十三月記
絮與 刈穂
第1話 弥生は桜と咲き乱れる
1、僕の周りの人間関係が突如として崩れ失せたのは、人生初めての恋人というものが出来た時だった。丁度 中学校の卒業式が終わった後の、校庭の桜の木の下でその事件は起きたのだ。柄にもなく手紙などという古風な方法を取り、興味を持っている女子を呼び出したのだけれど、(僕は携帯電話を買い与えられていないのでメールなどという近代的連絡手段は適用し得ない)クラスの男女が主役二人を抜き、全員集まったことには、驚きを禁じ得なかった。
みんなに言いふらして、自分が告白を拒否する瞬間を見せたかったのだろうか?そんなことを思ってしまったが、だが違うのだろう。この女子は頬を染めて俯くばかりである。恥ずかしいからなのか、それとも緊張するからなのか、はたまた自分が彼氏を手に入れることを知らしめたいからなのか。僕には知ったこっちゃない。
「前から君のことが目から離せなかったんだ。」おぉーっ、という僕のセリフに反応した観衆の合いの手が、これから言うであろう言葉を詰まらせそうになるくらいには恥ずかしいと思ったけれど、気にせずに続ける。
「僕に殺されてくれないかな?」
自分の意とは全くもって関係のないその言葉が口から漏れた刹那、僕の手には刃渡り二メートルはあろう日本刀が、どこからともなく現れたそれが握りしめられていた。
考える時間はない。やることは一つなのだろう。だが、僕は考えることもその行為を止めようともしなかった。諦めた。後世に語り継がれよう惨殺事件は気違いの中でも英雄譚になり、僕はヒーローになれるだろう。そんなことを考えながら、一人目の
被害者に向かい、日本刀を振り下げた。
日本刀をそのまま下ろし、この可愛らしい女子の首筋に当てるだけで良い。それだけで、僕の物語は幕を開ける。いつ終わるかは解らないが、凶悪犯としての英雄譚は幕を開けるのだ。「させるわけないだろ?僕の同級生に手を出すな」そんな声が後ろから聞こえた気がするが…気のせいだろう。僕の視界は自分の上半身を見て、下半身を見て、靴を見て、最後には地面から体を見上げるようになっていた。否、そのころにはもう視界は閉ざされていた。
「危ない危ない、ギリギリで間に合った。」生徒であろう日本刀を持った男子の首を切り落として、そう呟いたのは紛れもない本物の僕だった。僕というのは、首をたった今切り落とされて死んでしまった彼である。細かく言えば、彼は僕自身では無いし、僕を模した偽物である。「睦月 雪奏(むつき そうせつ)」という名前である僕の偽物である。偽物のほうはすでに、ドロドロに溶けて地面に吸い込まれていった。
そういうものなのだ、こいつらは。人類にとっての敵なのだ。或いは、人類は彼らの敵なのかもしれないが。
この学校に潜んでいた偽物は当然、人間ではないし、そもそも生物ではない。聖物ではあるかもしれないが。勿論、偽物は一年生の段階で、同級生と一緒という訳ではない。かかわった人間の記憶を改竄する能力があるのだろう。昔から一緒にいたように感じてしまうそうだ。偽物自体にも記憶があるわけでもないし、その時に都合がいいように記憶が作られるのである。本人たちは自分が偽物であると気が付かないし、人間であると思い込んでいる。我々は、彼らを神類(しんるい)と呼び、有害な彼らを地球上から全て殲滅することは不可能だと、発見した当初は思っていたが、研究さえしてみればそんなことはなく、ある秘密機関が彼らを殺す方法と、それ専用の部隊を設立した。それが僕の所属する「罰神隊(ばっしんたい)」である。
僕たちはそれぞれ自分にしか使えない特別な武器を所持しており、神類はその武器でしか殺せないようだ。例えば僕が今、偽物の僕を切ったこの刀。
「英刀 人外絶切(えいとう じんがいぜせつ)」は切れ味こそ最高級ではあるが、
