二
煮沸した焦げ茶色の豆の臭いが室内に充満する。
外は昨夜の争いなどなかったように男たちの活気に溢れ、壊れた家々の修繕などを行っていた。
時折同じように汗水を流す騎士たちの姿も見受けられる。
「あやつら、わたしたちを捕まえなくてよいのかのぉ」
「……問題ないでしょう。彼らは善良な騎士です。今すべきことをわかっているのです」
「ふむ、そういえば、サリムス王国は唯一、古神一族殲滅には懐疑的だときくからのぉ」
「他の国からの圧力でその考えも上手くはいっていないようだけどね~ははっ」
今でも同じ空間にクロリアの姿があることに違和感を感じる。
俺は入れたての黒い液体を口に含み、ほっと息をついた。
「クロリア」
「なんだいエン? 呼び捨てでいいよ~」
「遠慮する。それよりもこれからどうするか聞いていない」
「遠慮されちゃったよ……まぁいいけどね~。うーん、正直まだ決めていないんだ~
エンたちと行動を共にすることは決定だからね?」
「はぁ――わかっている」
クロリアが俺たちに着いて来ることはわかっていたが、サイラも騎士を辞めてまで来るとは思わなかった。
しかし同じ目的を持つ者同士ゆえ、当たり前ではあるが――
「やっぱりアウストレディアに向かう事が先決だよねぇ~。まぁ簡単にはいかないだろうけど」
「あぁ」
アウストレディアに行くには現在いるエンリをさらに北上し、幾つかの街を越えてサムリス王国へと向かう必要がある。
「俺たちの顔はまだばれていないのか?」
「……はい。騎士たちが報告するまでは大丈夫かと」
「ふむ、それならばその前にサムリス王国は抜ける必要があるのぉ」
「そうだね~。まぁ、僕とサイラは顔を隠さないといけないけどねっ。サムリス王国を抜ける以外の道もあるけど?」
「そこには反乱軍の本営があるという噂だ。そちらのほうがめんどうだろ」
「たしかにそうかぁ~」
北上した先にあるサムリス王国近郊の「魔性の森」には反乱軍の拠点が点在しているという。
少し前から急激に勢力を拡大してきた反乱軍は、今では王国にも匹敵する力を有するとしてサムリス王国も手を出せない状態にあるのだ。
彼らは強大な力で世界を統治しょうとするアウストレディアに対抗して作られた組織。
他にも封印された黒虎の一族も手を貸しているという物騒な噂もある。それを考えればサムリス王国を抜けたほうが余程安全である。
無駄な戦闘はさけ、目的はアウストレディアの蛇神のみである。
「今日中にはこの街を去るぞ。次の目的地はサムリス近郊の主要都市ボットだ」
「ふむ、そこならば楽しそうなことが多そうじゃのっ!」
無邪気に喜ぶイルとは打って変わってクロリアの顔は渋い。
「ボットかぁ……」
「なにかあるのか?」
「実は最近人が消えるっていう変な噂があるんだよねぇ」
「……それは私も聞きました。サムリス王国の騎士も被害にあっているとか」
「ほほぉ。面白そうじゃのぉ」
俺は呆れた瞳をイルに向ける。
「なんじゃ、恐れたのか? 別に気にすることでもなかろうて」
「まぁねぇ~。僕たちなら大丈夫だよね。一人でやれなくてもみんなとなら出来るもんだしさっ」
「……ふふっ、そうですね」
*
エンリの街を北に数キロ進むと、400~500ラッドの山が連なる山岳違いを顔を現す。
俺とイル、ガル、クロリア、サイアの一向は備品を調達した後その山岳へと足を踏み入れた。
「騎士たちに何も言わずにきちゃったけどよかったのかなぁ?」
「あいつらは所詮敵だ」
「流石に手厳しいねエン……」
「しらん」
空気は澄み、強い風が身体を揺らす。
少し進むと、巨大な岩壁に両側を挟まれて中心に谷底のような切れ目が眼前に現れた。
「ここを進むのかの?」
「……はい。この道が最短ルートのはずです」
サイラは手元の薄茶色の地図を片目に頷いた。首もとには銀のネックレスが光っている。
「その装飾品。まだ持っていたんじゃのぉ」
「……ぁっ、はい。これは私の宝物です。アイラス様はあのようになってしまいましまたが、他の騎士の皆さんとは家族として過ごしました」
「エンによれば敵らしいけどね? ははっ」
「……そうですよね。やっぱい嫌ですか?」
その潤いに満ちた瞳に俺は渋々かぶりを振って言った。
「いくぞ」
ガルッ
上からの落石に注意切れ目へと侵入していく。
高い岩壁により太陽の光が遮られ、中心に進めば進むほどに周辺は漆黒の闇に飲まれていく。
1ラッド程の松明を片手に俺は慎重に移動する。
「それにしても夜みたいね暗いね~もしかしてお化けなんて出てくるかもよぉ~ふっふっふ」
クロリアが怖がらせようとそういうが、誰も身を引く者はいないと思いきや――
「や、やめぃ! ふざけたことをぬかすではないっ」
「あれ、もしかしてイルこわいの?」
「こ、怖くなんてないわっ! 私を誰と思っているっ!?」
思わず俺もイルを凝視しすると、彼女は悔しそうに歯軋りした。
「――くくっ。いくぞ」
「おぬしっ! いま、わらったのぉ! このっ……炎っ!!」
ガルはジタバタと暴れるイルを見て首を傾げるのであった。
ガルッ?
