第6話 チューケーバー

 世の中の動きに興味がないわけでもない。


 ただそこで行われる政治的やりとりや経済の流れが自分の生活にとってそれほど関係が無い、というだけの話だ。


 つまるところ、ニュースで報じられる内容が身近であればそれなりに興味も湧くし、深刻にもなる。


 その内容が怪人に関することであれば。


「ぁー……来るべき時が来たって感じだよなぁ……?」


 先日の富士樹海での爆発に関しての報道は新たに報じられ始めた“怪人の続出”という話題によって塗りつぶされた。


 詳しくは報道されなかったものの、メディアでの爆発に関しての扱いは「秘密基地が何者かによって破壊された」というもので概ね一致し、これで怪人たちの動きも収まっていくのだろうと楽観視する声が多数だった。それ故に、次から次へと現れ始めた「怪人」にはそれを告げるアナウンサーの声も次第に重くなっていくというものだ。


 テロや戦争とは無縁だった日本という国が直面する緊急事態。


 内乱や紛争といえば鎌倉室町以前に遡ることになるのだろうか。むしろ現政府を倒そうという動きからすれば維新戦争を彷彿とさせるが相手が人間でないのであればこれはただの「侵略」としか映らない。


 外出は控え、人の多い場所は極力避けましょうとなんの気休めにもならない忠告でニュースは終わり、続いて臨時ニュースです。と新たに出現した怪人の情報が読み上げられる。


 世も末だ。


 うんざりする内容にテレビの電源を切り、俺はソフォーで寝返りを打った。

 眠たくはないが眠ってしまうのが一番だろう。


 そうすれば余計なことは考えずに済む。


「こらっ、昼間っからいい大人が何してるんですか」

「昼寝だ。大人の特権だな」

「日曜だけの特別手当てです!」


 ドカン、と取り込んだ洗濯物が腹の上に置かれ「いや、何度もいうが俺はこういうの畳めないぞ」抗議するが「やってください」と有無を言わさず尻にひかれる。

 居候のみとしてはなんとも無様だ。


 基地を襲撃した翌日、俺の目的は達成したのだからそのまま自宅に帰ることもできた。事実、帰ろうとも思ったのだが帰れなかった。


 モヤモヤと、このまま緋色を放っておいてはいけないような気がして「もうしばらく居座ってもいいか」などと聞いてしまった。


 そう聞かれれば断りはしないのがこのお人好しだ。


 一体あの記憶をどこからどこまで持っているのかは分からないが、俺のことを快く置いてくれている。


 そして俺はそんな好意に甘えてしまっていた。


「怪人退治はいいのか」

「んゥー……良くわからないんですけど、なんだかそういう気分になれなくて……」

「気分か……」


 アレ以降。緋色に変化が現れたのは明らかだった。


 それまで怪人が現れたと聞けば這ってでもかけつけ、無茶をしでかしていたというのに今となっては大人しく、こうしてニュースを眺めるに終始する。

 緋色の何を知っているというわけでもないが、それがこいつらしくないというのは俺でもわかる。


 無意識の次元で操られている。それは如実だった。


 博士かーー。


 そもそもの元凶と言ってしまえばそれまでなのだが、あの博士のせいで俺たちは人間をやめさせられ、そしてこんな奇妙な状況に置かれてしまっている。そして何をどう考えたとしてもこの“怪人大活躍”の地獄絵図はあの男の思い描いたものだ。


 ならば、何のために。

 世界征服?

 そんな男ではない。


 彼奴みのるも言っていたが怪人になった人間は別に何かの思想に囚われて暴れていたわけではない。

 ただの八つ当たり。


 傍迷惑なストレスの爆発だ。



「最高傑作はまーくんだったんだ」



 その言葉は呪いのように染み付いていた。


 どういうつもりでアイツがあんな事を言い残したのかはしらんが、良い迷惑だ。

 いや、そもそもその言葉自体も博士に言わされてーー、……。


 ぐるぐると思考を巡らせるが答えは出ない。どちらにせよもう済んだ話だ。今更あの男を恨んだところでみのるがどうにかなるわけでもないし俺はもう、奴らに関わるつもりもなかった。


