第29話 鬼の愛


コンコン。

レオンは赤煉瓦によく似合う木製の分厚い扉を軽く握った拳で二度表面を叩く。扉は小気味の良い音を立て僕の立つ空間、もしくは扉の向こう側の空間にノック音を反響させるだろう。

「落ち着いたか?」

扉の向こう側に居る者に向かって声をかける。数秒、沈黙が続いた後に声は返ってきた。

「うん、いいよ。」

レオンはその声を聞き、一度小さく首を縦に振る。ドアノブに手をかけて軽く捻るとこれまた聴き慣れている小気味の良い音でカチャッとドアノブが唸り静かに引きつける。

昼の日差しがもろに来るその一室は明るくて心地の良い空間が出来上がっていた。そんな空間に備え付けられてあるベッドの純白なシーツにはシミ一つ見当たらない。

「もう大丈夫か?」

そんなベッドに腰掛けているのは褐色肌で水色の頭髪から浮き出る双対の角が特徴的な人物だった。

それはレオンが3日前に出会った鬼の少年、ユウヒである。

「うん、さっきは乱れたりして、ごめん」

「いや、僕も怒鳴りつけてしまった。すまない。」

お互いが謝るも、次に来るのは言葉では無くただの沈黙だった。耳がうるさい程の沈黙が続く。お互い何を話せばいいのかがわからないでいるのだ。

だが、もう時間もあまり残されていないだろう。いつカリンが悪霊になるかも定かではない。もしかしたら、予測外の出来事が起こるかもしれないのだ、時間が惜しい。

焦りと不安がレオンとユウヒを襲う。この場の空気は普通なら避けて通りたい程重いのだ。

「君の言っていた、カリンがああなったと言うのはどういう事だ?話せるなら…話してほしい。」

ユウヒは一度、肩を大きく上下させて俯く。一体過去に何があったのかは僕には皆目見当もつかない。ただ、ユウヒの口から告げられる真実のみを飲み込むのを待つだけだ。

「カリンは……」

やがて喋り出したユウヒの声は切なくて、発音は弱いけど想いは強くて…そしてどこか申し訳なさそうに言の葉を、確実に一つずつ紡いでいく。


「カリンは、誰よりも美しくて、全知全能と言ってもいいくらいのお姉ちゃんだったんだ。」



「僕はこの性格の通り、気が小さくて弱っちくて一人じゃ満足に物事をする事も出来ない奴だったんだ。」

ユウヒはどこか懐かしそうな目を天井を向け仰ぐ。過去の記憶を辿り話していく。

「だけど、こんな僕でも村の人は皆認めてくれて、友達もたくさんできて、僕は毎日のように友達と、カリンと遊んでいたんだよ。」

ユウヒの口元には微かな笑みが含まれる。鬼は同族意識が高く、仲間を大切にすると聞いた事がある。それが本当だという事を今思い知らされた。

「だけど…」

明るかったユウヒの顔が一変、表情が暗くなる。

「ある寒い日だった…。かくれんぼということでみんなと一緒にしたから…寒かったから僕はいつも付けてたマフラーをカリンに渡して遊んでいた……」

「………。」

「暫くして、僕が鬼で皆んなを探していた時、僕はある小屋の中に入ったんだ。」

「………ま、まさか…」

考えたくない事が次から次へと浮かんでくる。最低最悪の結末が頭をよぎった瞬間、ユウヒの口から最低最悪の結末が変わらぬ確証となって現れた。


「その小屋の中で、カリンはその毛布を首に巻いたまま宙吊りになって死んでいた……」

「そんな…っ」

「あの子屋には屋根裏みたいなものがあってね…その上に隠れようとしたんだろうね…それに使われた背丈の低い椅子があったんだ。だけどそれで滑ってそのまま…飛び出てる杭にマフラーが引っかかって死んだ…」

「その小屋って……」

「あの小屋さ…」

またもや沈黙が訪れる。破るにはあまりにも重く、難しい沈黙だ。レオンも流石にこれには驚愕を隠せずに止まってしまう。

「僕のせいでしょ…?僕があの時にカリンにマフラーを巻かなければ。カリンは死ななかったのに……あの日にっ…かくれんぼをしようって僕が言わなければ…!カリンは…!!カリンは死ななかったんだ!!!」

