「そういえば、リアはどうしたんだい?」



 夜の闇に落ち、既に視界の閉ざされた森林内。あの後、一度引き返そうとしたがクロリアが断固として拒否し、危険な夜の森を歩くはめになっている。



 たいまつの灯りだけを頼りに歩く夜道は、何処か心細い。



「む? あの娘ならばボット近郊で見つけた納屋においてきたわい」



「納屋に? 大丈夫なのかい?」



「ふむ、問題ないじゃろうて。あやつは強い子じゃ」



「そっか、サイラも早く救わなきゃ……」



 その一言は強い決心と幾ばくかの不安の混じった声色だった。



 森林内を数刻程進んだ頃合だったろうか、前方にぼんやりと淡い光が見えた。徐にたいまつの火を消し、地面に置く。



 慎重に進んでいくと眼前に広がる崖。どうやらこの森林は崖の上にあったようで前の地面は数十ラッド下であった。



 さらに俯瞰してみると、淡い光の正体がわかった。



「山の側面が明るいね……あそこが拠点かな」



「うむ、おそらく山をくりぬいて拠点としているのじゃろう。中々強固じゃぞ」



「なるほど。サムリス王国が手を焼く理由がわかるね」



「だが、あれは本拠点ではないのだろう?」



 クロリアは頷く。



「本営はもっと先さ。でも、あそこにサイラがいるんだ……」



「どうするのじゃ? 真正面からいくわけではあるまい」



「あたりまえだ」



 反乱軍の拠点に行くにはまずはこの場所から下に下りる必要がある。それから数百ラッドで山岳地帯へと入るだろう。



 そして此処からでも見えるあの山に行くにはさらに数百ラッド進むようだ。



「山の少し前もだいぶ明るいけど……」



「あそこもやつらの領土内だろうな」



「まずはそこ付近まで行っていよう」



「あぁ」



 その後、俺たちは少し迂回して下へと降りる。そして今までにないくらい慎重に歩を進めた。





 

 数ラッドの高さはある木造の柵が視界に映る。



 空に伸びる二対の矢倉には松明の灯りがぼんやりと輝き、手元にしなりのおおきい弓を携えた男が其々一人立っていた。



 そしてその矢倉の間に頑丈そうな門があり、それは固く閉ざされている。




 岩影に身を潜め、そちらを凝視していたクロリアが声を落とす。



「さて、どうやって潜入しようか?」


 

「中々に強固な門じゃ。それに此処を抜けた所で本営にはまだ遠いぞ」



「そうだね…………」



 見張りの目は厳しく、一瞬たりとも油断した様子は見せない。



 時は知らずの内に頂点に上り、辺りは一段と闇が強くなっていた。



 その矢先、矢倉に上る男の表情が変わった。目を細めたかと思うと勢いよく備え付けられた打鐘を鳴らす。



「敵襲! 敵襲だっ!! 前方にサムリス王国の国旗あり! サムリス王国の国旗ありっ!!」



 徐に背後を振り返ると先ほど俺達がいた森林の真下に幾つもの灯りが連なっていた。



 その先頭にはサムリス王国の国旗。白色の背景に老人のような絵柄と一冊の書物が描かれた紋章である。



 その国旗に連なるようにして背後に控える何頭もの馬。



 その身には鉄材の鎧が着せられ、上に乗る人間も重装備を施していた。



 刹那に喧騒にまみれた山岳地帯。途端に木製の柵の至るところの穴が開き、そこから矢が飛び出た。



 飛来する弓矢を機にサムリス王国の騎士や兵士たちも動き出した。



 まずは互いに矢の応酬。サムリス王国も負けじと背後で控えていた弓矢隊が矢をつがえた。



「ねぇ、ここってあぶなくない?」



「ふふふっ、あぶないのぉ」



「ーーーーいくぞっ!」

  


 身の危険を感じた俺達はすぐに岩影の奥へと移動した。



「これってチャンスじゃない?」


 

「そうだな」



「争いに乗じて乗り込むというわけじゃな。それにしても何故サムリスの襲撃がきたのじゃ?」



「エンリを襲った報復じゃないの?」


 

「ふむ、そんなところか」



 そんな会話をしている間にも戦闘は激化の一途を辿っていた。



  


 矢の応酬は続きながらも、サムリス王国の第一陣が突撃する。その数目算で20騎程。巨大な鉄の盾を有する者四名を先頭に後ろに重鎧の者が続く。



 とてつもない突破力で木柵まで近づくと背後に控えていた数名が一気に前へと躍り出て、その巨大な鉄の柱のようなもので門に激突した。



 物凄い轟音とともに一段と激しくなる喧噪。数秒のうちに門や破られ、サムリス王国の主力がなだれ込んだ。



 櫓を含め門は破壊され、加えて皆が戦闘に目がいっている今ならばたやすく潜入することが可能。



「いくぞ」


「うんっ!!」



 俺たちは一気に古神の第一段階へ突入して身体能力を強化し、烈火の如く殺意が溢れる戦場を駆けた。



 幾人かが驚いた様子で此方を見ていたが、直ぐに互いの敵の剣にひれ伏す。俺たちは数分のうちに中心付近へと到達する。



 どうやら門の先は平地に作られた簡素な野営地で、そこから本営である拠点の山も視認することができた。



 中心にも既にサムリス王国の主力が到達し、幾重の怒号が飛び交っていた。



 即座にまだ形を留めている平屋の陰に身を隠し、場の状況を確認する。



「なんとかここまで来れたね」



「ふむ、じゃがここからが大変じゃ。流石のサムリスの者たちも本営まで到達するには時間がかかるじゃろうて」



「そうだね……どうするエン? 待っている時間はないよ」



「あぁ」



 そう頷きながら何か良案がないかと視線を回す。すると、そこに一つの公明が見えた。



「あれだ」



「どうしたんだい?」



 俺の視線の先にはサムリスの騎士たちと対峙する反乱軍の連中があった。皆、俺たちと同じような外套を着こんでいる。



「今の俺たちなら変装すればばれない」



「なるほどっ! でもそう簡単にいくか……」



「時間がないんだろ?」



「そうだね……やろう。でもガルとイルは――」



 ガルとイルは勿論外套など着てはいない。しかもどちらも目立つ様相である。



「心配せずともよい。私たちはここらでおぬし達の脱出経路を確保するぞい」



 ガルッ!



「わかったよ。ありがとねっ!」



「――たのむ」



 そう言って俺たちはイルとガルを置き、外套を目深に被った。途端に眼前では騎士と反乱軍の争いが勃発した。同時に俺たちは戦場に紛れるように駆けたのである。




「さて、私たちはどうするかの。ガル?」



 ガルルッ?