「――何か来るのぉ」
切れ目に入ってから数刻たった頃だろうか、イルがそう言葉を漏らした。
勿論他の者達にもその気配には気がついており、其々武器を抜いた。
「何者だいっ!? 姿を現してくれないかなっ」
クロリアの言葉は虚空へと溶けていく。
暫くの沈黙の後、再度彼が言葉を漏らそうとした矢先、ぞろぞろとまるで死界から来た死神のように黒の外套を目深に被った者たちが姿を現した。
「何者だ?」
「……みなさんきをつけて。後ろにもいます」
背後をちらりと見ると、前方と同様な者たちが佇んでいた。
「ふむ、ただの人間ではないようじゃの。微かだが古神の臭いがぷんぷんするぞい」
「確かに気配を感じるね。君たちっ、僕たちに何のようだい?」
「――――」
返答を返すことなく、彼らは真ん中を開けるように道を開けた。そしておくから一人の小柄な人物が姿を現した。
外套を被り表情はつかめないが、咄嗟に身体を刺激する危険信号。
「炎っ……こやつ――」
「あぁ、俺たちと同じだ」
明らかに異質な気配。それは俺やクロと同様の力であるが全く持って異なる力。古神の力である。
慄いている俺たちを嘲るように幼い声が響いた。
「お初にお目にかかります。竜人、そして蛇の力を受け継ぐ方々よ。私は虎神の力を有する者。私の名は――ロンド。以後お見知りおきを」
ロンドはそう言って徐に外套を外し、その姿を見せた。
「……子ども?」
サイラが驚くのも無理はない。外套の下にあったのはまだ幼き少年の姿であったのだから。
白色の肌に頬にはそばかすが見える。瞳は黒く、端整な顔立ちである。
「子どもとは失敬な。強さに歳など関係ないですよ」
「気をつけてサイラ。彼は只者ではないよ……」
「これはアウストレディア騎士団員のクロリアさんに言ってもらえるとは光栄です」
まるで貼り付けられた笑顔のような完璧すぎる笑みを浮べた。
「おぬし、何故私たちのことをそこまで詳しく知っているのじゃ?」
「さて、なぜでしょう」
ロイドは笑みを深めるだけで答えようとはしない。
「ふむ、まぁよい。それで何の用じゃ? こんなたいそうな者たちを引き連れてのぉ」
「一度貴方たちにお会いしておこうと思いましてね」
「何者だ、おまえは?」
「それはいずれわかるでしょう。最後に忠告です。騎士の力を舐めないほうがいい。それでは、貴方たちに古神の加護があるように――」
そう言い残すとロイドたちは闇に溶ける様に消えて行った。
「……何者だったのでしょう」
「わからない。でも僕たちと同じ古神の一族だということだね……」
「そんなことはどうでもいい。今は先を進むことに集中するぞ」
「そうじゃの、まずはボットへと到達することがさきじゃ。それにしても……お腹へったのぉ」
イルの場違いな言葉に一同は呆れたが、その言葉に心が軽くなったのも事実であった。
ロンドの一団と出会う以外は別段何も起こることなく切れ目を抜けることができた。
その頃には既に辺りは夕闇に包まれ、今日はこの場所で夜営を置くことに決める。
エンリで購入したまだ新鮮な魚を手早く捌き、安価な値段で一般的に使用される塩をまぶす。
フライパンに油花を潰してひき、途中で最終した野草とともに炒める。
最後に塩で味を調え、煮沸したお茶を一同に配給する。
「やっぱりエンの料理は旨そうだね~」
「……驚きました。えんさんが料理をできるなんてっ私よりも上手いです」
「もぐもぐ……当たり前じゃっ。わしの料理人なのじゃからなっ」
「誰が料理人だ」
丁度良く火の通った白身魚を口に放り込み、余り味のしない茶で流し込む。
普通の旅人ならば料理道具など持ち歩きはしないのだが、イルがいるのでそうもいかない。
心底幸せそうに夕食を頬張るイルを眺めながら俺はそんなことを考えていた。
ガルッ!!
