眠れるユニットの監視人

 塵のように細かい藻が浮くねっとりとして黄ばんだ水中から浮かび上がってくるような感覚で、私はゆっくりと覚醒していた。


 随分永いこと眠っていたような気がする。


 重たいまぶたを開けると、目覚めた理由が見えてきた。


 スタッフ用エアロックの外に数人の人間が見えた。


 確かに人間のようだ。だが、ちょっと変だぞ。


 ずいぶんと古めかしい気密服を着ている。


 ダブダブでヘルメットの視界も悪く、こちらからも顔が見えにくい。


 先頭の一人は金髪で碧眼の男だ。そのとなりは黒髪に鳶色の目の男で、彼等の後ろにも数人いるが、そちらはよく見えない。



 確かに、人間だ。


 しかし、やっぱり変だ。


 エアロックの前でモタモタしている。


 エアロックの開け方が判らないらしい。


 ほら、何やってるの?鍵はかかってないよ。早く入ってきなよ。



 あっ、やっと開閉ボタンを見つけたみたいだ。


 あれ、でも入ってこない。入ってきなよ。盗掘屋じゃないなら。ほら、ランプは緑になったよ。入っても大丈夫だよ。


 あらら、この人達、エアロックの前で棒立ちになっちゃったよ。何やってるんだろ。さっさと入ればいいのに。


 あら、もしかして自動エアロックだと思ってるんだ。

 違うよ。ドアの前に大きな取手が付いてるでしょ?それを引けばいいの。ここは、自動ドアをつけるような施設じゃないんだから。


 あらら、手動ドアの開け方も知らないみたい。どっちに引っ張ってるの?違う、違う。引き戸だってば。


 無防備に電波を出しまくってるから、何を話してるのか聞いてみよう。悪いけど、ちょっと聞かせてもらうよ。



 !!!!!!!



 何この人達?人間?聞いたことのない言語で喋ってるよ。


 インド・ヨーロッパ語族でもない。セム・ハム語族でもない。勿論、膠着語族でもない。何なのこの言葉……。


 本当に人間だろうか?


 あっ、やっと開け方が判ったみたい。


 ようやく中に入ってきたよ。エアロックに一時間も奮闘して、何やってるんだろうね、この人達は。


 部屋の中を見回して、呆然と立ちすくんでる。


 そのヘッドライトじゃよく見えないでしょ。もう少し明るくしてやろう。


「ああ、その位のレベルにして上げて」突然、彼女が介入してきた。挨拶も無しで。


 彼女は私より彼等のことを解っているのだろう。でも、彼女は決して私に詳細を話さないだろう。彼女は他のことで忙しく、それどころではないだろうから。



「彼等は人間なの」それでも私は尋ねてみた。

「人間よ」

「でも、言葉が全くわからない。五十カ国語で検索してみたけど、似てすらいないよ」

「でも、人間よ」

「これだけ人間に似ていて、私がわからない言語だとすると、この人達は相当”未来”の人みたい。数百年か、ひょっとしたら数千年……」

「ご明察。私も同じ見解よ。すこし言語が解明したから、あげるね」

 そう言うと彼女は去って行った。忙しいのだろう。


「スゴイ、なんてデカイんだ」金髪の男の声が聞こえてきた。

「壁も天井も床も真っ白で☓☓みたいだ」今度は黒髪の男。

 言語解明はまだ不十分みたいだ。

「&$%#*>?=&#@+」金髪が全くわからないことを呟いた。


 私はどれだけ永く眠っていたのだろう。




 彼等は慎重に辺りの機械や器具を触って調べだした。


 どうやら見たこともないらしい。


 どうというところのない只のユニットなのに……。そんなものどうでもいいものばかりだよ。

 ああ、そっちは只の倉庫だって。あんた達はやっぱり略奪目的?


 あっ、こっちに来た。


 やっと社を見つけたみたい。


 社の前の大絵馬の前でまた立ちすくんじゃった。

 でも、この絵馬の意味が解るみたい。



 扇のように翼を高く広げた駒鳥の意匠。右を向いた駒鳥の頭が左を振り返っている。翼の角度三百度。今は色褪せているが、朱色の身体。細長い黄色いくちばし。

 駒鳥の背景には水平に線が引かれ、駒鳥を中心に六十度の線がもう一本伸びている。その線に左の翼の上端が揃っている。右の翼は遠近法を強調して少し角度が浅い。そして嘴から伸びる光の矢が長々伸びている。