「ふむ、私に慎重にやれと? むむ、そんなのわかっているわいっ」



 ガルガルッ



「なんじゃ馬鹿にしおって。わかった、今回ばかりは隠密で行動しようじゃないかのぉ」



 ガルルッ♪



「うむ、いくぞい」



 そう言って二匹の獣は混沌とする戦場へと突入するのであった。




 思った以上に変装の効果は功を奏し、入り乱れる戦場では誰かに問われることはなかった。



 しかしながら四方八方から騎士たちの剣が伸びてくるためいなすにも一苦労だが。



 そんな風に苦戦しながらも混戦の広場を抜けた。先ほどの場所とは打って変わり閑散とした平屋街道を突き進むと、さらに眼前に映ったのは第二の門。



 今度は石造りの強固な門であり、幾人もの人間が其々の武器を携えて出入りを繰り返していた。



 丁度今出てきた騎馬隊の1人が俺たちの存在に気がつく。



「お前らっ! どうしたっ? 何故戻ってきている?」



 実に平然とした態度でクロリアが答える。



「戦況報告に参りましたっ!」



「戦況報告? なるほど……今はどうなっている?」



「今は均衡しておりますが、敵の応援が此方に向かっているとの情報が入りましたっ!」



 俺は思わず隣の仲間を見た。



「なんとっ! それは直ぐにむかわなければっ! 報告ごくろうっ! お前たちは引き続き伝令を頼むぞ」



「はっ!」



「いくぞっ」



 男たちは闇を裂くように物凄い速さで夜道を駆けて行った。



「おまえ……」



「ん? ははっ、でたらめでも通じるものだねっ。さぁいこうっ」



「まったく――」



 その細長い背中にたくましさも感じつつも、俺たちは門内へと入る。


 

 中は1本の石畳の上り坂となっており、進んでいくと次第に様相は一変して山の中の本営へと繋がっていた。



 荒く削られた岩壁には松明が設置され、幾重にも淡い光が連なっていた。



 どうやら中は迷路のようになっているらしく、側面には人がやっと通れるくらいの大きさの穴や、怪物が口を空けているような巨大な穴がいくつも見えた。



 さらに中は様々な様相の者でごった返し、皆神妙な面持ちで働いていた。




 クロリアは忙しく走り去ろうとした女性を捕まえて問うた。



「牢屋に用があるのだが、何処だっけなぁ?」



「あぁ? こんな忙しい時に何言ってんのあんた? あっちの穴を抜ければいけるだろっ」



「あぁっ! そうだった! どうも~」



 女性は訝しげな表情をしつつも足早に去って行く。



「お前は存外、人を騙す才能があるのかもな」



「ひどいっ! たまたまだよ、たまたま~」



 女性の指差した穴は数十ラッド進んだ奥まった所にある穴で、前には1人の男が立っている。俺たちが近づくと声を上げた。



「なんだ? 何用だ?」



「すみませんっ! ボスの命で牢屋に用がありましてっ」



「ボスの命令? 何を言っている?」



「ぇ? だからボスの命令だと……」



 途端に男の表情が一変する。



「貴様、何者だ? 俺たちは皆団長と呼ぶ。ボスなどという奴はいないっ! 顔を見せろっ!」



 一瞬の沈黙の後、俺たちは予め予定していたかのようにその男に襲い掛かる。突然のことと2人相手もあり男は直ぐに意識を刈り取られた。



 さらに幸運なことに奥まった場所にあったため、犯行を見られることもなかった。



 その男を中に引き摺って岩陰に隠すとクロリアが言葉を落とした。



「ははっ、あぶなかったね。まさか呼び方でばれるとは思わなかった。てへっ」



「まったく……いくぞ」


 

 その穴は多少入り組んでいたが、やがて牢獄へと到達した。側面に空けられた狭い穴に押し込まれるように淹れられている人間たち。入り口は鉄製の檻で塞がれ、俺たちを見るとその目は恐怖に染まった。



 その中に目的の人物の姿が映った。



 少し汚れてはいるが灰色のきめ細やかな髪、蒼い双眸に白い肌。サイラである。



「――サイラッ!」



「……クロリアさん?」



 その声は震えており、やつれていた。クロリアは直ぐに顔を現して近づいた。その顔を見てやっとサイラの顔に生気が戻る。



「……クロリアさんっ! それに炎さんもっ! どうしてここにっ」



「そんなの助けに来たに決まっているじゃないかっ! 今助けてあげるからねっ……」



「待ってくださいっ!」



 サイラにしては大きな声だった。思わず俺たちは目を見張る。




「どうした?」



「……駄目です。直ぐに逃げてくださいっ」



「なんでそんなこというんだい?」



「……此処には――」



 刹那背後に走る悪寒。何処かで感じたことのあるような懐かしい感覚。身体の内部の血が滾るようなおぞましい恐怖心。咄嗟に振り返ろうとしたのも束の間視界は真っ黒に染まった。





 鼻腔を刺激した激臭。それにともなって黒く淀んだ世界に落ちていた思考が一気に覚醒した。



 朦朧とする意識、込み上げてくる吐き気を抑える



 鉛のように重い瞼を徐に開くと、眼前にはまだ幼い顔があった。



「起きましたね。おはようございます」



「お前は…………」



 黒い瞳と特徴的なそばかす。そして隠そうともせず身体から溢れ出る古神の気配。



 思わず乗り出そうとした身体の言うことが聞かないのを感じ俯瞰すると、全身が鎖で椅子に縛りつけられているのがわかった。



「なぜお前が?」




「あれ? 案外驚きはしないんですね?」



「ーーーーーーーー」



「おぉ、怖い……さてもう一人も起こしますか」



 そう言うとロンドは隣で同じ様に拘束されているクロリアに近づき、手元の奇妙な液体を嗅がせる。



 すると一瞬の震えと共にクロリアの意識は覚醒した。


 

 その後の彼の騒ぎようは流石のロンドも手をやくもので、落ち着かせるのに数分の時を有した。



「それで、いったいどういうことなんだい?」



「まぁ、そう焦らずに。殺しはしませんよ」    


「ならこの拘束を解いて貰えるかな?」



「ふふっ、それは無理ですね」



 ロンドは楽しそうに笑みを漏らした。



「まぁ、私のお話を聞いて頂ければ良いのです」



「なんの話?」



「私は黄虎の血を強く受け継ぐ者です。そして今は反乱組織『愛夢』の副団長を努めております」



「君も反乱軍の一員だったのかっ……」



「そう驚くこともないでしょう? 我が同胞を根絶やしにした帝国に復讐しようとするのは当然の道理。そうでしょうお二人とも」




 ロンドの言葉が脳内に響く。




「ふふっ、そうですよね。一族を殺された恨み。家族を殺された妬み。貴方たちの中には私と同じ感情が蠢いている。そうでしょう?」



「ーーーーーーーー」



「そこで提案です。一緒に手を組みませんか? 私たちと共に帝国に報いてやろうではありませんか?」




 クロリアの顔が複雑に歪む。その言葉は俺たちにとってとても甘美でどす黒いものだった。


 