「あぁ、お前にはこれだ」
俺は布袋から大量の干し肉を取り出してガルへと与えた。
ガルガルッ♪
ガルは嬉しそうに紅い瞳を緩めた。
「……ガルちゃん、可愛いです」
どうやら動物好きらしく、サイラが羨ましそうに俺を見た。
「触ってみればいい。お前なら拒否はしないだろう」
「……いいんですかっ?」
「いいだろ、ガル?」
ガル……ガルッ♪
ガルは干し肉を口に咥えると対面に座るサイラの側へと移動した。
「……わぁ、綺麗な毛並み」
普段は余り表情を変えることないサイラは冥一杯に頬を緩ませた。ガルも満更でもないようなのでよかった。
――中継都市ボット。
サムリス王国の主要都市の一つであり、南部の防衛戦地としても重要な役割を果たす場所である。
そのこともあり街内に入るには多少なりと手こずった。何分脱退騎士と死んだとされた者がいるのだからしょうがない。
しかし幸運な事に旅の最中で知りえた商人がこの街には顔が聞くらしく、馬車に身を隠すことで事なきを得た。
「おっちゃんっ! ありがとう!!」
「……クロさん。おっちゃんは失礼です」
「がははっ! かまわんっかまわんっ! 人は助け合いだっ」
顎にたっぷりと髭を蓄えた陽気な壮年男性は、そう言って何事もなかったようにその場を去る。
「ふむ、人間にも役に立つやつはいるのじゃな」
「……イルさんも失礼ですよ」
「そうか? まぁ、よいじゃろうて」
黒色の豪華な馬車を見ながら、イルは言葉を漏らす。
「この街は今までにまして活気に満ちてるのぉ。それにサムリスの者たちが多く見受けられる」
「それは当然だろう。サムリスの主要都市だ」
「そうだね~人が消えているなんて噂本当か信じられなくなってきたよ」
「ふむ、まずは腹ごしらえじゃっ。いくぞサイラっ」
「……ふふっ。イルさん可愛い」
旅の途中でより仲を深めたのか、2人は意気揚々と活気に満ちた露店通りへと進んでいく。
「クロリア。もっと慎重に行動するようにいっておけ」
「う~ん。大丈夫じゃない? 下手に用心したほうが怪しまれるよ?」
「だが……はぁ、わかった。顔はさらすなよ」
「もちのろんさっ! それじゃ僕たちもいこうっ」
ふと、何処からか視線を一瞬だが感じた。しかし別段何もなく、警戒しすぎだと自分に言い聞かせるように頭を掻くのであった。
懐にはまだまだ余裕はあるが、何時お金がなくなるかわからない。
「幾らかにはなったの?」
「銀貨2枚ほどだ」
「もぐもぐ……それで新しい服は買えるかのぉ? もぐもぐ」
「変えるわけないだろう。お前の服は高すぎる」
「……気になっていましたが、イルさんの服装はとても高価なんですね」
「む? そうなのか?」
俺は深く頷く。
「……羨ましいです」
「ぇっ、サイラってそういうのに興味あったんだ」
「……ありますよっ」
サイラは不貞腐れたようにクロリアを睨んだ。
サイラの服装は至って軽装である。白色の騎士のマントはとうの昔に脱ぎ捨て、今は紺色のシャツに革のズボンといった具合だ。
「ふむ、おぬしなら似合うと思うぞい」
「……そうですかっ?」
「うむ、炎もそう思うじゃろう?」
突然の問いかけに俺は熟考した後、頷いた。
「……そうですかっ。ありがとうございます」
あまりにも自然に笑うものだから一同は驚いた様子を見せる。
「……なんですか?」
「サイラもそんな自然に笑えるんだなぁって思ってさ」
「……そうですかね?」
彼女は何処か恥かしそうにまた笑った。
その後安宿を借りて、疲労した身体を床に横たわらせると直ぐに意識は睡魔の世界へと落ちていくのであった。
ドンドン ドンドン
睡魔の外側の世界から鈍い音が何度も響く。それによって意識は現実へと移行し始めた。
二段に重なったベッドの上で身を起こす音が聞こえた時には、完全に目は冴えきっていた。
「なんじゃ、うるさいのぉ」
鈍い音は扉を叩くものだったらしく、イルは眠たげな目を擦りながら鍵を解錠する。
途端に隣に部屋をとっているはずのクロリアが踊り込んできた。
「た、たいへんだよっ! サイラがっ……!」
「なんじゃうるさいのぉ、どうしたというのじゃ」
「さ、サイラがっ……」
その焦りように一瞬困惑しながからも、俺は落ち着くように制する。
暫くしてやっと落ち着いたクロリアが言葉を繋いだ。
「朝起きたら、サイラがいないんだよっ」
「散歩にでもいったのでないのかのぉ?」
「そんな僕に何も言わずに行く子じゃないよっ! きっと誰かに……」
「何故急にそうなるのじゃて?」
「だって、サイラが何時も肌身はなさいでいた騎士のアクセサリーが落ちていたんだよっ?」
そう言ってクロリアは鎖の外れたネックレスを見せる。
「ふむ、確かにそれは不自然じゃの。かと言って拐われたとは確信できんが調べてみるかの? いいじゃろ、炎」
「ーーーーわかった。探索案はあるのか?」
「それは…………」
「はぁ、俺に任せろ」
「ありがとうっ! エンっ」
俺は一抹の不安を感じながらも隣の部屋へと移動する。
「ふむ、襲われた形跡はないのぉ、探すんじゃ?」
「ガル。任せるぞ」
ガルは全てわかっているかのように鼻を鳴らした。
「なるほどのぉ、考えたものじゃ」
「大丈夫なの……?」
ガルルッ!
「あわっ、ごめんって。まかせるよ」
ガルル♪
美しい銀色の体毛を揺らしながら、竜犬のガルは室内を歩きまわった。時には鼻で臭いを嗅いだり、周辺を凝視したりしたりと――
暫くするとガルがその紅い瞳を向けた。
「わかったのか?」
ガルッ!
