第7話 ヒーローであること
結論から言えば、緋色の元を俺は去った。
これ以上あいつを巻き込みたくはなかったし、あいつは事もあろうに「俺を連れて行かない」と言い始めたのだ。
戦うのは自分の役目で、俺はもう引退する身なのだと。
「ミノルさんのことが片付いたのなら赤城さんは戦わなくて良いはずなんです!」
真剣にそう告げられては返す言葉もない。
思わず「お前があの
「ダメなんですッ……!! 絶対に……もうっ……ダメったらダメです!!」
緋色は譲らず、俺もその場は仕方なくその案を飲んだのだがーー、
「行ってきます」
「おい、待てこら」
「一人で、行ってきますから」
怪人が現れると俺を放って一人バイクにまたがり、戦いに行ってしまう強情っぷりには流石に参ってしまった。
放っておくわけにも行かず、俺は怪人化して追かけ、緋色に怪人が気を取られている隙に瞬殺。
四騎士だの四天王だのと肩書きだけのやつらを始末し、「もう知りません!!」と拗ねた緋色と決別した。
ならばと冥土の土産に取り上げたのがスマートフォンだ。
怪人の出現ポイントを表示するアプリが俺には必要だった。というよりもあれがある限りは緋色に先を越されてしまい、度々危ない場面に出くわす羽目になったのだ。
警察の通信網も久々に盗聴してみたが次々と出現する怪人たちにもはや組織は混乱を極めているらしく、いよいよ日本も終わりかーーという予感さえあった。
それなのに政府転覆どころか相変わらず「事故」的な殺戮を繰り返している怪人どもはやはり何か目的があるとは思えず、一貫して「八つ当たり」でしかない。そのことが恐らくは対処を遅らせ、また、頭である博士を止めないことにはこの騒動も終わらないことを示唆している。
「ーー……んぉ……、」
ウトウトと、眠りに落ちかけていた俺は怪人出現予想の通知で目を覚まし、ほとんど亡霊のように玄関を開けた。
なんらかの使命感で動いているわけでもなく、ただ「緋色を危険な目にあわせたくない」という我欲で続けているにすぎない。
そこにやる気もなければ達成感もない。
終わることなき怪人たちと殺しあう日々に、精神的にも、肉体的にも疲弊し、朝日の眩しさに足元もふらついてしまった。
顎に手をやれば随分とヒゲも伸びている。
不健康そものもだ。
「全く……アイツん家で飯食ってたのが懐かしいな……」
近頃はめっきりミノルも現れなくなった。
俺の心が整理をつけたのか、それともそんな余裕がないほどに疲れているのかーー。
……どちらでもいい。どうだったとしても俺のやることは変わりないんだから。と、扉を閉めた先に人影が佇んでいることに気がついた。
宅配便? 隣人か? と一瞬怪訝に眉を寄せるとその手にはカメラが握られており、そしてその顔にも見覚えがあった。
いつかの池袋で俺にカメラを破壊されたチューケーバーだ。
「っつつつ、ついに!! 見つけました!! ウルフマンです!!」
「……ぁー……、」
いつかはこうなると思っていた。いくら気をつけていても目撃情報というのはSNSで広がってしまう。
携帯もまだそれほど発達していなかった10年前と今ではそういったてんで全く違ってしまっているのだから。
無言でカメラに手を伸ばすとさっと身をかわし、逃げられてしまう。
所詮は素人の動きだ。深追いすれば捕まえられないこともなかったのだが「っとと……、」まるで酒に酔ったようにバランスを崩して逃してしまう。その間もカメラはこちらを追っていて、居心地の悪さといったらたまらない。
「いい加減バカな真似はやめて普通の生活を送れ」
「……!! き、ききましたかみなさん!! そっくりそのまま私はこの言葉をあなたにーー、」
「ああ、もう……」
やり取りするだけ無駄だと判断し、その場を後にするがしつこくチューケーバーは付いてくる。
ひょこひょこと、うろちょろと。
緋色とは違った鬱陶しさに流石の俺も苛立ちがつもり「好い加減にしろ!!」ブチ切れた。
それまでの寝不足や機嫌の悪さが祟ったのだが、傍迷惑なこいつがそんなことを考慮するわけもなく。
「しっ、使命なりょです!!!」
キレ返された。
「こっ、これェは僕の仕事でっ使命デッ、やめるとかやるとかそういうんじゃなくてっ」
「あーあーあー、うるせぇー……」
なんでこんな奴に構ってるんだろうなぁ。
どうにも緋色の元を離れてから本調子に戻れない。ずっと満たされないというか、落ち着かないというか……。
……? 俺が……?