「貴方方にとって悪い話ではないはず」



 正直この先アウストレディと戦争を起こすとして俺達だけでは戦力がか細い過ぎた。



 彼らと手を組むことは願ってもいないこと。しかし脳裏には嫌な情報がちらつく。



 反乱軍の悪魔にも満ちた惨劇の数々。民間人や軍人問わずに虐殺する一団。そして何よりも目の前の少年を疑わずにいられない。



 表面は穏和で幼さを感じさせるが、内部から感じる気配は淀みに満ちている。



「さて、どうします? もし断るようならば…………」



 ロンドの次の言葉はわかっている。「断るようならばサイラの命はない」と言っているのだ。



 暫くの沈黙の後、クロリアが此方に目配せした。俺は拒絶の感情を押さえ込めて深く頷いた。



「わかったよ。僕たちは君たち反乱組織愛夢にーーーー



 ドゴゴゴゴゴ



 ーーーー刹那。



 身体を震わせる程の振動と爆音が響いたかと思うと暗雲に包まれた洞穴内に砂煙が充満した。消失する松明。



「なんだっ!? 何が起きているっ??」



 途端に視界は阻まれ、ロンドの幼い声色だけが響いた。それと同時に背後に現れる懐かしい気配。さらにそれは隣と足元にも。



 その待ち望んでいた美しい声色が耳元で囁く。



「ふむ、どうやら失敗したようじゃな? ふふっ、だらしがないのぉ」



 ガルルッ



「おまえらーーーー」



 見なくともわかる二匹の気配。さらにもう一人。



「……クロリアさん、炎さん。助けにきましたよ。まぁ、私も助けられたんですけどねっ」



「さ、サイラっ!?」



「クロリアっ、声がおおきいぞ。見つかるわいっ!」



 クロリアの声に気がついてしまったのかロンドが怒号した。



「誰かいるぞっ! すぐに灯りをっーーーーくそっ!!」






 途端に全身に走る警笛。同時に刺すような殺気だった。



 拘束具が外されたと同時に俺は抜刀した。



 同時に手に伝わる衝撃。



「止められましたか。やりますね」



「ーーーーっ」



 視界の定まらない状態で気配だけを頼りに斬り結ぶ。



「エンっ!」



「先にいけっ。頼むぞイル」



「そんなっ…………!」



 イルたちに引きずられて彼女らが空けた穴へと消えていく気配。



 ロンドの声が響いた。



「逃がしませんよ? すぐに追いなさい!!」



 途端に灯る複数の松明。俺は咄嗟に魔力を解放させて、炎を放出した。



 しかしそれらは眼前の少年によって消失させられる。それによって部下はイルたちを追って行った。



「さてどうしますか? このまま殺りますか?」



 迫る剣先。先ほどの炎が置いてあった木箱よって多少は視界が晴れたが、まだ暗い。



 数秒の内に十何度の攻防が繰り返される。ロンドの太刀筋は的確に急所を狙い、その剣にはとてつもない殺気がこもっていた。



「流石は炎さん。相当な実力だ」



 鍔迫り合いの最中、ロンドが言葉を漏らす。



「もう一度お聞きします。私たちと協力しませんか? 貴方ならわかるはずです。私の悲しみが……家族が殺されたこの気持ちを」



「ーーーー」



「一族を殺し、今では何もしていない私たちにまでその薄汚れた手を伸ばそうとしている。こんな不平等なことはないです。そうでしょう?」



「ーーーーーーーーあぁ」



 徐にロンドは力を緩め、更には剣を納めた。



「アウストレディ帝国は悪だ。私たちの敵は帝国であり、古神を裏切った黒蛇です。私の目的は黄虎の封印をとくこと。それには貴方の力が必要なのです。貴方の古神最強の力がーーーー」



「ーーーー」



 暫しの静寂が場に落ちる。パチパチも木を燃やす炎の音。外で忙しく動き回る足音。



「確かに俺たちの目的は一致している」



「ならーーーーっ」



「だがっ! ーーーーーーーーおまえらのやり方は気に食わん。俺の目的はアウストレディ帝国を滅ぼすのことにあらず、その先の平和な世にある。お前と帝国を滅ぼしても、その後の世界は血にまみれているだろう」



「ーーーーーーーー」



「俺とお前は違う。竜をなめるなよーーーー虎がっ」


 全身から泉のように溢れ出る魔力。それは瞬時に炎へと変換され闇に閉ざされた周囲を焦がす。



「これは………面白いですねっ! 暴動を起したかいがありましたよっ!」



 ロンドの全身からも強い古神の気配が漏れだし、バチバチと空気を打った。



「私の雷と貴方の炎。どちらが上か決めようじゃないですか、さぁ!!」



「よく喋るやつだ」



 刹那に収束かれた炎が拡散する。それはまるで視界を奪うかのように広範囲へ。



 同時に俺は気配を消し、イルたちを追うのであった。



 背後ではロンドの興奮した声色が聞こえたが、今は戦うことが先決ではない。





 僕たちが外へと出る頃にはサムリス王国の騎士たちは本営真近まで攻め入っていた。



 赤黒く溜まる血。建物が壊れる虚しい音。人間の憎悪に満ちた叫び声。



「はやく、はやくっ!!」



 心中にはエンに対する申しわけない気持ちが爆発するようであったが、今は脱出することだけを念頭に走っていた。



 背後では戦場を僕たちだけを狙って負ってくる漆黒の外套。ロンドの部下である。



 頬を何かが掠めた。感じる痛みと恐怖。途端に足を速め、やっとのことで石門を抜けた。しかし前方から迫ってくるサムリス王国の国旗。



 僕たちの現在の服装を見れば反乱軍の一味だと思われるのは当然。先頭を走っていた騎士の弓が迫った。



「――ッ!」



 サイラの手を引いてなんとか回避する。続けざまに馬上から振りかぶられた剣を咄嗟に弾いた。



 さらに追撃を加えようとする騎士の喉元に背後から飛来した矢が突き刺さる。血渋きが舞い散り、その騎士の最後の瞳の色が脳裏に焼きついた。



 眼前では騎士たちが背後ではロンドの部下たちが――



「くそっ! やるしかなぃっ!!」



「そうじゃのっ、暴れてやるぞいっ」



 途端に騎士へと踊りかかるガル。その身体は馬と同程度肥大し、首元に噛み付いた。態勢を崩して地に落ちる騎士にイルの魔法が直撃する。



「ぐぎゃああああ」



 騎士の叫び声を聞きながら、僕も行動を開始した。



「サイラっ。僕たちはうしろをっ!」



「…………はいっ」



 途端に背後を振り返り、眼前にまで迫っていた剣先をいなした。そしてそのまま雷鳴の如く速さで剣を水平に振るう。



 手に感じる重い感触。目の前の男が地に伏せるよりも早く、次へと移行する。



 両手にそれぞれ大きなロングソードを持った二刀使いに肉薄し、剣を振るう。袈裟斬り、水平斬り、いくらかの攻撃を紡ぐが二刀に防がれる。



 相手は中々の手だれであり、一瞬の隙をついて攻撃に転じてきた。



 喉元に迫る一刀をかわしたかと思えば、腰を両断するような攻撃が迫る。瞬時に古神の力を解放して肉体を強化して回避するがその者はさらに距離を詰めてきた。




 怪しい輝きを放つ刀身。それは明らかに常人のものとは異なり、純粋な魔力の気配を感じた。



 微かに魔力を帯びた刀身が瞬刻で振るわれる。風を切る生々しい音と殺意の感情が脳裏を生める。



「――――ッ、魔力もちっ」



 咄嗟に後退するが敵は即座に距離を詰めようとする。しかし、それは失敗に終わった。



 死神のように外套をはためかせる敵を後方へと押しやる強風。それは背後から放出されており、僕はすぐに理解した。



「ありがとうサイラっ」



「……私が援護します。クロリアさんは攻めてください。補助魔法発動」



 途端に身体が軽くなるのを感じた。サイラの得意とする補助魔法の影響。僕は駆けた。



 内部に秘める蛇神の欠片を制御して第二段階へと移行した。全身から触れ出る毒の魔力を集束させ、幾つも塊を創出し発射する。



 それらの危険性を理解しているのか、敵はその毒弾を大振りに回避し始めた。しかし

そう簡単にはいかない。



「よけるだけじゃ駄目だよっ! 拡散っ!!」



 毒弾が地面に直撃する寸前で爆破させ、周囲に毒の霧を充満させる。古神の力の強大さの理由の一つは、まるで身体の一部のように古神の魔力を操作できること。



 流石の敵も一瞬の迷いが生じたのか動きが減速した。その機を逃すわけもなく、さらなる毒弾を発射する。


 

 さらに背後から追い討ちをかけるようにサイラの魔法も発動される。飛ぶ風の斬撃――かまいたち。



「――ッ」



 敵は充満する毒霧の中、迫るかまいたちを二刀の武器で断ち切った。さらにそれだけではあらず、瞬時に足に魔力を集中させると10ラッド程上空へと飛ぶことで毒霧を回避した。



「あぶないっ!!]



