第7話

 ヘルムを脱ぎ、ノナの顔が明らかになった瞬間、グリム・ルーラーはゆっくりと椅子ごと転げ落ちた。

 床に背中を打ち付けたまま、グリムは微動だにしない。


「…………」

「だから、ガッカリしないでって言ったのに……」


 ノナはヘルムを床に置くと、熱がこもって熱くなっていた頭を冷やすべく、ブラウンの髪をかき上げた。


「お前、本当に勇者かよ? はっ!! 芋臭い顔しやがって」

彼女ノナは──」

「はぁ……どうせ、私の家は農家ですから」

「あげる!!」

「「えっ!?」」

「はぁ!?」


 動かなくなったと思いきや、グリムが倒れたまま急に叫び出した。


「だ、だからあげるって!!」


 体を起し立ち上がると、テーブルに体をぶつける様にして、グリムは勢いよく椅子を直し座った。


「えーっと……何のことでしょう?」

「君はあの領土が欲しいんだよね!?

 だから攻めに来たんでしょ!?

 いいよ、あんな物あげるよ!! あげる!!」

「べ、別に私は──」

「馬鹿言ってんじゃねぇ!!」

「僕のことは全然気にしないで!! 大丈夫だから!!

 そうだなー……僕は、今ある領土の隣を攻めることにするよ!!」

「ですから!! 私が──」

「うん!! そうしよう!!」


 初めての一目惚れ。

 浮かれて目の前の彼女ノナしか映らぬほど、周りの言葉が一切耳に入らぬほどの衝撃だった。


「あーぁ、うんざりだ」

「ぐっ!?」


 アプトの首から剣を外し、片腕を巻きつけ、引きずりながらロウはグリムの背後へと移動する。


「なあ……始めからこうすれば良かったんだよな? おい、ポンコツ!!」


 次なる獲物を定め、ロウの剣がグリムの首すじへと宛がわれた。


「領主には勿論、君がなるんだよね!?」

「あのー……私の話、聞いてました?」

「馬鹿か!? おめぇらを全員ぶっ殺してな、俺が王になるってんだよ!!」

「っ!?」

「上にしようかなー。下もいいね!!

うーん、左も捨てがたいけどなー」

「はぁ……」

「お前は俺を舐めすぎだ!!

 国さえ獲れれば命だけは助けてやらんでもなかったんだがなあ!! 気が変わった!!

 てめえはブスにうつつを抜かしすぎなんだよぉ!!」

「君はどれが……ブス!?」

「気づくのがおせーよ、ポンコツ!!

 おめぇはもう死地に入ってんだぜ!?」


 アプトの時と同様、ロウが手首を軽く動かし、グリムの首を薄く傷つける。


「ブスとは誰のことかい?」

「目まで腐ってんのか!? おめぇのまん前に居んだろ!!」

「……ああ、そう」


 グリムは首を横に傾け、わずかな空間を作るとすかさず、宛がわれていたロウ剣を下から上へと払いのけた。


「まあ!?」

「てめえ!? だが、変わりゃしねーよ!!」


 ゆっくりと立ち上り、振り向くグリムに向けて剣を突き出し──ロウは違和感に気づいた。


「……何で折れてんだ!? まさか!?」


 グリムに払いのけられた、あの瞬間をロウ思い出す。

 しかし、手に伝わってきたのは、軽く弾かれたぐらいの感覚。

 まして、剣の腹を叩かれたぐらいで、直ぐ折れるような柔な剣ナマクラは使ってない。


「馬鹿な!? ありえ──ぐあぁあ!?」


 動揺と同時に訪れた激しい痛み。

 気がつけば、グリムはアプトに巻きつけていたロウの腕を握り潰していた。


「苦しかったでしょ?」

「……え?」

「ほら、行った行った」

「あ、はい!!」

「てめえ!!」


 ロウの左腕はグリムに握られたまま。

 それでも、ロウは痛みに耐えながら、折れた剣をグリムに突き出した。


「遅すぎて呆れるね」

「がはぁっ!?」


 ロウの右わき腹に、グリムの左こぶしがミシミシとめり込む。

 激しい激痛に襲われるなか、それでも剣を離さなかったのは、傑剣けっけんとしての意地か。


「へえ、耐えるんだ。それなら──」


 グリムは掴んでいた腕を離すと、今度はロウの髪を掴み引き寄せた。


「ぐふぅ!?」


 グリムの膝がロウの腹へと突き刺さる。


傑剣けっけんロウ・ブロード。まあ、少しは認めてあげるよ。

 なんせ、手加減してるとはいえ、僕の魔黒拳マックロけんを二発も耐えきったんだからね」


 前屈みになり、ゆっくりと崩れていくロウの下顎に拳をそえ、グリムは無理やり顔を起こさせる。


「だけど、どうだろう? 君は三発目を耐えれるかい?」


 ロウは、グリムの本性を見た。

 声に出せば、ケラケラと溢れそうなグリムの顔は、虫を潰して笑う子どもの笑みとなんら変わりがなかった。


「ま……待──」


 グリムの掌底を顎に受け、ロウは反り返りながら崩れていったのである。


◇◆◇◆◇


「ストップ!! ストップ!! ストーップ!!」

「何だよ、坊!? これからが良いところなんだぞ!?」

「あのね、何からツッコんでいいのやら……。

 まずさ、おじさん。ウソはついてないよね?」

「当たり前だ!!」

「そう……なら、父さんって魔王なの?」

「……グリムは魔王だろ!?」

「知らないよ!! なんで疑問系なのさ!?」


 マイティは、ロウの眼前に自身のステータスカード突き出した。


「ねえ、何て書いてある? おじさんこそ、目が腐ってるんじゃない?」

「何だと!?」

「しがない商家の息子って見えない?

 父さんが魔王なら、ここってさ、魔王の息子ってなるんじゃないの?」

「あのなマイティ……それはアプトが──ぐぁあ!?」


 物凄い勢いで、何かが飛んできた。

 ロウが後頭部を押えうずくまる横には、金属製の杖が転がっている。


「あ!? これって、おば──」

「坊!! アプトにおばさんは禁句だ!!」

「……あ」


 転がった杖から、魔力がロウへ流れ始めた。

 性質の変化により、急激に温度が下がる。

 足下が氷りだし、瞬時にロウを覆う氷牢が出来上がった。


「な、何で俺だけ……」

「私は貴方の口から、おばさんという言葉を耳にしましたが……。

 まさか、あれは坊ちゃまが?」

「え!? ぼ、僕!? 違うよ!? 言ったのはおじさんだよ!!

 嫌だなー、もう!!

 おじさんってさ、僕まで巻き込もうとするんだから……本当、嫌になっちゃうよ!!」


 坊、後で覚えてろよ?

 言葉にはしてないが、氷牢ごしから見えるロウの目が、確実にそう訴えているのが分かる。


「左様で御座いましたか」


 裏切ったことによる、ロウの報復はもちろん恐いが、マイティには、優しく微笑むアプトのほうが恐ろしく映った。


「あ、アプト? おじさんは大丈夫? 死んだりしないよね?」

「申し訳御座いません、あの者は丈夫さが取り柄でして……残念ですが──」

「アプト!! おい!! てめえ!!」

「た・だ・し!! 坊ちゃまに嘘を申してましたので、あの者には罰が必要かと」

「嘘!?」

「ええ、私からの目線になるのですが──」

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