口かじる。
スーパーで買ってきたやつで、すこし麹が強い。
そのため味が濃く、少し塩辛い。
それをご飯の、友としている。
すまし汁は手作りで、これだけがオリジナル。
ついでに、ご飯も手作り。
炊飯器を触っただけだけど。
3
ご飯が終わり、洗いモノをしている。
台所に湯気を立ち上げ、スポンジに洗剤を付けて、お椀、茶碗、湯のみを洗っていく。
最後にプラスチック容器をお湯で濯ぎ渇かす。
一段落つくと、母の仏壇に行く。
私の家は古風な造りの平屋で、部屋数もそう多くない。
だから襖(ふすま)があり、部屋がそれに遮られている。
それなりの家で、かなり高い買い物だったようだ。
他人事な言い方は、予想がつくでしょ。
チーン!
命日は私と二人きりよと、手を合わす。
それも日の高い内は、仕事をしっかりしていた。
だから何時もといっしょを、淡々とこなしている。
母が死んだ時、私は高校生だった。
病院からの電話で駆けつけると母はまだ息があり、意識もしっかりしていた。
「来てくれて、ありがとう。ごめんなさい」
涙を浮かべて手を差し伸べる母に、私はただ呆然としていた。
母は笑って……そのあと、苦しみ出して……苦しみだ……
「思い出す必要はないよ」
私の顔が泣いている。
母の写真を覆うガラスが鏡のようになり、モノクロな私を見せていた。
そこに『麻衣』が、現れたみたい。
「辛い過去、嫌な過去、嫌なら無理しない。麻衣子は今をしっかり生きているから」
『麻衣』の涙声に、私はただ頷く。
コクリと頷く。
『麻衣』は笑って写真の母に、吸い込まれるように消えていく。
彼女が消えた後、そこには無表情の私がいた。
私は再び手を合わして、目を閉じたる。
いつしかお香は、燃え尽きていた。
僕と俺 もう一人の自分 クレヨン @5963
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