 敵から突如として放たれる雷。それらは背後で佇むサイラに向かう。叫ぶ間もなくその雷は直撃し、サイラは瞬刻の間に地に落ちた。



「サイラッ!! ――――くっそおおおおおおおおおおぉ」



 頭を駆け巡る怒りの炎。刹那、身体の内部の古神の血が強く共鳴した。それはまさにエンと死闘を繰り広げた時のように。



 膨大に溢れる魔力が毒へと変換し、それらがまるで意思があるかのように全身に案と割りつき始めた。加えて、それらの毒が徐々に浅黒い鱗のようなものに変化していく。



 イルがそれを垣間見て言った。


「ほぉ、第三の段階に移行するかのぉ」


 蛇のように光沢のある鱗が全身に犇き合う。真っ黒な瞳は黄金色に染まり、中心には黒い線が走っていた。



 口元には2本の牙が出で、口内はより一層赤みが増している。



「許さないっ……絶対にゆるさないっ!」



 黒蛇の力は驚異的な再生能力と相手を死に至らす猛毒であると思われている。それも確かに正解であるが、かつは黒蛇の力の本質を人々はこう言った――『種族変化』と。



 渦巻くどす黒い魔力が鱗を形成したかと思えば、全身から溢れ出る異様な力。それらは一瞬にして光を放ち始め、次の瞬間には自身の身体は6ラッド程の巨人に変貌していた。



 蛇には脱皮と言われる特殊な生存方法が存在する。黒蛇はそれを行うことで、自身の身体を何度も強化し、時には他の種族に変身することも可能だと恐れられていた。



 毒の魔力で形成された巨大な剣を物凄い速さで振り下ろす。



 耳を劈くような轟音と軽々と吹っ飛んでいく敵。



 そこらじゅうの視線という視線が僕を見ていた。しかしそれが気にならない程僕の頭は怒りに満ちていた。さらにそれに比例するかのように上昇していく魔力。



 次の瞬間には僕は鳥へと変貌していた。その小さな羽根を高速に動かし、瞬時に数十ラッド先に倒れる敵の上に到達。刹那で次は元のクロリアに戻っていた。



「君はここで……しぬんだっ!」



 空中から黒剣を突き刺すように落下していく。敵はなんとか回避を試みたが、僕がそれを許すわけはない。身体から数本の毒の鎖を伸ばせ、逃げようとする敵の肢体を絡め取った。



 そのまま黒剣の先が敵の腹に突き刺さる。



「ぐはっ――」



 鈍い音と感触。敵の息が漏れ、血しぶきが身体を覆う。さらにその傷の中へと毒の魔力が流れ始める。



 直ぐに敵は悶え苦しみ始め、数秒でその命を手放した。



 その時になってやっと僕の頭の中の怒りの雲が徐々に腫れていき、全身を纏う鱗も嘘だったかのように消失した。





 咄嗟に意識はサイラのことに移行する。



「――サイラッ!」



 駆け寄ると、既に戦闘を終えたイルがサイラを抱き起こしていた。



「さ、サイラはっ!?」



「ふむ、なんとか大丈夫じゃろう。私の魔力で回復させておいたの」



「よかったぁ……イルはそんなことも出来るんだね」



「まなのぉ」



 サイラの身体は焦げているが、イルの回復のおかげか外傷は余り見られない。



 心の中でほっと息を吐いていると、鼓膜を刺激する安らぐ声色。



「エン――っ!」



 そこには少し息の上がった炎の姿があった。



 

 白み始めて来た空。身体を刺激する空腹と睡魔が邪魔する中、俺たちは林の中を駆けていた。

 


 遥か後方では未だに戦闘音が響き渡り、先の戦闘の記憶を呼び起こす。



「も、もうそろそろ休んでも……いいんじゃない?」



 背中に灰色の女性――サイラをおぶりながらクロリアは言った。



「ふむ、良いじゃろうて。休むぞ炎」



「――――わかった」



 現在地は中継都市ボットに後方に位置する。東端の森が後方まで拡大している場所だ。



「は、はぁ……つかれたぁぁぁ。リア大丈夫?」



「はいっ!」



 途中で合流したリアは最初に会った時よりも自然な笑みを浮べた。



 なんとか俺たちは逃げ切り、今に至る訳だが――



「何故そんなに疲れている?」



 異常に疲労の見えるクロリアに俺は問うた。



「なんでだろう? ははっ、僕もわからないや」



「もぐもぐ……それは第三段階へと移行したからじゃろう」



 何時の間にか俺の布袋から取り出した携帯食料を頬張り、イルはその紅い瞳を向けた。



「第三段階? それってもしかしてあの力のこと?」



「そうじゃ、もぐもぐ」



「どういうことだ?」



「ごっくん……ふむ、実はの――」



 イルからクロリアと二刀の敵との戦闘の経緯を聞いた俺は、何時しかイルが話してくれたことを思い出した。



「古神の次の力か」



「そうじゃ、お主がまだ到達しておらん力じゃ」



「そうか」



 イルの嫌味の篭った笑みを受け流し、ガルに水を与えた。



「なるほどねぇ。僕は無我夢中だったからわからなかったけど、そんなことになっていたんだ~」



「ふむ、あれは完全に黒蛇の本質の力じゃ」



 その後少しの間休憩を挟み、俺たちは足を進めた。



 念のため中継都市ボットには戻らず、そのままサムリス王国へと移動することを決めた。


 

 宿屋に残した荷物は惜しいが、命の危機に比べたら安いものである。


 

