第4話「少女は勝利を宣言する」
「じゃあランドセル置いたら、みんなここに集合ね!」
「わかった。あとでねー」
「みんな……来ない。どうしたんだろう」
幼い頃のことはそんなに覚えていないけど、この時のことだけはよく覚えている。
小学校からの帰り道。どういう流れだったか、夕焼けが見たいねって話になった。それで私は近くの河原に行こうと提案したのだ。
なのに、いくら待っても友だちは来なかった。
当時すでに子供用のスマホをみんな持っていたんだから、連絡を取ればいいのに。私はみんなが来ないことが怖くて、ショックで、それができなかった。
だけどやっぱり、そのままにしておくこともできなくて――。
「昨日、ゆうちゃんのお母さんのケーキ、おいしかったね!」
「だねー。ゆうちゃん羨ましいなぁ。お母さんがあんなケーキ作ってくれるんだもん」
「……あっ、ねぇ」
「あやかちゃんおはよー。あやかちゃんもゆうちゃんち来ればよかったのにー」
「えっ……? で、でも、夕焼け……」
「ん? あぁー、ごめんごめん。あれ本気だったんだ。冗談だと思ったよー」
「…………っ!」
勇気を出して聞いた結果が、これだった。
いじめられていたわけではない。翌日の友だちの様子は悪意がなくて、私の提案を本気で冗談だと思っていたみたいだから。
ただ、この時強烈に意識した。
私の言葉が軽いから。誰も本気にしてくれなかった。みんな忘れてしまっていた。
だったら。どんなことを言っても、なにを言っても、私が気にすることはない。誰にも届かないのだから。言葉を選ぶ必要なんてない。
そう思い込んだ。――だけど、
『アリスとやってると、本当にバトルがつまらない』
自分の言葉で相手が――大事な友だちが傷付く瞬間を、目の前で見てしまった。
心が折れる音が聞こえた気がした。
私の言葉は、少なくともアリスにとっては軽くなかった。ちゃんと届いていたんだ。
気付いた時にはもう遅くて、取り返しが付かないことになっていた。
でも、あれから一歩ずつ。時間はとてもかかったけど、近付くことができた。
ごめんなさい、アリス。
もうあの頃には戻れないけど。
私たちはキャストマジシャンズをプレイしている。
新しいチームを作り、新しい強さを手に入れて。
だから、今度は――。
*
魔法がぶつかり合った衝撃で吹き飛ばされた私は、振り下ろされる剣を為す術無く見ていた。このまま、私はやられる。――ひとりなら。
ガキキキィィン!!
「やぁっと捉えた! ちょこまか逃げ隠れやがって!」
「むっ……」
強引に間に割り込み、剣を受け止めてくれたのは――ハマケンだ。
「ったく、あんたのそれ、潜伏系の魔法だろ。苦労したぜ」
ハマケンの言う通り。敵のソードマジシャンの魔法は、自分の気配を消す能力を備えていた。具体的には、足音がしなくなり、身をかがめた状態での移動スピードがアップする。これのせいでハマケンはなかなか彼を捕まえられなかったが、正面から突っ込んできたおかげでようやく捉えられたのだ。
「これは、よくないな。正面からの斬り合いは望むところではない」
「ノーブル! 援護するよ、ジーク」
「うむ! 我は切り裂く! 一閃の雷光! スラッシュ・ライトニング!」
黄色ローブ(ID・ジークフリート?)が放つ、雷の剣。黒ローブ(ID・ノーブル)の脇をすり抜けハマケンに襲いかかるが、ギリギリでかわす。
「うぉっと、あぶねっ」
「ほう! あれを避けるか! ではこれはどうかな? 我は
ドンッ!
