第1話 夏休みを利用してダンジョンでバイトしに来ました

 朝の出勤時間というにはちょっと早い時間に、裕太の乗る列車は新梅田駅へ滑り込んだ。

 新梅田駅に到着したという車内アナウンスが、裕太の耳に転がってその身体をピクリと震わす。山形駅で乗車した時にはワクワクと目が冴えてとても眠れないと思っていたのに、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 ドアの開く音に慌てて、リュックを引っ掴んで外に飛び出す。

 高校生になって初めての夏休み、初めての一人旅、そして初めての梅田である。小柄な裕太の身体を期待と緊張が駆け巡る。

「わあ」

 使い古された山形駅とは比べ物にならない、まだ真新しい新梅田駅のホーム。しかし違うのは建物だけではない。知識では知っていたが初めて体験する景色に、裕太の脚が止まる。

「エルフだ・・・」

 咄嗟に出そうになった言葉を、裕太は慌てて飲み込む。

 色白でスラリとした長身に、尖った長い耳をした人達……見かけはファンタジーに出て来るエルフそのものな姿だが、海星コフュース出身者をそう呼ぶのは好ましくないとされている。

 ちなみに裕太の住んでいた地域では彼らのことを陰で『長耳』と呼んでいた。そんなだから田舎は差別主義と言われるのだ……そう思っている裕太だが、咄嗟に海星人コフュースルという正式な呼び方が出てこない彼も大きなことは言えない。魔法が当たり前のように使えるコフュースと地球を繋ぐ転移門ゲートが出来てから十年、まだ地方の人達の認識はそんなものである。

 それまで動画でしか見たことのないコフュースルが、あちこちに歩いている。

 実物だけでなく、構内のあちこちに映るポスターでも、蜂蜜色の髪に大きな青い目をしたコフュースルが微笑んでいた。

「はぁ」

 慣れない環境に脳の処理が追いつかず、ホームのど真ん中で立ち尽くしたままの裕太。

 スーツ姿の通勤客が殆どのホーム。一人だけTシャツとGパンにリュックという夏休み感満載の姿で、周りをキョロキョロするだけの裕太である。

「君、大丈夫?」

 立ちすくむ裕太を見かねてか、ビジネスマン風の若いコフュースルが声をかけてきた。

「あっ、その……僕は勤奉で……」

「ああ、それはご苦労さま。梅田で働くのかい?」

 咄嗟に口走った裕太の言葉を、青年はきちんと察してくれていた。

 裕太が梅田まで来たのは観光のためではない。

 勤労奉仕体験制度、いわゆる勤奉キンホーの為である。

 これはトリアル国から持ち込まれた制度だが、ヤマトリアルには未成年には成人までに延べ千時間の勤労奉仕の義務がある。政府の認定を受けた職場を最低でも三箇所を選び、合計で千時間働かなければいけないのだ。

 初めは児童虐待とか子供の自由を奪うなど散々文句を言われたが、今では就労体験のよい機会として評価されている。労役ではなく、教育の一環でありインターンシップのようなものだ。

 そもそも経験の少ない子供に、仕事の内容を把握せずに将来を決めろなんて言う方が無理がある。

 何の役に立つのか理解もせず勉強して、ふわふわしたイメージで有名企業にばかりエントリーするようなことで、うまく世の中が回る訳がない。それならまだ学生のうちに興味のある分野で実際に働いてみて、向き不向きを確かめた上で進路を決めた方がいい。

 そういう理念のもとに導入された制度だが、わずかながら給料が出る上に交通費や宿泊費も国が出すので、長期休みを利用して旅行気分で遠方へ働きにいくちゃっかり者も多い。裕太の場合は選んだ職種がたまたま梅田勤務しかなかっただけだが、観光気分がないかというとそんなことはない。初めての一人旅はやっぱりワクワクする。

「その……それで北口で待ち合わせしているんですけど、何処なのか分からなくて……」

「ああ、それならそこの階段を降りて右側だよ」

 親切な青年がホームの一角を指差して教えてくれた。

「あっ、ありがとうございます」

 田舎者だと思われてないかな……そんな思いに耳まで真っ赤にして、裕太は逃げるように青年が指差した方向へ向かった。


 大阪がコフュースのトリアル国と転移門で結ばれてから十年。近畿地方が国名をヤマトとして日本から独立し、トリアルと同盟しヤマトリアル連邦を樹立してから九年。さらに日本の各地が独立し、連邦に加わってから七年。

 そして裕太の住む東北地方がヤマトリアルに参加申請をしてからは五年。未だ東北は参加条件を満たさず、ヤマトリアル連邦の属領扱いである。裕太が田舎者コンプレックスをこじらせているのも仕方のないことであった。

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梅田ダンジョンへようこそ 〜ヤマトリアル物語〜 @tadasaka

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