目縁の星

 泣く時というのはまずはじめに鼻の奥がツンとして、目頭からじわりと滲み出た涙が視界を揺らすほどに瞳全体を覆って、それから瞳の上で留まることが出来ない、と堪え性のない一粒がこぼれるのを皮切りに次々と溢れ出してどうしようもない、そういうものだ。

 いつだって予兆があって、泣いていることに気がつかないなんてことがあるはずがないんだ。そんなのは自分に酔ってるヒロイン気質の女がやることで、だから、君がそんな顔で目から小さなそれをこぼしているのが僕はどうしようもなく許せない。涙に気づかない人間なんていない。ましてや君が目から溢れてさせるのは水じゃない。星だ。

 たかが水でさえ予兆があるのだ。君が瞳からこぼすその石はどんな風に君に働きかけるのか。僕は知らない。知りたくない。

 僕が知ろうが知らなかろうが、結局君はくだらない女だったんだ。

 どんどん溢れる小さな星は、君の目の縁から溢れ出す瞬間にチカッと輝き、瞳からこぼれてしまえばただの小石に成り下がる。

 輝く瞬間はわずかなものだけれど目のすぐ近くであんな風に輝いているのだからきっと君はいつか失明するんだろう。

 溢れ出る星の閃光にすら気づかなくなって初めて、君は溢れ出る星を止めなかったこと、もといヒロインごっこに興じていたことを後悔するんだろう。

 パラパラと小石が地面に落ちる音だけが辺りに響いていた。小粒のあられが降っているようだった。

 君が不意に僕に声を掛けてきた。

「ねえ、止めないの?」

「止めないよ」

「そう……。なら私、このまま泣き続けるわ」

「好きにしたらいい。僕は君を制限しない」

「ええ、そうね。あなたはそう。私が光を失ってもあなたはきっと後悔しない」

 君の目縁は相変わらずチカチカと小さな閃光を放っているのに君はまっすぐにこちらを向いている。涙を流している人間はこんな顔をするものだっただろうか。

「なんだ、気づいていたのか」

「リスクは好んで背負うタイプなの。光のない世界にも興味があるわ」

「そのために世界を一つ捨てるというのはなかなか酔狂だね」

「あなたは私を制限しないんでしょう?」

「もちろん、ただ呆れているんだ。いつまでも僕がそばに居ると思っているでしょう」

「居るでしょ?」

「……さあね」

 そうだ。僕は君からは離れられないのだ。たとえ君がこの先くだらない女に成り下がったとしても。

 君の目縁は輝き続ける。僕はその光を見つめ続けた。僕は君の光に吸い寄せられた可哀想な虫。君の星がただの小石になると知っても離れられない。無力な虫。

 いつか君が光を失っても、君の星は輝き続けるならそれでもいいと僕はそう思うのだ。

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星降る瞳 糸吉 紬 @tsumu_lemon

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