第5話「少女のありがとう」


芳井よしい先輩、今日はありがとうございました。とてもいい経験になりました」

「こちらこそ。あなたが……ええと、フリッツよね?」

「あはは……はい。古垣ふるがきりつです」


 バトルを終えて、ゲーセンのフードコート。

 私は今日対戦したチーム『グローリーサンダー・X』のメンバーと向かい合っていた。

 真ん中に立っている、四人の中で一番背の低い男の子が、リーダーのフリッツ。


「チッ、あのアヤカを落としたかったんだがなぁ。思った通りにはいかねぇな」

「こら、失礼だぞ黒瀬くろせ。すみません、芳井先輩」


 舌打ちをしたのが一番背の高いクロード。注意したのがメガネをかけた真面目そうな印象のノーブル。


「いいわよ、気にしないから」

「ありがとうございます、先輩。僕は関田せきた伸広のぶひろと言います。こいつは、黒瀬貴斗たかとです」


 実は最初に自己紹介をしてくれているんだけど、私が覚えていないことを察して、もう一度名乗ってくれる。

 彼らは四人とも私と同じ学校の一年生。大会を見て準優勝の私たちが先輩だとわかり、交流戦を申し込んできたのだ。

 フリッツ、クロード、ノーブルがこの三人なら……最後の一人が、ジークフリートということになる。


「あっ、あの……本当に、ありがとうございました……。戦えて、嬉しかったです」


 クロードこと黒瀬の後ろに隠れるようにしてお礼を言う、四人目。


「もしかして、君が……」

「す、すすすみません! 花本はなもと良雄よしおです。あっ、ゲーム内ではジークフリートという名前でっ」

「やっぱりそうなのね」


 身長はフリッツよりは高いけど低め。長い前髪で目元を隠し、おどおどしている。

 ゲーム内のジークフリートと印象が違いすぎて、確信が持てなかった。


「あー、こいつゲームにダイブすると性格変わるんすよ。スイッチ入って」

「そうなんです。良雄君、普段は人見知りで恥ずかしがり屋なんですけどね」

「ふぅ……いわゆる中二病が全開になるせいで、詠唱に無駄な台詞を入れてしまうのが難点です」

「うぅぅ……」


 なるほど、弱点はチームでも把握しているんだ。

 ジークフリート、彼の呪文は――。


『我はいかづちを操る者! 万雷、轟け、鳴り響け! 蒼き閃光、魔を滅せよ!』

『我が名はジークフリード、最強の魔法を食らいたまえ!』

『ブラスト・ブルーサンダー!』


 この「我が名は」ってくだりは、あまり魔法の強化に繋がっていない。おそらくここを飛ばしても大して効果に差はない。キャストが使う魔法は、威力と詠唱の長さのバランスが大事だ。……ただし。


