デッドコピー&ポゼッション
これは誰の話なのか
ソレイユ・ユニヴェールという魔導士がいる。有史以来最大の天才と呼ばれた魔女で、誰もがその名を知っている。この名前をまず覚えてほしい。
天才とは、他の誰も届かぬ領域に達した者を言う。だから彼女がそう呼ばれる理由はひとつ。
ソレイユは、死者蘇生の技術を完成させた魔導士だ。
この星ができてから46億年、猿が人間になってから1億年、人間が魔法を手に入れてから2000年。その間ずっと人類が求め続けながらも得られなかった技術をソレイユは手に入れ、広く普及させた。
どうしてそんなことができたのか。なにが彼女を動かしたのか?
その理由は幼き日の一幕、ソレイユ12歳の冬にある。偉大なる彼女の祖父、ウラヌス・ユニヴェールが亡くなった冬だ。
魔導の名門ユニヴェール家の古老は、石像を彫るのが趣味の無口な爺だった。しわくちゃの手は孫の小さな指を握るより鏨を持つ時間のほうが長かったし、一週間のうち少なくとも三日は切り出した石を眺めるだけで一言も口をきかず日が暮れる有様だ。二人の孫は不思議とウラヌスのそばにいたがったが、この愛想のない爺は横で童女がはしゃいでいようと笑顔を向けたりはしない。
といっても、ないのは愛想だけだ。ウラヌスはたまに満足いく像ができると魔力を通わせゴーレムとして起動させるのだが、その肩に乗って喜ぶ孫を見ているときにはいつも口元に微笑を浮かべていた。
のちに生死の法則すら塗り替える天才魔導師ソレイユ、その最初の師を務めたのが偉大なる祖父ウラヌスだったのだ。そしてその祖父は老衰で亡くなった。
このとき泣いたのはソレイユではなく、その妹のほうだった。
「おじいちゃんは、天国に行ったのかな」
当然、これはソレイユが死後の世界の有無を証明する前の話だ。良いことをすれば天国へ、悪いことをすれば地獄へ。そんな素朴な思想が幼子にも共有されている時代だった。
「わたしは、おじいちゃんに会いたい。わたしも、死んで天国に行ったら、おじいちゃんに会える……?」
「おじいちゃんは、天国でもおじいちゃんなのかな」
だが、ソレイユはのちに死後の世界の有無さえも証明する天才だ。
だからこのとき、彼女が泣きじゃくる妹の声をどの程度耳に入れていたかは、なかなか怪しいところがある。
「おじいちゃんにも若いころがある。年取って死んだら、その後ずっとおじいちゃんのまま天国で暮らすの? 永遠におじいちゃんのまま? 若返らせてくれたりしないの? 若返るとしても、それじゃリューネが死んで天国に行ったとしても、そこで待ってるのって若いおじいちゃんなわけだよね。じゃあおじいちゃんってわかんないじゃん」
「……おじいちゃんが若いころの写真、昔、見せてもらったよ」
「リューネ、それをおじいちゃんって思えるの? 私もリューネも年取ったおじいちゃんしか知らないのに。おじいちゃんにはおじいちゃんで昔の友達とか仲いい人がいて、その人たちと天国で仲良くやってる若いおじいちゃんのところにリューネが会いに行くの? それ嬉しい?」
その長台詞は妹が話についてきているかなどまったく考慮しないもので、当然、妹は口ごもった。
「……お姉ちゃんは、おじいちゃんに会いたくないの?」
「いや、私も会いたいよ。でもなんか納得いかない。ムカつく。おじいちゃんにはもう会えない。私が好きだったおじいちゃんにはもう会えない。会いたいのに。すっごく会いたいのに。死んじゃったから、もう二度と会えない」
――そんなの、やっぱりおかしいよ。
祖父との死別、神が定めた当然の理に対し、そんな理不尽なことがあるかと12歳のソレイユは憤った。その憤りが天才に火を入れて、ここから12年後に死者蘇生の夢は成る。
ゆえにこれから語られるのは、ソレイユが死者蘇生の技術を確立させるまでの物語。
だが、これから語られるのは、ソレイユの物語ではない。
リューネ・ユニヴェールという魔導師がいる。「ソレイユの妹」という一点でのみ名を知られる、特に天才というほどではない魔女だ。
ただ歴史を学ぶだけなら、この名前を覚える必要はない。
だが、ここから語られるのは、リューネの物語だ。
鶴召喚用掃き溜め 胆座無人 @Turnzanite
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