額に汗を滲ませ、恐怖の青色に顔を染めた男が忙しなく部屋へと駆け込んで来た。



「ほ、報告します騎士団長っ! 南城門が破られましたっ!」



「なんだとっ? 敵の侵入は!?」



「竜門砲の追加準備が間に合い、今はなんとか凌いでいます! し、しかしそれも時間の問題かと……っ」



 木製の長机に握り締めた拳を打ち付ける。



「アウストレディアに派遣した使いはまだ帰ってこないのか?」



「まだついておりませんっ!」



「くそっ、こんなことになるのならばワープ魔法を早めに構築しておくのだった……」



 そんなどうすることも出来ない葛藤が頭を支配するが、すぐに現在の状況を整理するべくして机に置かれた先頭配置図に書き込んでいく。



 合同軍は扇型に南城門後方に展開。破城槌を率いた数十人の敵の侵入は許したが、直ぐに討伐は可能。



 現在考慮するべきことはさらなる敵兵の侵入。これは新たに歩兵の増員を指示する必要があるだろう。



 しかしそれだけでは足りない。あれを出すか――――



「まずは南門周辺に歩兵を集結。絶対に侵入は許すな! 王と援軍が来るまでなんとしてでも持ちこたえろ」



「はいっ!」



「それと――――奴らの準備を整えておけ」



「やつらというと……?」



「決まっているだろう。失敗作たちだ。丁度処理にも困っていたところだ、奴らに働いてもらおうじゃないか」



 駆けつけた部下は一瞬迷いの顔を見せたが、直ぐに思いなおしたように声を上げた。



「了解しましたっ! 直ぐに準備を整えますっ!」



 そう言って出ていく部下の背中を見ながら、男は不敵な笑みを浮べるのであった。





 合同軍の魔術師と協同した戦法によりエンディラ王国の南城門は突破された。それによって一気に形勢は傾くかに思われたが、迅速な対応によってそれは防がれている。



 さらに追加された竜門砲によって激しく牽制を受けるのに加えて、城門付近に配置された歩兵によって合同軍は中々侵入することができないでいる。



 それを脱しようと合同軍に動きが見られた。何処かで見たことのある白色の外套の集団。



 その数は数百と少ないが、連携の取れたその姿とはっきりとわかるつわもの気配が戦場を揺るがした。



 最前線で戦う合同軍の兵士たちから歓声があがる。



『うおぉぉぉ! サムリス最強の騎士軍団だっ!』



 彼らは以前サイラが所属していた騎士団のトップに位置する集団。本来は王国内で王を守る任を務めているのため戦場にかりだたせるのは異例。



 隣で腰を下ろすサイラの顔にも驚きの表情が見て取れた。



 白色の集団は物凄い速さで馬を走らせ、次々とエンディラの兵士たちを撃破していく。それに伴って上昇する指揮。



 徐々に合同軍は城門へと近づいていく。



 高度な魔法を発動させながら戦場を駆ける騎士たちは脅威であり、それに対抗するには相当の人数と手だれが必要。



 あと数十ラッドで侵入を許すかと言った矢先、エンディラ王国の城砦を囲うように現れる紫色の魔法陣。



 それからは明らかに嫌な気配が感じ取られ、膨大な魔力が渦巻いていた。



 そして途端の光と共に現れる異形の何か。



 闇のように黒い体に巨大な体格。その数は数十対に及ぶが其々その様相は異なり、中には数ラッドを越える巨体の化け物も見られた。





 その怪物から明らかに感じる古神の強い気配。しかもそれらは普通の感覚にあらず、異質なまるで沼のようにどす黒い。



 元の姿が何だったのかもわからない変貌のしようで、クロリアはそれを見て言葉を漏らした。



「あれは黒蛇の失敗作だね……一度見たことがあるよ」



「失敗作だと?」



「うん。古神の血に適応できなかった生物の中にまれに死ぬこともなく、あんな風に変わってしまうのがいるんだ」



「ふんっ、浅ましいのぉ。人間というものはよっぽど神よりも恐ろしい欲望の獣たちじゃ」



 イルの言葉は何処か悲観しており、その業は決して拭うことはできないと知っているようであった。



 化け物たちは気色の悪い雄叫びを上げると、敵味方構わずに周辺の人間たちに襲い掛かった。