 つもりはないのだがーー、


「……? な、ナンですかっ……そんな真剣に見つめられると意図を計りかねるのですがっ……」

「お前、あの基地での記憶、何処まであるんだ?」

「と、言いますと?」

「お前のーー……、……ぁー……博士のことは覚えてるか」

「……さぁ……?」


 ハテナ? と首を傾げた緋色にそれ以上尋ねても無駄なのだろう。

 実のマインドコントロールがここまで可能だったかといえば分からないのだが、悟られないレベルで操れるのだとしたら「覚えていない」のだとしたら「覚えていない」のだ。


 それがあの博士バカ野郎にどんなメリットがあるのかは知らんが手中にある以上、こいつから何も聞きだせはしないだろう。


「はー……」


 めんどくセー……と天井を見上げた。


 考えるコトも、これ以上面倒な状況に巻き込まれるコトも、めんどくさい。

 俺にしてみれば心底どうでもいいのだがそれこそ「ナンで」こんな奴に関わっているのか自分でも意味がわからない。


 早々に投げ出して、元の生活に戻れば良いものをーー。

 と、窓に目をやれば盛大な爆発音が鳴り響き、少し遅れて遠くから警報が響いてくる。


 良く良く見渡さなくとも都心のあちこちで火の手が上がり、怪人どもが大はしゃぎしているのは明白だった。


「ナンともねぇー……?」


 元の生活がそこにない以上、戻るコトもできないのはナンとも不本意だ。

 ナンとかならんもんかい。


 呆れたところで誰かがどうにかしてくれるわけでもなく、


「お困りのようですねー」

「本当になー」


 緋色のヒトゴトのような笑顔が待っているだけだ。


 ヒーローかぁ……。


 緋色が「あの基地にいた子供」だった頃に関してはコイツは明かすつもりは無いらしいというのは、あれからの数日間で察していた。無論、打ち明けられたからといって俺はどうすりゃ良いんだろうな。


 博士の元から逃げ出し、そして戦いに巻き込めはしないと幼かった緋色を俺は孤児院の前に捨て置いた。


 まだ毛も生えそろわないような若造だった俺には子連れ狼というのも気が重く、なによりも親友を見捨てるキッカケになったとはいえ、そこまで思い入れもなかったのだ。


 ただ、異様な空間で孤独に膝を抱えている姿に「このままじゃいけない」と思ったまでだ。


 残念ながらあの時、博士を討つ覚悟も、実を「怪人」だと見捨てることもできなかった。そのツケが今こうして回ってきているとすれば、なんと執拗なことだろうか。警察に訴えるぞ。