「よし、案内してくれ」
ガルルッ!
ガルはその大きな尻尾を振って着いて来るように促した。俺たちはその頼もしくも愛らしい背中についていく。
時折臭いを嗅ぐ仕草をしながら、まだ朝焼けの街に繰り出す一同。
中継都市ボットは壺を横にしたような形をしており、中心から壺の底に当たる西側は閑静な住宅が連なっているのだが、反対の口側貧しい貧民街となっていた。
ガルは中心の広場を抜けると貧民街へと続く汚らしい門を潜った。
「本当にこっちなの?」
ガルガルッ
「いいから着いて来いと言ってるのぉ」
ガルルッ♪
貧民街は貧相な木製家屋が連なる廃れた地。清掃活動もあまりなされていないのか、至る所にゴミが落ちていた。
さらには痩せ細った男たちが死んだように地面に寝転ぶ姿も見受けられる。
「貧民街はどこもかわらぬのぉ。いやなところじゃ」
「これも列国の管理の悪さからさ。これでもサムリス王国は良いほうだよ」
「ふむ、人間とはめんどくさいものじゃな」
そんな話をしながら進んでいくとガルが徐に立ち止まった。
貧相な他とは異なり、ある程度しっかりとした母屋。
「ここか?」
ガルルッ
「サイラがこんなところに……入ろうっ!」
「まてクロリア」
今にも殴りこむ勢いで入ろうとするクロリアを制止する。
「攫われたことが本当ならばその犯人がいる。慎重に行くべきだ」
「そ、そうだね……ごめんよエン」
「ふむ、どうやら誰か来るようじゃぞ?」
イルの視線を方向を見ると、貧民街の門に不釣合いな馬車が目に映った。
「あれは……」
「詮索は後だ、身を隠すぞ」
俺たちは母屋の向かいに位置する平屋の陰に身を潜め、その馬車に視線をやる。
その馬車はここの物ではないのは明らか。色合いは黒に統一され、扉の周りは金の淵で飾れらている。それをひく二頭の馬もき巨大な黒馬であった。
「むむ? あれは……」
「見たことがあるね」
両者の意見も最も。その馬車は俺たちのものには初めてのではなく、少し前に確かに見た記憶があった。
少し様相は異なるが確かに見たことのある馬車なのである。
まだ若い御者は目的の母屋の前に馬車を止めると、その真新しい扉を開けた。そると中から1人の男が姿を現す。
黒い礼服に身を包んだ体格の良い壮年の男。その特徴的な顎鬚は見間違えることはない。
隣でクロリアがはっと息を呑む。
「商人のおっちゃん……」
「ふふふっ、どうやら面白くなってきたようじゃの」
御者は一言商人の男に耳打ちすると、母屋の扉を叩く。数秒すると中から顔の細ばった血色の悪い男の顔が現れた。
げっそりと痩せた顔に細長い鼻。目はぎょろりと見開き、商人の男を見ると奇妙な甲高い声を上げた。
「これはこれは、グーテル様。こんなに早くいかがなされましたかな」
どうやら商人の男の名はグーテルいうらしい。彼は訝しげに腕を組むと言葉を漏らす。
「あの件についての謝礼金を受け取りに来た」
「なるほど、それはお手数かけます」
グーテルの声色は初めて会った時のような陽気さはなく、冷徹である。
「それで、どうだ? 中々の上物だろう」
「そうですね。流石グーテル様です。それでは詳しい話は中で……」
「わかった。お前は指定の場所に行って積荷を下ろしておけ。夕刻には終わる」
「はいっ!!」
グーテルは御者にそう言い残すと鉤鼻の男と母屋の中へと姿を消した。
馬車が去るのを待ってからクロリアが声を出す。
「あのおっちゃんがサイラを……?」
「どうだかな。しかし、関係はありそうだ」
「ふむ、これからどうするのじゃ?」
「考えてある。あの馬車を追うぞ」
俺は質問を遮るかのように駆けた。話を聞くならばあの御者に聞くのが楽であろうからである。
直ぐに馬車を見つけ、慎重に後をつける。馬車は貧民街をさらに奥へと進んで行き、何度も道を折れ曲がった。
ここは乱雑に建てられた建物のせいなのか、道は迷路のように入り組んでいた。
左折したかと思えば直ぐに右折し、それは暫くの間続いた。しかし、その緊張感を漂わせる追跡も終わりを迎えるのである。
突如として馬車は大きな建物の陰に動きを止める。それを見て途端に合点がいった。
「なるほど、わざと入り組んだ道を行っていたんだな」
「どういうこと?」
「あれを見てみろ」
「あれ? ……あれってさっきの建物じゃないかっ!」
俺たちの視線の先には、グーテルたちが入っていた建物の裏側が見えていた。
「なるほどのぉ。位置がばれないように工夫を凝らしたというわけかの」
「ん……2人ともっ、御者が下りたよっ」
御者は神妙な面持ちで辺りを一度確認すると、馬車の扉を開けて中へと入る。
そして次の瞬間、御者とともに出てきたのは1人の少女であった。
