エピローグ
声がする。
誰かの話し声だ。
暗闇の向こう側からヒソヒソと話しているのを俺の耳は捉えているが、体が思うように動いてはくれない。
「っ……」
無理矢理に意識を引き起こそうとし、しかし瞼が重く持ち上がらない。
ふかふかの、柔らかな感触にそのまま眠気が重なり、再び深い眠りについてしまう。
ようやく目が覚めたのはそれから随分と後になってからだ。
「……俺は……」
窓から差し込んだ明かりが少しだけ世界を照らし、部屋の隅でこっくりこっくりと眠っている姿を浮かび上がらせる。
「緋色……、」
どうやらあいつの家に戻ってきたらしい。
「……起きた? まーくん」
気配を感じ取ったのか扉からそっと現れたのはミノルだった。
パンツスタイルの、白いシャツを着てすらっとした印象を受ける。
どうやら博士との戦いが終わったというのは本当らしい。
どうにも夢の中にいるような感じがして信じられないが、実感として、これは夢などではなく現実なのだと妙に頭がはっきりしていた。
「死んだもんだと思ってた……」
最後に見た俺の手足は老人そのもので、どう考えたって寿命だ。
だけど、俺はこうして生きている。動かすのは億劫だが腕を持ち上げてみるとそれなりに健康そうに見えた。
「出すとこ出したらノーベル賞ものだろうね。彼女の発明は。基礎理論は父親だって言ってたけど」
「……そうか」
深くは聞かないが、恐らく改造されたのだろう。また。もう慣れっこだ。そんな展開には。
「はー……」
途方にくれ、けれども久しぶりに帰ってきたという充実感に肩の荷がおりた気がする。
「……本当に俺は博士を殺したのか……? 覚えてないんだ、全く」
「ーー……確かに殺した、殺したんだと思う。私は。……じゃなきゃ私と彼女はこうして君を助けられなかったし、怪人の活動はもう殆ど観測されてない。……勝ったんだよ、君は」
「勝った……ねぇ……」
何一つ、守れたという感じはしないのだけど。
「…………」
ぼんやりと些か落ち着きすぎている頭で思考を巡らせる。博士は結局何をしたかったんだろう、と。
「止めて欲しかったんでしょ」
「……やっぱそれか」
だとすればなんと傍迷惑な話か。
「私もあの人に操られてた節もあるけど……本当は君にーー、……まーくんに止めて欲しかった」
この世界に恨みがあり、そして怪人になってまで八つ当たりして、それでも結局誰かに止めて欲しいだなんて、虫のいい話だ。
「だとしたら、俺はお前を殺さなきゃならなくなるな」
操られていたとはいえ、ミノルはきっと、あちら側の人間だったのだろう。
ずっと確かめたかったことを尋ね、それを知っていたかのようにミノルは微笑んだ。
「大丈夫、私はもう、ありがと」
「……?」
そう言ったミノルは白い霧へと姿を変え、徐々に薄くなって行く。
まるで幽霊がそこから姿を消すかのように、徐々に。
「ありがと」
そういって消えたミノルは最後まで笑っていた。
「……、赤城さん……?」
「緋色……」
呆然と、思わずミノルの名を叫んでしまった俺の声に目が覚めたのか緋色がこちらを見ていた。
そして察する。緋色が俺に、ミノルが俺に、何をしたのか。
「あいつの……命か……」
「……」
静かに瞼を伏せた。
それだけで十分だった。
「ッ……くそぉッ……、」
一度破壊され、無理を重ね続けた俺の心臓は恐らく疲弊していた。歳老いた老人のように。
しかし再生能力でいえば他の怪人と一線を画しているのが俺の怪人としての能力だ。つまり「心臓さえ入れ替えてしまえば」、他の部分の再生はどうとでもなる、ということなのだろう。
成功するとは限りませんでしたが、と付け加えて緋色は説明してくれた。
人間に動物を使って怪人に改造する手術の転用で、怪人に怪人を使って、改造する手術だと。
ドクン、ドクンと確かに心臓は鐘を打ち続け。それはよく知っている音色だった。
一度は俺が奪い、止めたはずの鼓動が確かにここにはあった。
「結局……俺は何にも守れてねーじゃねーか……」
助けたかった親友も。
守りたかった人々も。
結局はこぼれ落ち、俺一人が悪あがきしただけに終わってしまった。
博士一人を討ったからといってなんだ。
その改造手術が緋色に真似できるものだというのであれば、今後あの基地に残されたデータから第二の組織が生まれないとも限らない。あの博士のように「構ってちゃん」ではなく、本当の意味で世界を終わらせようとする奴らだった場合、恐らく俺には止められない。
だって俺は、不可能を可能にし、信念を貫き、守りたいものを守り抜く。誰もが望んだヒーローではないのだから。
「……それは、違うと思います」
黙って俺の泣き言を聞いていた緋色は静かに立ち上がるとタブレットを押し付けてきた。
「赤城さんは私のヒーローだったように、そう感じた人たちだって、きっと」
表示されているのは「ウルフマン」に対する署名に関するニュースだった。
怪人であるウルフマンを超法規的措置の元、容認するようにと。
とあるチューケーバーが発端となって生まれた運動だと、記されていた。
「あなたは、私たちのヒーローです。……貴方がそうは思っていなくとも」
弱り切った体ではぐっと、こみ上げてくる感情を押し殺すのがやっとだった。
これでは怪人の一人殺すことさえ難しいだろう。
だから俺としてはこう言わせてもらう。
「だから、俺はヒーローなんかじゃないって言ってんだろ」
と。
俺の代わりに涙を浮かべた緋色が、静かに微笑んだ。
ーー俺たちの戦いは、まだまだ終わってはいない。
俺はヒーローなんかじゃない 葵依幸 @aoi_kou
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