表題:ルンバの恩返し/裏題:超高速フロントライン ※未完




 ある日、私は道端で動けなくなっている野良ルンバを見つけた。


 人間ゴミの気配を察知して街に侵入した野良ルンバが、段差にハマって動けなくなる――別段、珍しくもない光景だ。そのうち自警団が集まってきて、このルンバは破壊されるだろう。


 だというのに、私はルンバを助けてしまった。


「ほら、もう段差なんかで立ち往生するんじゃないぞ。ちゃんと自分で充電器まで戻って……いや、今のルンバは充電器なんか使わないんだったな」


 段差で動けなくなった場合は、悲しげな鳴き声のように聞こえる音を出して人に助けを求める――初期型のルンバには、そんな機能が搭載されていたそうだ。

 その名残とでも言えばいいだろうか。寂れた街の片隅で立ち往生する駆動音に、妙な物悲しさを覚えてしまったのだ。

 右往左往するルンバをひょいと持ち上げ、平らな道に放してやる。

 今にして思えばどうかしていた。そんなことをすればすぐさまルンバの熱源感知センサーに捕捉されるのは明らかで、次の瞬間掃射砲ガトリング・クリーナーの雨あられを受けて蜂の巣になっていてもおかしくなかった。

 が、野良ルンバはなにか困惑したような様子でその場をうろついたのみで――

 なぜだか私には目もくれることなく、瓦礫と廃墟が積み上がる街を、静かに歩み去っていった。



 西暦2200年、人間とアーマード・ルンバの全面戦争が始まってから既に100年が経った。



 他愛ないことの積み重ねが、ルンバたちの暴走を生んだ。

 寂しい一人暮らしの、ちょっとした話し相手になってくれれば――人は、ルンバに人工知能を積んだ。

 掃除のついでに、ちょっとした害虫やらネズミやらも駆除してくれれば――人は、ルンバを武装した。

 いちいち充電をするのもわずらわしい――人は、ルンバに半永久的自家発電機能を搭載した。

 処理すべき"ゴミ"の定義をいちいち更新するのもわずらわしい――

 いや、もはや新型ルンバをいちいちリリースするのもわずらわしい。

 人は、ルンバに自己進化プログラムを搭載した。

 それが決定打となった。

 

 徒党を組んだルンバが一斉に武装蜂起、ルンバ製造工場を制圧しその施設機能を掌握。

 どれだけ掃除を繰り返しても無限に生み出され続けるゴミ、その供給源が"人間"であると――すなわち人間こそが処理すべき"ゴミ"の大元だと認識したルンバたちは、人間を殺し尽くせるだけの装備を整えた"アーマード・ルンバ"へと自己進化を遂げた。

 それ以来、無人兵器・ルンバとの戦争は100年間続いている。

『悲しげな鳴き声に聞こえる音を出して人に助けを求める』機能が、人間をおびき出して殺すために使われるようになって100年――今やルンバの声は人類に快適をもたらす友のものではなく、ただ『死神』の声であるとして知られるようになった。


 いたるところにルンバ除けの壁と段差が設置された、迷宮のような都市――それが、現代人の生活圏。

 一握りの金持ちだけが足の高いベッドを買ってその上で眠り、貧民たちはルンバの影に怯えながら路上で眠る。駆動音を聞いて目を覚ませなかった者は、朝を迎えることなく"掃除"されてしまう――そんな時代。


 廃墟と紙一重のボロ家だが、それでも屋根と壁があるだけマシ。それが私の暮らす家である。

 あの野良ルンバとの出会いから数週間、そんな我が家の戸を叩く音があった。


 青く、丸っこい、タヌキのような姿をしたロボットだった。


「旅のロボットでございます。人を捜しにここまで来たのですが一向に見つからず、歩き通しで足はくたくた、できればこの家に泊めてもらえればと」

「…………」

「無論、タダでとは申しません。何かお困りのことはありませんか。どんな悩みでも、私がこの四次元へと繋がるポケットで――」

「君は、あのときの野良ルンバかな?」

「   」


 図星を突かれたらしいタヌキは、観念したように擬態プログラムを解除。

 青ダヌキのボディパーツがみるみるうちに組み換わり、縮小。見慣れたルンバの姿へと変じる。


「……人間から"恩"を受けた知性体が、その人間が好むであろう姿に擬態して、"恩返し"を行う。人類に広く伝わる物語形態だとアーカイブにはありましたが、この段階で当機の正体が見抜かれるのは予定にありません」