「……政府は分かってて隠してんだろうなぁ、全部」


 爆破された秘密基地のこととか、そこで行われていた研究についてだとか。


 頭の痛くなるような話だ。

 結局事態は何も変わっていない。


 それどころか最も最悪の人物に手綱を握られてしまっている。


 ここの会話も筒抜けだと思うと悪口の一つでも言ってやりたくなるが、下手な挑発をして緋色に危害が及ぶのは望むところでは無い。


 別にこいつがどうなろうが俺の知ったこっちゃないが、こうして世話になっている以上は最低限の気を使うべきかーー、


「(随分と肩入れしてるじゃないか)」

「……?!」


 ゾワッと、耳元で囁かれた言葉に思わず立ち上がり振り返るがそこには誰もいない。

 あまりの奇行に緋色が目を丸くして唖然とした程だ。


「……赤城さん……? どうかしましたか?」

「いや……」


 改めて周りを見回して見ても俺たちの他には誰もいない。

 ドキドキと柄にもなく不意打ちに驚いた心臓は鼓動を強めているが声の主が見当たらない事には落ち着けやしない。


 あの声に聞き覚えはあった。しかしそんなはずはないと冷静な頭の部分が否定していた。


「(酷いなぁ、まーくんは。もう過去の女ってわけだ)」

「……? ミノル……?」


 相変わらず聞こえてくる声を手繰るがどうしても姿を見つけることが出来ない。

 ついに頭がおかしくなったかと不安になり、また緋色も「お疲れなんですね」と暖かい飲み物を淹れに台所へと離れていった。


 心を落ち着かせて胸のうちに語りかけてみる。いや、本当におかしくなった線もあるが、できればそれは考えたくない。


 体の前に頭がおかしくなるとはーー、


「(無きにしも非ず。……親友殺しといて痛みがないってんなら、それこそ君は人でなしだよ。まぁ、人ではないけどね)」


 いけしゃあしゃあと語るのは何処からどう聞いても青柳実だ。

 しかし俺は確実にあいつの心臓をえぐったし、その手応えはあった。

 ならばコレは俺の頭が聞かせている幻聴というのが筋であり、


「(これは幻覚だ)」

「……」


 目の前に浮いて現れたミノルは白装束に身を包み、なるほど幽霊らしく人魂が浮いて見える。

 なんとも陳腐な演出で、分かりやすい表現だろう。


「はぁ……」


 頭がおかしくなったのは間違いないらしく、参ったなぁとこめかみを抑えた。

 これほどまでリアルな癖に現実感リアリティのかけらもない展開はウンザリだ。


「(どのみちどう説明したって信じないだろうし、勝手に思ったがくれればいいさ。よくも心臓を握りつぶしてくれたね、まーくん)」


「恨み節なら墓前で聞いてやるよ。……悪かったな。ありゃ俺の勝手だ」


 吸血鬼の怪人になった親友を見放したのも。今更になってカタをつけに舞い戻ったコトも。

 ミノルが緋色に手を出したとはいえ俺の勝手だ。


「けど、お前が噛んでなきゃ緋色は死んでた」

「(…………)」

「本当はお礼を言わなきゃならなかったんだろうな」

「(博士に操られてたって可能性もあるだろ?)」

「だとしても、緋色の命を繋いだのはお前だよ」


 他の誰でもない。俺の、親友だ。


「(ほんと、まーくんは私に甘いんだから)」


 ぷっくりと拗ねてみせる姿は吸血鬼になる以前を思い出させた。

 これが俺の脳が見せているものだとすれば、なんともゲンキンなやつだ。

 事実、この頃が一番可愛かったかもしれない。我が親友は。


「(わー、わー、恥ずかしいな君は)」

「黙ってろ」


 実の幻影に取り憑かれた、か。


 そう考えれば悪い気もしないでもないが、これは俺の弱さだ。

 実が俺に「止められたがっている」と信じ込み、そしてその「博士の意図」のままに実を殺してしまった。


 本当にそれが「実の意思」なのか、それとも「博士に操られての意思」だったのかも気がつかないままに。


 何も変わってはいない。勝手に体を弄くり回された頃から。


 俺たちはあの男の掌の上で良いように弄ばれ続けている。今も、尚。


「(君は私のことを幻聴だとか幻覚だと捉えている節があるようだけど、こうは考えてくれないのかな? ーー青柳実、その本人だと)」

「バカいうな。化けて出るなら今頃俺は怪人どもに呪い殺されてんだよ。お前が特別だとかねーだろ」

「(さぁ、どうかな。吸血鬼(ヴァンパイア)は霊体になって飛び回るという伝説だってあるんだ。死に際にその力に目覚めたとしてもおかしくはないだろう)」

「だとしたら全ては万事解決だ。……お前がそのまま博士に取り憑いて呪い殺せばいい。世界は平和になって元どおりだ」

「(ロマンがないねぇ)」

「どっちがだよ」


 肩をすくめるミノルを無視し、しかしこの異常な状態をどう受け止めるべきか思案する。

 害があるわけじゃない。ただそこに実がいる、それだけだ。


 俺の心が弱くて實を殺したという事実を受け止めきれずにこのような形になっているとすれば、もはやそれはそれで受け入れるしかない。己の弱さはこの10年で十二分に向き合ってきたつもりだ。


 事実、今もこうして博士の動向をどーのこーのと考えながらも行動には移せずにいる。


「だからヒーローにはなれねんだよなぁ」


 自覚し、自重する。そして立場も自重しなければならない。俺は主役ではなく、脇役の、それも凶暴なだけの狼怪人なのだから。

 この世界をどうこうしてやれる力など、元よりない。


 ただ巻き込まれ、奪われるだけの小市民でしかないのだから。


「(まぁ、君がどういう風に身を振るのかは知らないけれど気をつけたほうがいい。ーー幽霊が見えるようになったのは、己が“それに近しい存在になったからだ”とも言うからね)」


