クリスマスの日

その日は借りていた本を図書館へ返却した後に教室へと戻り、辺りが暗くなるまで如月とたわいのない話をして時間を潰した。次の瞬間には何を話していたのか、どうして笑っていたのかも忘れてしまうくらいに些細な話題だ。如月が俺の何気ない一言に笑うと可愛いなと思い、それを読み取った彼女が照れたりムキになったりするところもまた可愛いなと思うループを、何度か繰り返した。遠ざかって読み取られない位置にいれば、もしくは読み取れない位置に行けばいいのに、近くにいてしまうのはどうしてだろう。答えは分かりきっているけれど、2人ともそのことには触れないまま時が経ち、夕日は西へと沈んでいった。季節は過ぎ去り、空は少し遠くなってしまっている。彼女との話が楽しいせいか、この時期になると暗くなるのが早いせいか、日が暮れるのを待っている時間がとても短く感じられた。

揃って教室から玄関へと向かい、学校を出る。外の寒さに、思わず身震いした。彼女は首元のみならず、顔半分をマフラーに沈めている。その様子が面白くて思わず吹き出すと、彼女がこちらを睨んできた。しかしそんな様子で、しかも上目遣いでこちらを見上げる彼女はやっぱりかわいい。

「うるさい」

そう言って先に行ってしまった、彼女の後を追う。

「かわいい」

「口に出さなくても結構です!」

「この前は俺が口に出さないと不公平だって言ってたじゃん」

「それと今とじゃ、私の心の持ち方が違いますから」

「今は押され気味だから、動揺している?」

「勘違いしないでください!」

裏返った声が、薄暗闇の誰もいない道路によく響いた。こんな古典的ツンデレ台詞を現実で聞けるとは思わず、感嘆のため息が溢れる。彼女は自らの声に一瞬立ち止まったが、再び足を動かすとさっきよりも速度を上げた。彼女を追いながら足を進めると、徐々に光が見え始める。光はやがて道全体に広がり、彼女の表現を借りるならば『イルミっている』通りへと辿り着いた。文房具屋付近で足を止めた彼女が、わっと声を上げる。

「綺麗ですね」

如月は、その瞳に映ったイルミネーションのように目を輝かせながらそう言った。

「そうだな」

イルミネーションは、通り全体に渡って光っている。クリスマスを祝う文字やキャラクターの装飾などもあって、自分の予想以上に手の込んでいる作りになっていた。彼女はイルミネーションへ近付くと、スマートフォンのカメラアプリで写真を撮っている。いかにも女子高校生らしい行動だ。

「撮らないんですか?」

その様子を眺めていた俺を見て、如月が問う。

「あとで送ってよ。待ち受けにするから」

「あっ、じゃあ頑張って良い感じの撮って来ますね!」

「えっ、ちょっ」

彼女はスマートフォンを片手に、良い撮影スポットを求めて駆け出した。通りはそんなに長くないけれど、いつもより多い人の数で彼女の姿が感覚的に遠くなっていく。軽く提案したつもりだったのに、やる気を出されるとは思いもしなかった。人を避けながら、彼女の行った方へと急ぐ。彼女は通りの反対側にいた。スマートフォンを持った手を被写体にかざすでもなく腕をぶら下げ、ぼうっと立ち竦んでいる。

