8・・・


「あら、森野くん」


「こんにちは、先生」



「もしかして坂下ちゃんが逃げてたのって・・・」



 それ以上言われないように先生を睨む。逃げてることに気づかれてはいけない。あくまでもたまたま、ここにいただけだ。




「ここにいたんだ。探したよ」



「何か用事でも?」


「一緒に帰ろうと思って。さっき見つけたと思ったんだけど、見間違いだったみたいだ」



「そう」



 彼は一息つきたくなったのか、そばにある椅子に腰をかけた。先生は準備でもしていたかのように鮮やかにお茶を出した。



「ありがとうございます」


「いいえー」



 彼は準備していたかのようにお茶を受け取り礼を言った。

 ムカつく男だと思う。誰のせいでこんなに周りの目を気にしながら学校生活を送ることになっているのかわかっていないんだろうか。


 わかっていないんだろうな。だから私を追いかけることだってできる。


 はっきりと言ってしまえばいいんだろうか。「あなたのしてることは私の生命に危険を及ぼすことです」とか。「私とあなたが一緒にいても何も利益を生み出しません」とか。

 否定すれば彼は近付いて来ないだろうか。

 


 絶対、ではないか。




「あれ?マドラーなくなっちゃったみたい・・・購買部ならまだ開いてるかしら」


 わざとらしい演技で顎に手を添えて悩むふりをする先生。これは私に行ってこいということだろうか。


「どうしようかしら」


 行った方が良さそうだ。




「行ってきますよ」


「ほんと!?ありがたいなぁ〜。あ、ちょっと待って!今お金渡すから!」



 間髪入れずにそう言いながら椅子にかけてある鞄から財布を抜き出す先生。

 そんなに簡単に生徒の前で財布を開けていいのだろうか。先生の金銭事情がバレてしまう可能性もあるかもしれないのに。

 あえて視線をずらした。むしろわざとらしかったか。


 値段がわからないらしく余分にお金を渡してきた。余分すぎる。マドラーがそんなにするわけないだろう。もしそんなにするのだとしたらそれはきっと高級なものだろう。



「じゃあ行ってきます」


「よろしくね〜。急がなくていいからね、気をつけてゆっくりね」


「はい」



 この場から逃げ出したい、むしろ帰りたい私にとってはなかなかの機会だった。お礼は言いたくないけど助かった。


 鼻歌交じりに廊下を歩く。やっと一人になれた。







「森野くん」


 理来が完全にこの教室を離れたことを確認したのか、財布を鞄にしまった女教諭が口を開いた。



「なんですか」



「今までのあなたの女性遍歴に興味はないんだけどね。なんとなく、好きな子ほどいじめちゃうタイプなんだろうなってことはわかるのよ・・・


でも坂下ちゃんにはやめてね?あなたのファンは強烈だから」



 この人が理来とどういう関係なのかを俺は知らない。でもきっと警戒されているんだろうということはわかった。

 まぁだからと言って理来を諦める理由にはならない。



「何もないところで転んで面白いとか、そういうレベルじゃないってことはわかってると思うけど。

階段から落ちて面白いっていうのは違うでしょ?

それですら面白いって思ってしまうんだったら、すぐにあの子から離れてね」



 急に空気が鋭くなったように感じた。向けられているのは自分だ。


 向き合わなくちゃいけないか、と彼女の方に体を向ける。女の人は怒ると怖い。それは今までにも十分に感じてきた。




「もし、あなた関係であの子が傷をつけてきた日には・・・私何をするかわからないから」



「怖いですね」


「本気だもの」



 会話の終わりを告げるようにガラガラと扉が開いた。音がだるそうだ。







「これで大丈夫ですか?」



 と言っても一種類しか売っていなかったので、これがダメだった場合近くのスーパーにでも行かないといけない。



「うんうん、充分!」



 先生はよほどマドラーが欲しかったのか嬉しそうに握りしめてお菓子などをしまっている戸棚にしまいに行った。

 どうやら今は使わないらしい。



「じゃあそろそろ帰ります」



 壁にかけられた時計を見ると、そろそろHRが終わってから一時間が経とうとしていた。もう先生くらいしかいないんじゃないか。

 この時間に帰るとむしろ目立つかもしれない・・・が、しょうがない。



「え〜もう帰っちゃうの?まだ来たばかりじゃない」


 先生には一時間がよほど短く感じるらしい。歳かな。


「彼はまだいるらしいので。では」


「坂下ちゃんがいいんであって誰でもいいわけじゃないのよ。もう暗いし、男の子なんだからしっかり家まで送らないとね」


「え」


「そりゃもちろん」



 待ってましたと言わんばかりに立ち上がった森野ゆず。先生はなぜそうも余計なことをするのか。その余計な一言が私をこの教室から遠ざけているというのに。



「先生って実はSですか」


「隠してるつもりはなかったんだけどね?」



 自分で可愛いと思う覚悟を見つけてウィンクを飛ばしてきた。目に見えるわけはないけど顔の前で手を振る。抹殺完了。


 溜め息をこぼしながら部屋を出る。後ろにはしっかり彼が付いてきている。こうなったら離れてはくれないんだろうな。

 彼に出会って何日も経ったわけではないけど、彼はそこそこ頑固なのだろうという確信が持てる。

 執着心が強い、とも言える。





「あの、本当に、送ってくれることはないからね」



「先生に頼まれたからには送らないわけには行かないんだけど」


「頼まれなかったら先に帰ってくれた?」


「・・・」



 そこは早めに答えてくれないと困るな・・・。

 即答してくれれば潔く明日から先生をいじめ続けられたのに。



「・・・今日は早めに帰りたいので、急いでもらえますか」


「なんで敬語?」


「なんとなく」


「なんとなく・・・他人っぽくてやだな」


「他人でしょ?」


「友達になれたと思ってた」


「・・・」



 またこの空気。やだな、悪者扱いされるのは。



「友達でもなんでもいいから、早くして」


「うん」



 悲しんだ顔が見たくないわけじゃなく、かといって見たいわけでもない。

興味はないんだ。彼が何をして、どうなろうと。


 ただ無駄に美形だから対応が難しい。他の人が傷つくよりも罪悪感が大きい。

美形だからって贔屓しているわけじゃない。むしろ美形だからこそ友達になれる気がしない。


 面倒な性格だと思う。でもしょうがないんだ。生まれつきだ、きっと。




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明日は私に微笑まない 立花 零 @017ringo

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