しかしただの少女ではない、喋ることができないように口を縛られ、手には分厚い鎖が繋がれていた。
「あれって……」
「ふむ、奴隷じゃな。久方ぶりに見るが、間違いないじゃろう」
その愚鈍な瞳の少女を乱暴に引きずって御者は母屋へと消えていった。その最中、彼女の目が此方を向いた気がしたが気のせいだろう。
「追うぞ」
「うんっ……」
辺りを一同確認すると俺たちは忍ぶように重い鉄の扉を開けた。
中は一本の通路で繋がっており、左右に3つずつの計6つの扉と真正面に一際存在感を示す扉があった。
微かな音と気配から察するに御者は正面の部屋に入ったらしい。
「どうするのじゃ?」
「あいつに情報を吐かせる」
「むふふっ、よいのぉ」
イルは悪魔的にその端整な顔を緩めた。
正面の扉の直近にある左右の扉に俺たちは静かに身を潜める。俺とガルは右側、イルとクロは左側である。
階段を上るような音が聞こえたかと思えば、眼前の扉が徐に開かれた。
御者の若い顔が見えたかと思えば、俺たちは廊下へと躍り出る。
そして数秒の内に取り押さえた。
「な、なんだっ……!」
喉元にダガーを当てる。
「静かにしろ」
「あんまり騒いだらどうなるか分かっているよね?」
「うっ………」
その声色とは裏腹に怒りの籠った視線に思わず御者は言葉を黙した。
「先程の少女は何処に消えたのじゃ?」
「……………」
「ふむ、言わぬか……なら」
途端にイルのか細い腕から放たれた拳が御者の腹を突く。
「かはっーーーー」
予想よりも遥かに強い力に驚きを見せつつも、耐えきれずに空気を漏らす。
「いうのじゃ。次は骨をおるぞい?」
「わ、わかった………いいます」
御者は怒りと恐怖の混ざった複雑な視線を此方に向けて言った。
「ぁ、あの娘は……その扉の先に管理してある」
「管理だって? どういうこと」
「お、おまえら知らずに此処に来たのか?」
「なんじゃ、どういうことじゃ?」
イルは拳を眼前でちらつかせる。
「こ、此処は奴隷保管庫だっ」
その言葉に俺たちは一瞬の辟易とした感情が頭を支配するのであった。
「ふむ、人間の浅ましき業じゃな」
「う、うるさいっ。奴隷なんて裕福な奴なら誰だってやっている……それに俺は雇われただけだっ」
「ふ~ん、確かサムリス王国では奴隷は禁止だったはずだけど……まぁいいよ。それよりも聞きたい事があるんだけど」
「な、なんだっていうんだ……」
「特徴的な灰色の髪に蒼い瞳の美しい女性を知らないかい?」
「…………し、しらない」
「今、嘘ついたよね? 嘘つくとどうなるかわからないわけじゃないだろ?」
そう言ってクロリアは御者の腕を掴む。
「うぐっ……ま、待ってくれっ、話すっ!」
「静かにしろ」
「うっ……」
「それで、知っているんだろう?」
御者は頷いた。
「その女なら夜中の内にグーテル様の配下たちが攫ったと聞いている。俺は直接運んでいたわけじゃないが、グーテル様が大変喜んでいらしたはずだ」
「何処にいるかはわかる?」
「まだ下の保管庫にいるはずだ。もうお前たちの聞きたい事は話したっ! だから――」
御者が言い終わらない内にクロリアの拳が腹を抉り、一瞬で意識を刈り取った。
途端に腕にかかる体重を支えながら俺は鋭い視線を飛ばした。
「ははっ。もうこいつは必要ないだろう? 少し眠ってもらっただけだよ。それにこれも必要だろ?」
クロリアの手には鍵の束。
「――はぁ、まったく」
「ふむ、クロリアは存外乱暴なようじゃの。まぁ、それも面白いがのぉ」
「それはありがたいよっ。それじゃ、行こうか」
クロリアは小さく笑みを浮べると、眼前の扉を開けたのだった。
扉の先は薄暗い階段が広がり、地下へと続いているようである。
室内とは思えぬ程の冷たい石壁には等間隔で蝋燭の光が揺らめき、奇妙な雰囲気を演出している。
1、2階分程螺旋階段を下ると正方形の空間に出でる。そして眼前にはまたも重厚な扉。それを徐に開いて侵入すると広い空間に出た。
1本の薄汚い通路の両側に計4つの空間に分かれている。それらは錆びついた鉄の棒に阻まれた――牢屋。
そして同時に合う視線。
「おまえは」
「――――助けてっ」
俺たちの視界に映ったのは先ほど御者が連れて行った少女。直ぐに牢屋の鍵を開錠し、少女を助ける。
褐色の肌にここら辺では珍しい白色の目をした少女。
「あ、ありがとう……ございますっ」
少女はその瞳に一杯の涙を抱えて、まだ幼い声で言った。
「安心してっ。もう大丈夫だから」
「は、はい……」
「きみ、名前は?」
少女はまだ身体を震わせながら小さく「リアです」と答えた。
「リアちゃん。灰色の髪のおねぇさんをしらない?」
「わ、わかりません……此処には私しかしかいないから……ごめんなさい」