唐突に、その事実に足が止まり、「ふぎゃっ」真後ろをついてきていたチューケーバーはぶつかった。
俺が緋色の……。そこまで考えておかしなこともあるもんだと呆れる。
最初はアイツがいると調子が狂うと鬱陶しがっていたのにも関わらず、離れてみればコノザマだ。良くも悪くも変わっちまったんだなぁ、と肩をすくめた。
「面白いね、君は」
どんよりと響いた声に意識を引きずり戻されたかのようだった。
目の前に立ち尽くしていた男。それはあの日からずっと探していた俺の標的で、恨みで、元凶で。
「おまェえええええッ!!!」
地を蹴り、その首筋を一気にかっさばくがチューケーバーが息を飲む間に既にそれは霧へと変わり、少し離れた場所で元の形へと戻っていく。
怪人たちの生みの親。組織の頭。ハカセ。
「何しに来やがった」
「そろそろ満ち時かと思ってさ。……どうだい? そろそろ正義のヒーローらしくなったかな」
人をおちょくるように話す癖は相変わらず健在らしい。
変わったところといえば、緋色を通して聞かない分、更にムカつくというぐらいか。
「テメェの意図なんざ知らねーが、俺はお前の思い通りになるつもりはないねーぞ」
絶対に、もう。
ミノルの姿を見なくなったとはいえ、こいつに操られていたミノルを殺してしまったことは忘れていない。
個人的な恨みもあるとはいえ、何よりもこいつ自身がやはり元凶で、倒すべき相手なのだと戦いの日々の中で実感し、認識していた。
耳を貸さない。話を聞かない。俺はこいつの息の根を止め、それで全てを終わりにするーー。
その為だけにただひたすら亡霊のようになってまで怪人と戦い続けて来たのだ。
いつかこいつが尻尾を出すときを狙って。
「それが自分からお出ましとありゃ楽なもんだ。お前は満ち時つったけどなぁ、どっちかっていうと潮時だろうがッ、」
常に肉体を霧に変えているわけじゃない。ずっと霧の状態でいるというこは体が固定されていないということであり、外でそんなことをすれば自殺行為だ。散り散りになった体は回収できない。
認識できない速度で、認識しきれない手数で切り裂けば致命傷に届くはずだと変身する間も無く怪人化し牙を、爪を、振るう。
その様子をチューケーバーが映像として捉えているが気にかける場合ではない。
今はただ、決着をーー、
「躍起になっているところ悪いけど、聞かないなぁ……。ーーそうだ、モチベーションが足りないのかもね」
と中に取り出されたのは心臓だ。
一体誰の? なんのーー、
と、視線を奪われた先で死角から蹴り上げられ、地面を転がる。
「ちッ……」
姑息な手に俺は顔を歪めつつも博士は微笑んだ。
「まぁご覧よ」
とその心臓に霧が絡み、徐々に姿を現したのはーー、
「ミノル……?」
青柳実だった。
「死にかけてたのをちょっとね、いじって一命は取り止めたものの中身が抜けてたんだけどーー……最近帰って来たんだよね。だから、こうして慰み者にさせてもらってる」
ペロリといやらしくミノルの腹を舐める博士に全身の血が湧き立つようだった。
頭まで一気に駆け上った怒りのままに距離を詰め、腕を貫くとミノルを抱いたまま博士はかわし、「やはりモチベーションの問題か」微笑んだ。
そして殺気が逸れるのを俺は感じ、それが一体どこに向かって流れたのかを追った次の瞬間には思わず体が動いていた。
「っ……はっ……」
「ひぇっ……?」
身を呈して守った先。
相変わらず鬱陶しくも動き続けるカメラは宙を舞い、俺は足元から跳ね上がるようにして突き出した「影」に横腹をえぐられる。
俺の血を浴びつつも倒れ込んだチューケーバーは唖然としているが状況が飲み込めないのは俺も一緒だ。
肩で息をしながらもどうしてこんな奴を守ってしまったんだと血を吐き捨てる。
いつか、どうせこんな風に怪人に関わっていたら命を落とす大バカものをどうしてーー、
「それは君がヒーローだからだ」
博士は嗤う。
思い通りに事が運んだことが実に愉快らしく感情を隠すつもりもなく、ただ嗤う。
「君が悪を憎み、悪事を許さない正義のヒーローだからだよ」
脇腹から溢れ続ける血は確実に俺の体力を奪い、なかなか完治しない。
以前までならば引いていった痛みも相変わらず主張し続け、意識を保つだけでもやっとだ。
ふらふらとそれでも博士の元へと歩みを寄せ、ミノルへと手を伸ばす。
こんな奴にミノルを、俺の親友を預けておきたくはなくて、