動物や鉱石や、ましてや人間なんて歯が通りもしない。英雄として、罰神隊に入ってしまった僕にのみ使えるこの刀は、神類にのみ有効である。まさしく神喰らいの刀と言ったところだ。
僕の刀に限らず、他の隊員が持っている武器だって、九十九刀(つくもとう)だって
少なからず神類にしかダメージを与えられないはずだ。うちの隊の隊長さんでなければ。刀自体に備わった攻撃力や能力はそもそも、神類を殺すために作ったようなものだから、それ以外の用途に使おうと試みる隊員はいないが、うちの隊長はそうではない。あの人は、あの人の双刀は何でも可能にしてしまう。実際に切れるものは、やはり神類に限られるようだが、だけれど、その双刀の能力には、例えば本物の神がいたとしても、やはり逃れることはあり得ないだろう。
ひとまず、この現場は彼を殺すことで事なきを得なかった。当たり前だ、人間だと、同級生だと思っていた僕の偽物である彼が、いきなり女生徒を殺そうとして、その後どこからともなく現れた同じ顔の僕に殺されたのだ。
女生徒が殺されなくて良かったね。なんて捨て台詞で、何事も無かったかのように帰るなんてことが、万が一にもあったなら、流石の僕でも驚嘆のそれである。期待はしてないけれど、予想通りに、台本通りに動いてくれて良かった。僕は腰を抜かして、尚、僕のことを見続ける生徒諸君を見て本当にホッとした。
「あの…助けて下さってありがとうございます。」沈黙を破ったのは、たった今助けた女学生だった。返す言葉も無いし、交わす言葉も無いが、崩す顔ならば、生憎ながら持ち合わせていた。なんてだらしない顔なのだろう。鏡があっても見たくない顔だ。それでも、そんな顔をしていても、女生徒は話すのをやめない。
「今まで睦月君が人を守るような、ヒーローみたいなことをしているところ見たことなかったから、初めて気づいたけど…睦月君って」おっ?告白が偽物から女生徒に回ったか、やはり見る目がある子は違うよな。僕みたいな凡人にも、等しく目を向けてくれるのだから。
「私たちの敵なんだね」
回って来たのは、告白では無かった。その先にあった殺意である。その手には、いつか見た日本刀が握られており、僕が目視できた時には、その黒い日本刀は自分の首筋に添えられていた。人生とはこういう風に終わるのか。果たして走馬燈は、僕にも見えるのだろうか。
「そんなに早く英雄譚が終わってしまっちゃ困るんですよ、隊長さん。この世界には神は塵ほどいても、英雄は一人しかいなんですから」
降ってきたのは美少女だった。超が付くほどの絶世の美少女である。純白のドレスに身を纏って、持っているモーニングスターを振り下ろす。重力加速度とかはどうなっているのだろうか。VもGも感じさせない彼女の攻撃は、地面を半径2メートルほど砕き、女学生ごと消滅させた。
一体この少女は何を考えているのだろうか。勿論、彼女は僕を助けようと思い、女学生を木っ端微塵にしたのだろうけれど、近くにいた僕は、彼女の攻撃で起きた衝撃波にも似ているような風圧で飛ばされ、全身打撲である。是非とも武器を新たにしてもらいたいものだ。
「仕方ないわよ、睦月君。君がデレデレして隙を突かれたのが悪いのだから。毎回言っているでしょう?確かに君が一番神殺しは専門だろうけれど、詰めが甘いのよ。あの方がいたならチクチク言われるわよ、今の。絶対的な自信は力の象徴だけれど、
弱さの具現化でもあるのだから。」
言われてしまった。自分の隊所属の、しかも一番新しい面子である、いわゆる新人さんに、図星を指されてしまった。或いは、指されたのは後ろ指だったのかもしれないが。僕の後ろには、大勢いた学生をいとも容易く捻り潰す、ドレスの暴れっぷりだけがあったのだった。それは詰めが甘いとか、隙を突かれるとか、そういう次元を語れる領域では無かった。全員液体にされていた。この中にどれだけの人間がいたのだろうか。そんなことを考えてしまうから、僕はいつまでも詰めが甘いままなのだろう。