リアの言う通りで他の牢屋は空であり、サイラの姿は見受けられない。
「きみのせいじゃないよっ。安心して」
「ありがとう……ございます」
リアが瞳を揺らしながらそう言った矢先――
「貴様らはっ――」
背後で驚きと殺意の混じった声が響いた。
金メッキのランプの灯りが暗く湿った牢獄を照らす。
俺たちの前に現われたのは数人の者を連れた髭面の男――グーテル。
「貴様らはあの時の……まさか何故こんなところに――御者をやったのは貴様らか」
「ふふっ、ずいぶんと口調や雰囲気が変わっているのぉ?」
「だまれっ、何故此処にいると聞いているのだっ」
グーテルはその膨れた腹を揺らす。
「そんなもの見ればわかるでしょ? あんたの悪事を暴きにきたんだよっ」
「なんだと…………まさか、あの灰色の女を攫ったのも貴様らかっ!?」
「灰色の女ってサイラのことっ!?」
「サイラ? 奴隷の名などしるかっ。しかし、その反応からすると違うのか……まぁ
いい。それよりも私の商品を返せ」
「サイラがどうしたっていうんだっ!? おっちゃんっ!!」
今にも駆け寄ろうとするクロリアを俺は止める。その理由は、グーテルの背後に控える三人の男の気配が変化したため。
明らかに普通の者ではなく、その気配は只者ではないと感じられた。
「まぁ、よい。どうせ貴様らはここで死ぬ。おい、こいつらは任せたぞ。俺は行くところがある」
「ま、まてっ!!」
クロリアの怒号も虚しく、グーテルは笑みを浮べると1人の部下を連れて去っていた。
場には2人の部下が残り、その鋭い双眸を此方に向けている。
「すぐにおわなきゃっ!」
「――おっと、お前らを通すわけにはいかないぜい?」
部下の1人である赤ら顔の男が腰の剣を抜いてそう言った。
「かっかっかっ、此処を通りたければ我らを倒してからいくんだな。まぁ、不可能だが。かかか」
もう1人の細長の男が笑う。
「くそっ……直ぐにやってやるよ」
「待つのじゃクロ。その力を使う時ではないぞ」
イルは古神の気配を漂わせるクロリアをとめる。
「だけどイルっ……」
「まぁ落ち着け。私が奴らを引き受けようぞ。おぬしたち後は追うのじゃ」
「でもそれじゃイルがっ――」
「なめるなよ小僧? 私を誰だと思っておる?」
その綺麗な顔とは裏腹に強い声色がクロリアの決意を固める。
「そうだったね。イルに敵うような奴らじゃないか……わかったよ。任せるっ!」
「うむ、それでいいのじゃ。炎、クロを頼めるな」
「――わかった。気をつけろ。行くぞクロリア、ガル」
「うんっ!」
ガルッ!
その言葉を残して俺たちは駆けた。背後で「まったくおぬしらは……行ってくるのじゃ」という言葉を聴きながら。
当然のように部下の2人が立ちふさがるが、次の瞬間には2人はイルの魔法によって視界がふさがれる。その隙に俺たちは暗い牢獄へと侵入した。
*
彼らが消えたのを確認すると、背後で震えている少女に声をかける。
「お主、下がっているのじゃ」
「は、はい…………頑張ってください」
少女の言葉にわしは思わず目を見張る。
「どうしまし……た?」
「まったく――なんでもないわ。このような娘に心配されよう時がくるとはのぉ。ふっふっふっ」
リアが何かを言おうとするのを遮って部下の怒号が響く。
「てめぇっ! よくもやってくれたなっ!!」
「かかかっ、まさか魔法が使えるとは……面白いっ! 何者?」
「さて、何者じゃろうな? 久々の戦闘じゃ、楽しませてくれるんじゃろうな? おぬしら」
イルの言葉に2人は狂気染みた笑みを浮べていった。
『ほざけっ!!』
*
「ガルッ。どこにいるかわかるっ!?
ガルルッ!!
「つい来いって言っているんだねっ! ありがとうっ」
何時の間にかガルの言いたいことを理解するようになってきたクロリアに関しつつも、後を追う。
階段を上り、母屋を抜けると辺りは既に夕刻の世界へと足を踏み入れ始めていた。
そこのは御者も馬車の姿も見受けられない。
「どこいったんだあのおっちゃん……っ」
「焦るな。俺の相棒を信じろ」
ガルは辺りの匂いを嗅ぐと、一声あげた。
「いくぞ」
「――――うんっ」
貧相な平屋が連なる街を疾駆する二人の青年と一匹の竜犬。その瞳は鋭く光り、家から覗く愚鈍な民の目には異界の怪物に見える程であった。
暫く走るとボットの街を囲む巨大な外壁が視界に映り始めてきた。位置にするとおそらく東端に来ているのだろう。
辺りの様子も少し移り変わり、薄汚れた通路はある程度整備され、連なる家々も高さが目立つようになってきた。
「一気に裕福な地域にきたみたいだね」
「そうだな」
その短い会話の間にガルが声を上げる。
ガルルッ!!
