かつて世界がひとつの神によって創造された時代。



 神は自身の全てを四体の古神に与え、その命を遂げた。



 虎には力と勇気。鳥には早さと優しさ。蛇には不死と賢さ。そして竜には全てを――



 しかしそこに唯一の誤算が生じていた。竜に全てを与えたことによって生き物の器に必ず存在してしまう『欲望』が発生したのである。



 それによって生まれたの二体の竜。紅き衣纏い、聖なる光を宿した――赤竜。そして黒の衣を纏い、邪悪なる闇を宿した――黒竜。



 2体は当然対立し、赤竜は天に最も近く山へと身を隠し、黒竜は底深く漆黒の谷へと身を落とした。



 四ツ神とは圧倒的存在であり、その力は何においても覆すことのないもの。



 炎獄の日において巨大な力を放出した神々はその身を形成することができず、現在は人間の器の中でその力を行使しているという。


 

 絶対は神か人か。急速に移り変わったこの世で交じり合うことのない二対はその差異のある手を取り合っていく。



 そしていま、世界はまたあの日を迎えるかもしれない――――





 体内に回る血液が激しく反応する。まるで異物でも取り込んだかのように、全身が粟立って拒絶反応を繰り返した。



 視界は既に1人の者に注がれ、離れることを許さない。



 白色の髪は不可避に溢れる竜の魔力によって朱色に染まり始める。



「エン……」



「わからない。何故か身体が反応する」



「それが黒竜という存在です」



 マリアの声が脳を揺らす。まだ姿さえ認知出来ないその存在。しかしながらそれは圧倒的圧力を伴って戦場を支配した。



 まるで嘘のように今まで争っていた全ての人間が少しの間手を止めていた。横たわる静寂に轟く声色。



 それは黄虎の力を持った少年――ロンドであった。



「とまるなっ!! 敵は目のまえだっ!」



 その声をひきりに再度開始される戦争。直ぐにあらゆる感情に場は呑まれた。



 しかしそれは一瞬のことで直ぐに場はまた凍りつく。それも今度は皆の視線がエンディラの国へと注げられた。




 竜門砲の設置された城壁の上部。それも一番天に近く、戦場を一望できる地に立つ一人の姿。



 見た目は完全に美しい女性の姿であるが、その内に秘めるモノは化け物のそれであった。



 それを見た瞬間、隣のクロリアが飛び出た。



「クロリアっ!!」



 突然のことに制することもできずに、物凄い速さで戦場へと駆けて行くクロリア。



 既にその身体には弟三段階の兆候が見られ、どす黒い毒の魔力が溢れ出ていた。



 様々な視線がクロリアを貫く中、ただ一直線に向かう。



「アナリーナっ! お前だけはゆるさないっ!!」



 クロリアの叫び声。そして途端に加速し、手元には漆黒の剣が握られて飛んだ。そのまま剣に集束した毒の魔力を斬撃となって放つ。



 クロリアの最大限の攻撃。怒り、憎しみ、哀しみなど様々な感情が篭められた強き力。



 しかし、それは蛇の神――アナリーナコンドリアに直撃することもなく、漆黒の髪を有した女性にかき消されたのである。



 呆然とするクロリアを嘲るように黒蛇の麗しい声が響いた。



「はははっ、お前には無理だよクロリア。その者は我が器。欠片のお前では決して倒せんっ」



「――――ッ」



 それでも構わず再度魔力を集束させようとしたクロリアだったが、その漆黒の美女が行く手を阻んだ。



 鍔迫り合いも虚しく、後方へと飛ばされるクロリア。それだけでも力量の差が感じられた。



 さらなる迫撃を恐れて俺たちも戦場へと出でる。



「……クロリアさんっ!」



「くそっ――くそおおおおおおおおおおお」



 天へと咆哮するクロリアを支えるサイラ。戦場の全ての視線が俺たちを捉えた。



 ある者は訝しがり、ある者は中の血に反応して笑みを浮べる。



 幼き少年の声が響いた。



「やっときましたねっ! みなさんっ!! はははっ!」



 吹き出るアドレナリンが冷淡な彼を温め、興奮の極みへと変貌させている。




 そして隣に控えるイルの瞳にも強い感情が窺えた。



「久しいのぉ……アナよ」



 その声は小さくも何故か明細に聞こえる。黒蛇のアナーリアは口を裂ける様に笑う。



「まだだぞイルルヤンカシュ。まだ役者は揃ってはいないだろう」



 そうやって指差した方向は西端。そこには悠然と拡大する草原にぽつりと一人の者が立っていた。



 俺と同様な白色の髪。その肌は病気のように白く、目は引き込まれるような美しい緑色だった。



 その様相も体格も俺と似ており、その気配を覗けば間違えてしまうほどである。



 そのことに他の者を気がついたらしく、驚いた表情をしているが一人憎悪に満ちた女性がいた。



「黒竜――」



 ――――マリアである。



 アナーリアの声がさらに響いた。



「驚くことはないっ! まだ役者は揃わぬっ! 黄虎の力を有する者よっ! もう出し惜しみはしないだろう?」



 その問いは一人の男に向けられていた。反乱軍の最後衛に位置する場所に佇む壮年の男。ロンドの父であり黄虎の力を有する男。



 彼は別段表情を変えることなく、顎で指示した。すると背後から新たに現る気配。



 それは黒蛇、赤竜、黒竜、白鳥にたがわずの強い気配――黄虎のものだった。



 そして現れたのは二ラッドはあるであろう長身に熊のように体格の良い男。



 それはマリアが反乱軍の隊長と言った者。まさかの存在に俺たちは呆気にとられる。



「まさかっ……黄虎は封印されたはずじゃっ」



「ふむ、しかしあれは本物だぞい」



 アナーリアの高い声が響く。



「いいぞっ! 黒竜だけは従者がいないようじゃが、よいっ! これこそが戦いだっ! これが我ら古神の戦いだっ! さぁ、始めよう炎獄の日をっ!!」



 北端には黒蛇。西端には黒竜。南端には黄虎。そして東端に俺たち赤竜と白鳥。



 かつてとは様相は違えども、その力は明らかに本物であり、あの「炎獄の日」を再現するかのようである。



 今世界を創造した神の僕たちの戦いが始まる。



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傍らの竜 カオス @Kaosu

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