 不気味に微笑んだ実の顔は近かった。つつけば鼻先を弾けるような距離感で俺の表情を伺うように奴は告げ、鼻歌交じりに宙を浮く。


「じじいに近づいてんのは間違いねーからな」


 よっこらせっと腰をあげると日に日に関節への負担が増しているようにも感じられた。


 あながち嘘でもないだろう、俺は。

 そう、もう、長くもない。きっと。


「……」


 未練はないが心残りはごめんだな。

 台所から戻ってこない緋色の事が気になりぬるっと顔を突き出してみると、ちょうど珈琲を注ぎ終えた状態でカップを眺めぼーっと固まっていた。


「緋色?」


 異様な雰囲気に声をかけてみる。

 すると返事こそしなかったがこちらへ首を傾けた。ーー何も写していないような、虚ろな目で。


「楽しそうダナ」


 どう聞いても緋色ではない何者かが話しかけてくる。

 見えはしないが後ろで操る影が浮かんで見えるようだ。


「……博士……、」


 俺の後ろで妄想上の存在とはいえ実が身構えるのが分かる。


「安心してくれ給え、君たちをどうこうしようというつもりがあるのならとっくに手を下しているさ」

「建物ごと焼きはらおうとしたくせによくいうぜ」

「娘が連れてきた男を試すのは父親の務めだろう?」


 わからなくもないがこんな奴を父親とは呼びたくない緋色の気持ちが少しだけ分かる気がする。

 無理やり緋色を気絶させればコイツを黙らせることにはなるが根本的な解決にはなっていないし、緋色を危険な目に合わせることに変わりはない。


「(敵に回すと厄介な能力だねぇ)」


 最初からお前は敵だったろうが。

 口に出すことも緋色から視線を外すこともできず、真意を問う。


「一体何が目的だ」


 と。


「まるで主人公気取りだネ。嫌いじゃないけどさ。君のそーいうアツイところは」

「はぁ?」


 目の前に本体がいたら胸ぐらでもつかんでいた所だ。

 昔からこいつは、人の嫌がる部分をねちっこく付いてきやがる。

 それが緋色の姿で、表情でってんだから悪趣味もいい所だ。


「しかし娘の体を君に許そうとは思えないがネ」


 胸元をわざとらしくはだけさせながら迫って来る姿はどう見ても父親失格だ。


「ふざけるな、いい加減にしろ」


 上目遣いで肩を曝け出したところで手首を掴んで動きを奪った。

 操られているとはいえ体は緋色だ。力が増しているわけでもなく、細い手首を掴んだだけで無駄な動きはできなくなる。


 しかし余裕の表情を浮かべたまま緋色はかせは微笑み、「だから言ってるだろう、これは君への試練なんだよ」唇を近づけようとするのでそれを躱す。


 不満そうな笑みはまるで悪魔だ。

 実の時のそれとは違い、心底濁りきった、醜悪なものにしか映らない。


「緋色を解放しろ」

「君が僕から解放させるんだよ」


 と、甘い吐息交じりに吐かれた言葉も束の間、


「ーー……?」


 きょとーんと、そこには目の輝きを取り戻し、事態を飲み込めない緋色本人がいた。


「ぁ、あ、あ、赤城サン……?!!?」

「……」


 なるほど、わかりやすい。

 これを第六感と呼んでいいのか、直感に近いものなのだが緋色に取り付いていた「博士の影」が綺麗さっぱり消えていた。


 ジタバタと暴れる様子は緋色本人そのものだ。


「だ……段階を踏んでくださいっ……」

「……何がだ」


 はぁーーー、とミノルが盛大に溜め息を付くのが聞こえる。


「(君とこの子はどういう関係なんだい)」


 どういう……、と言われてもなんだろうな。と思う。


「あ……赤城さん……?」


 こうして間近で見つめてみてもそれはわからない。込み上げて来るものが何もないといえば嘘になるが、それは女性に向けられるようなものではなく、しいていうならば路地裏で懐いてきた野良猫を思わせるような……。


「……なんなんだろうな……」

「へ……?」


 緋色には悪いがどうにも説明できなかった。うまく言葉が見つからない。

 そもそも「お前はいま博士ちちおやに操られている」とも言えるはずもなく、

「お前があんまりにもぼーっとしていたから気になったんだけだ。どこかおかしいところでもあるんじゃないかってな」


 適当にはぐらかした。


「オカシイのは赤城さんの方かと思ってましたけど……。……そうですか、私もぼーっとしてましたかっ」

「ん……? ああ……」

「(鈍感だねぇ、君は)」

「ぁ?」


 緋色もまた曖昧に笑い、コーヒーを「冷めてしまいましたねっ」と電子レンジに入れて温め直し始める。


 実は呆れたようにプカプカと中に浮き(というより、こいつは本当になんなんだ。幻覚ならばもっと節度を持ってもらいたい)、俺はどうにも頭の中がまとまらずにリビングへと戻った。


 緋色が俺にとってなんなのか……、か……。


 拾ってきた野良猫を他人に預け、それが再び足元にすり寄ってきたからといって飼う道理はない。


 これは贖罪なのか……?


 自分がしでかしたことへの罪滅ぼしのつもりなのだろうか。俺は。


「わからん」


 考えるだけ無駄だった。

 もとより頭の出来は良くない。

 実にも言われた通り鈍感だと馬鹿にされることも多々ある。


 考えるよりも先に体を動かしてしまった方が楽だし、結果的にその方が俺らしい結末へと辿り着けてきた。


 だから今回も、


「……」


 考えるよりも直感に従うべきか……。


 そんな風に眺めた街並みからは相変わらず煙が上がり、そして緋色の携帯がアラームを響かせたのはそんな時だった。


 表示された液晶には「予測・被害甚大」の文字が浮かんでいた。



「いや、ほんとどうしちゃったんですか赤城さん。まるで本当にヒーローみたいじゃないですか」


 電車のつり革につかまり、揺れながら緋色は俺を物珍しそうに見上げていた。

 バイクで移動しても良かったのだが、あいにく緋色の愛車は山中に乗り捨ててある。


 回収しに行こうとも思ったのが、まだ警察の検分が続いているようだし、何より緋色が「愛着はありますけどお金はもっとありますからね! 気になさるるな!」と意味のわからないことを言い始めたのでとりあえずは言葉に甘えることにしたのだ。

