今日もまた俺は彼女に思考を読まれている

冬休みに入る前の図書館には、少しばかりの生徒が本を借りに来ていた。あの本が良かった、この人の書いたこの本がオススメだなんて会話が、途切れ途切れに聞こえてくる。一瞬、比較的マイナーに分類される自らの好きな著者が聞こえて肩を震わせた。自分以外に読んでいないと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。俺の知らないところで、図書館には人が来ているのかもしれない。それは、とても喜ばしいことである。彼が書いている作品の中で1番好きな題名を思い出して、久しぶりに読んでみようかという気になった。冬の長期連休ならば自己責任の名の下で、本を読む時間をいつもよりかは確保出来るだろう。とはいえ、それは自らが帰宅部という自由な存在であるからだ。BGMとして館内に響き渡る音色を奏でている吹奏楽部には、年末年始以外に休みがないらしい。しかし、同級生である吹奏楽部の1人が、本を借りに来ていた。時間の使い方次第では、充実した日々を送ることが出来るのだろう。自らが忙しい部活に入っていたら、きっと本を読むどころではない。何事にも余裕がなくなってしまうことが、容易に想像出来た。弛まぬ努力を続ける吹奏楽部員に尊敬の意を抱きつつ、目の前の本へと視線を戻す。

「こんにちは」

突如聞こえてきた声に、先ほどよりも大きく肩を震わせた。顔を上げれば、見覚えのある顔が笑っている。

「先ほどは、どうして肩を震わせた んですか?」

たまたま好きな著者の名前が向こうの生徒から出て、それに驚いたんだ。生徒の方を目で示し、そう説明する。

「そうだったんですね」

あまり大きな声で話すことではない。会話を聞かれているというのは、あまり良い気分じゃないだろう。

「分かりました。それじゃあ、聞いたことは忘れます」

「ありがとう。そうしてくれると助かる。如月も、本を借りに来たのか?」

「冬休みに読む本でしたら、昨日のお昼休みに借り終えました。今日はちょうど、北斗さんの当番が終わる頃かと思って」

彼女に言われて時計を見れば、当番をする時間は終わっていた。

「もうそんな時間か」

後ろを振り返れば、怯えているような司書の先生が目に入る。帰ってもいいよと告げようとしたところで、如月が来たってところだろうか。心の中で謝るが、それは如月にしか聞こえない。皮肉なものである。

「先に戻っていてくれ」

「それもそうですね」

彼女は素直に扉から出て行った。読んでいた本を、リュックサックにしまう。

「宇佐美くん。もう時間だし、帰っていいよ」

「分かりました。一冊、追加で借りていいですか?」

「うん。宇佐美くんはまだ貸し出し上限に達してなかったし、大丈夫だよ」

冬休みに入るということで、貸し出し上限冊数が7冊になっている。課題のことを考えて5冊しか借りていなかったので、残り2冊は借りられるはずだ。そうは言っても、もう一冊借りられるならそれでいい。6冊だって、課題と平行して読み終わるかどうか怪しいくらいだ。それでも、借りたい。回る棚の前に行き、先ほど読みたいと思った一冊を手に取る。司書の先生へそれを渡し、バーコードを読み取って貸出手続きをしてもらった。借りた本をしまう。

「ありがとうございます。それじゃあ、また3学期に」

「うん。体調には気をつけて、良い年越しを」

軽く礼をし、図書館から退出した。扉を開けた先には、如月が立っている。

「デジャヴだなって、思ってますね?」

「あぁ。デジャヴだなって思ってる」

「このあとも当然一緒に帰るんですが、1つだけ違うところがあります。さて、それはどこでしょう」

突然のクイズに、戸惑いを隠せない。1つ、1つ。違うところというのも曖昧である。あれから、関係は変わった。けれど、それを答えとしてあげてもいいのだろうか、分からない。悩んでいるうちに、彼女が再び口を開いた。

「正解は、『北斗さんが私に愛を囁いてくれる』でした」

「うん、そう。好きだよ」

「えぇっ」

軽い調子で出てきた言葉に、思わず耳を疑った。彼女も同じようで、こちらを見る目が見開いている。照れよりも、驚きの方が強いらしい。ひどく困惑した様子の彼女は、階段ではなく音楽室へ突撃しそうになった。それを必死に階段へと連れ戻して階下へと降り、玄関に向かう。靴を履き、学校を後にした。

「冬休みは、何する予定なんだ?」

「とりあえず、初詣には行きましょう」

「あー……それはいいけど、元旦からしばらく経ってからで良くないか?」

人混みがすごい中に自ら進んでいこうとは思わない。

「そうですね。三が日くらいは、家でゆっくりしたいです」

「休んでもいいけど、課題はきちんと進めろよ?」

その言葉に、如月の肩が揺れる。当然じゃないですかという声は震えていた。きちんとこなせる自信はないらしい。

「1回くらいは、課題を黙々とやる日を作った方がいいかもな」

その言葉にじっとこちらを睨んでくるも、反論はなかった。そうすべきだと、彼女自身も自覚しているらしい。

「……予定が合えば、ほかの人も誘いましょう」

「小坂はもう配られた分終わらせたとかなんとか言ってたぞ」

「く、クラスが違うのでそれはノーカンです」

「はいはい。まぁ、あとは好きに誘ってくれ。雪遊びでもなんでも付き合うから」

「雪が降るといいんですけどね」

「そうだな」

如月は空を見上げる。つられて、顔を上げた。1週間後には降ると予報が出ていたのだが、彼女は知らないらしい。

「降るんですか、やりましたね!」

嬉しそうな彼女は、雪だるまを作ろうかかまくらを作ろうか何をしようか思案している。そんなに降らない気もするが、彼女がこんなに楽しみにしているのだ。雪だるまが作れるくらいには降ってほしい。

「人を呼んで、雪合戦とかどうだろう」

「いいですね、それ。絶対に悠真くんが北斗さん狙いのやつですよ」

「そこまでくるとアイツ、俺のことが好きなのかもしれないな……」

「それはないです」

自らの家を横目に、彼女を家へと送り届けるため歩みを続ける。これも以前とは違うところだと思い、口元に笑みが浮かんだ。



『隣のキミであたまがいっぱい。』と改題し書籍化されています。以下情報のページになります。

5月25日には2巻も発売される予定です。よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2020011602

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