詠唱を始めてすぐ、ジークフリートの真横からバレーボールほどの岩が飛んできて脇腹に直撃する。
「君、ちょっとうるさいから黙ってて」
シオリが詠唱を止めてくれたのだ。
そして、ほぼ全員がそっちに気を取られている隙に――。
「太古の風よ! 魔力を纏い、滅殺の剣となれ!」
反対側に回り込んだ、緑ローブのキャスト(ID・フリッツ)が詠唱を始める。
狙いは――ハマケンじゃない。私だ。
そう思った瞬間、敵と私の間にぶわっと霧が現れた。
「――くっ、霧が張られましたか」
「アヤカちゃん、今のうちに」
クノーのロッド、噴霧系魔法。視界妨害を兼ねた薄いバリア。フリッツが唱えようとしていた魔法なら突き抜けていたと思うけど、彼は詠唱を止めて移動したようだ。悪くない判断。撃ってきたら避けて接近、倒そうと思っていた。
「こっの!!」
「ぐっ……やはり、厳しいかっ」
ガンッ!!
ハマケンが力任せにソードマジシャン、ノーブルを突き飛ばす。
バランスを崩し地面に倒れ込むノーブル。ハマケンが追撃に走る。
「オレを忘れてねぇか!? 業火を掴め、放て熱線! 貫け! ブラスト・フレイム!」
正面に残っていた、赤ローブ。彼が熱線を放つ――より速く、ハマケンは右に跳んでいた。来るのを読んでいたのだ。
「大気よ凍れ、氷塊となれ。押しつぶせ、アイスキャノン」
「しまっ……!!」
そしてそのハマケンの後ろから、私が魔法を放つ。倒れていたノーブルに直撃し――その体が消えていく。まずは一人。
「ノーブル! チッ――あのソード、意外と冷静じゃねぇかよ!」
「まだ終わってねぇぞ!」
「げっ、こっちきた!」
右に跳んだハマケン。向かった先にいるのは、ジークフリート。
彼は慌てて逃げようとするが――。
「私のことも忘れてない?」
「うわっとととと!」
ドン、ドン、ドン!
逃げようとするジークフリーとの足下に、シオリが魔法を撃ち込む。逃がさない。そしてその隙にハマケンが接近し、
「もらったー!!」
「かはっ……! よくぞ、我を撃ち倒したな……」
一閃。ジークフリートの胴を切り裂いた。
「ハマケン! まだ働いてもらうわよ!」
「わかってます! やりますか、あれ!」
私とハマケンは、二方向から赤ローブに向かって走り出す。側にいたクノーも、私を追いかけるように走る。
「こいつはやべーな……!」
「クロード、下がって! 体勢を立て直そう!」
「フリッツ! わかってるが、それをさせてくれる相手じゃねーぞ、こいつら!」
「援護するよ! 貫け風の棘、ソーン・オブ・ブロウ!」
赤ローブ(ID・クロード)の左後方から、魔法が飛んでくる。私はなんなくかわし、接近する。
「氷刃! 刻め!」
「やっぱやべぇのはアヤカだよな。放て灼熱、広がれ業火!」
クロードが私に向けて腕を伸ばし、詠唱。その隙にハマケンが接近するが、
「させません。切り裂け疾風の一刃。ショット・ウィンド!」
すかさずフリッツがハマケンに向けて魔法を放ち、ハマケンは一旦横に跳んでやり過ごす。魔法は単発だし、一瞬の時間稼ぎ。だけど今は、その一瞬が大きい。
「すべてを焼き尽くす炎は大気を埋める! フィールド・フレイム!」
ゴオオオォッ!
クロードの周囲に炎が吹き荒れる。射程は短いが、広範囲魔法。炎のカーテンに覆われてしまった。これでは迂闊に近付けない。ソードのハマケンはもちろん、短射程の魔法を唱えようとしていた私も。
「剣閃! 貫け! 閃光! 居合い!」
だけど私は構わず接近する。炎のギリギリのところで詠唱を終えて、突っ込んで魔法を放てばいい。
「これくらいの炎がなんだ!」
ハマケンも同じ考えのようだ。多少のダメージ覚悟で炎に突っ込もうとする。
「燃えさかる業火よ! この体に宿れ!」
炎の向こう側で、新たに詠唱を始めるクロード。自分の張った炎が視界を邪魔している状態で、素早く動き回る私たちを捉えられるとは思えない。構わず接近する。
「暴虐の灼熱は世界を灰にする爆炎となる!」
いや――この魔法は。
「まずいっ。一閃! アイスブレイド!」
「塵となれ、バースト・インフェルノ!!」
炎の中に腕を突っ込み、魔法を放つが――遅い。向こうも詠唱を終える。
ドゴオオオォォォォォン!!