「如月」

声をかければ、彼女は少し困ったような顔をしながら振り向いた。

「写真だと、うまく綺麗さが伝わりませんね」

目線の先には、一際目立つ装飾群。キラキラと光っているけれど、華美というわけではない。どちらかというと、心が温かくなるような綺麗さがある。

「今、この瞬間に見るのが1番いいんだろ」

「好きな人と見る景色が、1番いいと? それもそうですね」

彼女は、恥ずかしげもなく言い切った。人のいる通りでそんなことを言う彼女に、驚きを隠せない。しっと口元に指を当てて静かにするように、ジェスチャーで伝えてみる。

「そうだけど、そういうのはあんまり人前で堂々と口にするもんじゃないだろ」

「堂々と出来ない感情じゃないですし、別にいいじゃないですか」

効果はなさそうだ。

「屁理屈言うな。っていうか、あんまり走るな。転ぶだろ」

むっと、視線が不満を訴える。

「小学生じゃないんですから、その言い分はやめてくれませんか。せめて『俺から離れるんじゃないぞ』とか言ってくれた方が嬉しいです」

彼女の精一杯低くした声と言葉には、聞き覚えがあった。半信半疑ながら、問いを投げてみる。

「……それ、今流行りのCMの真似か?」

彼女は満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。

「大正解です! よく分かりましね。蜜柑さんも悠真くんも分かんないって言うんで、ちょっとヘコんでたんですよ」

「アイツらと、どんな会話をしてるんだよ」

「些細なことです。それより、私が撮ったものを待ち受けにするって言ったのは北斗さんの方じゃないですか」

「いいよ、別に。良いのがなければ、如月にするし」

「恥ずかしい真似はやめてください」

「分かった。分かったからマジトーンやめろ」

「怒ったので、プレゼントを要求します」

「今?」

「今です」

「いいけど……」

もう少し雰囲気というものがあるのではないかと思いながら、リュックサックから可愛らしい包み紙を取り出す。それを、如何にも期待している彼女へと差し出した。

「期待に添えるかは分からない」

彼女は封を開けようとしたが、何か思い至ったのか鞄からプレゼントを取り出してそれを俺へと差し出す。簡素な包装をされたそれは、自分のそれより少し大きい。

「一緒に開けましょう」

「分かった」

向かい合いながら、互いに包み紙を開ける。最初はテープを綺麗に剥がそうとしたが、彼女の方からビリビリという音が聞こえて自分も諦めた。いさぎよく、紙を引き裂く。

「ブレスレット……?」

「そう。ブレスレット。これはブックカバーか。あんまり使わないけど、貰ったならこれからは使ってみるかな。ありがとう、如月」

数秒の沈黙。そこで如月が、ブレスレットに目を奪われたまま動いていないことに気付いた。

「……如月?」

目の前で手を振り、意識を確かめる。5回くらい振ったところでハッと声があがり、彼女は意識を取り戻した。

「嫌だったか?」

ふるふると、首が横に振られる。

「いえ、真っ当にステキなものが出てきて驚きました」

「そうだな。店員さんに感謝しよう」

「ありがとうございます」

言いながら彼女は、自らの手首にブレスレットをつけた。如月の白い手首に、自分のあげたプレゼントがつけられる。

「似合ってます?」

彼女は手のひらを開いて、ブレスレットをつけた手首をこちらへと見せてくれた。

「あ、あぁ」

ゆっくりと、鼓動が高鳴っていく。嬉しさと恥ずかしさで、頭がぐちゃぐちゃになってしまいそうだ。そんな自分を見て、彼女は笑う。

「手、繋ぎましょうか」

「本気で言ってる?」

「もちろん」

彼女がこちらへと手を差し出した。小さく、ブレスレットが音をたてる。さらに感情の混ざって考えることを放棄した頭が、その手を取った。少し冷たいその手を、軽く握りしめる。あんまり強く握りしめると壊れてしまいそうな手を、包み込むように握った。それから、走ってきた通りを戻るように進んでいく。

「あの日から、あなたとはたくさんのことを話しました」

彼女が、ぽつりと呟いた。

「たくさんのことをしました。たくさん、一緒にいました。恐らく、私の人生で一緒にいる時間が1番長い人になったと思います」

横顔を見ると、彼女の顔は真っ赤になっている。その目には、涙が浮かんでいるようにすら見えた。彼女は、真正面を向いている。

「あなたのことが好きです。これからもずっと、隣にいてください」

彼女の想いは、俺が背負いきれるのか分からないくらい重たそうだった。けれど、俺はそれをどうにかして受け止めたい。だから、俺は答える。

「俺の方こそ、これからもよろしくお願いします」

これからもあると信じて。

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