第26話 『美味しいですね♪』
次の日曜日。
愛花、直人、浅葱の三人は、希美からの誘いで都内のケーキバイキングに来ていた。
「おお~…!」
目の前に並べられた、色とりどりのケーキ達。
定番である苺のショートケーキやチーズケーキは勿論、旬の果物を使った期間限定ケーキも豊富だ。
秋限定のケーキはモンブランの他に、無花果、ベリー、梨、メロン等がスポンジケーキ系やタルト系としてだけでなく、付け合わせとしてのコンポートやカットしただけの物まである。
そして、希美がこの店を選んだもう一つの理由。
それは、この店にはミートパイ、唐揚げ、パスタ等もあり、甘い物が苦手な浅葱も楽しめるだろうとの考えだった。
その狙いは当たり、浅葱はケーキそっちのけで、それらを取りまくっていた。
「ちょっと…それ、食べきれるの?残したら罰金よ?」
「へーき、へーき」
パスタだけでもそれなりに満腹感は出てくる筈なのだが、浅葱はそれでも取り続ける。
それが本当に平気だからなのか、ただ無計画なだけなのかが判断出来ない為、どんどん不安になってくる。
「ま、罰金が発生しても、払うのは萬屋さんだからいいんだけど…」
「良くねぇよ!もっと注意してよ!頑張ってよ!諦めるなよ!」
泰造がレシートを握り締めながら叫ぶ。
実はここ、とある高級ホテルの中にあり、結構な値段がするのだ。
勿論、罰金も高い。
「く~…まさかこんなにするなんてよ…」
「私も、よっぽどいい事がない限り来ない所ですしね」
「俺は実の妹や娘にいい事があっても、ここはちょっと躊躇うわ…ぜってー元取れねぇって…」
「大丈夫ですよ。今日は浅葱ちゃんが居るんですから」
「だから、その西森のねーちゃんが一番の不安要素なんだって!元が取れないばかりか、料金が上乗せされんだぞ!?」
その信頼はどこから来るのか。
愛花の後ろで、その通りだと言わんばかりに直人も首肯いている。
漸く腹をくくったのか、それとも諦めたのか、泰造もケーキを取り、席に着く。
それに続く様に、四人も席についた。
「「「「「いただきます」」」」」
まずは、定番の苺のショートケーキから。
甘酸っぱい苺と、甘さ控えめのクリーム、ふわふわのスポンジが見事に合っている。
「ん~♪」
何種類も食べれる様にと小さく作られたケーキは、たった二口でその腹に入ってしまった。
(僕も…)
その笑顔に釣られる様に、直人もチーズケーキを。
「おお…」
どちらかと言えば和菓子派の直人も、思わず声が出てしまう。
これであの値段は安いのではないか、と思ってしまう位の美味さだ。
続いて愛花は、モンブランを。
「…」
が、何故か微妙そうな顔をする。
「どうしたの?」
それにいち早く気付いたのは、希美だった。
「いえ、あまり大きな声では言えないんですが…モンブランは、以前猪熊さんが買ってきてくれた物の方が好きだな、と…」
「猪熊警部が買ってきたって言うと…」
二年前、浅葱と出会うきっかけになった謎を持ってきた時に、土産として貰ったあれか。
そのケーキ屋のキャッチコピーは『和風』であり、抹茶や小豆を使った物は勿論、洋菓子として認識されているケーキも和風の食材で作られている。
更に和菓子も取り扱っている為、直人も茶菓子としてよく利用している。
「と言うか、洋酒が少し苦手で…」
希美も自分で持ってきたモンブランを一口。
洋酒の強い香りが鼻を抜ける。
洋酒を使ったお菓子をよく食べる希美でも、確かにこれは少しキツいと思った。
「俺は洋酒より日本酒だな。焼酎や紹興酒も、勿論ビールも好き」
「お、イケるクチか?萬屋の旦那」
「あたぼうよ。つまみについても、少しうるさいぜ?」
「それなら俺もだ。枝豆は茹でずに、蒸し焼きにした方が断然香ばしくて旨いぜ」
「うむ、それはビールだな。日本酒や焼酎には角煮だな」
(なにも、こんな場所でお酒の話をしなくても…)
一応周りを気にしつつ、直人は少し溶けかけたバニラアイスを一口。
(これは…バニラエッセンスじゃなく、バニラビーンズを使っているのか)
鼻に広がる、バニラの濃厚な香り。
香りから味も濃厚かと思ったが、反してあっさりしていた。
先に食べたチーズケーキの後味もリセットされ、また食べたくなってしまう。
が、ここである物をうっかり見てしまう。
(う…)
浅葱の皿だ。
見るだけで胃もたれしそうな、肉類と炭水化物の集まり。
それでも、席に着く前よりかは確実に減っている。
浅葱の皿から目を反らすと、今度は隣に座っている愛花の顔が視界に入った。
「!」
向こうも直人の視線に気付き、そしてにっこりと笑う。
「美味しいですね♪」
「…はい」
身長は百四十センチも無い、小柄な体格。
ロングの明るい茶髪を二本の太い見つ編みにし、その大きな瞳には丸い細縁の眼鏡。
少女の祖母は有名な探偵。
名前は天宮愛花。
現役の女子中学生で、凄腕の名探偵である。
所員は白石直人と西森浅葱。
事務所は都内某所。
貴方の周りで起きた出来事。
どんな些細な内容でも構いません。
一度、この探偵事務所へ来てみてください。
個性豊かな三人の所員が相談に乗ります。
武器は知識と、祖母から教わった探偵の心得。
そして、厳選された茶菓子。
最初は戸惑うかもしれません。
それでも、お任せくださいと自信を持って言えます。
そして、最後に貴方はこう思うでしょう。
天宮愛花は可愛い名探偵だった、と。
一終一
天宮愛花は可愛い名探偵 仲眞悠哉 @jyurira
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