瞬間、凄まじい大爆発が起き、視界が真っ白になる。
唱えた本人もダメージを喰らう……爆発系の魔法!
「くっ……」
「大丈夫? アヤカちゃん」
「クノー!」
どうやら爆発の直前、私を追従していたクノーがロッド魔法の霧で守ってくれたようだ。おかげで吹き飛ばされずに済んだが、完全に防げたわけではない。かなりのダメージが入った。
「す、すまん、アヤカさん……!」
一方、ハマケンは爆発をまともに食らっていた。地面に倒れ込み……消えていく。
危うく、私もああなっていた。
「くっそ……やれたの、一人だけかよ。とっておきだったんだがな」
魔法を唱えたクロードは、私のアイスブレイドが直撃していたようだ。彼の体も消えていく。
「あとは、任せたぜ? フリッツ」
「うん――! 暴風は神の怒り! 大気に現れよ嵐の剣!」
詠唱が聞こえ、私は身構える。残るは一人、フリッツ。どこから呪文を?
「切り刻め、疾風の剣戟! フルバースト・ストーム!」
真横。草むらから飛び出したフリッツが魔法を撃ち出す。これも……広範囲魔法! 回避は間に合う。直撃はない。でも、今の私は少しのダメージで落ちる状態。今度こそ、やられる。
「アヤカちゃん、僕の後ろに!」
「えっ……クノー!」
ズバババババッ!
無数の風の刃が、前に立つクノーの体を切り刻む。
「あぁよかった。無傷だね? ……アヤカちゃん、勝ってね」
クノーはそう言い残して、消えていく。
「庇いましたか。アヤカさんを落とせればと思ったんですが」
「……狙いはイイわね」
そもそも彼らは……私の、高機動型キャストマジシャンの対策をしてきている。
広範囲の魔法で近付けさせない。避けきれないようにして、削り、落とす。
確かにそれをやられると、私は戦いにくい。
「見事な連携だったわ。チーム『グローリーサンダー・X』。あなたがリーダーね?」
「……! はい。よく、他のメンバーがリーダーだと勘違いされますけど」
あの爆発魔法を撃ったクロードは、豪快な性格でみんなを引っ張りそうだし、ソードのノーブルはしっかりしてそうだった。ジークフリートは……あのキャラからしてリーダーをやりたがりそうだと思った。
だけど戦ってみればわかる。チームの中で一番冷静に状況を見ていたのは彼、フリッツだ。そしてなにより、メンバーからの信頼度が高い。
「私の正面に立つということは、一騎打ち?」
「もちろんです。あなたを倒せば、僕らの勝ちです」
本当にいい判断をする。実は今の内にゴーレムへの攻撃をシオリに頼んでいるけど、それにも気付いているんだろう。いざとなればゴーレムにバリアを張りに行ける位置取りをしていた。もし私がここで落ちたら、シオリ一人で彼の相手は厳しいかもしれない。
もっとも、それは不要な心配。
私はチーム『グローリーサンダー・X』のリーダー、フリッツを甘く見るつもりはなかった。
「それじゃ、時間も無いし始めましょう。――氷塊は我が意のままに」
私は彼に向かって腕を伸し、詠唱を始める。
「普通の詠唱――? なら! 貫け風の棘、ソーン・オブ・ブロウ!」
フリッツの魔法を横に跳んで避け、
「集え! 創造!」
走り出し、いつものように単語による詠唱を始める。
「フェイントですか。無駄です! ――悠久の時を流れし古の風よ!」
フリッツは後ろに跳んで距離を取る。
どちらが先に呪文を唱えきるか。私の場合それに加えて、近付くことができるか、相手の魔法を避けることができるか、となる。
相手もそれをわかっている。少しでも近付くのを遅らせて、避けられない魔法を撃つ。
つまり、広範囲魔法を唱えようとしている。
しかも私は一発でも食らえばやられてしまう。対してフリッツは無傷。となると……。
「我は神の怒りの代行者! 嵐よ、この身に宿り給え!」
間違いない、さっきクロードが使ったのと同じ、爆発系の魔法!