 ということで電車移動だった。


 緋色の「怪人出現予報アプリ」が伝えていたのは池袋サンシャイン通り前で行われる悲惨な事件についてのニュースだった。


 改良に改良を重ねたらしく、出現ポイントだけではなく何が起きるまで把握できるというのはもはや予報というよりも未来予知だ。


 既にあちこちで事件が起きている以上、今更という気がしないでもないのだが流石に「死者50人以上」と表示されれば動かざる得ない。


 そして何よりもそれが表示される直前にあの男がわざわざ接触を試みてきたことが気にかかる。


 この自体が俺へのなんらかのメッセージなのだとすれば受けねばもっとヒドいことになる。緋色に何をするかわかったものではない。


「……組織との全面対決か……」

「ウルフマン現役の頃はそういったことはなかったんですよね」

「まーな」


 一体どこまでこいつが調べているのかは分からないが、いざとなれば意味不明な道具でことがついてしまうのだから考えるだけ無駄だろう。


 組織から抜け出し、実と戦いながら怪人どもを止めにかかっていた頃はどちらかといえばゲリラ戦のようなものだった。


 できる限り情報を集め、警察無線などを受信できるように機材を揃えて、怪人が現れるや否や飛び出して止めに入る。


 そこに実も現れる為、親友の洗脳をとくべく必死に戦った。……というわけだ。

 今回のように博士側から俺に対して何かを仕掛けて来るということはなかった。

 興味がなかったのか、それとも事情が変わったのか分からない。


 けれどこうなってしまった以上、無視しようとしてもあの男は無理矢理にでもドッキリを仕掛けて来るだろう。忌々しい限りだが。


「一体、どういうつもりなんだかな」


 久しぶりに降り立った池袋の町並みはあまり変わっていないようで、細かいところは色々違っていた。


 しかしそこを歩く人々の姿はそう変わりはしない。


「んーっ……私はなんだか久しぶりですねーここ来るの」

「俺もだよ」


 駅前のロータリーを渡り、繁華街の中へと踏み込み少し歩けば歩行者天国になっている店の並び、サンシャインシティへと続く大通りだ。

 いかにも若者向け、といった店が軒を連ね、ゲームセンターや映画館、洋服屋から飯屋まで。渋谷、原宿とはまた違った雰囲気がある。


「どちらかというと歌舞伎町のが俺は落ち着くんだがな……」

「わー、おっさんですーっ」


 クスクス笑う緋色はこれから起きる惨事を全く気にも止めていないように思えた。

 既に博士あいつの干渉が起きている……?


 いや、深読みしては思う壺だと思考を止め、アプリで表示されていた場所まで足を進める。

 通りの中央、ちょうど真ん中に当たる部分だ。


 平日で、しかもあれほど「出歩くのは控えた方がいい」と言われているのにも関わらず街には人が溢れ。いま日本中で起きている「異常」を「日常」とでも言いた気な奴らが暢気な顔で遊び呆けている。


 それを平和ボケだの能天気だといってしまうのは簡単なのだが、本来俺が帰属したかった日常がここにあることを思えば無下にすることもできない。


 ……そうか、俺はこれを守りたかったんだよなぁ。


 忘れていた感情を少しだけ思い出した。

 かつてこの力を得たのは何かを救うためだと、悪を倒すためだと錯覚していた頃の話だ。


 あの頃の俺は現実を見ていなかった。何を守ることができなくて、何を失うハメになるのかも。


「さて、と」


 少し感傷的になっていた俺の隣で緋色はキョロキョロと何やら建物を探し始める。気がつかなかったがその方にはカバンがぶら下げてあり、


「まさか着替える場所を探しているのか……?」

「え、まぁ」


 流石に公衆の面前で着替えるような破廉恥な真似はできませんし、とゲームセンターのトイレでいいかなぁなんて妥協して向かう緋色のカバンをつっかんで流石に止めた。


「お前はやめろ。俺だけでいい」

「え、ですが」

「いいっつってんだろ」


 自然とカバンを掴む手に力が入る。


「……? 本当にどうしたんですか、らしくないですよ。赤城さん」

「……らしくなくてもいいんだよ、別に」


 自覚している。わかってる。

 頭の中でミノルは笑い、それは十分俺に届いている。

 これは緋色に馬鹿な真似をやめさせたかった頃の俺とは違い、ただ俺がコイツを傷つけられたくないからに帰属する。


 だから俺は、


「……これは俺の問題なんだ」


 緋色を巻き込みたくはない。


「わっかんない人ですねー、ほんと」


 呆れつつも緋色はカバンを持つ手から力を抜き、俺を見上げた。


「私は赤城さんにこれ以上傷ついて欲しくないんですよ? だから私がヒーローになってあげようっていうのに、どうして貴方はそうやって戦おうとするんですか」


 拗ねているようにも見えるがこれは確実に怒っているらしかった。

 らしからぬといえばそれは緋色も同じだ。


 こんな風にムキになるのはコイツらしくない。


「お前のことが大切だからだよ」


 だから俺もらしくないとは思いつつ、頭を押さえてそのまま押し込める。


「お前をあいつらの好きにさせたくないんだ」


 だって俺があそこから抜け出すキッカケは「この子供をこんな世界に閉じ込めさせたくはない」だったから。


 柄にもなく、ヒーローになってやろうと思ったのだから。

 そんな内情を知ってか知らずか緋色は顔を真っ赤にして反発し、バカスカと俺の胸元を殴りつけながら叫ぶ。


「それじゃっ意味ないじゃないですかっ!!」と。


 意味がわからないのだがそんな茶番もそこまでだった。


「仲がよろしいですねぇ」


 コロコロ、と足元に転がってきた“生首”がそう微笑んだのだ。


「キャ、きゃぁあああ!!!?」

「あげっ」


 得体の知れないものが現れた不気味さというよりも、スカートの中を覗かれたという事実に悲鳴をあげた緋色はめいいっぱいその頭部を蹴り飛ばし、サッカーボールよろしくそれは人々の足元へと潜り込んで「あだっいぎっあひゃっ♡」嬉しそうな悲鳴をあげつつも転がり、それが人の頭だと気付いた人々は困惑から悲痛へと移り変わり、一瞬にしてパニックが広がった。