「っ……テメェ……だけは……」
ダメだ、倒れるーー。
そう思った時には地面に倒れ込んでいて、視界の先に博士の靴が見えた。近づき、ぐいっと頭を持ち上げられると眼鏡越しの淀んだ瞳が映り込む。
「彼女を返して欲しくば僕を止めるんだ。彼女を自由にしたければ僕を倒すんだ。その暁にはこの子と、我が娘、どちらも君にあげるからさ」
「ふざけたことを、」
「真面目だよ? 大真面目、……モチベーションとしては十二分だろう?」
ふわりと頭を掴む手が離れ、地面に俺は倒れこむ。
徐々に遠のく意識の中、唯一頭の中に響いていたのは「ウルフマン!」と俺を呼ぶ声だった。
その名前を自分の名前だと素直に受け止めてしまっていることに、少しだけ、居心地の悪さを感じた。
「ーーーーぁっ……??!」
びくんっと全身が跳ねて覚めた。
なんだか嫌な夢を見ていたようで見ていなかったような……そんな感じだ。
何が起きたのか理解できず、しかし自分が眠っていたということだけは確かなようで、見回せば見覚えのない景色にここはどこなんだと警戒心が強まっていく。部屋のレイアウト的にはなんてことはない、一人暮らし用のマンションらしいのだがーー。
「起きました……?」
声に振り向けば遠慮気味にこちらを伺うチューケーバーの姿があった。
外では派手なよくわからん格好をしていたのだが、部屋着なのだろう上下スウェットで地味な色合いだ。
「いつつ……」
「じ、じっとしていた方がっ……」
慌てて駆け寄ってくるがその手は振り払った。
迂闊だった。まさかこんな奴の世話になるとは。
傷口が塞がっていることを確認すると腰をあげ、出口を探す。普通に玄関には俺の靴が置かれていて、そこから帰って良さそうだった。
「いやいやいや! 待ってよ! ダメですって!」
「世話にはなった、すまん。だがもう関わるな」
洗濯機には俺の返り血を浴びたシャツが放り込まれていた。
怪人との戦いに首をつっこむというのはこういうことなのだ、次は命を落としかねん。
そんな風にこんな奴の心配をしている自分にが馬鹿らしく思えるのだが、どうやら受け入れるしかないらしい。
俺は、こんな奴でも守りたいんだと。
「……やめた方がいいです……」
チューケーバーが弱々しく言葉を浴びせてくる。
「危ないです! 怪我します!! いくらウルフマンさんでもいつかはっ……」
わかりきった、自分でもそんなこと知っているんだと言ってしまえばそレまでのことを。
そんな姿が似ても似つかない緋色と重なった。
まぁ、そうだよな、と。緋色が特別なんじゃなくて、誰しも俺にとっては守りたい対象だったんだ、と。
「ありがとな」
だからただそれだけ残してマンションを後にする。
幸いにも緋色のスマフォは壊れていないらしく、ポケットから取り出すと起動した。
そこに表示されるのは怪人の出現ポイント。
俺が戦うべき相手の居場所だった。
「ーーーーーー、」
そうして、どれぐらいの月日が流れただろう。
いつしか感覚はなく、痛みすらも忘れて行った。
ただがむしゃらに怪人を殺し、戦いを重ね、傷を負った。
変身スーツはいつしか壊れ、昔のように「ウルフマン」としてそのまま怪人の姿で戦い始めてふと鏡に映った俺は赤い返り血で染まった不気味な色をしていた。
まさに怪人と、呼ぶしかない。正義のヒーローだなんて、程遠い。
「るぁアアアアアアアアアアアアああ」
だがいい、それでいい。
俺はヒーローなんかじゃない。
俺はただ怪人を殺す怪人、殺戮者でいい。
守りたいものすら守れず、大切にしたいものすら手放し。
それでも不気味に足掻き続けるしかできない俺は、「正義」という呪いに縛り付けられた「怪人」だ。
「ヒーロー参上」
言葉も失い、折れた牙で怪人の息の根を止めた俺の元に現れたの白いスーツに身を包んだ怪人だった。
見るからに怪しいそいつに俺は本能的に飛びかかり、
「っ……ッ……、」
折れた牙で首筋に噛み付いた。
甘く、柔らかい匂いに頭が痺れる。
懐かしい、優しい匂いに意識が揺らぐ。
「っ……ぁ……、……赤城さん……」
そっと抱きしめられ、口の中に広がった鮮血に失った自分が呼び覚まされるようでーー、
「……ひいろ……?」
その人物の笑顔が、信じられなかった。
「……はいっ……」
涙を浮かべ、強く抱きしめ返される。
どうしてお前が? これも何かの悪夢なのか……?