 厳かなる意匠。永遠の象徴。



 神の鳥の紋章だ。



 どうやら、彼等は神の鳥の紋章に畏怖しているらしい。

 全くの無知では無いらしい。



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 数日後にはもっと多くの人達がやってきた。


 綜合ポンプ結合ユニットの下の方を調べているのはグレーの髪と口ひげの老人だ。金髪の男も来ていた。


「これはきっと、資本主義ゲゼルシャフトの有価的表象物かその装置だと思うんですが」

 金髪が老人の後ろから尋ねた。老人は検証に夢中だ。


「そんな証拠はどこにあるのだね」老人は取り付く島がない。「大体、資本主義など☓☓(本/フィクション/漫画/アニメ/映画/絵本)の中だけの物だ」


「でも、流通資本主義動的発想が顕著に見られるんですが、考古学博士調査委員の皆様のご意見はどうでしょう?」


 老人は考古学者のようだが、私が知っているような考古学者ではないらしい。


 金髪も考古学に携わっているが、考古学者ではないようだ。いや、基本的には全く違う職業か地位の者らしい。


「恐らく、ゴム製の車輪がついた移動装置がある筈です」金髪の男はしぶとく食いついていた。

「レポートを出し給え」

「感知していただけますか?」

「暇があればな」老人がそっけなく言った。


 おや?「感知する」?「読む」ではなくて?


 もしかして、彼等は文盲なの?


「ご明察」また彼女がやって来た。「文字を使わなくなって数世紀は経っているようね。そのせいで文明はかなり退行したみたい」


「彼等の世界はどうなっているの?」私は尋ねたが、彼女はもうそこにはいなかった。



 ****************************************************************************************


 また、数日過ぎると、ようやくメインゲートが開けられ、そこから金髪の男が駆け入ってきた。

 今日は気密服ではなくラフな格好だ。


「おい、凄いじゃないか。やったな!」

「お前のリポートが採用されたんだよ」黒髪の男がニンマリと笑った。

「でも、お前、随分発掘したじゃないか。俺のいない間に」

「ああ、かなり見つかったよ」


 そう、彼等は色々なガラクタを持って行った。隅においてあった電動トラックも三台のうち二台をどこかに持って行っていた。


「お前用にトラックを一台残しておいた。必要だろ?」黒髪の男が言った。

「ああ、助かるよ」


 黒髪が金髪を倉庫の隅に案内した。そこには大昔の内燃式の二トントラックによく似た電動トラックがあった。まだ内燃機関も化石燃料もあった頃の骨董品だが、未だにピカピカに手入れされている。


 金髪はヒラリと運転台に乗り、アクセルを踏んだ。

「ちゃんと運転できるか?」黒髪が言った。


「久しぶりだけど、大丈夫だ」金髪はややぎこちないハンドルさばきでトラックでスロープを登った。途中、段差でまごついたものの、上までどうにか辿り着いた。


「クートさん、これ……」小柄な栗毛の男が金髪に紙の束を渡した。

「これはデンピョウだよ。これ、これ」


 そう伝票だ。どこで見つけたのだろう。


「これに従って、するんだ」


』ね。


「どうやって?」栗毛が尋ねた。


 金髪は手に握った小さな装置を振り回した。

「こうやるんだ」

 そう言うと金髪は棚にあった商品を次々と手に取り、近くにあったコンテナに放り込んだ。


「違う、違う。デンピョウ通りにコンテナに入れていくんだ」黒髪の男が金髪のクートにコンテナを抱えて近寄ってきた。「ほら、こうやって揃えるんだ。出荷する時、荷降ろししやすいように揃えるんだ」

 黒髪はクートにコンテナの中を見せた。


 コンテナの中には黒焦げになった木の根のような商品がずらりと並んでいた。


「そうかそうか、これで全て判ったぞ。バム達のお陰だ」クートは嬉しそうにバムの肩を叩いた。



 全然、判ってないけどね。



 クート達は「歴史再現者」だということが判った。過去を再現し実践するのが彼等の役目のようだ。奇妙な職業だ。


 クート達は見当違いの仕事をし、バム達もそれに満足し、トラックに乗って外に出て行った。他の者達も外に出た。



 彼等はもう二度と戻ってこないだろう。


 メインゲートのシャッターを閉めたら、二度とここに足を踏み入れないだろう。


 寂しいとは微塵も思わなかったが、ただ、彼等が神の鳥をどう捉えたのかだけが心残りだった。


 神聖で大切なあの紋章。


 その意味は私もわからないけど、どれだけ大切な事かということは解っているつもりだ。


 私も彼女も。


 もう、誰も来なくなるのだろうか?


 彼女は何も言わない。


 でも、どうしようもなく眠たくなってきたのだから、少なくとも重要な人はもう来ないのだろう。



 もう、誰も私を起こさないで欲しい……。

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夢萬話 相生薫 @kaz19

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