「ヒドいですねぇ、全くゥ」


 ゴロゴロと転がって戻ってきた頭は鼻血を出しながら赤くなった顔でそう告げ、一歩遅れて馬に乗った“体の部分”がそれを拾った。


「どーも、四騎士が一人、死を告げる者・デュラハンです」

「……ぁー」


 格好をつけていただいて恐縮なのだがその鎧をまとった出で立ちといい、首のない馬といい、それなりに様になる要素は多いのに登場の仕方で全てが大無しだ。

 もはや怪人と呼んでいいのかわからない存在に周囲の悲鳴は伝染的に広がって行き、デュラハンは首を横に振る。


 振るというより手で持っているのだから手で右へ左へとーー、……ほんと間抜けだな、この絵面。


「タァーーーっイムアップ!」


 ズバんっ、と広がった衝撃を間一髪のところで緋色ごと躱し、地面に倒れこむと一瞬の沈黙の後、あちこちで人が倒れ始めた。


 バタバタと、ダラダラと、血が広がり、首がゴロゴロと、そこを転がる。

 声にならない悲鳴をあげる人々、店の中へ逃げ込む者、とにかくその場を離れようと路地裏へひっくり返る者。


 目の前の知人だった物に腰が抜けて動けない人も見受けられる。


 たった一瞬で数十人。かなりの数が殺された。


 不本意ながらも俺も構える。何をしたのかは分からないがふざけた二つ名を名乗るだけあってそれなりに腕は立つらしい。


 何よりも何の躊躇もなく人々を惨殺できる神経は理解できない。


「どうかしてるぞ、お前」

「どうかしているのはお主の方だろうよ」


 バシャバシャと自らの血溜まりの上に立ち上がったのは首から上を失った肉体だ。

 見えない糸に釣り上げられ、不器用に操られているようにこちらへと歩みを進めてくる。


「(悪趣味にもほどがあるねー)」


 内臓引きずり回して手足を飛ばしてたお前とどっちがマシってレベルだよ。

 全くもってどいつもコイツも安い B級映画を見過ぎだと言わざる得ない手段を用いやがって心底嫌になる。


 これでも健全なハリウッド映画やダンスシーンてんこ盛りのボリウッドが好きなんだよ。ホラーやらスプラッターは夢に見るから嫌いなんだ……!