 数日の行動の元、幾たびのイルの回復技術によりサイラの身体は回復の一途を辿り、あの戦闘から二日が経過した夜。



「――――っう」



「サイラッ!」



「……クロリアさん? ここは?」



「起きたんだねっ! もう大丈夫だよ。此処はボットから北上した場所さ」



 サイラはおもむろに身体を起こし、途端に瞳を潤いさせた。



「み、みなさん…………すみませんっ」



「そ、そんなっ、なかないでっ。ね? もう大丈夫だからっ」



「でも、私のせいでっ」



 サイラは込み上げる涙を噛み殺しめる。クロリアも焦った様子で俺に視線を向ける。



「大丈夫だよ? エンやイルだって気にしてないんだからっ。ねっ」



 俺とイるは深く頷く。



「うっ……ありがとう――ございます」



 少しの間泣きそうに顔を歪めていたが、イルが革袋の干し肉を食べ終えるころには普段の彼女に戻っていた。



「……すみません。お恥かしいところを」



「気にしないで~。女の子ならそういうこともあるさっ」



「……そんなか弱い女の子じゃありませんっ」



「ははっ、どうだろうね~」



「……もうっ」



「ははっ」



 他愛もない会話をしつつ、クロリアは今後のことを口にする。






「もう少しでサムリス王国近辺だけど、このまますんなりと入国できるかな?」



「何か懸念すべきことでもあるのかの? まだ私たちの顔はばれていないはずじゃが」



 クロリアは一呼吸の短い間逡巡すると、言葉を繋いだ。



「う~ん、なんていうか違和感があるんだよね」



「違和感だと?」



「うん。その違和感ってのはサムリス王国が野営地を襲ったことなんだけどさ」



「ふむ、なんじゃ?」



「どうにもあの戦いは奇妙に思わなかったかい? あの規模の本営を落とすならばもっと騎士が必要だとか、ロンドの落ち着きようだったり」



「……そう言われてみればそうですけど」



「何の証拠もない」



 俺の言葉にクロリア以外が頷く。



「確かにね。でもみんなはアイラスのあの言葉を覚えている?」



「……アイラス様の言葉ですか?」



 何の関係もなくなったアイラスに対しても敬称をつけるサイラにイルは笑みを浮べた。



「うん。彼はこう言ったんだよ――反乱軍の連中かと思って来てみれば、まったくあの制約はどうなったのか――ってね」



「……確かにそのようなことを言っていましたね」



 サイラの綺麗な手は膝の上に頭を乗せて眠るリアを撫でた。



「そう、その言葉から推測できるのは彼らと反乱軍の間で何か契約があるんじゃないかと気づいたんだよっ」



「ふむ、ただの気にしすぎではないのかの?」



「あながち間違いではないかもしれない」



「む? お主も何か心当たりがあるのかの」



「あぁ、ロンドも似たようなことを言っていた。暴動をおこしたかいがあるとな」



「それだよっ! やっぱり、あの戦いは仕組まれたものだったんだ……」



 クロリアは確信したように頷いた。



「……そんなことであのような戦いを起すのですかね。たくさんの犠牲が起きたのに」



「国とは一概にしてそんなものだよ。下につく人民たちを平気な顔で捨て駒として扱うのさ」



「……そうですかね」





「それが本当だとしてどうするつもりなのじゃ?」



「うん、サムリス王国は通る道はやっぱり何かと危険だと思う。時間がかかっても迂回して行くべきだと思うんだ」



「迂回か……相当に時間がかかるぞ?」



「……そうですね。迂回するとなると倍以上の時間がかかりますね」



「駄目かな?」



「ふむ、まだ決めるのは早計じゃろうて。まずはもう少し進んでから考えてもよかろう」



「そう……だね。わかったよ。頭の中にでも入れておいてね」



 そう期待を篭めたクロリアは言ったが、そう思い通りには行かないのであった。



 翌朝、俺たちの心地よい睡魔はは突然の訪問客によって邪魔される。



 初めにそれに気がつき起きたのは野生の勘を忘れずに持つ獣――ガル。



 ガルッ!



「――ん、なんだ? どうし……」



 途端に背中を刺激する悪寒。咄嗟に眠たげな目をこするみんなを起し、意識を集中させた。



 地面を伝わる微かな振動。明らかに何かが此方に近づいてきている。気配は微かに感じないことからその者たちの強さが感じ取れた。



 そして嫌でも感じるのは、古神の気配だった。



「この感覚……ロンドっ」



「そうだね……どうする?」



 一同の神妙な顔が俺を見る。



「逃げるぞ。この地帯を越えれば逃げ切れる」



「……確かこの先は千ノ峰と呼ばれる土地でしたね」



「ふむ、そこに入ればあるいわかのぉ……」



「それじゃ、慎重に行こう。リア、大人しくしていてね?」



「うんっ」



 白色の瞳は心配そうな色を見せるがクロリアのおかげで落ち着いている。



 手短に身支度を整え、行動を開始する。しかし此方が相手の気配に気がついたということは、相手方も同じ。



 行動を開始した途端に膨張する古神の気配。俺は怒号した。



「行くぞっ!」



 まだ薄暗い林道を必死に駆ける。しかし此方にはリアがいるためそこまでの速度を出すことは出来ない。



 徐々に詰められる距離。全身を刺すように刺激する強い気配。



 刹那、視界が白く歪んだ。



「――っ」



 同時に四方から感じる魔力の気配。咄嗟に眩む視界の回復を待ちながらも体内の魔力を放出させた。



「クロリアっ、やるぞっ」



「うんっ! サイラ、リアを頼むのよっ!」



「――はいっ」



 身近に感じる気配は四つ。どれも古神の臭いを感じるが薄い。ロンドではない。



 案の定双眸で捉えたのは何時しかの黒の外套の者達だった。周辺の闇に紛れるように周囲を囲む彼らの手には怪しく光る刀身が見え、魔力の渦が舞う。



「俺が前2人をやる。お前はうしろだ」



「――了解っ」



 途端に第一段階である身体強化で身体の筋力を上昇させ、前方に迫る敵へと向かった。



 瞬時に抜刀し、通り過ぎざまに一太刀浴びせる。異様に軽い感触に一抹の不安が過ぎった矢先、今しがた斬ったのが外套であったと気がつく。



 背後から迫る凶器。殺意の感情が篭められたそれを身体を捻って回避し、次こそは敵の足をかり喉元に突き刺した。



 飛び散る鮮血も気にせずにさらに迫る敵を向かいうった。



 数度の刀と剣の当てあいを行い、敵の戦闘力の高さが脳髄を揺らした。



 半歩引いて剣先をいなし、下から突き上げるように刀を振る。それを回避されたならば、そのまま斜め上から振り下ろす。


 

 敵は後退することで回避したが、その行動を予想していた俺は敵の背後に炎を柱を放出した。退路の断たれた敵は一瞬の迷いが生じる。


 


 その迷いは生死の境を分ける。刹那の内に敵の首を愛器の刀が切り落とした。吹き出る血飛沫に視界が歪められながらも前方に捉えたのは――――



「ロンド……」



 背後でも敵の断末魔が聞こえた。俺はそれを背に血を避けるように駆けた。先ほどは異なり全力の疾駆。



 その幼さの残る瞳には常人では考えられないほどの殺意の念が見て取れる。



 当たる二振りの刀身。鼓膜を刺激する嫌な甲高い音と手に伝わる重厚な衝撃。



 鍔迫り合いの最中、特徴的なそばかすの頬を緩めてロンドが言った。



「やっと戦ってくれる気になりましたか、炎さん?」



「まぁな」



 その細腕から出る力とは思えないほど彼の力量は凄まじく、全力を出さなければ直ぐに押し返されてしますだろう。



 しかしその均衡も長くは続かなかった。傍らの茂みから飛び出る漆黒の者――クロリア。



 彼の黒剣がロンドのへと迫る。その剣には毒の魔力が帯びられており、早期決戦を示唆しているのが窺えた。



 途端に均衡していた鍔迫り合いがロンドからの圧力によって押し返された。そのまま彼はひらりとクロリアの剣を受け流したかと思えば、手首を掴んで投げ飛ばした。



 木々を貫いて吹っ飛ぶクロリアと後ろへと転がる俺。天地が逆転し脳がゆれ、吐き気が押し寄せる。



 追い討ちが行われなかったのは、後方にいたイルとサイラの魔法のおかげだろう。勿論それがロンドを捉えることはなかったが――




 炎の魔力で紅色に染まった白髪へと迫る一筋の閃光。



 圧縮された雷の魔力を咄嗟に転がって回避する。背後では地を削る轟音が響き、死を連想させる。



「くそぉっ!!」



 徐に起き上がったクロリアが再度攻撃を仕掛けるが、渦巻く雷によって近づくことすらできない。



 黄虎の真骨頂はその速さと攻撃力。古神の中でも竜と同等の力を有し、最速の名を轟かせている。



 今の状態では毒霧を放出しても即座に雷によって消失させられていた。



「ははっ、まだまだ力を使いきれていないようですね。最強と呼ばれた竜の力はそんなものですかっ!?」



 途端に一筋の光を残して視界から消失し、次の瞬間現れたのは眼前。伸びる雷の魔力が帯びた剣を竜の炎を持って受け止める。



 それであっても全身を貫くような電撃が走った。視界は火花を打ち、動きが数秒止まる。その間にロンドの手の平から放たれた高濃度の電撃が身体を貫く。



 走る激痛。ホワイトアウトする視界。込み上げる血液を必死に押さえながらも、身体は無意識の内に後方へと飛ぶ。



「エンっ!!」



「ははっ! 直撃ですねっ!」



 無邪気な笑みを浮べるロンドに斬りかかるクロリア。数度打ち続けるが、決定的な攻撃を与えることは出来ない。



 イルたちの控える後方まで吹き飛んだ俺に駆け寄るサイラ。咄嗟に回復の施しを受ける俺の中には幾ばくかの悔しさが溢れ出た。



「……炎さんっ」



「すまない――」



「炎……おぬしの力はそんなものかの? 本気を出――炎」



 イルのその紅い双眸。その声色。それはまさにあの時の記憶を蘇させるには充分な程であった。



 途端に身体に纏わりつく真っ赤な炎。サイラの回復の魔力を跳ね返し、それを遥かに超える高濃度な炎が全身を癒す。



「……イルさん、これは」



「ふふっ、ここからじゃよサイラ。ここからが本番じゃ」



 徐に身体に纏わりついて炎は浅黒い赤色の皮膚へと変貌し、爪は鋭利に尖る。おぞましい双眸、角ばる両腕。古神の力は三段階へと移行し、俺は――竜となった。





 炎、炎、炎――――全身から溢れ出す真っ赤な炎。


  