「エンっ! あそこっ!!」
クロリアの指示した場所を見ると、今にも東端の内門から外の森林地帯へと続く門を抜けようとする一両の馬車が垣間見えた。
「森林に入られてはめんどうだよっ……」
「少しスピードを上げるぞ」
途端に俺は身体の内部に蔓延る真っ赤な炎と共鳴した。同時に隣で走るクロリアからも蛇の気配を、そしてガルはその身を肥大化させたのだった。
「追うぞっ」
「はいよ!」
ガルッ!
*
「むっ……あやつら力を使い始めたか」
「よそ見なんていい度胸だなっ――おらっ」
赤ら顔の男のロングソードが眼前を走る。続けざまに長身の男の槍が後方から伸びてきた。
それらを華麗に避け、イルは魔法を発動させた。
彼女を中心に渦巻くように弾ける炎。それに耐えかねて距離を詰めていた二人の男は候補へと退避した。しかしそれをイルは許さない。すぐさま前方の赤ら顔との距離を詰め、拳を突き出した。
「かはっ――」
ため込んでいた空気と共に崩れ落ちる赤ら顔の男。イルは止めと言わんばかりに炎を収束させて創出した剣を振るおうと試みるが、背後に感知する気配。咄嗟に青いドレスを翻して横へと飛んだ。
視界には長槍の男の鋭い表情が見えた。
「すまねぇ、しくじったぜ」
「かかかっ、気にするな。それよりもあの女……相当にやる」
「ふむ、今更気が付いたかの? それにしてもお主らもなかなかの者よ。久々の戦闘で身体がなまっておったが、良い運動になっておるわい」
「ふざけやがって――」
先ほど疲れた腹に手を当てながら徐に立ち上がった赤ら顔は怒りに表情で吠えた。
「もう油断はしねぇっ! おいっ、俺はあれをやるぞっ」
「かかかっ、どうなってもしらんぞ?」
「後のことはお前に任せる」
「あい、わかった」
そう言うと赤ら顔の男は懐から小さい小瓶のような物を取り出した。中には赤黒い血液の
ようなもの。彼は蓋をとると一気にそれを飲み干した。
途端に背中に走る悪寒。
「まさかのぉ…………」
先ほどまで魔力の痕跡さえ感じられなかった赤ら顔の男から突如溢れ出す濃厚な魔力。しかもそれには確かに古神の気配も混じっていた。
「ぐぐぐぐぐぐごおおおおおおぉっぉ」
気色の悪い叫び声をあげて悶え苦しむ男。徐々に隆起する身体の節々、そして血走る目。
暫くすると男は人間の皮をかぶった化け物へとなり果てた。
およそ二倍に膨張した全身。体中から生えた黒の体毛。そして背後にぶらんと伸びる漆黒の尾。あの姿はまさに――
「――――黒虎」
次の瞬間男の姿は消失し、刹那の内に背後へと移動していた。
咄嗟に振り返りガードの姿勢を取ったからいいものの、直撃していたならばイルの身体でもどうなっていたかわからない。
後方飛ぶ身体を一回転させて着地すると、すぐに視界に男をとらえる。
男は何かぶつぶつと言い始め、明らかに意識を喪失しているのがわかった。
長身の男が高らかに笑う。
「かっかっかっ。これは傑作、まさに化け物じゃないか」
グオオオオオオォォォ
咆哮し駆けて来る黒虎を今度は視界におさめ、半径0.3ラッド程の火玉を投擲した。
黒虎はそれを虫でも払うかのように鋭く伸びた爪先で切り裂き、眼前へと迫る。
「くそっ、厄介じゃの」
噛みつきを後ろに下がり避け、続けざまに繰り出される両手の爪もよける。しかしそれが失策だったのか、背中に当たる固い感触。何時の間にか壁際へと追い詰められていた。
とうに獣の瞳へと変貌した視線が全身を貫く、そして振りかぶられる鋭い爪。常人ならば恐怖し、命をあきらめる瞬間、しかしこの竜は違った。
その瞳には笑みが浮かばれ、こう言った。
「なめるなよ小童? 消し灰にしてようぞ」
刹那身体から溢れる真っ赤な炎。それは眼前の黒虎だけにとどまらず、地下に併設された牢獄内を飲み込んだ。
一瞬の出来事。刹那のうちに辺りは焦土と化し、そばには生命の活動を停止された二つの躯が転がっていたのであった。
*
途端に加速する情景。羽のように軽くなった身体を動かし、今にも森林内へと踏み入れようとする馬車を捉える。
「おれがやる」
駆けながら抜刀して内部の魔力を彷彿とさせ、
刀の表面に炎を収束させ水平に一閃した。
それよって刀から放たれた炎の斬撃は黒塗りの馬車へと直撃した。
鳴り響く轟音と叫び声。一瞬の内に燃え広がる馬車は転倒し中から躍り出てくる二人の人物。
一人は勿論グーテル、もう一人はその部下である。
「みつけたよっグーテル!!」
「き、きさまらっ……」
言い終わらない内にクロリアが距離を詰めて剣を振るう。しかしその重い一撃は部下によって止められる。
小柄な体躯に茶色の髪を結った青年。その瞳は黒く澄んでおり高い戦闘力の気配を感じさせる。
続けて二、三度斬り紡ぐがグーテルにその剣先が届くことはなかった。