「そうですね。人を潰すときに感情なんて持っていたら、それこそ自分が罪悪感に潰されてしまいますよ。無心で何も考えず、なるように潰せばいいだけなんですから。
無表情で、記憶もなくて、感情もない。そんなあなたが一番容易い作業なんじゃないの?隊長さん。」
痛いところを突いてくる。確かに、何も考えずに相手を殲滅する。僕以上にそれが
得意な人間はいないだろう。だけれど、僕は記憶がないけれど、記憶を何より大切にしているのだ。そんな宝物の中に殺人(殺神?)なんて褒められないものを入れてしまったら、宝箱ではなくごみ箱になってしまう。
とにかく、同じ場所に長居することは職業柄あまりよろしくない。迎えのヘリコプターに乗って本部に戻ろう。因みに、彼女が赤子の手を捻るより容易く潰してきた学生たちは、一人残らず神類だったようで、液体になった後は、血肉の一つも残さずに地に染み込んでいった。「あぁ、良かった。今日も人は潰していませんでしたね。これでぐっすり寝れますよ。」と、どこにも思っていないかのような、抑揚のない言葉遣いでドレスは言っていた。
「ちょっと、隊長さん。まだ私たちの名前覚えていないんですか?もう3か月ですよ、私たちが同じ隊に配属になってから。いい加減覚えてほしいですよ。」
そんなことを言ったって、僕の体質上覚えられないのだから、仕方がないだろう。名称が一切覚えられない謎の病気のおかげで(おかげというより性と言いたいが…)
僕は他人の名前や場所名は愚か、自分の名前さえ憶えていないのだから。覚えられるものなら覚えさせてもらいたい。そういう事情があるから、罰神隊では名刺を各々で発行している。完全に僕用である。名刺には名前と、その人間の部署名、使用武器名や、等級が書いてあり、例えば、僕の名刺には
「睦月 奏雪(むつき そうせつ) 第4罰神部署 特殊神類係 隊長
使用武器 英刀 人外絶切(えいとう じんがいぜせつ) 等級 英雄」
と書いてある。それが僕の名前だそうだ。
時に、丁度いいから説明しておこう。ドレスに身を纏わせた少女は
「ウィリアム・シェイクスピア 第4罰神部署 特殊神類係 戦闘隊長
使用武器 生刀 Q・E・D 等級 絶望」
新人の綺麗なお姉さんは
「澄乃繪野 舞風(すみのえの まいかぜ) 第4罰神部署 特殊神類係 護衛
使用武器 桜刀 春舞来光(しゅんぶらいこう) 等級 女神」
女神だの英雄だの絶望だの、なんでこんなにユニークな等級にしているんだろうかと思ったが、説明された理由に呆気なく理解してしまったのが、とても悔しく思った。
要は、神に歯向かうわけなのだから、それなりに地位がなければ、歯向かうは愚か、
そもそも目で捕らえることさえ許されないだろう。人型の神類であれば、常人が見ても問題はないだろうが、完璧に神格化しているならば、見た瞬間浄化してしまうのだそうだ。全く恐ろしい。
2、惨殺現場から意外と近くにある我らが罰神隊の本拠地は、東京湾海底の地下都市にある。にある。という表現では少しおかしいが、現には地下都市自体が罰神隊の本拠地なのである。第十二部署まである罰神隊が一所に集まって生活するともなると、やはりそれくらいの広さは必要なのだろう。余談ではあるが、僕は一か月前にこの罰神隊に勧誘され、今月には隊長という任を背負わされていた。確かに、僕にはその才能があるだろうし、最も神類を倒しやすい体質だ。奴らに対抗するための能力、事後の耐性、英雄たる堂とした理由。兼ね備えられた僕の身に宿るそれは、決して捨て置かれたりはされないだろう。ただでさえ人が少ないというのだから。人口の3分の1程度しか罰神隊にはいないのだから。
十三月記 絮與 刈穂 @yotsubalemlove
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