第5話

 ダイアひし形の真ん中に、上下へと切り込みを入れ、左右へと引き離せば、三角形が二つ出来る。


 左半分が魔族で、右半分は人族。


 更に、人族が治める右側の三角形を、上・下・真ん中と右と分解すれば、四つの小さな三角形が現れる。


 その、真ん中に位置する国家マテリアル。


 この度の勇者騒動は、このマテリアルから始まる。



 マテリアルから派遣されたのは、騎兵十騎を分隊とし、分隊三つからなる騎兵小隊。

 マテリアル国が誇る、精鋭三十騎が勇者と共にルーラー領に姿を現した。


『はぁ!? たったの三十騎!?

 正気か!? やる気あんのかよ!?』


 と、皆は思うこともあるだろう。


 だが、侮るなかれ!!


 騎兵一騎は最低でも、歩兵五人分の役割りを果すと考えていただきたい。

 それだけでも、マテリアルが派遣した兵力は、歩兵の百五十人分に値する。


 それに、忘れてまいか!?


 マテリアルは、国が誇る精鋭を送り出したのだ。

 その名も、


 『マテリアル勇騎隊』


 一般の騎兵隊とは違い、マテリアル国軍の中でも、最も優れた者しか入ることが許されない騎兵隊。

 彼らは一騎当たり、歩兵二十人分の仕事を軽くこなすスペシャリストであった。


 よって、歩兵の六百人超の兵力と勇者を、マテリアル国は軍として、ルーラー領に派遣したのである。


 一町いっちょうにも満たない領土に、人口が約二百人のルーラー国。


 そう考えると、マテリアル国が派遣した軍勢は、村ほどの規模しかないルーラー国に恐怖を与え、国を落とすに十分な数字であることが伺える。


 だが、そう上手くいかないのが、世のことわり。


 これは、偶然か必然か?


 たまたま流れ着いた、小国には相応しくない魔王級のならず者とその仲間たち。

 もう一方では、これまた勇者に引けを取らない賢者の存在である。


 双方が顔を合わせた時、大地ダイヤは新しい歴史を刻み出す。


 その瞬間は、もう間もなくであった。


◆◇◆


「よう、大将! どうよ俺ら?」


 と、大袈裟に手を広げ、戦況を確認するよう促すのは、傑剣けっけんのロウ・ブロード。

 それに対し、魔王グリム・ルーラーは二言、


「まあ、良いんじゃない?」


 と、だけであった。


「はあ!?」


 全くもって面白くない。


 涙ながら感謝を述べると思いきや、この反応は想定外。

 思わず、ロウは殺意を溢した。


「お、おいおいおいおい……それだけかよ」


 ──くそ!! 今じゃ、ねぇんだよ!!


 我慢の上に作り上げた笑みでは、やはりどこかぎこちなさが……。

 まあ、引きつってしまうのも無理もない。


 それもそのはず、金に釣られたルーラー拠点の冒険者は皆、開戦早々に地に伏せ、既に息すらしていない有様。

 戦場に残っているのは強者のみ。

 均衡を保っているのは紛れもなく、三十人のロウの仲間たちなのだ。


「ちっ!!」


 ──ポンコツの分際で抜かすな!!


「はあ……」


 そんなロウの心情を馬鹿にするかのように、グリムは息を吐いた。


「今の……まさか、ため息じゃねーだろうな?」

「ん? まあね」

「……はあ!? 暇か!? なんなら、敵さんに挨拶でもしてきたらどうだ!? ふっ!!」


 ──泣け!! 泣いて詫びろ!!


「暇って訳じゃないんだけどね……うーん、化け物が一人いるね?」

「ほー……二体な」


 グリムの何を基準にして化け物と言ったのかが、ロウにはサッパリ分からなかった。

 グリムの能力からしてみれば、周りは化け物しかいないはずだからだ。


 だが、確かに化け物とまでは言わないが、周りに比べ一回り秀でた存在が二体。

 一体は、天幕の設置が完成してから、ずっとその中にいて、もう一体は、開戦から間もなくして、数体と共に天幕から離れてしまっている。


 ロウとしては、ポンコツなりに、強者の存在を感じとったことを誉めてやりたい気持ちが生まれはしたものの……。


 ──俺からしてみれば雑魚だ。化け物でも何でもない

 やはりポンコツはポン──


「結局は戦う羽目になるんだし……そうだね、君の言う通り、僕は挨拶に行ってくるよ」

「ああ……ああ!? ちょ、ちょっと待て!? 俺の話を聞いてたか!? おい!! コラ!! 待てって!!」


 グリムは、天幕を目指し歩み出した。


 縦横無尽と馬や人が駆け回れば、刃が飛び交い火花が散る。

 そんな荒々しい戦野の中を、グリムは一直線にゆっくりと進んで行った。


「……こ、これはどういうことだ!?」


 グリムに触れる位置まで近づく者までいながら、その者たちの視界にグリムを捉えることはない。

 それはまるで、グリムの存在に気づいてないかの様に、周囲は、歩み続けるグリムを気にすることなく、火花を散らし駆け回り続けていた。


「馬鹿な!? ポンコツすぎて誰も気づかないのか!?」


 何にせよ、グリムはあの戦野を一直線に通り抜け、既に天幕側まで進んでいる。


「くそっ!! 上手くいかねーな!!」


 自分から言い出したものの、今、グリムに死なれては、計画が失敗に終わる恐れが出てくる。

 ロウは、体外に流れ出す自身の魔力を最小限に留め、グリムを追い駆け出したのであった。

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