 その圧倒的な速さと力に瞬殺されていく兵士たち。このためにエンディラは戦場に兵士を投入することはせずに城内に留まらせたのだろう。



 この化け物には合同軍も衝撃を感じたらしく、サムリス騎士隊の長の怒号が飛ぶ。



「あの化け物を最優先目標とするっ! 決して侮るなっ! 数人がかりで挑めっ!!」



 途端に騎馬隊へと向かっていた騎士が散開し、至るところで猛威を振るう化け物へと疾駆した。



 その様相には余裕はあらず、その魔力の放出は全力を示していた。化け物たちもまるで以前の知能が残っているかのように惨殺を止めて騎士を向かい討つ。



 馬上からの騎士の遠撃魔法が大地を走る。威力も人間の者としては申し分なく、怪物へと直撃した。



 しかし、それらの攻撃を喰らっても怪物は全く動じずに咆哮した。



 二ラッド程の体躯を俊敏に移動させ、騎士へと駆ける。刹那の内に眼前へと出現した化け物は豪腕を振るわせた。




 回避が成功することもむなしく騎士は後方へと吹っ飛ばされ、乗っていた馬に至っては首が捻じ曲がり絶命した。



 数人の歩兵が騎士を守ろうと迫るが、一瞬にして圧殺されてしまう。その何にも耐え抜く身体はまさに蛇神の力を有していると言えるだろう。



 しかしサムリスの騎士たちも常人にあらず、刹那の内に態勢を整えて複数人で行う強力な魔法を展開した。



 高密度な魔力の渦が炎や雷へと変化し、巨大な球体を作成した。化け物の数倍はあるであろうそれは大地を削りながら直進し、化け物を飲み込んだ。



 悲痛に叫ぶ化け物の雄叫びが空気を裂き、暫くすると嘘のように制止した。



 それによって騎士たちの顔に表れる希望の光。心内は安堵の気持ちで溢れ、先ほどの過度の魔力の喪失により身体がふらつく。



 そして次の得物へと足を動かそうとした矢先、前衛を担っていた騎士の頭部が消失した。



「うわああああああああ」



 後衛の騎士の叫びを消すように轟く雄叫び。



 化け物は些かのダメージを負っているようだが、まだその内に秘められた古神の気配の濃度が弱くなることはなかった。



 熟達した騎士であっても眼前に迫る死に対しては常人と殆ど差異はあらず、混乱の渦に見舞われる。しかしながら唯一鍛えられているのは受け入れの早さ。途端に気持ちを抑えた存命の騎士は後方へと脱した。



 時間稼ぎと言わんばかりに数十の歩兵が命を投げ打って化け物へと迫る。その間に残った騎士はさらに高度な魔法の構築に移行した。



 しかしながらそれは叶わず、化け物の巨大な口から発しられたどす黒い光線によって騎士たちはその命を脆弱に消失させる。



 その光線は明らかに毒の魔力を帯びており、周囲の歩兵はそれを吸っただけでもがき苦しみ死亡した。




 他の所でも化け物の影響は凄まじく、一挙に合同軍の兵士は数を減らしていった。それに最悪の予想を感じたのか、背後に控える合同軍本営で動きが見られた。



 弟ニ波で前進していた魔術師軍団を後退させ、代わりにとある一団が出る。



 黒い外套に身を包み、全身から雷を放出させた集団。その一団の先頭をきるのは勿論――ロンドである。



「ついにあの子が出てきたね~」



「……そうですね。大丈夫でしょうか」



 敵なのにも関わらず心配するサイラに穏やかな視線を向けながらも一同の双眸は戦場を捉えて離さない。



 まるで稲妻のような速さで化け物へと疾駆したロンドは、先ほど光線を放った化け物へと肉薄した。



 他の部下が到達するよりも先に自分で対応するつもりだろう。その体からは溢れんばかりの雷の魔力と黄虎の気配が出ている。



 全身が輝いたかと思えば、放電されていた雷が纏わりつき、その姿はまるで電流が人間の形を形成しているようであった。



 あれが黄虎の第三段階。以前の戦闘では見られなかったロンドの本気の姿。内に秘める古神の血がざわついた。



 刹那に手元に電流の刃を形成すると、目にも留まらぬ速さで怪物の四股を切断する。飛び出るどす黒い血液をものともしないロンド。



 グギャアアアアアアア



 焼け焦げる臭いと共に怪物の悲嘆に暮れた声が鼓膜を刺激する。四股を斬られたのだから当然なのだが、恐るべきことに黒蛇の再生能力が発動されて即座に身体が再生されていく。