 それらの炎は周辺に飛び散り、触れたものを全て焼失させていく。



 ひたすらに上昇する温度とは裏腹に冴えていく脳内。視界は眼前の敵にだけむけられていた。



「下がっていろ」



 そう背後に控える者たちとクロリアに言葉を残すと、刀を水平に振るった。



 ただそれだけ。何の奇策もなく単に刀を振るっただけ。しかし次の瞬間には俺を中心に前方に扇型の範囲が焦土と化した。



「な、なんだって……」




 全身が焼け焦げ驚きの表情を浮べるロンド。咄嗟に古神の力を行使したのか些か傷は浅い。



 俺は再度刀に湧き出る炎を集約させ振るった。瞬刻の間に広がる熱風と炎。焼け焦げた大地をさらに焼き、ロンドへと迫った。



 一瞬眩みと共に姿を上空へと消したロンドの心中には恐怖が過ぎっていた。



「これが竜神の力……貴方が段階を移行するならば、私も――」



 ロンドが何かをしようとするよりも先に爆発的に上昇した肉体で跳躍し、竜の力を得た腕で刀を縦に振るった。



 刀から放たれる10ラッド程の巨大な炎の斬撃。ロンドはそれをかろうじて回避するが、地へと落ちていく。


 まるで空を飛んでいるかのように背中に炎の翼を生やし、滑空する。



 そのまま左の拳を握り締め、膨大な炎を集める。そして落下するロンドに叩き込んだ。


 

 か細い身体に突き刺さる竜の拳。当然のように遥か後方へと吹っ飛び、その身体は炎に呑まれた。



 それでも追撃は終わらない。峰の方角へと飛んだロンドを追走する。



 通り過ぎる森を焦土と化しながら大地を削る。そして視界は森を抜け、眼前には広大な土地が広がった。



 その先で捕らえる小さき身体。俺はにひるに笑みを浮べると、最大限の炎を手中に溜めた。そして放出しようと手の平を前へと向けた。



 その矢先、視界を覆う苛烈な光。余りの眩しさにロンドを視認することは叶わず、代わりに身体を貫く衝撃。



 後方へと飛ぶ浮遊感と竜の衣をも貫く痛みが全身を走った。



 どうやらいつの間にか当初の位置まで転がったらしく、イルの声が鼓膜をつついた。



「なんじゃ? お主が何故こちらに……?」



「ま、まって……あれを見てっ!」



 目の眩みも収まり、俺もクロリアの指差す方向に目を向ける。



 するとそこに写ったのは驚くべき光景だった。



「いつの間にあんな人数が…………」



「……あの旗印は反乱軍。愛夢のものでしょうか」



 そこには幾千の人々と黒色の旗の数々。さらにそれらの中に一際立つ黒と赤の旗。反乱軍『愛夢』の本軍がいたのである。



 先頭にはぐったりと担ぎ上げられたロンドの姿とその傍らに立つ男。



 その男を見た瞬間、溢れ出る炎がざわついた。



 明らかに古神の血を持つ者。それも今までに感じたことが無い程の強い気配。



「あれって、ロンドの父親かな……?」



「ふむ、確かに似ているの」




 そう、その男の様相はロンドそっくりであった。




 数十ラッドはあるのにも関わらず良く響く声が空気を震わせる。



「貴様らが古神の生き残りか。良くぞ生き抜いた!!」



 突然の賛辞に俺たちは面食らう。男はさらに続けた。



「私の息子の無礼を詫びようぞ。すまぬな!」



 沈黙が落ちる。男は別段気にしているわけでもないようで、声を轟かせた。



「そこで提案だ! どうだ? 貴様らの力を私たちに貸してはくれまいか? 貴様たちならば快く受け入れるぞ!!」



 何処かで聞いたことがある提案。俺たちは互いに目配せをして、溢れ出る悪態を抑える。



「まさか断ることなぞありはしないだろうな? 貴様らの力は強大。しかし、この軍勢を前に無下にすることはできまい?」



 男の言う事は最もであった。前方には峰を覆い尽くす程の軍勢。



 古神の血族とてあれほどの人数を相手にするのは不可能。さらにそこに黄虎の一族も加わっているとなれば尚更である。



「さぁ、決めよ! 此処で死ぬか、我らと共にアウストレディアを滅ぼすか!! 少しの間時をやろう!」



 そう言うと男は腕を組み合わせた。



「ーーーー」



「……………」



 重厚な沈黙が場を支配する。答えは明らかであるが、心は激しく抵抗を繰り返している。



 奴等と組めば確かにアウストレディアに対抗できるかもしれない。しかし、それによって帝国を討てたとしてもその先は今と代わらない。



 黒龍に従事したあの野蛮な黄虎ならばさらなる災いが世界を染めるであろう。



 黒竜ーーーー古神の中でも最も強き存在であった祖竜の片割れの存在。



 赤竜のイルの対極の生物であり、その力は強大。かつて「炎獄の日」にその闇の力で黄虎、白鳥を見初めた災厄の竜。



 俺は黄虎の血を色濃く受け継ぐ男を見て、言葉を漏らした。



「俺は奴らには従わない」




 一同は驚いた表情を浮かべた後直ぐにそれは笑顔に変わった。



「なんだ?」



「いや、珍しくエンが自分の意見を言ったなと思ってね~ふふっ、そうだね、例え絶体絶命だとしても彼らに従うわけにはいかないね」



「……そうですね。私たちは私たちです!」



「そうだよ! 炎さんっ!」



「ふむ、良くぞ言った」



 ガルルッ!! 