 流石にドン引きして腰が抜けたらしい緋色を置いて立ち上がり、雑魚を相手取ったところで拉致はあかないだろうから首なしの長に狙いを定める。


 手中に収まっている以上、緋色に何かするということもないだろう(パンツを覗いたけどな)。


「恐れを知らず向かってくるか。ーーなるほど、勇敢であると認めざる得ないらしい」

「いちいちビビってたら怪我すんだよ」


 奇想天外な攻撃手段を用いてくるのはそう珍しくもない。

 空一面のゴキブリや床一面のミミズを思い返せば大抵の相手はできるというもんだ。


 できる限り一撃で、迅速にことを済ませようとその頭を奪うことに意識を集中させる。


 体は体で動いているが理屈がわからない以上、脳を破壊するのが最善だろう。

 構え、一歩の元に近づけるように足に力を溜め始めると生憎相手側から静止がかかった。


 チッチッチッと指先を振るって楽しそうにリズムを刻む。そしてその指が指し示したのは路地裏の影だ。


「……なっ、ば、バレたようですが私は逃げませんぞい!?」


 なんかいた。

 バケツのゴミ箱に身を潜めつつ、こちらを除く異様な男が。


「今話題のチューケーバーだな。最近多いのだよ、我々の出現に際し、此れ幸いと己が欲を満たそうと中継を始めるアホウが」


 確かによく見ればその手にはカメラが握られており、それは手元のタブレットに繋がれているらしかった。


 ネットに怪人の映像があげられているのはよく知っているが、そうか、こんな奴らも出てきてるのかーー。


「あいつらのネタになるようなことをはしたくないとかいうつもりか?」

「いや? 私はどうでも良いのだが、貴様は良いのかと聞いておるんだよ」


 じっと向けられるカメラの向こうにいる人々に姿を晒すことが。

 暗にそう告げられ、思わず体が止まった。


 これまでどさくさに紛れて変身するか、その場を離れて怪人化していた為、その心配はなかった。しかし今はーー、


「……なんだよ、それで俺の変身を封じたつもりかよ」

「まるでヒーローのようなセリフを吐かれるのですねぇ?」


 ヒーロー。


 そんなものを目指したところでロクなことはないと、俺は知っていて。無論、目指すつもりもない。


「お前ぐらい、素手でもどうとでもなるんだよ」


「出来るものならして見ればよろしい。無論、逃げようものなら手持ち無沙汰になった私はこの町を蹂躙すると宣言しましょう」


 にょほほほと、薄気味悪い笑い声をあげて首は腕の中で転がってみせ、俺は地面を蹴った。


「赤城さん!!」


 緋色が無茶だと叫ぶが無茶でも突き通すのがオレ流だ。

 転がっていたゲームセンターの旗を拾い、打撃に使う。

 見たところ得物は持っていないようだが、あの範囲攻撃の正体が気になる。


 極力相手の攻撃は受け無いようにしつつ翻弄しつつ、隙をついて頭をーー、


「タイムアップ」


 ぐしゃっと足元がぬかるむ感触に思わずバランスを崩す。

 旗を支柱にしてなんとかそれをやり過ごし、受け身を取りながら振り下ろされた馬の前足を弾く。


 視界の端でアスファルトが陥没し、粉々に砕かれた地面から水道水が噴き出している。

 何かしたという感覚は見受けられなかった。ただ自然にそこが壊れたようなーー。


「……協力者がいねーってんなら十中八九手品の類いだわなぁ……」


 首が体から離れているのも人体切断マジックだってんなら簡単な理屈なんだが。


「実は昔マジシャンでしたーとか言わねーだろうな」

「ご名答!」

「興醒めだよ」


 なにがあって怪人になったのかなんて興味はない。


 いまこうして対峙していることが全てなのだ。第一、一人一人に同情していては手元も狂う。相手はこちらの事情など考慮してくれないというのにそれではあまりにも理不尽だろう。


「読めます、読めますよー、貴方の心が……」


 何方かと言えば超能力者みたいなことを言い出したバカを蹴り落とそうと足を突き出すが、難なく躱されてしまった。


「なにも悩むことなどないのです。ーーただ己の想いに従えばよろしい」

「手品師かエスパーか、もしくは神父様ってんならどれか一つに統一しやがれ!!」


 蹴り上げた際に拾ったアスファルトを手首を狙って投げつけ、それを避けて上がった腕に旗を叩きつける。が、それも馬上の高さもあいあってヒョイっと避けられてしまう。


 やはり怪人化しないままではどうしたって追い詰めきれない。

 速度も、パワーも、人間のままでは届かないのだ。当然といえばそうなのだが。


「うおー!」


 と、空気を読まないのは緋色だ。

 相変わらずヘンテコな発明品を装着してはそのまま殴りかかってくるがこれも躱される。

 侮り、油断して食らってくれる、ということがないのは嬉しくない成長だ。


 ーーまじであの博士なにがしてーんだよ。


 もしかしてこうして手も足も出ないのを見て嘲笑いたいだけなのだとしたら心底性格が悪いと言わざる得ない。


「お前!! あぶねーから早くどっかいけ!!」


 そのチューケーバーとやらに怒鳴り散らすが、「目の前で起っている事実!! 真実をお届けするのがワタクしの役目であります!!」とかなんとか足を震わせながら言い返してきて、いやほんと、まじそういう勇気いらねーからッ……!


 緋色にそれなりに動きの訓練を積ませた経験が今になって出てきたのか、二人で交互に頭を奪ってやろうと嗾けるが流石何とか騎士様はこれまでの怪人とレベルが違った。


 幹部連中と呼べばいいのだろうか。ミノルを相手にしていたのと大差ない。


 むすっと頭の中に住み着いた元幹部が拗ねるが相手する余裕もなく、「るぁあッ!」鬱陶しくなって馬自体を蹴り飛ばしたのだが、全くのノーダメージ。びくともせず、やはり体格差というやつは格闘技においてモロに影響してくるんだなぁ、と。