ユウヒが叫び、あらん限りの力で拳をベッドに叩きつける。鈍く軋むような音と感覚がベッドから跳ね返され身体に伝わって全身を痺れさせる勢いだ。

「僕が全部悪いんだ…カリンを殺したのは…僕なんだよぉ……ぅぐっ」

ユウヒの目尻に溜まった涙が一筋、握りしめられた拳に滴り落ちる。


僕はこんなに姉想いの弟を知らない。そして同時に、あんなに弟想いの姉も知らない。

2人が優しすぎるから、2人の間に深い溝が出来たんだ。

レオンは静かに、涙で濡れたユウヒの拳を自分の手で覆う。ユウヒはレオンの行動に目を見開いていた。

「でも、楽しかったんじゃないか」

だからこそ。

「君が霊飼い術師になったのも、死んでしまったカリンがゴーストとなって君の元へ現れたのも、もう一度、一緒に遊んでカリンと楽しむためじゃなかったのかな?」

助けたい。

「なら、君が動かなくてはいけないんだ。カリンも、動いている。今まさに、君とカリンの糸は解けてきているんだ。なら…なら。」


「硬く締められた結び目を解くのは君じゃないといけないんじゃないかい?」


「ぅぁ……ぁあ…あぁあ…」

ユウヒの涙は留まることを知らずに流れている。頬を伝い、落ちた先を濡らし、涙は流れていく。

「僕は……カリンと…遊びたぃっ!もう一度、もう一度!カリンと一緒に遊びたいんだ…っ!!だから!」

「あぁ、わかってる…」

ユウヒはレオンの手を握る。強く、強く、想いの分だけ強く握る。


「僕と……お姉ちゃんを……助けてください!!」


「もちろんだぜ!!!」

バタンッ!と分厚い木製の扉が勢いよく開けはなたれる。放たれた扉の先に居たのは黒髪をツンツンに逆立てている男と…。

「困ってるなら助ける。願いがあるなら叶えさせたい。ほら、立って?ユウヒさん。」

赤茶色の髪の毛を腰近くまで伸ばした物静かで華奢な身体つきの女性がいた。

「レン…ト……くん。アカネ……さん。」


「みんな同じさ。僕らはみんな、君とカリンを助けたい。そうやって、サポートしていくんだ。」

レオンが肩をすくめ笑みを浮かべる。そんな姿を見てユウヒも、涙を滲ませた笑みで言った。


「「一緒に、カリンの所へ行こう。」」

レオンとユウヒは言葉を合わせ、全員でカリンの居る場所へと足を踏み揃え歩き出す。



「ありがとうみんな。おかげでまた仲良くなれそうな気がするよ。」

「ああ、カリンのとこへ行こう。」

「きっと待ってるよ」

「奇跡の連発だな!」

ユウヒが笑顔で頷き口を開く。

「じゃあ、さっそくカリンのとこへ……っ!?」

笑顔で言葉を紡いでたのも束の間、その瞳は大きく見開かれユウヒは硬直する。

「ユウヒ!?どうしたんだ!!」

「カリン……!?カリン!?!」

ユウヒがカリンの名を叫び部屋を飛び出す。レオンがその後に幾度となくユウヒを呼び止めたが、ユウヒはそれを知ったこっちゃないと言わんばかりに宿を飛び出して駆けていく。

「レオン!!」

「わかってる……!なにやら嫌な予感が張り付いて離れない!!」

行った先の見当はついているものの、ゆっくりしている猶予も無ければ時間もない。迷いなくカリンの居る小屋へと走っていった筈だ。

「すぐ追いかけるぞ!!キツネには僕から言っておく!」

霊飼い術師とゴーストは、基本、感情、思考を供給できたり防いだりする事ができる。それ同様、カリンとユウヒもテレパス能力如く繋がっているであろう。つまりは何らかの危機を察して現になるというものだ。

「急いで行くぞ!」

数刻、宿を出てユウヒを追いかけるもユウヒはチーターよろしくの疾風の様な走りで僕らとの距離を離していく。やはり身体を構成するにあたって運動神経や筋肉細胞の配列や量も違うのだろう。とてもじゃないが人間で追いつけるようなスピードではない。

ただ、ユウヒと同じ目的地を目指し走るだけだった。

ノーエルの大動脈も、大動脈と言う割には幅が狭いなと錯覚する程、思考の元を別にして走る。茂みから時折飛び出ている枝が服の繊維を少し傷つける事すらも忘れ掻き分けて走る。

ようやく着いた小屋の前に佇むユウヒは焦りと不安の中、唯一心に扉を叩き散らす。

「カリン!カリン!!」

あんなに朽ちている扉なのに、ユウヒがどれだけ殴りつけたところで扉はビクともしない。まるで何かに押さえつけられているかのように。

「ユウヒ!まかせろ!そこをどけ!」

レントも雰囲気から現状が危機的状況にあることを察して居るのだろう。腰の分厚く大きいホルスターに収納されている魔導書を乱暴に取り出して開く。

「でも!」

「いいからどけ!!カリンって人に会いたきゃな!!」

レントの突き出された右手が輝き二つの魔法陣を形成。ユウヒはそれに察したのか地を蹴り飛ぶ。

「二重魔法陣!衝撃の矢(インパクト・アロー)!!!」

2つの魔法陣が甲高い音を立てて高速回転、弓矢を光の如き速さで射出。矢は的確に扉の中心に身体をぶつけて簡単に扉を爆散させる。

「カリン!!!」

ユウヒが小屋の中に飛び込むのを見てレオン達も飛び入る。そこに居たのは…


気絶したカリンの姿と、その隣に漆黒のシルエットを持つ鬼が鎮座していた。

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霊飼い術師の鎮魂歌 夕々夜宵 @Yuyuyayoi

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