 その表情を見て俺は深く頷く。そして声を張り上げた。





「黄虎の力を有する者よ! 俺たちはお前の提案をーーーーーーーー拒絶する!! さっさと失せろっ!!」



 途端に豹変する空気。まるで海の中にいるような感覚に陥る。



 黒く泥々としたとんでもない古神の気配。それらは全て一人の男から発せられており、息を呑むのも一苦労を強いられる程。



「そうか、ならば致し方ない。貴様らをーーーー殺す」




 さらに深く、深く、厚くなる気配。隣のイルが言葉を放たなければ俺を含めた四人は動くとができなかっただろう。



「落ち着くのじゃお主ら。私がいる」



 その言葉は自信に満ちていた。余裕綽々とし整然と立ち尽くすその様は、心を落ち着かせると同時に意欲を生み出す。



 そうだ、彼女はーーーー竜。血族如きの気配に負けるようなことはない。彼女こそ当人であり、最強と吟われた竜の片割れ。



「久々に戻るかなのぉ……ここで使ってしまうのは惜しいが」



 何やら意味深げな言葉を落とし、身を屈めた矢先ーーーーーーーー思ってもいない者たちが俺たちの前に現れた。




 彼らは前でも背後でもなく、空からふわりと現れた。



 まるで天使のような美しさを持った女性たち。


 


 そして、俺たちに温厚な笑み向けると言った。




「古神の者たちよ。お助けに参りました。我らの名はーーーーーーーー『虹鳥』。古の神様、白鳥の僕でございます」





 ーーーーアウストレディア帝都城内。




 常時ならば全て埋まるはずの赤茶の円卓には数人の欠員がいたのである。見られる。



 相変わらず聡明な顔立ちに鋭い眼光を携えたまだ若きアウストレディア帝王。彼はその場に静かに腰を下ろしていた。



 左右に陣取る大臣が声を荒げる。



「サムリスの王は何をしておる!? 何故こないののだ! エンディラの王よ、何か聞いておらぬか?」



「ワシが何を知っているといるのだ? あの若造のことなど眼中にあらず、すてておけばよいだろう」



「そうはいかぬだろう。あれとて一国の王。ましてや帝国会議に参加する王だ」



 膨れ上がった腹に手を当てて南に座る者は言った。



「ほぉ、ならば何かしらの情報を持っているということだな? オーグラスの王よ」



「ふむ、まぁ多少なりの事は掴んでいる」



「話してみよ」



 大臣がそう言うとオーグラスの王は深く頷いた。



「つい先月、サムリス王国が治める中継都市ボット近郊である戦いが起こった」



「それはワシも知っておる。サムリスと反乱軍愛夢の抗争だろう」



「そうだ。私の掴んだ情報によるとその戦いにある者たちが巻き込まれていたという。それは誰かーーーー例の竜の一族だ」



「ばかな、何故そんな事に巻き込まれたのだ?」



 大臣は目を丸くして言った。



「詳しい経緯は存じ上げないが、確かな情報です」



「ならばその戦いで竜は死んだか?」



 オーグラスの王はかぶりを振って続けた。



「これはまだ不明瞭であり確実とは言えんが、その後、竜たちを争奪する戦いが起こったらしい。そして竜は消失した」



「争奪する戦いだと? どことどこだ?」



「片方は反乱軍だとわかっているが、もう片方の情報が掴めぬ。送り込んでいた部下たちの記憶がないのだ。まるで魔法にかけられたかのように」



「なんじゃ、結局お主の部下も無能か。がははっ」



 エンディラの王の言葉に何か言い返そうとしたオーグラスの王だったが、先に帝王が声を落とす。



「ならば、すぐにその真実を調べよ。加えてエンディラの王にはサムリスについての任を言い渡す。わかったな」



「ーーーー御意」





 サムリス王国の遥か西端に位置する王国ーーーーエンディラ。その王国を中心に大草原が広がり、何の因果か俺たちはそれを一望できる場所にいた。



「アウストレディアに行くつもりが…………」



「…………こんな所に来ることになるとは思いませんでしたね」



 悠然と昇る太陽の光。徐々に温度が上がる空気。



 俺たちは今ーーーー『虹鳥』の組織にいる。



 反乱組織『愛夢』と『虹鳥』の壮絶な戦の末、俺たちは逃亡することに成功した。



 これも全て白鳥の血を受け継ぐ古神の組織のおかげであり、背後に控える天使のような面持ちの女性たちのおかげだ。



「ふふ……感慨深いですか? 皆さん」



 真珠のように白色な肌。黄金に輝く瞳。そしてその美しい顔立ち。



「マリアおねぇちゃん! かんがいぶかいって何?」



「ふふ、リアちゃん。感慨深いというのはね、過去の思い出に浸るという意味ですよ」



「うーん、わかんないっ」



「あらっ」



 いつの間に姉妹のように仲良くなったリアと『虹鳥』の党首ーーーーマリア。




 マリアの傍らから何時も離れる事をしない従者の女性が麗しい声を漏らした。



「マリア様。そろそろ我が家に戻りましょう。奴等がいつ此方へと進軍してくるかわかりません」



「ーーーーそうね。皆様、行きましょう」



「はーいっ」



「偉い子ねリア。さぁ、皆様も」



 俺たちはもう一度広大な大地に視線を落とすと、第三勢力『虹鳥』の本営へと帰還するのであった。



 その帰り道の最中、クロリアが疑問を発した。



「マリアさん、今さらなんだけど白鳥の一族は絶滅したと聞いていたんだけど……」



「そうですね。皆様にはまだ私たちの事を何もお話しておりませんね。そうです、確かに我らが神はかの炎獄の日に死にました。黒龍の魔法によって無理な戦闘を強いられて」



 その時のマリアの表情は悲しみの色に溢れていた。



「ですが、イルルヤカシュ様ではありません」



「そんなのはわかっておる。それよりもイルで良いと言っているだろう」



「いえ、古神様に愛称で呼ぶなど私にはできません」



「なんじゃ、まぁ、勝手にせい」



「ありがとうございます。話が逸れましたね。あの日を境に私の一族に関わらず古神の血を持つ者たちは暗雲の一途を辿りました」



 脳裏にはあの時の炎の記憶がちらつく。



「中でも一番勢力のか細かった私たちの村は直ぐ様蛇の軍勢が進行してきました。当初は我らも抵抗しましたが、それも叶わず日が立つ度に一族は惨殺されていきました」



「……ですが、貴方たちは生きている」



「はい。実はその時私たちはまだ赤子でしたが、ただの人間であったのです」



「ん? それはどういうことだい?」



「その言葉の通りです。私たちは元々白鳥様の血など受け継いでいないのです」



 マリアの言葉に頭の理解が追い付いていかない。



「そんな嘘なっ、確かに君たちからは気配を感じるんだよ?」



「はい。かつてはです。今はしっかりと神の力を受け継いでおります」



「どういうことだ? 何を言っている」



「混乱するのも当然です。当の私たちでさえ今の状況を解明する術はありません。白鳥が死んだ際、途端に我らの血が古神の血へと変化したのですから。イルルヤンカシュ様。貴方ならばこの奇跡の説明をつけられるのではありませんか?」




 一同の好奇の視線がイルに突き刺さった。彼女は幾ばくか考える仕草をした後、その燃えるように赤い瞳を向けた。



「そうじゃの、かつてから鳥の古神には不死の力が宿ると言われてきた。それは蛇のような再生能力ではなく、死んだときに発する力。おそらくそれがお主らに影響したのじゃ。お主らは白鳥の一族と親しかったのではないかの?」



「そうですね…………確かに私たちは一族の側近として代々使えてきました」



「じゃろうて、それが起因し白鳥の最大の力『蘇り』が発動したのじゃ。一番近くにいたお主たちの血に影響したのじゃよ」



「まさかっ、そんな事が起こるというかい? 人間が神の力の一端を得るなんてっ……」



「何を言っておるクロリア。お主のような存在があるのじゃ、マリアたちの存在がいても不思議ではない。古神とはそれほどに強大な力を有しているのじゃ」




 イルの目は何処か悲しく見えた。



「なるほど。ありがとうございます、イルルヤンカシュ様。これでやっと我らの目的を全うできます。本当にありがとうございます」



「大したことではない」



 双方は互いに信頼のおける笑みを浮かべた。



「……失礼ですが、虹鳥の目的とは?」



「私たちの目的は、我らが神の汚名を晴らすこと。すなわち、このような立場に陥れた黒龍を打つことです」



「で、ではお主はあやつの場所を掴んでおると言うのかっ!?」



 珍しく感情を露にしてそう言葉にするイルだったが、マリアはかぶりを振った。



「いえそれはまだですイルルヤンカシュ様。ですがそれも時間の問題でしょう」



「……その根拠は?」



「黒龍は争いの神。あの神が現れるのは戦場。まさにその戦場が近く起きそうではありませんか」




 その言葉に俺たちは渋い顔を現す。



 少しの重い空気を察したのか先ほどから必死に頷いていたリアが言葉を放つ。




「なになにっ? みんな何を話してるのっ?」


 

