第8話

 勇者と賢者の違いは何なのか?


 アプト・イデアは物心ついた頃から、ずっと疑問に思っていた。


 幼少の頃から大量な書物を読みあさり、膨大な知識を蓄えたところで、周りが口にするのは皆、賢者となり勇者の手助けをしろ。

 それが、イデア家の宿命なのだから、と。


 何故、勇者ではなく賢者なのか?

 文字からすれば、魔王に立ち向かう勇ましき者こそが勇者ではないのか? 


 納得いかない。

 納得出来るはずもなかった。


 何故なら、理不尽を形にした存在が、いま目の前にいる。


◆◇◆◇◆


 賢者として勇者と同行し、魔王を討伐するよう、マテリアル国王の御下命を賜った。


 支えるべき勇者は、かのエクセル・フォース。


 同じ、公立マテリアル学院出身で、アプトより一つ年下でありながら、学院創立きっての麒麟児とまで唱われた、国内では知らない者がいないほどの人物である。


 エクセルが、勇者としての才能が花開いたのは十三歳の頃。

 男爵家の次男坊として、フォース領内の視察に同行した際の魔獣との戦闘で、彼の眠っていた光属性が目を覚ます。


 アプトは、一学年下に入学してきたエクセルを初めて見た時、迂闊にも目を奪われてしまった。


 ああ、これが勇者なんだ、と。


 火と風の属性に加え、開花した光の属性を有する彼は文武を兼ね備え、何よりもカリスマ性を有していた。


 エクセルこそが答えだ。


 アプトが長年抱えていたモヤモヤが、エクセルの存在によって、スッと消え失せた瞬間でもある。


 一つだけ不満をあげるとすれば、エクセルは女性にだらしがない事か。

 それでも、アプトはエクセルを全力で支えることを王の前で誓った。


 エクセルを支えるメンバーは、斥候・偵察の能力を買われた、ギリーとミリー姉妹。

 魔術師としてアプト・イデア。

 回復役にノナ。

 それから、マテリアル勇騎兵三十騎と、小国を相手するなら戦力は申し分ない。

 ただ、回復役のノナの能力が乏しいことが難点ではあるが。


「あー、それね、一応こいつも勇者らしいよ」


 この、エクセルの言葉を聞いた時、アプトは耳を疑った。


 ギリーとミリー姉妹は、学院の卒業生ではない。

 その為、冒険者ギルドからの多少の援助はあるものの、国から受ける恩恵は本人達ではなく、彼女達が所属しているギルドが受けることとなる。


 それに比べ、アプトは冒険者ギルドに所属してないが、自身のイデア侯爵家からのバックアップは当然のこと。

 また、学院長であるアルベルト・オブ・マテリアル。

 言うなれば、王弟閣下であるガードナー公から、学院卒の優秀な人物として抜擢された為、ガードナー公爵家の恩恵は大きい。


 しかし、勇者は違う。


 勇者が受ける恩恵は、一領家ではなく国であること。

 しかも、ノナは学院の卒業生らしく、エクセルの一つ上。

 即ち、アプトとノナは同級生であった。


 エクセルなら分かる。

 だが、ノナは何故だ。


 同じ学院にいながら、存在さえ知らなかった者がエクセルと同じ肩書きを持っている。

 当然ながら、アプトは納得出来るわけがなかった。


 ノナの存在で、アプトの消え失せていたはずのモヤモヤが再び顔を出すことになる。


◆◇◆◇◆


「はぁ、いつまでってるんだよ?

 小隊長殿が経験を積ませてくれって言うから、仕方なく任せたのにな? 俺だったら、もう終わってるぜ?」

「彼等だって手柄が欲しいのよ。

 ただ、勇者に同行しただけ。

 それでは、王国騎士として面目丸潰れじゃない?」

「理屈は分かるんだよ、でもな……」


 エクセルはそう言うと、椅子から立ちあがり、ギリーとギリーの間に入り肩を抱くと、


「暇なんだよな……楽しいことする?」


 服の中に手を入れ揉みしだいた。


「ぁあん」

「もう、勇者様エッチなんだから」

「エクセル!? 貴方ね!!」

「でも、さすがに……」

「ほら……ね?」


 今は戦闘中である。

 勇者からの誘いとはいえ、鬼の形相で睨むアプトを、二人が無視出来るはずもない。


「うわぁ、恐い恐い。眼鏡センパイがまたヒステリックを起こしたぞ?」

「エクセル!! ふざけないで!!

 貴方、リーダー勇者なのよ!?

 なのに戦場から離れるなんて──」

「勇者はそこにいるだろ?

 しかも、名高い賢者様がいるんだ。

 あんたがいれば問題ない。さあ、行こうか」

「エクセル!? 待ちなさい!! エクセル!!」


 アプトの忠告も空しく、エクセルはギリーとミリーを連れて天幕を出て行ってしまった。


「……何なの? 力も名声もありながら、本当に……」

「ほっといたら?」

「何ですって!?」

「気にするだけ無駄。あれは病気よ。

 死ぬまで治らないような病気に、努力は必要ないわ」

「貴方ね!? 勝手なこと言わないで!!

 誰が報告書を作成してると思ってるの!?」

「貴方」

「そうよ、私よワ・タ・シ!!

 どれ程、騎士達に目をつぶるよう説得して、どれ位口裏を合わせる為に頭を下げたと思ってるの!?」

「そう、大変ね」

「貴方!? 他人事だと思って!!」

「そうやって、すぐワーワー喚くから彼から愛想尽かされたんじゃない?

 ねえ、『ヒステリック眼鏡センパイ』?」

「その呼び名はやめて!!

 この『ポンコツブス』!!」

「…………」

「…………」


 どちらも、嫌みからエクセルに付けられたアダ名。


「はあ、もういいわ。何時もの事だもの。

 彼に選ばれなくて、妬んでる女みたいで馬鹿馬鹿しい」

「あら、違った?」

「冗談を!? ……貴方はどうなのかしら?

 いま追いかければ、まだ間に合うんじゃない?」

「嫌よ、寒気がする。

 私は理想が高いの。あの程度で、私は満足しないわ」

「あの程度……ね」


 王家は、優れた勇者の血が欲しい。


 したがって、エクセルは近い将来、王族の女性を娶り、伯爵の地位を得ることが定まっている。


 正妻は無理でも、妾ならば。

 平民ノナにしてみれば、喉から手が出る程の地位だと、アプトは思うのだが……。


 ノナは理想が高いらしい。

 伯爵位が程度が低いと言うのなら、ノナが求めているのは公爵家か、あるいは……王家。


「……呆れた」

「何?」

「貴方ね──」

「あ、来る」

「?」

「貴方、お茶は?」

「あら、珍しく気が利くじゃない。

 気分を落ち着かせたいから、濃いめでお願いするわ」

「そうね……でも、無理だと思うけど?」

「?」

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聖邪の行進 お父さんはエセ作家 @routatsu0923

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