スタンプ集め。あるいは赤木町風聞堂のウィンターセール
天野真佐之
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19コのスタンプが駄目になっちゃった。
文房具・500円分お買い上げ毎にくれるスタンプ。
あと1コでカレンダー引き換え券だったのに。
きっとカレンダー引き換え券も、カレンダー自体だって一つも残ってないんだろうな。
店先で
でも、だからって諦められるものじゃない。
初雪が降った日からスタートして、なんとか年内に集めきろうと意気込んでたのに。
たかがカレンダー? そういう問題じゃない。
人を怠惰から救い出すモチベーションっていうのは、プライスレスなのだ。
『学校帰りに古びた赤木町風聞堂に立ち寄って、500円ずつ小刻みに買い物をしないと、君は、新年の日付を知ることができない』
これは一種のミッションに他ならなかった。
いや、今でもそうだ――まだミッションは終わっていない。
***
はらはら雪が降っていて、寒い。
バスも電車も運休だったから、乗り気じゃなかったけど、パラシュート降下した。
上空から見下ろすと、一面、真っ黒焦げ。
だけど赤木町風聞堂だった場所は分かった。
なにしろ店先のエンピツだけは、毅然と、踏みとどまっていたから。
灰かぶりの仁王立ち。
涙が止まらなかった。
ゴーグルの中から溢れた。
***
着地後、パラシュートを脱ぎ捨ててから、しばらくエンピツに凭れて考え込んだ。
商品が一つ残らず燃え尽きてしまったけれど、まだ赤木町風聞堂は文房具屋さんなのだろうか?
それ以前に、赤木町風聞堂は今も存在していると言えるだろうか?
いやいや。
エンピツがたった一本でも立っているからには、やはり文房具屋・赤木町風聞堂はある。
***
この結論に満足したのか、突然、エンピツがお辞儀をした。
彼は真ん中あたりで折れ曲がり、私に向かって頭を下げたのだ。
慌てて私もお辞儀を返した。
五秒経って、私が頭を上げても、まだエンピツは折れたままだった。
さすがに長すぎるんじゃないか、と思って、じっと眺めていると、ある発見をした。
折れた箇所で露出している芯が、僅かに隆起している。
芯を、軽く押し込んでやる。
そしたら、地面が割れて、地下に続く階段が出現した。
***
階段の先には、鉄扉があった。
「すいませーん。入れてください」
店主の松田さんが開けてくれた。
「雪が一緒に入るから、早く」
急かされて、私はひょいっと転がり込む。
テーブルの上で、飲みかけの紅茶が湯気を立てている。
かなり住み心地の良さげなシェルターだ。
「君も飲むかい」
「いえ、悪いので。大丈夫です」
断ったのに、松田さんは新しいティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
「私、ただカレンダーのスタンプ集めてて。あと1コだから、何か買おうと思って来たんです」
私がそう言うと、松田さんは大層びっくりしたという風に、眉を持ち上げた。
「カレンダーねえ。そんなに欲しい?」
「もちろん」
「じゃあ、あげちゃおうかな」
「はい?」
松田さんの無思慮な一言で、私のはらわたが煮えくり返った!
***
「一度始めちゃったらもう途中で投げ出せないことだってあるんだよ! そういう宿命みたいなのを背負ってるから辛うじて生きていける種類の人間がいるってこと分かって! 万物の流転はずっとずっと前に開始されてから数え切れないほど延々と繰り返されてるんだけどこれからも気の遠くなるような先の先まで繰り返されていくの! それを乗り越えるには仮初めの宿命と仮初めの信念と仮初めの習慣がどうしても要るんだってどうして気づかないんですか!」
***
「わかった。君の言うことはもっともだ」松田さんはティーカップを差し出して言った。「とはいえ現実問題として……売り物が、残ってない」
私はちょっと頭をひねった。
良いことを思いつく。
「エンピツ半分ください」
「先のほうなら」
松田さんも胸をなで下ろしてくれた。
ティーカップの中身は昆布茶だった。
***
灰かぶりのエンピツの先端部分を脇に抱え、廃墟と化した町を歩く。
新年のカレンダーも残っていなかったので、松井さんが普段使いしていた、残り少ない今年のカレンダーを受け取ってきた。
そのカレンダーによると、今日という日はクリスマスらしい。
もしも帰り道に人を見つけたら、邪魔なエンピツはプレゼントしよう。
何にせよ、もうスタンプは集め終わったのだ。
スタンプ集め。あるいは赤木町風聞堂のウィンターセール 天野真佐之 @amama
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