「ふふ、リア。貴方は何も心配しなくて良いのですよ。貴方には私たちがついております」



「ーーーーうんっ」



 ーーーーアウストレディア暦315年。



 平穏の時が悠然と支配していた世界に一筋の戦火が燻った。



 五大王国の内の一角「サムリス王国」が反乱組織「愛夢」と結託し、元来領土争いを行っていたエンディラ王国へと進軍した。



 これに伴いエンディラ王国の王は全面戦争を決意し、アウストレディア帝国へと使いを派遣した。



 そして、今俺たちの眼前に広がる光景。



 エンディラ王国の前方に扇形に広がるサムリス王国の軍隊。その数は数十万に及ぶだろう。



 対して対峙するエンディラ王国は籠城となる国に加えて兵士は数万人しかいない。



 此方にアウストレディアからの軍隊が派遣されているらしいが、まだ到着はしていないようだ。



 俺たちは少しは離れた丘の上に立つ矢倉へと身を寄せていた。



 白鳥の拠点内であり、場所は秘密裏とされ安全地帯であるのだがーーーー



「それにしても圧巻だね~」





「……そうですね。この目で本当の戦争を見る日が来るとは思いませんでした」



「ふむ、そんな呑気なことを言っている場合ではないぞ、サイラ」



「……そうでした。マリアさんの推測通りならば此処に黒竜が現れるんですよね」



「それと憎き黒蛇も現れる。創造を遥かに超える戦になるということだね~」



 其々複雑な感情の混じった双眸で戦場に視線をやる。



 既に数刻の間睨み合いが続き、一向に戦の狼煙は上がらない。



 俺たちの我慢もそろそろ痺れてきた頃、一筋の待命が空に轟いた。



 刹那、ここにいる俺たちをも震わせる程の振動が全身を震わす。



『うおおおおおおおおおおおぉ! ロンドさまだあああああぁぁ』



 その声には聞いた事のある名があり、俺たちは目を見合わせる。



「うむ、確かにあやつの気配を感じる。あの時よりも濃くなっておる? 何があったのじゃ」



「そろそろってことかな……どう思いますマリアさん?」



「もう間も無くでしょう。反乱軍に潜入させた友から先ほど伝達が入りました。本軍が到着したと」



「見ろ、始まるぞ」



 指差す方向には次々と視界に映る反乱軍の旗。そして巻き起こる歓声の嵐。そして、緊迫した空気が一気に弾けた。


 

 途端にロンドの幼い声が轟いた。


 

「皆のものっ! 進めええぇ!」



『うおおおおおおぉ』




 その歓声を機に幾千の兵士がエンディラの強固な石門へと進軍した。



 第一線は重厚な鎧を身に纏った兵士たち。



 城門までは数百ラッドあるため、エンディラからの攻撃範囲には未だ入らない。



 しかし、抜け落ちた歯の列のような城塞の上部に徐に現れる兵器の姿。



 此方からでは明細には捉えられないが、その大きさは巨大であり、石造りの筒状の何か。



「あれは竜門砲………」



「竜門砲? なんだそれは」



「……アウストレディア帝国が開発した魔導兵器。かつての炎獄の日の竜を模したことからそう言われているらしいです」



「ふむ、小賢しいのぉ」




 唯一本物の竜の力を知っているイルは渋い顔をした。




 その間にも兵士たちは数十ラッド付近まで進行していた。



 それを待っていたかのように竜門砲が火を吹く。



 魔導師たちに濃縮された魔力が石筒の中で変化する。そして、圧力と共に放出される火球。 



 轟音と共に空気を割き、緑色の大地を削った。



 兵士の数ラッド前方で爆発し、周囲に炎を舞い散らせる。



 その威力は強 大で常人ならば足をすくむ恐怖が全身を縛るだろう。



 しかしながらサムリスと反乱軍の合同軍は止まることを知らず、疾駆した。




 次々と放たれる竜門砲の間を抜けながら走る兵士。その背後でも合同軍の遠距離部隊が続いた。



 弓兵士と魔法部隊がその猛威を振るう。竜門砲が届くギリギリの位置に陣取り、一斉に魔法が放たれた。



 城塞に次々と直撃する魔法。それらは大地を震わせ、此方にまで振動が伝わる。



 それらは本当に戦が始まったことを知らせていた。





 激しい戦火が飛び散る戦場へと固く閉ざされた城門から出でる何頭も騎馬。その上には長槍を携えたエンディラの兵士が股がり、進行する敵軍勢へと突撃した。




 その数は数千。合同軍の一線の方が圧倒的に多勢だが馬のある兵士を歩兵が捉えることは難解。



 次々と薙ぎ倒される歩兵たちに更なる竜門砲の追撃が迫った。



 しかし、その光景に焦るわけでもなく最奥で佇むロンドとその親。加えて傍らには熊にも劣らぬ体格の男が見られた。



「あれは誰だろう?」



 クロリアの問いにマリアが答えた。その傍らにはリアの姿はない。今頃彼女は白鳥の組織内で熟睡中だろう。



「あれは反乱軍の隊長ですね。恐ろしく強い男だと聞き及んでいます」



「ふむ、そうは見えんがのぉ」



 そこでやっと合同軍がさらなる動きを見せる。削られる歩兵を助けるように合同軍も第二波の騎馬隊が出でた。



 その数はエンディラの数十倍はいるだろう。



 これだけでもわかるようにエンディラの国には合同軍程の人数の兵士はいないとわかる。




 おそらく背後に控えるアウストレディアの援軍待ちといったところ。



 騎馬隊の加入によって戦場は広範囲に渡っての争いと化し、至るところで戦闘が行われていた。



 続けざまに合同軍から第三波が進軍した。最前線の歩兵とは裏腹に軽装な軍団は皆一様に縄を腰に巻いている。



 その縄の先を追ってみると、そこには巨大な破城槌の姿が視界に映った。



 第二波の魔術師たちの援護を受けつつ、破城槌は物凄い早さで城門へと進んで行く。



 それを何としてでも防ごうと竜門砲からの集中砲火が始まる。



 次々と落とされていく破城槌。城門眼前に迫る頃にはその数は三基に減少していた。



 しかし咄嗟に魔術師によって構築された魔法障壁によって破城槌は強固な城門へと達した。



 打ち砕かれる鉄の門は凄まじい振動と轟音を掻き鳴らし、乾ききった戦場の空気を震わせる。



 わずか数刻で強固なエンディラの城門は破られた。しかしながら直ぐに合同軍が

雪崩れ込むことはできなかった。



 さらなる竜門砲が出で、合同軍へといくつもの火球が放たれてる。



 悲痛な叫び声、憎悪の視線、空気をぴりつかせる強大な気配。様々な感情が嵐のよ

うに荒れ狂い、遥か後方でその戦いを見る心をも緊張させた。



「物凄い戦いだね……」



「……そうですね。本当に私たちもあそこに?」



「そうだよサイラ。絶対にあの場所に黒蛇は姿を現す。その時は――」



 クロリアの瞳は決心の炎に溢れていた。



 反乱軍とサムスリ王国の合同軍とエンディラ王国の戦いは一気に加速していく。



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