始まり【1】

「はっ、はぁ……」

少年は真っ白な雪に覆われた世界に独り、足を進めていた。

ザク、ザクと、彼の重くなった身体は、足元の雪を掘って行く。

『早く、"見つけて"来るんだ――……』

優しく、頭の中で木霊する老人の声。

「……ッ……!」

少年は自身の腹の傷を見て、顔を顰め、痛みを耐えるように横にある塀に寄りかかった。

『お前なら、必ず見つけ出せる』

少し休み、

「早くっ……、見つけなきゃ…、な……」

と呟き、痛みと寒さで気を失いそうになりながら、また彼は進みだした。


「黒鳳蝶――……、お前なら、必ず見つけ出せる筈だ。"アレ"を、一刻も早く、見つけ出して来て欲しい」

優しく地獄の長――閻魔は言った。

「はい」

黒鳳蝶と呼ばれた少年は、まだ11、12歳くらいであろうか。黒髪に金眼のまだ少し幼げな少年は静かに、目を瞑りながら頷いた。

「ならば已むを得まい、こんな状況ではあるが、お前に"大人の儀"を受けてもらおう」

「大人の、儀……」

少し目を見開いて、黒鳳蝶は息を呑んだ。

森がさやぎ不気味さを感じながら、閻魔や村人たちに続き、祭壇へ向かった。

村人たちは木材や香などを用意し、祭壇に飾る。そして祭壇の周りに集まり、神に祈るように手を合わせていた。


「<あちら>へ、子供の姿のままで行かせるのは危険過ぎます。強い霊力を持った人間と共に在る訳では無いのですから。――少しだけ、貴方の力を解放しましょう」

綺麗な青髪をした少し気の強そうな女性――青藍は言った。


青藍は村人たちと結界をはり、呪を唱える。

すると黒鳳蝶はすう、と16、17歳ほどの器になった。

黒鳳蝶は不思議そうに自身の手や器を見た。


「これで条件を満たせば、貴方は力を少し引き出せる筈。その<条件>は、その<時>が来た時に解るわ。でも――覚えておきなさい、黒鳳蝶。貴方は完全な"大人の儀"を受けた訳では無いことを。」

キッと黒鳳蝶を見て、青藍は言った。

「はい……」

黒鳳蝶は頷いた。


「では、現世に行ける結界を解――……」

と閻魔が言いかけた途端――シュッ、と<何か>が飛んで来る。

閻魔はそれを回避する。赤い蛇がボトリ、と彼の前で落ちた。

それと共に多くの村人の悲鳴が聞こえて来た。

「――ッ……、ついに、ここまで<彼>が来ましたか……!?」

青藍が村人の悲鳴を聞き、慌てその場から離れようとする。

「青藍ッ! 結界をそのまま解きなさいッ……!」

閻魔は青藍を宥め、青藍はその場にとどまった。

未だ絶叫が響く。


閻魔に従い、そのまま冷静に結界術を読み解く青藍。結界が開き出す。そんな時――他の赤蛇によりガッ、と彼女は攻撃を受けた。

「――アッ……!」

青藍は腕を噛まれたらしく、そこから血が流れ出していた。

「青藍様っ……」

黒鳳蝶は慌てて青藍の元に行こうとする。しかし

「黒鳳蝶ッ、私に構わず行きなさいッ……! 貴方は、"役割"の真っ当を、あの<獣>をッ……!」

と、彼女は黒鳳蝶に叫び、ガクン、と膝を地についた。


そんな時、目の前に赤茶の髪に赤眼の青年が現れた。

「煉獄ッ……!」

青藍、黒鳳蝶共々、彼の名を呼んだ。

「黒鳳蝶ッ! 行きなさい!!」

青藍は黒鳳蝶に更に強い命令口調で言い、よろっと立ち上がり、黒鳳蝶を煉獄から遠ざけようとする。

「行かせんよ……」

煉獄は肩に乗せた赤蛇を撫でながら、呟いた。

「――ハァッ……、どうかしら? 私だって伊達に閻魔様の右腕として働いているわけじゃないの。煉獄、貴方の相手は私がするわ!」

先ほどの攻撃での痛みがあるだろう、彼女は一息吐き、煉獄に言った。

強く言ったものの、青藍は彼に少し怯えながら黒鳳蝶の前に出た。

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天蓋花 神綺 @gracepro

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