第3話「少女は仲間を見付ける」
「見て、彩華。あそこの幸せそうな顔でコーヒー飲んでる男の人」
「いるわね。でも志織、もうちょっと言い方があるでしょう。緩い顔した人、とか」
「……そっちの方が酷いよ。やっぱり彩華は彩華ね」
「むっ……」
緩い顔、というのは酷い言葉だったか。気を付けなくちゃ。
最近はこういう指摘を志織がよくしてくれる。助かるけど、落ち込んでもいた。
……自覚したとはいえ、すぐに直るものでもないらしく、酷い言葉が出てしまう。
だいぶマシになったと志織は言うけど、早くなんとかしたい。
「それで? あの人がどうかしたの。どっかで見たことある気がするけど」
ダイブゲームセンター、KAGA東迎町店。
フードコートでコーヒーを飲む男の人を改めて見る。背は結構高そう。でも猫背で、頼りなさそうな印象だ。席には一人だけで、ダイブグローブを付けているところを見るに、キャスマジのプレイヤーだと思う。
「もしかして、ここの常連?」
「確かにここでも見かけたことはあるけど……。彩華、自分の学校の生徒会長の顔くらいは覚えておいてあげて」
「生徒会長……?」
そういえば、彼は私たちの学校の制服を着ていた。
だけど生徒会長と言われてもピンとこなかった。
「頼りなさそうだけど、生徒会長なのね」
「噂では、数々のトラブルを抱え込む、トラブルメイカーならぬトラブルホールドと呼ばれているみたい」
「……なにそれ。うちの生徒会長、大丈夫なの?」
そんなことを言われると、幸せそうにコーヒー飲んでる姿が、苦労している人が一時の休息を得ている姿に見えてきた。……間違ってなさそうなのが、なんとも言えない気持ちになる。
「彩華。あの人、チームにいいと思う」
「えぇ? あんな、疲れ果てたような人を?」
「……彩華。お疲れな様子の人、くらいにして」
「どっちも変わらないと思うんだけど……難しいわね」
私たちは今、キャストマジシャンズのチームメンバーを探している。
アリスに勝つためのチームを作る。そのために、志織もキャスマジを始めてくれた。
メンバーはあと二人必要。だけど、誰でもいいわけではない。
「大丈夫。とにかく、話しかけてみましょう」
「わかったわ」
志織のことだ、なにか理由があって彼を選んだのだろう。そこは信じている。
だから私も、見た目の印象だけで決めないようにしようと思った。
*
「いや~~僕は息抜きでやってるだけなんだよ。もっと強いひとを探した方がいいんじゃないかなぁ」
「つまり、チームには興味がないと?」
「なくはないというか、気にはなるけど……。ほら、君たちは随分と本気みたいだからね。僕なんかじゃ力不足だよ」
志織が、チームメンバーを探しているんですけど、と声をかけた結果。
見た目通りの、頼りない、煮え切らない答えが返ってきた。
「わかっています。先輩に求めているのは直接的な力ではなく――」
「待って、志織」
言い募ろうとする志織を制して、代わりに私が彼の正面に立つ。
「あなた、ランクは?」
「ランクマッチかい? シルバーAだよ」
「ふぅん、確かに普通ね」
ランクはブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ。ゴールドまではさらに三段階に分かれている。シルバーAは……可もなく不可もなく。でも、強いとは言えない。
「だ、だろう? だから他を当たった方がいいと思うよ」
「……いいえ。志織は、なんの考えもなくあなたに声をかけたわけじゃない。あなたになにかを見たから、声をかけた。そうでしょう? 志織」
志織は黙って頷く。
「私は志織を信じる。でも、このままじゃ埒が明かないから……実際に見てみることにするわ」
「見てみる? どうやって?」
「決まってるでしょう? 今からフリーマッチ、やるわよ。ほら立って」
「えっ……えぇぇぇぇ?! あ、ちょっと、引っ張らないで!」
強引に彼を立ち上がらせて、ブースに放り込む。
私と志織もそれぞれブースに入って、キャストマジシャンズにダイブした。
三人でフリーマッチを一戦。同じチームで、彼を観察する。
IDはクノー。タイプはロッドマジシャン。水属性の魔法で、水球を飛ばすオーソドックスなタイプだ。
確かに本人が言う通り、クノーは強くなかった。
でもそれは攻撃能力だけを見た場合だ。
私は何度、彼に助けられただろう。もちろん、落とされそうな状況になったわけではない。いくつかは自分で対処できただろう。
クノーは私を狙っていたキャストの詠唱を阻止し、斬りかかってきたソードを牽制。そしてロッドの魔法に魔法を当てて、撃ち落としてみせた(これは普通に上手いと思った)。
おかげで私はノーダメージ。
一度も落とされずにバトルに勝つのは割とあるけど、ノーダメージは滅多にない。
ようするに、クノーは援護がとんでもなく上手い。フォローの鬼だった。
志織はここに目を付けたのだと理解した。
「決めたわ。クノー、チームに入って」
「え……な、なんで? 僕一人も落とせずに終わったよ? それに、君たちのチームにはもうロッドがいるじゃないか」
確かに、先日からキャスマジを始めた志織はロッドを選んだ。私と組むなら、それが一番いいと。
「ロッド二枚は特殊な構成だけど……なくはないわ。ただ二人とも射撃系じゃつまらない。クノー、あなた噴霧系にして」
「……なるほど、それならロッド二枚もありだね。噴霧系使ってみたかったけど野良だと難しいから……って、待ってよ、僕はまだチームに入るなんて一言も!」
「いいでしょう? あなたの援護能力が、私のチームに欲しい。……お願いします、久野先輩」
「私からも、お願いします。生徒会長」