「
私の右手に、凍気が集まる。
ここが、勝負の分かれ目。
どちらが先に呪文を唱えきることができるか。今回は、フリッツの方が速いだろう。
次の瞬間には魔法が発動し、彼の勝利が確定する。
――本来なら。
私はフリッツに向けて横一閃、右腕を振った。
「切り裂け!」
「ブリンガー――……えっ?!」
ドスッ!
フリッツの左肩に、氷のナイフが突き刺さる。詠唱が止まった。
「刻め!」
ドスッ! 今度は右腕をかすめる。
痛みは無いはずだが、マスクをしていてもわかるほど、苦悶の表情を浮かべる。
「詠唱途中なのに、そんな……あっ! まさか……くっ!」
「氷刃!」
三本目の氷のナイフを避けるフリッツ。勘付いたようだけど、もう遅い。
「専用っ……魔法……!」
「その通りよ」
アップデートで追加されたばかりの専用魔法。
最初に唱えた人だけが発動できる強力な魔法だ。
どんな魔法でも専用魔法になるわけではなく、AIグリモワールが判断しているらしいけど……。私はすぐに、専用魔法を創ることに成功した。
しかも、まだ発現報告の非常に少ない、特殊能力付きの魔法を。
「舞い狂え!」
四本目。さらに避けようとするフリッツの右足に刺さり、転倒する。
私のこの専用魔法は、呪文を『縛氷』まで唱えると、次の単語から氷のナイフを一本ずつ投げることができる。見た目より威力は低いが、詠唱の阻止は出来る。ラウンド3限定の特殊能力。
避けるだけでなく、相手の邪魔をしつつ接近できる――まさに、私のためにある、私だけの魔法。
私は立ち止まり、倒れたフリッツに右腕を向けた。
「食らいなさい、アイスエッジ・リンカー!」
腕の周りに氷のナイフが現れ、リング状に浮かぶ。その数は一六本。
私の詠唱と共に、一斉に射出した。
「あぁ……僕らの、負けです……。見事です、アヤカさん」
氷のナイフに貫かれ、フリッツの身体が消えていく。
私はそれをじっと見つめ、
「あなたこそ」
呟いて、背を向けた。
「――アヤカ。ゴーレム、第三段階まで壊したよ」
「シオリ。ご苦労様」
「極大魔法で終わらせなくてよかったの?」
「そうしたらフリッツが止めに行ったと思うわ」
「彼にそこまでの判断ができたとは思えないけど……。どっちにしろアヤカが負けるわけないから、心配いらないか」
「そうね。でもシオリ、油断は禁物よ。フリッツは強かった。専用魔法も使っちゃったし」
最後の一騎打ち、専用魔法が無ければ危なかったかもしれない。
爆発の範囲外に出てしまえばいいんだけど、その範囲が未知だった。一か八か突っ込んで、それこそフリッツより速く詠唱できるかどうかの勝負になっていただろう。
「アヤカ……それこそ、よかったの? アヤカの専用魔法は、アリスと再戦する時のために創ったんでしょう?」
「……ユイコね」
アリス――ユイコに勝つための、奥の手。
大会では負けたけど、私も専用魔法を創ることができた。
もうあの頃には戻れないけど。
私たちはキャストマジシャンズをプレイしている。
新しいチームを作り、新しい強さを手に入れて。
「だから、今度は――私が勝つ」
「……アヤカ?」
「ううん、なんでもない。……そうそう、専用魔法ね。確かに奥の手は隠しておきたいけど、実戦で試すことができたことの方が大きいわ」
「う、うん? 確かに、そうだね」
――ゴーレムが中央に到着! ゴーレムアタックに入ります!――
ようやくゴーレムが進み、判定の結果私たち『シングルワード』の勝利となった。
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