「なにを恐れる。なにを怯える。お主はそれまでして人間でありたいのか」

「人間やめたやつが兎や角うるせーんだよ!」


 辞めたくて辞めた人間と、無理やり辞めさせられた俺を一緒にすんじゃねぇと叫んだ矢先、周囲で悲鳴が上がった。

 それまで傍観していた首無し人形が人々を襲い始めたのだ。


「てめぇっ!!」

「手持ち無沙汰だったのでな」 


 鼻血の跡がなんとも情けないが、今となってはこちらの方がボロボロだ。

 躱されるだけではなく遊ばれるように打撃を加えられ、何とか緋色の分は俺が捌いてやっているがジリ貧なのは間違いない。


「こ、こうなったら……!!」


 やけになったらしい緋色は距離を取り、バックに手を突っ込んだ。


「ちゅ、ちゅうもーっく!! 美女のな、生着替えー!!」

「ハァああ!!!?」


 ズバッとスカートを足元におろした様子に俺が悲鳴をあげる。

 周囲は相変わらず地獄絵で、その中央でストリップショーなんてどんな大衆ロマンだ。


 慌てて上着を脱ぎ、腰に巻いてやると怒鳴りつける。


「テメェはどっかに隠れてろ!!」

「ですがっ!!」

「いいから!!」


 何処に安全があるというわけでもない。

 だが、これ以上巻き込みたくないのだ。


「ほんっといい性格してるなオマエ……」

「んぃや……、……今のは不可抗力です」


 じゅるじゅると鼻血をすすっているデュラハン。

 死を司るとか言いながら随分な様子だ。


 こうなったらあのカメラを破壊してーーと思ったのだが、いつのまにかにか似たような奴らが増えていた。

 改めて見てみれば周囲の建物からも、好奇心旺盛にもカメラを、携帯のレンズをこちらに向けている奴らが見受けられる。


 道路では相変わらず人が襲われてるってのに、なんとも呑気なもんだ。


「これが人というものですよ」


 冷めた物言いだった。それ故に、敵としてではなく同じ感想を抱いた同志としてそれが語られているのだと気付かされる。


「目の前で行われている行為そのものに対して自己が関係していない限りは傍観。もしくはエンターテイメントの一部にしてしまう。……一体貴方はなんに肩入れしているのでしょうねぇ?」

「……うるせぇ」


 そんなこと、最初から分かっていた。知っていた。

 それでいて俺は戦い続け、軽蔑され、恐怖されても手の届く範囲はーー、守ろうとしたが、守れなかった。


 違う、そうじゃないと否定しつつもやはりそれは事実で、その現実に押しつぶされた結果が10年もの空白だ。

 俺はヒーローにはなれなかった。なれたのは、されたのは。


「怪人だな」


 もはや諦めだった。どれだけ言い訳を重ねてもそれからは逃げられない。

 俺は正義のヒーローなんかではなく、ただの狼男。狼怪人だ。


 破壊のために腕を振るい、殺戮のために行動するしかできない。こいつらとなに一つ違わない社会という枠から外れてしまった規格外なのだ。ならば。


「怪人らしくしてやろう」


 腕には緋色が作ってくれた変身ウォッチを付けてきている。


 なんだかんだと言って服が破けないのは重宝する。どういう仕組みなのか説明を受けても理解できなかったのでもはやそういうものだと受け入れたが、一度変身を解除し、もう一度変身すれば炎でやけた部分も元どおり綺麗なスーツとなって体を包み込んでいた。


 故に、仕方なく。故に、他にないから。

 節約のためだとは言わないが、便利なので俺は使うことにしたのだ。


「ゴゥッ!! ファイブチェンジ!」


 叫び、変身する。


 光が周囲を包み込み、それが収縮すると同時に俺は怪人化し、全身の筋肉が膨れ上がる。


「ほ、   」

「ーーーー油断しすぎだろ」


 駆け抜け、奪い取った頭は腕の中で言葉を失っていた。


「な、」


 ぐしゃりと握りつぶし、返り血を浴びて振り返れば頭を失った体が混乱していた。

 しばらくバタバタと両手を振り回したかと思えば周囲の首無し死体と共に地面に倒れ込んで行く。


 一件落着。デュラハンの討伐だ。


 建物の陰でこちらを伺っていた緋色と目が合い、駆け寄って来ようとするが左手を突き出してそれを止めた。

 代わりに走りこんできたのはカメラを持ったチューケーバーだ。


「なななっ、なんと!! 戦っていた男性は正義の変身ヒーローだったようでででっ!!! い、インタビューをっ、」


 こちらもぐしゃりと潰しておく。

 潰したところで他にカメラが俺を捉えている以上、どうしようもない。しかし、これ以上面倒なことはごめんだった。


 今なら、博士のいう「俺への試練」がどういう意味だったのかわかる。悪趣味な、「覚悟試し」なのだろう。


 機材を壊されたことに対する不満をぶつけてくるチューケーバーを睨みで黙らせ、聞こえてきたサイレンの音に「おせェよ」と愚痴をこぼして地面を蹴った。


 怪人化した足ならばビルの屋上へと飛び上がることなど容易で、そこから緋色のマンションめがけて駆け出す。


 何処かで誰かがその様子を撮っているかもしれない。だから極力早く、一瞬で、その場を後にし、追われるような感覚にまるで泥棒だな、と苦笑する。


「(昔の君そのものじゃないか)」

「惨めなもんだろ?」

「(まあね)」


 そうして誰にも気づかれないように公園の物陰で変身を解除し、まだ帰ってきていない緋色よりも先に部屋に入った俺はーー、


「……空き巣にしちゃぁ……豪快だろ……」


 盛大に窓を壁ごと破壊され、惨事としか良いようのない光景に言葉を失った。

 緋色が戻ってきたのは俺が片付けることを諦め、使えそうなものを適当にまとめ終えた頃になってからで、


「私……やっぱり我慢できませんッ……」


 荷物を床に放り出した緋色はそう告げると否や、俺に駆け寄ってくると胸ぐらを掴んで睨みつけてきた。


「赤城さんは、もう戦わないでください」


 と。

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