「うっ……そういう風に頼まれると、弱いんだよなぁ」
こうして、クノーこと
メンバーはあと一人。
*
残る一枠は、さすがにソードマジシャンがいい。
ソードには様子見の膠着状態を崩す役割がある。素早い動きで場をかき乱し、味方の詠唱の隙を作るのがソードだ。
それに、チームにはだいたいソードが一人いる。キャストやロッドでも止められなくはないが、ソード同士がぶつかってくれた方が対処をしやすい。
というわけで、ソードマジシャンを探していたんだけど……。
「あんただろ、アヤカって! オレと勝負しろ!」
学校で、一年生に勝負を挑まれた。そして、
「う、うそだろ?! ソードとキャストのタイマンで、負けるなんて……!」
ぼっこぼこに返り討ちにしてやった。
彼はハマケンとかいう、変なIDのソードマジシャンだった。
筋は悪くない。実は私も落ちる寸前だった。対ソードには自信があるんだけど……私もまだまだね。
それでも私が勝ったのは、彼の動きが直線的だからだ。勢いはあるし速いけど、それも次第に慣れてくる。最後の方は完全に動きを読むことができた。
伸びしろはありそうだけど、まだシルバーレベルの強さね。
私が彼に背を向けて立ち去ろうとすると、
「ま、待ってくれ! ……ください! アヤカさん!」
「うん……?」
なんだろう、あそこまでボコボコにしたのに、勝負に納得いかなかったんだろうか。
そう思って振り返り、私は固まってしまった。
「お願いがあるんです、アヤカさん!」
土下座だ。土下座をしている。
ダイブゲームセンター。ブースの前で。年下の男の子に土下座をされる。
なにこれ……死ぬほど恥ずかしいんだけど?
「お願いします! オレをチームに入れてください!」
「………………は?」
すぐには理解できなかった。
チーム……私たちのチームに?
「ダメに決まってるでしょう」
そう答えたのは、後ろから近付いてきた志織だった。
ハマケンが顔をあげて志織を指さした。
「あっ、あんた! なんだよダメって! あんたが教えてくれたんだろ、メンバー探してるって! だから勝負してどんだけ強いか確かめたのに!」
「……志織?」
「はぁ……。まさかあんなにボコボコにやられると思わなかったから。ごめん彩華、彼、見込み違いだった」
「み、見込み、違い……だと!?」
なるほど、彼は志織が目を付けたソードマジシャンだったわけだ。
志織の目は間違ってはいなかったと思うけど、さすがに私がここまで対ソードに慣れているとは思わなかったみたいね。
ようするに彼は相手が悪かったわけだけど……だとしても、彼をチームに入れるのは私も微妙だ。
弱くはないけど、特別強いわけでもない。プラチナランクにはもっととんでもないソードマジシャンがたくさんいるのを私は知っている。
クノーはそのサポート能力を見込んでチームに入って貰ったけど、ソードに求めるのは純粋な攻撃能力。さすがに、彼では力不足だ。
志織に見込み違いと言われた彼は、俯いて肩を震わせている。
「わ……わ……」
「……わ?」
ゴン!
うわ、いたそ。彼は地面に額を打ち付けて、再度土下座した。
「わかってる! オレは弱い! 弱かった! そしてアヤカさんは強い! マジ強かった! ぜんぜん取りに行けなかったし、ぼこぼこにやられた!」
「……そうね」
「オレ……キャストとタイマンしてソードが負けるわけないって思ってた。どんなに強いって言っても、キャストは詠唱の隙があるし、接近しちゃえばこっちのもんだって」
その認識は間違ってはいない。普通はそうだし、ゲームのバランスもそういう風になっている。だからこそ、それを覆す。ソードがやりたいことをさせない。努力で編み出したのが私のスタイル。グーはパーに勝てないけど、パーを突き破るグーを創り出す。ゼロだった可能性を少しでも上げる。そうすることで強さに幅ができる。私はそう考えていた。
「……考えが、甘いわね」
「そう、そうなんだ!」
ガバッと顔を上げるハマケン。
「ボコボコにやられて、オレの中にあった常識がひっくり返ったんだ! キャストにあんな戦い方があって、ソードにだって勝てるんだって! 世界が変わったんだよ!」
「…………それは」
世界が、変わる。
私はその感覚を知っている。何度も味わった。
強い人と会う度に。アリスの、ホーリーランスを見た時に。
「だから、付いていきたいんだ! オレを同じチームに入れて欲しい! そしていつか、アヤカさんにも勝てるように! 強さを手に入れたい!」
ゴンッ! 三度、ハマケンは額を床に打ち付ける。
「あなた、なにを言ってるの。話にならない。彩華、本当にごめん――」
「待って、志織。……ハマケン。顔を上げて」
ゆっくりと体を起こすハマケン。
私に勝てるように……強さを、か。
「いいわ。あなたをチームの四人目のメンバーにしてあげる」
「ほ、ほんとかっ!?」
「ちょっと、彩華……?」
「大丈夫よ志織。私は彼の中に、強さに対する渇望を見たわ。今は雑魚みたいに弱くても、きっと強くなるから」
「ざ、雑魚みたい……」
「彩華、余計な一言が付いてる。……彩華がいいなら、私は構わないよ」
「ありがとう、志織。……さあ、ハマケン。チームに入るからには、わかってるわね?」
項垂れていたハマケンだったが、慌てて立ち上がって何故か敬礼をする。
「ああ! 絶対に強くなってみせます! いつかものすごく強くなって、アヤカさんを助けますよ!」
「……期待してるわ」
ハマケンこと
チーム『シングルワード』は四人になった。
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