第6話

「やあ、どうも」

「いらっしゃい」

「えっ!? 嘘っ!?」


 天幕の扉にあたる布をくぐり顔を覗かせると、眼鏡をかけた魔術師風の女性と、ヘルムを被った戦士風の者の姿が、グリムの目に飛び込んできた。

 声からして、戦士風の者も女性だとグリムは判断する。


「ごめんね、驚かせてしまったみたいだね」


 どうやら彼女たちは、お茶を楽しんでいる最中だったらしい。


 天幕の中央にある円卓の上には、お茶が入ったカップとソーサーが三つずつ。

 戦士風の女性は椅子に腰かけ、魔術師風の女性は立ったまま飲んでいた所に、突然のグリムの訪問だ。

 魔術師風の女性は驚きのあまり、カップとソーサーを手から落とし床を汚すはめになった。

 

「魔人!?」


 魔術師風の女性は、天幕の柱に立て掛けていた自身の杖を掴もうと動き出したが、


「──おっと!! 動くなよ、お嬢ちゃん」


 側面を切り開き入ってきたロウに、剣を首筋にあてがわれ、動きを制限されてしまった。


「くっ!!」

「おお!? これはこれは、賢者と名高いアプト・イデアじゃねーか!!」

傑剣けっけんロウ・ブロード!? 何故貴方が──」

「はいはい、動くなって。どうやら勝ちが見えてきたようだな? どうする大将?」

「大将!? では、貴方が魔王グリ──」

「いい加減、口を閉じれよ」

「うっ!?」


 ロウが手を軽く動かし、首の皮を薄く斬ることで、完全にアプトの動きは封じられた。


「君さ、敵とはいえ女性なんだから、あまり乱暴なことはしないでね? ……そうだな、ここ座ってもいいよね?」

「ああん?」


 アプトが捕らえられた瞬間でさえ取り乱すことのなく、ずっと椅子に腰かけ、全く動じてなかった剣士風の女性。

 対面にある無人の席に置かれたティーカップには、入れたてであろう、紅茶の湯気がのぼっていた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 怪訝な態度を取るロウをよそに、グリムは椅子を引き、腰を下ろそうとした所で、


「ああ、挨拶がまだだったね? 聞いてた通り、僕が魔王グリム・ルーラーだよ。君は?」

「ノナです」


 と、グリムの差し出した手に、剣士風の彼女は応えた。


「…………」

「…………」

「ちっ!! お前ら、何時まで見つめ合ってるつもりだ!?」


 ロウの言葉で、お互い手を離し腰を下ろす。


「「「「…………」」」」


 何とも異様な空気のなか、グリムが大きくため息を吐くと、自身の頭をボリボリとかき始めた。


「あー、どうしよう? ……参ったな」

「ふふっ」

「「…………」」


 椅子に背もたれるグリムと、口を押え微笑むノナ。

 訳の分からない二人のやり取りに、アプトは立場上、口を閉ざしたまま。

 しかし、さすがにロウは、グリムの態度に苛立った。


「ああ!? まったく、意味がわかんねぇ!! どうしようって、何がだよ!?」

「んー? ああ、僕ね、死にたくないから出来れば戦いたくないかな──」

「は!? 死にたくない!? 馬鹿かお前は!!

 俺がこいつアプトを殺して、お前がそいつノナを殺す、簡単なことだろ!?」


 勝利を目前にしてのグリムのボヤキに、ロウは驚き怒り、またしても呆れた。


「後は、仲間と俺らで騎士達を皆殺しにしたら、残りは、出てった勇者と数人だけだろ!?

 これでこの戦いは終わる!!」

彼女ノナを殺すって……」

「お前さ……魔王のくせに、どんだけポンコツなんだよ!? そいつノナが一番弱いのが分かんねーのかよ!!」

「……ふぅ」

「てめえ!!」

「っ!?」


 ロウの眉間にシワがより、怒りから目が細まる。

 ただでさえ限界に近かった。

 我慢に我慢を重ね、必死に抑えいた殺気が歯止めなく溢れだす。

 捕らえられているアプトは、強者ロウの殺気をモロに受けた。

 体は震え汗は噴き出し、空気が重く苦しく、息をするのさえ難しい。


「これ、頂いても?」

「ええ、どうぞ」

「おい!! こらぁ!! てめえ!!」


 グリムは気にする様子は全くない。

 まずは、カップの中身の香りを楽しみ、それから口をつけ、うん美味しいねと発すと、ソーサーの上にまた置いた。


「……てめえ」

「まあまあ、君も飲んだら? せっかく彼女ノナが僕らの為に用意してくれたんだしさ」

「んな訳ねーだろうが!! 馬鹿か!?

 こんなポンコツに感知能力がある訳──」

「分かるさ。彼女ノナが勇者だよ。いやいや、全くお恥ずかしい。

 この程度で傑剣けっけんなんて名乗れるんだから、魔族の質の低さが露見しちゃうよね」

「……今なんて言った?」

「それは、私たちも同じですよ? 彼女アプトなんて五属性扱えるだけで、賢者扱いなんですから」

「……え? 私?」

「うわー、そうなんだ……お互い残念だね」

「本当ですね」

「どう言うこと? ねえ!? どう──」

「貴様は黙ってろ!! おい!! 今なんて言ったかって、俺は聞いてんだよ!?」


 敵同士なのに、似た境遇に意気投合し、話に花を咲かせる男女の二人。

 また、ポンコツと馬鹿にしてた男から逆に馬鹿にされ、堪らず血が逆流し喚きだす男。

 そして、気がつけば何故か自分までも軽視され、怒り叫びたいのに立場上、何も出来ず混乱する女。


 もう、メチャクチャ。

 天幕内は今、ある意味カオス状態にある。


「ヘルムは脱がないのかい?」

「はい?」

「おい!! グリム・ルーラー!!」

「いやね、ヘルム被ったまんまで、飲みにくないのかなって思ってさ」

「うーん……」

「てめえ!! こっち見ろや!!」

「じゃあ、脱ぎますけど……ガッカリしないでくださいね?」

「んー? 何でガッカリになるの?」

「聞こえてんだろ!? こっちを見ろや!!」

「ほらほら」

「分かりました」


 どんなにロウが喚くも、空しく届かず、グリムの興味は目の前にある。

 グリムに急かされ、ノナはヘルムに手をかけた。

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