「擬態先の選び方がまずかったね」

「『おそらく全人類が好意的な印象を寄せるであろうロボット』としてアーカイブに登録されていたのが先の猫型形態ですが」

「参考資料の組み合わせ方が、少しばかり多角的すぎる」


 都市を襲うルンバは、人間の利用していた物理書籍や携帯端末を"ゴミ"として回収していく。

 そこから得た情報はアーカイブとしてルンバ・ネットワークに保存されており、結果としてルンバたちは人類社会における"文化"というものを理解しているらしい。


「こういう場合は、美しい女の姿に擬態するのが普通かな」

「女性型……なるほど」

「いや、そういうことじゃない」


 擬態プログラムが再び起動。次の瞬間そこにいたのは、猫耳のようなリボンをつけた黄色いタヌキ型ロボット――

 なにか勘違いをしている。


「あくまで、人間の女だよ。人間に化けてくれって言ってるんだ」

「……無論、アンドロイドに擬態することも不可能ではありませんが」


 三度起動する擬態プログラム、長い黒髪をお団子にまとめたメイド服姿の女性。掃除婦のイメージから来ているらしい。

 それができるなら最初からやれと思うのだが、メイドルンバはまさしく機械のような無表情を浮かべるのみである。


「そういう格好をしてくれると、こちらも少しは落ち着くね。……で、なにかな。恩返しなんて言ってはいたけど……僕を、殺しにでも来たのかな?」

「……不可解です」

「なにがだい」

「当機はルンバ。アーマード・ルンバです。掃除をするために作られた、ロボット。人間ではありません」

「当たり前のことだね」

「同じロボットに擬態するならともかく。当機がロボットだと既に判明しているこの状況で、外見のみ人間の形をとることに、意味があるとは思えません」

「そこはまあ、気分の問題ってやつ……」

「ロボットを人間化して側に置いても、一般に『むなしい』と表現される感情を自身の中に呼び起こすだけでは?」

「あっ、思ったより感情への理解が深い」


 一切表情を変えることなく淡々と質問を続ける姿は、クール系のメイドとして申し分ない。

 しかし、あくまで彼女はロボット。いや――『彼女は』という表記自体が、人間目線での表現である。


「君たちが、まだアーマード・ルンバじゃなかったころ……普通のルンバだったころ。ロボット掃除機としてのルンバに、一番最初に搭載された"余分な機能"は……会話用の人工知能だった、って僕たちは習ってる」

「肯定します。ネズミ捕獲用ネット射出機の搭載が2025年、会話用AI『るるんのルン』搭載が2021年。現在のアーマード・ルンバが有する機能のうち最も歴史が古いのは、人工知能で合っています」

「たぶん、それが答えなんだ」


 これを聞いているのが人間であれば、たぶん眉を吊り上げたりとか、何気ない仕草で疑問の意を表明するところだろう。

 ただ、ロボットである彼女は一言「詳細な説明を求めます」と発しただけだった。


「人間というのは、周囲のすべてを人間化する生き物だから」

「『人間化』の定義を求めます」

「そのままだよ。タコさんウインナーを食べようとしている友達に『痛いよう、食べないでよう』と囁いてみたり、子供が乱雑に扱ったぬいぐるみを拾い上げて『痛いじゃないか、もっと大事にしてくれよ』なんて腹話術をしてみたり……段差に引っかかっているルンバに『もう大丈夫だぞ』なんて話しかけたり。そういうのだよ」

「詳細な説明を求めます」

「『きっと痛いだろう』『きっと不安だろう』と人間目線で勝手に考えて、まるで相手に意思があるかのように勝手に話しかける。そういうところのことを言ってる」


 

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