「いいと思うわよ。楽しんで、世界に入り込むのは悪いことじゃない」

「えっ……」

「案外そういう人の方が、専用魔法を創り出せるのかもしれないわ」


 少なくとも、私が戦った……彼。有依子ゆいこの側にいた、桐村きりむら晃太こうたはそういうタイプだったと思う。詠唱で魔王とか言ってたし。


「だから、無理して変える必要はないと思うわ」

「あ……ありがとうございます!」

「あーあ……。おい良雄、だからって調子乗んなよ? 使い分ける努力は必要だかんな」

「わ、わかってる。うん」


 心なしか、ジークフリートこと花本の目つきが変わったような気がする。……やっぱり、意外と彼が化けるかもしれない。


「それでは、僕らはこのへんで。芳井先輩、みなさん。今日は交流戦、ありがとうございました」


 フリッツ、古垣が礼儀正しく頭を下げると、他の三人も同じように礼をする。


「こちらこそ、ありがとう。またそのうち、やりましょう」

「はいっ! 是非、よろしくお願いします!」


 最後にそう言葉を交わして、私たちは別れた。



「なかなか礼儀正しい一年生だったね」

「そうですね、久野先輩。どこかの誰かとは大違いですよ」

「なっ!? 志織先輩! オレが態度悪いって言いたいんすか!」

「健君、志織ちゃんはそこまで言ってないよ」

「いえ。そういうつもりでした」

「くっ、くっそぉ!」


 相手チームが帰って行くと、後ろでこっちのメンバーが思い思いに話し始める。

 私は振り返って、


「みんな。今日の交流戦、どうだったかしら?」

「そうだねぇ……」

「……正直悔しいっす。最後落とされたのが。古垣たち、あんなに強いとは思いませんでしたよ」

「うん、健君の言う通り。地区大会は二回戦で負けたって言うのが信じられない」

「そこは相手が悪かったんでしょう。……総合的には私たちのチームのが強いと思う。でも、連携の練度は完全に向こうが上だった」

「志織の言う通りよ。つまり私たちの連携はまだ磨く余地があるということ。今後はそこを重点的に練習するわ」


 私の言葉に、三人とも頷く。……ちゃんと届いていることを認識して、話を続ける。


「でも、いいところもあった。久野先輩、霧のガード助かったわ。庇ってくれた判断も。ありがとう」

「い、いやぁ。あの時僕はもう残弾が無かったし、彩華ちゃんが落ちたら負け確定みたいなものだから」

「ハマケンも、だいぶ私の速さについて来られるようになったじゃない。密かに練習してる?」

「そりゃそうっすよ。……大会で強いソードと当たって、まだまだだって思ったから。野良で結構やってます。真っ直ぐ突っ込むだけじゃダメだって、意識しながらな」

「私のアドバイス、ちゃんと覚えてるのね。ありがとう。その調子でこれからも頑張るのよ。ソードは本当に、恐ろしい強さの人がいるから」

「お、おす!」

「志織も、冷静に状況判断してくれて助かるわ」

「今回は私の出番、あまりなかったけどね」

「そんなことないわ。向こうはキャスト三人の特殊編成だったし、結構詠唱阻止してたじゃない。エイムもだいぶ上達したと思うわ」

「それは……。私も大会で、無駄弾を減らす大事さを知ったから。きっちり当てる練習してる」

「志織もだいぶこのゲームにハマってきたわね。ありがと」


 私がメンバーそれぞれに言葉をかけると……三人ともなんとも言えない表情を浮かべていた。驚いたような、嬉しいような、不思議そうな顔だ。


「な、なに? 私、ヘンなこと言ったかしら?」

「ううん……ただ」


 三人の中で、志織は驚きが一番大きいのか、ぽかんとした顔で私をじっと見る。

 なかなか続きを言わない志織に、私は首を傾げた。すると、


「彩華……最近、ありがとうってよく言うようになったね」

「……え?」

「なにかある度に、すぐにありがとうって言ってる」


 すぐに「ありがとう」? それって、まるで――。



『いいの? ……ありがと。じゃ、席とっておくね』

『ありがとーアヤカ。あ、お金。スマホで送るね』

『アヤカ……ふふっ、ありがとう。アヤカって優しいよね』

『ありがとう!』



「――そっか。ふふっ」

「なに? 急に笑い出して……」

「ごめん。なんでもないわ。ちょっと、思い出し笑い」


 三人がいよいよ困惑した顔になる。私は笑いがこみ上げてくるのを我慢できず、みんなに見られないように背を向ける。


 有依子。あなたのおかげで、私の世界は変わったわ。

 私の言葉は軽くなんかない。伝えれば、ちゃんと届く。


 ありがとう。


 知らなかった。一緒だった時間は短いのに、こんなにもあの子の影響を受けていたなんて。一言一言がこんなにも心に残っていたのね。本当に、気付かなかった。思いもしなかった――


 あぁ可笑しい。私はおかしい。可笑しくてしょうがない。

 そうだ、私は思いもしなかったんだ。


 ――それが嬉しくて、笑ってしまう自分がいるなんて。




             サイドストーリー『シングルワード』・了

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魔王の詠唱~キャストマジシャンズ 告井 凪 @nagi_schier

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