頭が追いつかない。
ただ現実として俺は緋色に噛みつき、そしてそこから溢れる血は白いスーツを赤く染め、けれど彼女は微笑み、俺を離そうとはしなかった。
「もう……終わったんですよ……赤城さん……。貴方の戦いは、もうーー、」
違う、そうじゃないーーと俺の中で誰かが囁く。
操られている。こいつは緋色じゃないーー、こいつは。
ぐいっと体を剥がし、しかし見つめ返される瞳は緋色そのもので、俺は、
「っ……」
言葉なく、膝をついた。
手が、震えていた。
赤く染まった指が、言うことを聞かない。
「父は、貴方に殺されました。私はもう、平気です」
そっと解きほぐすようにして指先に触れ、緋色は告げる。
「戦いは終わったんです、赤城さん」
と。
振り返ればおびただしい程の死が転がっており、人も怪人も分け隔てなく悲惨な状況が広がっていた。
これらは全て怪人と人間との戦いによって起きたことなのだと、緋色は告げる。
そして貴方はそれに終止符を打ったのだと。
違うーー、そんな馬鹿な話……。
理解できない頭が事態を否定する。
しかしそれは現実として俺に迫り、手に掛けて来た者たちの記憶が蘇るかのようだった。
戦い、殺し、傷つき続けた。その日々は決してまやかしではなく、俺の送って来た日常だ。
「貴方は……守り抜いたんですよーー、世界を」
「っ……、」
そっと包み込まれた腕はボロボロで、もはや自力では何かを掴むことすら難しいだろう。
腰は砕け、足も言うことを聞かない。
自分がどれだけ老いたのか鏡を見るのが怖いほどに、狂気に身を任せた時間は長かった。
ポロポロと緋色は涙を流し、それが手の上に落ちた。
「違うっ……違う、違うだろ……? こんな……、……俺はーー……、」
きっと悪い夢だと。まだ俺は戦わなくちゃいけないんだと、俺にはわかる。
これはきっと博士の見せている悪い幻覚で、いまだにこいつは、緋色は操られていて、ミノルもーー、
「もう、いいんだよ、まーくん」
ふわりと、後ろから肩に手を回したのは懐かしい感触だった。
「終わったんだよ」
言い聞かせるようにもう一度、ミノルは告げ、俺は呆然とその横顔を見つめる。
嘘だ、そんな、俺は、
呪いのように繰り返し、信じられないんだと無理矢理に立ち上がると緋色が叫んだ。
「赤城さんはっ……もう、戦わなくていいんです!!」
と。
「父は死にました……!!! 組織の人間ももういませんっ……、あとはもう、生き延びた怪人達だけであとは私たちがやります!!」
だから自分は休んでいてください、と。
ここから先は私たちの尻拭いですと。
聞こうとせず、通知の入ったスマートフォンを手にした俺の手をとって緋色は見つめ、「お願いだから……」とすがった。
「本当は……こうなる前に貴方の代わりになりたかった……貴方は私のヒーローだったから……だからこれからは私が……」
知っていた。
わかっていた。そんなこと。
こいつが俺に恩を感じ、俺の代わりになろうとしていることぐらい。
恐らく、父親の洗脳が解けた時、こいつはこいつなりに責任を感じ、俺を止めようと今日まで必死になってくれたんだろう。良くよくみればスーツも継ぎ接ぎだらけで、緋色の体はあちこち傷だらけだった。
わかってるんだ、こんなこと。
言われるまでもなく、限界なのだと。
だけど、もう、決めたんだ。……だから、
「……ヒーローじゃなくていい、怪人のままでいいんだ。俺は……だけど俺はーー……、」
できる限りの人を、守りたい、と。
ぐらりと揺らいだ足元を、力の入らなくなった手足を。それ以上もうどうすることも俺にはできなかった。
ただ全身を包み込むような浮遊感と、それに伴う温かな温もりの中に俺は溶け込み。そしてーー、
「……もう……疲れたけどな……?」
眠りに落ちた。
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