 しかしそれを見過ごす程まだ幼き少年は甘くはない。途端に手中に溜めた高密度の電流を一気に放出した。



 途端に黒蛇の再生能力を凌駕して怪物の身体を消失させていく電流。その勢いはまるで津波のようであり、完全に怪物の存在を消す頃には周辺の大地を深く抉っていた。



 ロンドの声が響く。



「迅速に対応しろっ! なんとしてでも此処でこの化け物を討つ!!」



 幾ばくが乱暴な物言いだが、部下たちが何も言う事はない。彼らの間に強い信頼があるのが見て取れる。




 途端にロンドの部下たちから溢れ出る電流。彼らはそれらを巧みに操り、化け物へ迫る。



 ロンドも彼らに激を飛ばしながら次の戦闘へと移行していた。



 現在の戦場は混迷を極めていた。数百ラッド背後では合同軍の本営が控え、中盤では古神の血を持つもの同士の戦闘が行われ、城門付近では歩兵同士の鍔迫り合いが見える。



 些か合同軍が優勢に見えるが、エンディラ王国も負けていない。しかし合同軍がさらなる動きを見せ始めた。



 弟四波が進攻し始めたのである。



 今回は1~3の進攻とは異なりその数は数万単位であろう。さらにその様相は騎士にはあらず、まるで盗賊のような軽装であることから反乱軍の主力であるとわかる。



 統計は余り取られていないが、その圧力と速さで即座に中盤域を通り越して城門前までへと移動した。



 その進攻に対抗するためか城門内から兵士が出でるが、その数は微々たるものであって彼らの直撃を耐え抜くことは困難であった。



 上空からの竜門砲の迫撃もむなしく、第四波はエンディラ国内へと侵入した。



「ふむ、ついに均衡が破れたかのぉ」



「そうだね~。そろそろかもね」



 そのクロリアの言葉はあながち間違っておらず、弟四波が侵入してから一刻もしないうちに、北方から無数の軍勢の姿が視界に映った。



 それらは明らかな大群であり、アウストレディアの援軍であるということがのちに判明する。



 帝国の援軍は三方向に別れ、一つは城門の東側。一つは城門の西側を通って南城門付近で争う合同軍へと襲い掛かる。



 もう一つの最も大群は北門からエンディラの国へと入っていった。おそらく中の合同軍に対応するための策。



 一目見ただけでこの迅速な判断は素晴らしく、帝国には優秀な軍師がいることがわかる。




 アウストレディアの軍勢が戦場に到達する頃には怪物の姿は一桁をゆうに切り、ロンドの一団によって殲滅の一途を辿っていた。



 しかしながら数体でも充分に脅威なのは明白であり、援軍に対応するためにさらなる兵士の投入を合同軍側は余儀なくされた。



 既に数刻が過ぎ去り、突如戦いの火蓋がきられた戦争は終盤へと差し掛かっていく。



 そんな戦いを身を潜めながら見ている俺たちには刻一刻と時間が迫ってきているのを感じた。



「強い気配を感じます。エンディラの国の中に、蛇の強い力を得た者達がいます」



「ふむ、中々に久しい感覚を味わっているぞい。本当にやつがここまで来るとはのぉ」



 イルとマリアの言葉に偽りはなく、確かに援軍を視界に捉えた時からそこに何か異端で底深い何かを感じていた。



 それに最も敏感に反応するのは隣のクロリアのはずだが、別段その表情に変化はみられない。



 アウストレディアの援軍と合同軍が激突したところで、また動きが見られた。



 古神の血を有するロンド一団への対応のなのか、数十の騎士がエンディラ国内から出でる。



 彼らは皆一様に顔を隠し、その身には余分なものはつけていない。しかしそれを遥かに補う神の魔力が全身に集束していた。



 感じたことのある黒蛇の力。それも相当な物で、以前にクロリアと同等がそれ以上の力。



 彼らは他には目もくれずに一直線にトンド一団へと襲いかかった。



 途端に戦の質が変化する。今までは人間同士の予想に達する戦いであったのだが、古神の血を受け継いだ人間が加わるだけでそれは凌駕された。



 数秒で数百人が死に至る高戦力のぶつかりあい、此処からは量の戦いにあらず質の戦いであり、古神の血を受け継いだ者が残った方がこの戦の勝利者となるだろう。



 それゆえアウストレディアも二国間の争いに大きな戦力を欠いているのである。それと初めから感じていた薄気味悪い気配もあってのことだろうが――――




 ロンドの稲妻が空を走れば、黒蛇の従者の毒が大地を溶かす。



 焦燥と悲壮と怒号の混迷した儚き土地で、幾重もの憎悪が衝突し合う。



 しかしながらロンドの実力は相当なもの。第二段階程度を操れるくらいではその実力差は歴然である。



 既に怪物は根絶やしにされ、黒蛇の従者も数を減らしていった。



 間も無くこの戦争もどちらも総力戦となりうるという考えが脳裏に過ぎった矢先、遥か西端から感じた気配。



 それを一言で表すなら――『闇』。何においても深くて濃度の濃い『闇』。



 それに一際身体を反応させたのは――イルであった。



「ま、まさかっ……こやつは――」



 明らかな動揺。その普段は見せることのない逍遥とした態度に違和感を覚える。



「どうした、イル?」



「感じるじゃろう、この気配。これは……」



 イルが答えるよりも先に一層の厳しい表情を露にしたマリアが言葉を放つ。



「――黒竜。やっときましたね、やっとです」


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