「クロリア、変われ」
「ーーーーくっ」
クロリアが後方下がるタイミングを計って次は俺が刀を振るう。
重なる刀と剣。しかしその細腕に受け止められる。
まだ全力を出していないにしても、古神の力を行使した一撃をとめられるのは素直に驚く。
瞬刻の鍔迫り合いの後、手首を返して水平に斬る。それも回避され相手の剣先が喉元に迫った。
首を動かしていなし、急速にしゃがみ込みながら足を払った。
途端に態勢を崩す相手に刀を突き刺そうと両手に持つが、敵は後転することで回避した。
「もらったっ!」
その行動を予期していたクロリアの剣が青年に迫った。しかし、彼はまるでわかっていたかのようにその攻撃を受け止め、さらには猛攻でクロリアを後退させた。
「あいつ……相当やるね」
「あぁ」
これでは埒が明かないと察した俺は内部に潜む炎をさらに共鳴させた。
「全力でいくぞ」
「ははっ、そうだねっ!」
最初に駆けたのは俺。途端に速度の上昇した身体で肉薄した。驚くことに青年の目にはその速さを視認できていたのか刀身をあわせた。しかし、予想を反していたのは俺の筋力の上昇範囲。
咄嗟に防御した青年だったが余りの筋力の差に後方へと吹っ飛び、その背中は巨木へと激突した。
さらには追い討ちをかける様に背後から放たれた魔力が蛇を形成して襲い掛かった。
数十に及ぶ黒い魔力の蛇は地を這って青年へと接近していく。
青年もそれに気がついたのかふらつく身体に鞭をうち、回避しようと試みるが時既に遅かった。
途端に蛇たちは弾け、周辺に黒霧を充満させた。勿論それらはクロリアの毒の魔力が
混入し、少し吸うだけで致命傷になりかねない代物。
それらを他に拡散させないように操りながら青年を囲う。
初めの内はなんとか呼吸をしまいと口を閉じその場を離れようとしていたが、俺の両手から出た火の魔力が青年の動きを封じていた。
鞭のように形成し、強度もも十分の四本の炎を一瞬の隙に肢体に絡ませていたのである。それもあって数秒の内に青年はそのシブトキ生命を手放したのである。
「ま、まさかこんなやつらに…………」
グーテルの表情が恐怖の色に染まる。今にも逃げ出してしまいそうになる彼を鋭い声が呼び止める。
「まって、逃がさないよっ」
腰を抜かして地面に座るグーテルの首もとに剣を当てるクロリア。
「や、やめてくれっ……」
「サイラはどこ? 君が拐った灰色の女の子はどこっ!」
「いうっ、いうから止めてくれっ」
クロリアは剣を当てたまま先を促す。
「たのむ聞いてくれ、確かにわしはあの女を貴様らのいた宿屋から拐った。だが、途中で行方しらずとなったのだっ! 本当だっ」
「行方しらずだって? どういうこと?」
「ーーーーうっ、ど、奴隷仲介人の話によれば最近此処等で活動を行っている反乱組織に襲撃されたと言っていたっ……」
「反乱組織だと?」
「そ、そうだっ! 嘘じゃない!」
クロリアのその黒い瞳が此方を向く。
「どう思う?」
「嘘は言ってないな」
「そうだね。ーーーーおっちゃん、それはいつのこと?」
「つい数刻前だっ」
「その反乱組織の場所はどこ?」
「こ、この森を抜けた先の山岳地帯だっ。詳しい場所はわからぬっ! も、もういいだろう、解放してくれっ!」
「なにいってるの? 貴方は自分のしたことをわかっているのかい?」
「わ、わかっているっ! だがっ……わしだって生きるために」
クロリアの声がより一層冷たさをました。
「生きるためだからって何でもしていいのかい? 戦いを求めていない人を物のように扱ってもいいのかいっ!?」
「そ、それはっ…………」
「貴方は死罪に値する行いをやったんだ。僕に殺されたって文句は言えないよね?」
「ーーーーッ!」
クロリアの剣が一気に首を掻き斬ろうと動くのを寸前で俺が止めた。
「やめろ」
「離してよエン」
「やめろ」
「ーーーーーーーー」
「…………………」
暫くの沈黙の後、クロリアは心底呆れたように息を漏らした。
「はぁ……わかったよ。こんなことしても何も解決しないっていうんだろ? 全く……エンは優しいね」
少し悲しそうな笑みを浮かべてクロリアは剣をゆっくりと納めた。
命が助かったことに今まで身体を蝕んでいた緊張がゆるんだのか、グーテルは幸運にも意識を手放した。
「全く、このおっちゃんには何の覚悟もありはしないんだね」
「そんなものだ」
「そうかも……ね。僕はこんな奴らと同じにはならない。絶対にーーーー」
そう言ったクロリアの表情は何処か大人びていた。
「おぬしらっ! 無事だったかっ!」
徐に背後を振り替えると悠然と輝く橙色の夕焼けを背景に一人の竜が立っていた。
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